第159話
プヨ歴V二十六年八月二十二日。
その日の朝の軍議の最中に、一人の兵士が駆け込んで来た。
軍議の最中だったが、部屋を守っている衛兵がその兵士の話を聞いて一大事だと分かり、直ぐに部屋に通した。
部屋に入った兵士は跪くなり、駆け込んで来た理由を話した。
「カロキヤ軍に潜入している間者からの情報で、昨日未明にカロキヤ軍が進軍。目的地はダナン要塞との事です!」
兵士からの報告を聞いたグレゴートは、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「遂に敵が動いたかっ!・・・全軍に通達、これより我等はダナン要塞の救援に向かう!!」
『はっ!!』
第一騎士団の諸将は、敬礼して会議室から出て行った。
その伝達は速やかに行われ、フェネルに居るプヨ王国軍は出発準備に取り掛かった。
準備が整った騎士団及び軍団から順次、進発して行く様に言われている。信康達が所属する傭兵部隊も、我先にと準備に取り掛かった。
信康も部下に指示を出しながら、第四小隊の出陣準備を終えていた。
「あら、まだ準備をしていますの?」
信康にそう声を掛けるのは、ゲルグスだった。
「今終わった所だ。どうした? 何か用か?」
「ふん。貴方みたいな傭兵に用が無かったら、会う事もありませんわ」
「そうか。相手をしてやりたいのは山々だが、現在いまは総大将の命令でさっさと出陣しないといけないんでな。すまんが手短に頼む」
「分かっておりますわ。そんな事っ・・・・・・全く、皆してわたくしの事をなんだと思って居るのかしら・・・・・・」
後半は小さい声だったので何を言っているか良く聞こえなかったが、ゲルグスがチラリと後ろを見た事に理由があった。
其処にはアルテミスとイゾルデの二人が少し離れた所で、ゲルグスを見ていた。
何か、そわそわしながらもジッと見るアルテミス。イゾルデはニコニコしながら微笑んでいる。
(あの二人、何であそこに居るんだろう?)
内心そう思って居る信康に、ゲルグスが声を掛けてきた。
「ちょっと、話を聞いていますか?」
「おっと、済まない・・・それで? 話って何だ?」
「・・・・・・・・」
何故か言葉を詰まらせるゲルグス。
信康は首を傾げる。
「・・・・・・こ、この前の件ですが・・・」
「この前?」
「敵の包囲から助けてくれたではありませんか」
「ああ。でもそのお礼に、お前の団長が食事に誘ってくれただろう?」
「だ、団長は律儀な方ですから、部下を助けたお礼で食事にお誘いしたのです。ですのでわたくし個人からの御礼は、まだしていません」
「別にしなくても、その気持ちだけで良いぞ。お前の所の団長が、食事に誘ってくれたんだから」
「そ、そういう訳にはいきませんわ。下々の者に助けられたのに、お礼をしないのは貴族として人としても無恥ですわ」
「はぁ、左様で」
「ですので、こ、此処でお礼を言わせて頂きます。あ、ああ、あり、あり、・・・・・・・・」
ゲルグスは顔を真っ赤にしながら言う。しかしその声は小声過ぎて、信康の耳に入らなかった。口をごにょごにょ動かしているだけにしか見えず、信康は首を傾げる事しか出来ない。
そんなゲルグスを見て、少し離れた所で見ているアルテミス達は拳を握って何か言っている。
声が小さいので聞き取れないが、恐らく「頑張れ」と言っているのだろう。
「あ、あり、あり、ありが」
「お話し中、失礼」
ゲルグスと信康が話をしている最中に、何者かが割り込んできた。
誰だと思って声がした方に首を向けると前に、傭兵部隊の会議で顔を合わせたロペールだった。
後ろには軍服を着用した男女数人が居る。
「済まない。カルナップは何処に居るか知っているか?」
「それだったら、あっちの方で準備の指示をしていますよ。もうそろそろ、出陣する筈です」
「そうか。間に合って良かった。感謝する」
ロペールは手を挙げて感謝の意を示すと、信康が指示した方に向かう。
後ろに居た男女もその後に続く。信康はその者達を見送ると、ゲルグスを見た。
「・・・・・・・・」
ゲルグスは全身をワナワナと震わせていた。
「? どうかしたか?」
何で全身を震わせているか分からず訊ねる信康。
しかし、応えないゲルグス。そんなゲルグスを見て首を横に振るアルテミス達。
「も、もう結構ですわっ」
ゲルグスは怒って、何処かに向かう。
その後を、アルテミス達は何とも言えない顔で追っていく。その前に、信康に申し訳なさそうに一礼して頭を下げて行ったが。
信康は、結局何しに来たのだろうと思いながら三人の背を見送る。
三人が見えなくなると、信康は第四小隊の出陣に関して最終確認を行った。
信康は準備が整ったのでその事を報告に行こうと、ヘルムートの下に行く。
其処では既に出発準備を整えた、傭兵部隊の諸将が全員居た。
「済まない。俺の小隊が一番最後だったみたいだ」
「何、俺もさっき着た所だ。気にするな」
「ああ、俺もそうだ」
カインとバーンがそう言うので、安堵する信康。
「よし、小隊長達は全員揃ったな」
ヘルムートは諸将が全員揃ったのを目で確認した。
「全員が揃ったと言う事は、出発準備が出来たという事だろう。しかしその前に俺から、お前達に報告したい事がある」
ヘルムートがそう言うので、諸将は互いの顔を見合わせる。
どんな事を報告するか分からないからだ。
「あ~少し待て、もうすぐ来るから」
そう言って直ぐに、数人分の足音が聞こえてきた。
足音が聞こえた方に、首を向けると男女数人の者達が居た。
その中には先程、ロペールと共に来た人物も居た。
「ヘルムート中佐。参りました」
「ご苦労。お前達、こちらの方々は、今回の戦に傭兵部隊と共に戦場を行く監察官の皆様方だ」
「かんさつかん?」
「何でそいつ等が、俺達と一緒に戦場を行くんだ?」
「監察官は、戦場で将兵が戦争犯罪を犯さないかを監視する重要な役割があるが、同時にお前等の功績を鮮明にする為だ。誰々が誰を討ち取ったって嘘の報告しないかとか、討ち取った敵の数に応じて功績を数えたりする為だ。昨日までは他の奴等の証言や首級とかで裏取りをやって来たが・・・やはり口裏合わせや、偽首による功績偽造を防止する事も兼ねて、傭兵部隊にも監察官が配置される事となった」
ヘルムートがそう言うと、信康達全員が納得していた。
「各小隊に一人着くから、仲良くしておく様に。遜る必要は無いが、仲良くしておいた方が得だぞ」
『よろしくお願いする』
ヘルムートが軽口を叩く中、監察官達は一礼した。
信康達も会釈したりして答えた。
こうして、信康達は出撃の準備が整った事をヘルムートに報告した。
ヘルムートはそれらの報告を聞いて、フェネルから傭兵部隊を出陣させた。
既に各騎士団は出発していたので、信康達傭兵部隊は出発準備に時間が掛かった砲兵師団と神官戦士団と共にフェネルから出陣した。