第15話
結論から言えばカロキヤ公国軍の追撃は無く、傭兵部隊は無事に鋼鉄槍兵団と合流に成功した。信康達の心配は、杞憂に終わったのだ。
傭兵部隊は合流に指定された所に着いた頃には、夜になっていた。
ヘルムートは指定された所について、漸く安堵の息を漏らした。
「ふぅ、これで一安心だ。俺は団長に会いに行く。リカルドは部隊を纏めろ」
「分かりました。お供は誰にしますか?」
「そうだな・・・・・・誰かついて行きたい奴は居るか?」
ヘルムートは考えるのが面倒になり、誰が来るか選ばせた。
「じゃあ、自分が行きます」
信康が手を挙げて志願した。少し遅れてルノワも手を挙げ「ノブヤス様が行くのであれば、私も」と言った。
「総隊長、お供は俺だけで良いですか?」
「別に構わんが・・・ノブヤス、お前の相棒はどうする?」
「ルノワを連れて行けばだと変に目立つから、俺一人で良いでしょう」
「お前も十分に目立っているぞ。この国に居ない、希少な黒髪黒目はな」
「それでも、黒森人族よりはマシな筈ですが?」
「そうだな。二人より一人の方が良いな。じゃあノブヤスを供にする。皆は傷の手当と、交代で休んでいろっ」
その言葉に従い傭兵部隊の隊員達は傷の手当てをしたり、陣を休憩する為の天幕テントを張って休んだりした。
「これで良いな。ノブヤス、行くぞ」
「了解しました。総隊長」
先に進んだヘルムートの後に続こうとしたら、信康は誰かに袖を掴まれた。
信康が振り返ると、其処にはルノワが恨みがましい目で袖を掴んでいた。
信康の力で十分剥がせるが、そうしたら後が面倒になるのが分かっているようだ。
信康は何も言わず袖を掴んでいる、ルノワの手と手を合わせた。
「・・・・・・どうして付いて行ったらいけないのですか?」
拗ねた声で、ルノワが訊いて来た。
「それはまぁ、耳寄せろ」
怪訝そうにしながら言われた通りに、ルノワは信康の方に耳を近付けた。
信康はその耳元に、小声で話し掛けた。
「・・・・・・・で・・・・・・・・から・・・・・・という訳・・・・だから・・・」
近くに居る隊員達も興味本位で、聞き耳を立てているが聞こえない。
一方で聞いているルノワは、顔が段々と赤くなってきた。
「と言う訳で連れて行かない。これで良いか?」
「はい・・・・・・・嬉しいです。お気にして頂いて」
ルノワは百点満点の笑顔で言う。二人の事を見ていた傭兵達はその笑顔を見惚れていた。
「そろそろ行くから離せ」
「はい、お早い御戻りを」
嬉しそうに言ってから、何処かに行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら、何か都合よく解釈していないかと思ったが。
(まあ、良いか。不貞腐れるよりマシだ)
「あの後ろ姿はかなり嬉しそうにしていたが、一体あいつは何て言った?」
顎に手を当てながら、ニヤニヤしつつ見ていたヘルムート。
その顔は何を言っているか、予想している顔だ。
「特に何も言っていませんよ」
「なら、当ててやろう。ズバリ、『ただでさえ黒森人族という事で目立つのに、これ以上目立たせるな。お前を他の男から不埒な視線で見られるのは嫌だからな』といったところか?」
信康はギョッとした。
自分が言った事と、そんなに変わらないからだ。
「そ、それよりも、早く行きましょう。総隊長」
「おう、そうだな。行くとしよう」
図星かと顔に笑みを浮かべながら、ヘルムートは歩きだした。
ヘルムートに何を言っても無駄と分かっている信康は、何を言わずその後に付いていた。
暇だからか、歩きながら雑談に興じていた。
「羨ましいな。お前は良い女に好かれたな。俺の女房は良い女だが、口より先に手が出るんだよ」
「それは・・・御愁傷様です。ですが奥様に惚れているんですよね?」
「ああ、今も惚れているぞ・・・さて、漸く鋼鉄槍兵団の陣地に着いたな」
鋼鉄槍兵団が布陣している野営地の入り口が見えてきた。
ヘルムートは入り口に居る見張りに声を掛けた。
「傭兵部隊総隊長、カルナップ・ヘルムート少佐だ。団長に取り次いで貰いたい!」
「はっ、少々お待ちを」
見張りの一人が、陣地に戻って報告に向かった。
ヘルムートと信康は話しながら、待つ事にした。
「で、お前としては誰が本命だ? やっぱりルノワか? それとも別の女か?」
「言わないと駄目ですか?」
「おうとも、じゃないと賭けが出来ないだろう?」
「賭けって何の事ですか?」
「何だ、知らないのか? お前が誰とくっつくか傭兵部隊で賭けをしている事を」
「いえ、初耳です」
「賭けをしているのは一部だからな、因みに俺が賭けの胴元だ」
それを聞いて信康は、頭を痛そうにしていた。
「別に良いだろう。最前線の無聊を慰めると思えば」
「そうかも知れませんが、人の恋の鞘当てで無聊を慰めるのは如何かと思います」
「気にするな。で、本命は誰だ? 誰にも言わないから教えろ」
「嫌です」
信康はきっぱりと断った。
「そうか。まぁ無理には聞かんよ。精々話題を提供して大いに賭けを盛り上げろ」
「懐に金がそれだけ入ってくるからですか?」
「まあ、そんな所だ」
ヘルムートは笑いながら肩をバシバシ叩いて来る。
そこで、陣の入り口の門が開いて兵が出てきて敬礼した。
「カルナップ・ヘルムート少佐、確認が取れましたので本陣までご案内致します」
「ご苦労、では頼むぞっ」
「はっ、ではこちらに」
兵が自分に付いて来るように合図をした。その後にヘルムート達はついて行った。
陣地に入ると目にしたのは負傷兵が手当を受けながら、呻き声を挙げている所だ。
それも至る所で見えるのであった。
「随分負傷した兵が多いな、これが全部鋼鉄槍兵団の者か?」
「はい。敵の攻撃を受けた割に死者は少ないのですが、負傷兵が多くて」
「壊滅した第三騎士団よりマシだ。伝令は何も言ってないが、第三騎士団の残存兵は如何した?」
「運よく第二騎士団に合流した者も居ればここに来て傷の手当てをしている者が居ると聞いています。中には軍に合流せず、王都アンシに逃げた者も居るとか」
「そうか、捕まるか殺されるよりかは良いだろう。敵に人質まで使われてはたまらんからな」
悲しそうにヘルムートは呟いた。
陣地を歩く事、数分。漸く司令部にしている幕舎についた。
「申し上げます。ヘルムート少佐を連れて来ました」
呼びかけると中から男の声が聴こえた。
「来たか、通せ」
「はっ、どうぞ中にお入り下さい」
入室する様に促されてヘルムートが先に進んだ。
「傭兵部隊総隊長、カルナップ・ヘルムート少佐入ります」
そう言って中に入った。
信康は中に入らず外で待っていた。下士官に過ぎない自分の地位では、軍議に参加出来ないと分かっているからだ。
案内に来た兵はもう見張りに戻ったので、話す相手が居ないから信康は夜空を見た。
夜空を見て、星が綺麗に輝いていた。
天文を習っていない信康はどれがどの星座か分からないが、暇な時は夜空を良く見上げていた。
どれだけ時間が経っても陣の中では話し声が聞こえないので、まだ軍議が始まっていないのに信康は不審に思った。
(明日の事で話し合う為に軍議を開いたのに、何故未だに始まらない?)
考え込んでいたら、前からヘルメットを被り全身板金鎧に身を包んだ身の丈二メートル程ありそうな大柄な人物が、ガシャガシャと音を鳴らしながらこちらに歩いてきた。
それを見た信康は一礼して、十分に通れるように道を譲った。
理由は二つある。一つは何も聞かず道を譲ったのは、着ている甲冑が見事な造りであったからだ。
もう一つの理由は、その人物が身に纏っている武威にあった。
(こいつは・・・只者じゃないぞ。副団長・・・いや、兵団長かっ!?・・・成程、道理に軍議が始まらない訳だ。兵団長が居ないのに、軍議など始めて良い訳が無い)
信康が一人で納得している所を、全身板金鎧に身を包んだ者はバイザーの隙間から信康を見たが、何も言わず歩き陣の中に入って行った。
(これで漸く、軍議が始まるな)
信康は軍議が始まると予想して安堵していると、何故かヘルムートが出て信康の前までやって来た。
「ノブヤス曹長」
「何か用ですか? 総隊長。そんな改まって・・・」
信康が何故ヘルムートが出て来たのか尋ねようとしたが、先にヘルムートが口を開いた。
「お前も天幕テント中に入って、軍議に参加しろ」
「えっ!? 俺の地位は低いのに?」
「鋼鉄槍兵団団長閣下の命令だ。お前、何かしたのか?」
「いえ、何もしていないのですが。あの」
「何だ?」
「先程中に入った人がもしかして?」
「そうだ。鋼鉄槍兵団兵団長であり今回のプヨ軍の副将の一人でもある、アルディラ・フォル・レダイム様だ」
それを聞いて驚いた。
ヘルムートは言って直ぐに幕舎に入った。
(やっぱりそうだったか・・・俺、何かしたかな?)
そう思いながら、幕舎に入って行った。