第164話
プヨ歴V二十六年八月二十七日。夕方。
ダナン要塞の南側にある砦。
山城に分類されるこの小山に存在する砦は、当初は砦として機能していなかった。
最初は付近にある森に生息している、魔物の動きを監視する為の監視所と言う目的で建造されていた。
しかしカロキヤ公国軍征西軍団によって接収されてから、ブラスタグスに征西軍団の将兵の休憩所とプヨ王国軍の牽制を目的とした前線基地に変貌されていた。
砦と言っても急造による無理矢理な改築なので、砦擬きに過ぎなかったがそれでもプヨ王国軍にとっては脅威となっていた。
その砦の付近にある森で、何も無い空間にも関わらず突然砂塵が僅かに舞った。
砂塵が収まった瞬間、突然比較的大きな存在が姿を現した。
それは馬の形をしていたが、馬では無かった。その正体は、サンジェルマン姉妹が開発した魔馬人形だった。
「ノブヤス様。到着しました」
「ああ。この辺りで良いだろう」
「そうですね。上空でも確認しましたが、この辺りが一番身を隠すに適してます」
一頭の魔馬人形には三人もの人間が騎乗していた。
一人は亜人類の黒森人であり、他の二人は人間であった。
プヨ王国軍に所属する傭兵部隊第四小隊小隊長の信康と、その第四小隊に所属するルノワとメルティーナであった。
「しかし・・・良く三人も乗せて飛行出来ましたね?」
「ザンエイは他の魔馬人形よりも、二回り大きく作られていますので。これが男性三人だとだったとしても、騎乗にも飛行にも余裕です」
黒森人のルノワは、信康の愛騎である斬影の性能に感嘆していた。
斬影の開発に携わっていたメルティーナは、さも当然と言わんばかりにルノワに説明していた。
「二人共、無駄話はその辺にしておけ。折角此処まで秘密裏に来れたんだ。迂闊な真似をして、カロキヤ軍に見つかりたくは無い」
其処へ信康が、雑談をしているルノワとメルティーナに注意をした。
何故信康達が斬影一騎で半ば無理矢理此処までやって来たのかと言うと、それは隠密行動の為だ。
プヨ王国軍本陣から真っ直ぐ森まで突き進んで来た信康達であるが、馬鹿正直に真っ直ぐ進んでいた訳では無い。
信康達の進路上には、カロキヤ公国軍の飛行兵が常時巡回していた。
それを誤魔化す為に、ルノワが装着している狩猟神の指環に搭載されている魔法の一つ、隠蔽で姿を隠さなければならなかった。
メルティーナも普通に隠蔽は詠唱出来るのだが、そうする訳には行かなかった。
何故ならメルティーナは他の魔法を詠唱する必要があり、魔力を少しでも節約しなければならなかったからだ。
其処で信康は斬影による、三人騎乗での移動を実行したのであった。
「メルティーナ。早速だが、やって貰えるか?」
「はい。承知しました」
信康がメルティーナに頼むと、メルティーナは二つ返事で魔法を詠唱した。
「転移門・解放」
メルティーナが転移門の魔法を詠唱すると、四角い大きな黒穴が登場した。
その黒穴から直ぐに、一人の美女が姿を現した。
「御苦労様。メル。でもちょっと、待ち草臥れちゃったわ」
「すみません、姉様。お待たせしました」
その美女とは、メルティーナの姉であるイセリアであった。
イセリアは転移門を潜ってから直ぐに、メルティーナと同様に転移門を詠唱して発動させた。転移門が開門されると同時に、次々と人々が行列を為して姿を表し始めた。
「急げ急げっ。早くしろっ」
信康が急かす中、二つの転移門から現れた人々は、完全武装した将兵と鎧を着用している天馬や軍馬が姿を現し始めた。更に言えば、信康の斬影と同じ魔馬人形に騎乗している将兵も居た。
その将兵達の正体とは、プヨ王国軍の第四騎士団と傭兵部隊であった。