第166話
プヨ歴V二十六年八月二十八日。
明朝。
信康達傭兵部隊約七百は一夜を森の中で過ごした後、夜が明けてまだ朝日が差していない時間帯に砦へと向かっている。
砦の見張り台にも見張り役のカロキヤ公国軍の兵士は居るが、未だに信康達を発見していない。
まだ薄暗い時分という事で、見つかり辛いのだろう。尤も、それも信康の計算に入って居るのだが、夜よりも夜明け前の方が暗いと言うが、その通りなのだと思われた。
「なぁ、ノブヤス」
「何だ? リカルド」
「今更何だけど・・・どうして夜襲じゃなくて、朝駆けにしたんだ?」
「至極簡単な話だ。朝駆けの方が夜襲よりも連携が取り易いし、同士討ちの危険性も低い。何より敵が尤も油断している時間帯だからだ」
「そうかな? それに同士討ちを避けるなら、事前に合言葉を決めておけば良いと思うけど」
「馬鹿言え。それは相手が自分と異なる言語を使う、異民族とかが相手で無いと意味が無いぞ。同じ言語だと、敵に聞かれて利用される可能性があるからだ。それに戦っている最中だと、怒号や剣戟音で掻き消されて明確に聞こえる可能性も低い。それに合言葉を決めていても結局、同士討ちを防ぐ事は出来ないからな」
「成程。言われてみれば、尤もだね」
「最も油断する時間帯の理由だが、夜だと夜襲に備えて気を配る。しかし朝を無事に迎えられたら、どうしてもその反動で気が抜けるものだ」
「朝駆けにしたのは、それが理由か」
「それもあるが、あの砦の立地も考えてだ」
「立地?」
「そうだ。砦の近くには、あの要塞があるだろう?」
リカルドは当たり前とばかりに頷く。
「普通に砦を攻めたら、どうなると思う?」
「それは、・・・・・・ダナン要塞から部隊が出てきて途中で阻まれるんじゃあないか?」
「砦の連中も、そう考えている筈だ。だから、警戒も薄いだろう。更に朝だから余計に敵は気を緩めていると考えても問題無い」
「成程な。だから、夜襲じゃないのか」
信康がどうして朝駆けにしたのか、漸く意味が分かったリカルド。
リカルドと信康との話を聞いていた、ヘルムート達他の諸将も納得していた。
そして砦の直ぐ傍まで来れた傭兵部隊。
信康は傍に居る、トッドに訊ねた。
「どうだ。敵は気付いた様子はあるか?」
「いえ、小隊長。見張り台に居る敵さん、眠りこけて居ますぜ」
「そうか。では・・・永遠に眠って貰うとしようか」
信康は後ろに居る、ヘルムート達を見る。
ヘルムート達は頷いて、部隊を編成しだした。
部隊の編成は直ぐに終わり、ヘルムートが信康に声を掛ける。
「ノブヤス。全部隊、準備完了だ」
「分かりました。此処からは総隊長が直接、指揮を執って下さい」
信康はヘルムートにそう言うと、ヘルムートは承諾して手を上げて、勢いよく振り下ろした。
『ウオオオオオオオオオオッ!!』
傭兵部隊の隊員達は、喊声を上げた。
その喊声を聞いて、見張り台で眠りこけていたカロキヤ公国兵も驚いて、台座から身を乗り出した。
「て、てき、しぷぎゅっ」
台座についている鐘を鳴らそうとしたが、矢が飛んできて首筋にあたり、変な悲鳴をあげて倒れた。
傭兵部隊から第四小隊を中心に弓弩と魔法の攻撃が飛んでくるが、それだけだった。傭兵部隊は砦に取り付く様な真似はせず、弓兵と魔法兵以外はただ、喊声あげているだけだった。
砦を守る外壁や見張り役をしていたカロキヤ公国軍の兵士達の戦死を除けば、実は砦の守備隊には被害は殆ど出ていない。
それなのに、砦を守るカロキヤ公国軍の守備隊は狼狽えていた。
「ひいいいいいいっ!?」
「だ、誰かっ! 狼煙を上げろっ! 要塞に居る本軍に援軍を乞うんだっ!」
「お、おうっ!」
兵士が赤い粉を火の中に入れた。すると、赤い煙が立った。
そのまま上へと上がって行くが、砦の少し上まで上がると強い風が吹き、煙が横に流れてしまい狼煙の役目を果たさなかった。
「駄目だ!! 強い風が吹いて、煙が流れてやがるっ」
「馬鹿野郎共っ!? 狼狽えるんじゃねぇっ!! 敵はたかが五百・・・六、七百くらいだっ! 俺達だけでも十分防げるっ! こっち側の防壁に人を集めろっ!!」
砦を守る守将がそう叫びながら指示を出した事で、カロキヤ公国軍の兵士達は漸く落ち着いてまともに防衛を始めた。遠距離からの攻撃しか行わない傭兵部隊の行動を見て、砦の守将は更に鼓舞する様に声を上げる。
「見ろっ! 敵は遠目から遠距離攻撃しかして来ないぞっ! 俺達の砦を恐れているに違いない! この砦が落ちる事は無いぞっ!!」
守将の鼓舞を聞いて、更にカロキヤ公国軍の兵士達は士気を上げて防衛戦に望む。このままいけば大丈夫かと、カロキヤ公国軍の将兵達の頭の中を安堵が掠めた時に、それは起こった。
バサ、バサバサっという羽音が響いた。
カロキヤ公国軍は何の音だと思い、周りを見るがその音を発するモノはなかった。
そうしていると、上空が曇りだした。
「な、何だ?」
そう思い天を仰ぐ、カロキヤ公国軍の将兵達。
仰いだ先には、天馬に乗った騎士達の集団が空を埋め尽くした。
カロキヤ公国軍から見れば、その騎士の集団は自分達をあの世へと導く戦乙女の集団に見えた事だろう。
強風が吹き荒れる空中で、眼下にいるカロキヤ公国軍を見るフェリビア。そして右手を掲げて、振り下ろした。
「攻撃、開始!!」
フェリビアの号令の下、投槍や魔法の攻撃がカロキヤ公国軍に襲い掛かる。
数えきれない投槍や魔法が、雨の様に降り注ぐ。
フェリビア達の攻撃を受けて、混乱するカロキヤ軍。
カロキヤ公国軍が第四騎士団の奇襲を受けて、砦内は右往左往しだした。
「落ち着けっ、態勢を整えろ!!」
砦を守る守将が声を嗄らさんばかりに叫ぶが、一度混乱した軍は態勢整えるというのは難しい。
叫び声をあげている所為で偉い身分だと分かったのか、シェリルズは天馬に駆ってその守将の下に駆ける。その際にゲルグスは声を荒げたが、シェリルズは気にも留めなかった。
「その首、貰ったあああああああっ!」
「な、何っ!? ごぼあっ!!」
馬上からの一閃。
見事、首を断ち切られた。傷口から血を一気に噴き出した。
血を噴き出しながら、首を斬られた死体は地面に倒れる。
「ひいいいいっ、将軍が殺られたっ!?」
「もう駄目だっ! 皆、逃げろっ!」
カロキヤ公国軍の兵士達は、武器を捨てて砦から逃げ出し始めた。
しかし砦の周囲は陸上を傭兵部隊が、上空を第四騎士団によって包囲されて逃げ出す事が出来なかった。
それを見て、カロキヤ公国軍の対応は別れた。
その場に跪いて降伏する兵士と、無理矢理突撃して命を散らす兵士の二通りに。
砦の攻略が終わる頃には、砦を守っていた一千ものカロキヤ公国軍の兵士は七百にまで数が減っていた。