第158話
グレゴートは情報を手に入れても、フェネルから動く事は無かった。
カロキヤ公国軍の本陣の位置が分かったからとはいえ迂闊に動けば、ブラスタグスの術中に嵌る可能性を考え動かないみたいだ。既にブラスタグスが仕掛けた誘引計によって一個連隊約三千もの兵を失っているので、慎重になるのも無理は無かった。
軍議の席ではカロキヤ公国軍が動く可能性があるのではと言う意見もあったが、其処はグレゴートが反論した。
「もし敵が動くのであれば、敵の進路上に軍を進ませて、陣地を構えれば良い。誘拐された我が国の民達が心配だが、焦っては敵の思う壺である」
と言われて、諸将は納得した。
結論としてカロキヤ公国軍に新たな動きがあるまで、フェネルで待機するという結論になり会議は解散した。
その頃、カロキヤ公国軍では。
カロキヤ公国軍征西軍団はアグレブを出陣後、プヨ王国軍が駐留しているフェネルから五十キロ以上離れた所に高地に陣を張っていた。
当初は三十キロ離れた場所に本陣を置いていたのだが、正体不明の化物の報告を受けて、ブラスタグスは用心して更に距離を取っていた。
一方でプヨ王国軍に発見された事実も知らない、カロキヤ公国軍征西軍団の団員達は呑気に過ごしていた。団員達は談笑するか、武具の手入れをしていた。
「ああ~つまんねぇ。早く夜にならないかな」
「そうだな。夜になったら、プヨの民を殺さなければ、好きにして良いと言われているからなぁ」
「馬鹿。身体を欠損もさせない様に気を付けろよ」
「そうだったな。身体の何処かが欠けてたら、トプシチェに買い叩かれるからな」
「ああ、そうだ。正直、女が少ないのは問題だよな」
「だな。居ても、もう相手がいたり、婆だったりだからな」
「でもよ。相手が居る女を犯すのも良いと思うぜ」
「お前。昨日のあれの事を言っているのか?」
「当然そうだろう。婚約者の前で犯すのは、見ていて面白そうだったな」
「はっはは。最初は嫌がっていたけど、段々とよがってくのが見ていて楽しかったな」
「最後はその女の前で婚約者を殺すと、猿みたいな叫び声をあげて、見ていて面白かったな」
「ああ。でも、その婚約者を殺した奴は、こうなったんだろ?」
兵士は手で首を斬る動きをした。
「軍律なんて、あってもないが如しだと思うんだがな、何で殺られたんすか?」
「お前、新入りか?」
「へぇ。征西軍団には三ヶ月前に所属したばかりなもんで」
「なら知らないか。良いか新入り、良く覚えておけ」
「うっす」
「この征西軍団だがな・・・確かに軍律なんて有っても無いが如しだが、一つだけ軍律と言えるものがある」
「一つだけ?」
「ああ、そうだ。軍団長にはな、内縁の女が居るんだが・・・昨日の件はその女に見られたから、処刑する事になったんだよ」
「何者なんです。その女?」
「高位森人族とか言う話だが、軍団長はその女にご執心でな」
「本気かよ」
「でも、全く相手にされてないそうだぜ」
「高位森人族だから、お高く止まっているんだろ。さっさと、犯っちまえば言う事を聞けるんじゃあねえですかい?」
「さぁな。俺達みたいな下っ端が分かる事じゃあねえな」
団員達は下らない話をしながら、ブラスタグス達が軍議を練っている大天幕に視線を送る。
団員達が大天幕を見ていた時。
カロキヤ公国軍征西軍団軍団長ブラスタグスは、副団長のユリウス以下の諸将と軍議をしていた。
「斥候からの報告ですと、プヨ軍に動きは無い模様です。全軍で亀の甲羅の如く、フェネルに引き籠っていると」
「ふん。敵は動かぬか」
ブラスタグス・ド・イケニは頬杖をつきながら、指でテーブルを叩く。
「これでは、この周辺一帯に設置した罠が無駄になるな?」
「残念ながら、そうなるかと。此処はプヨ軍を無視して、乱捕りを継続させますか?」
ブラスタグスは首を横に振る。
「近くの村に住んでいる者共は、既に最寄りの城塞や要塞に避難したと報告を受けている。更に化物とやらの存在で、我が軍の士気は低下しておる。乱取りは出来んし、出来ても成功する確率は低い。悪戯に兵を失う失態は、避けねばならぬ」
此処で出た乱捕りとは、簡単に言えば略奪の事だ。
略奪とどう違うのかと言うと、軍が認めているか認めていないかだ。
略奪は勝手に人や物を奪う行為であり、乱捕りは軍がする事を認めた略奪だ。
本来は、してはいけない略奪を兵糧や戦利品の確保、奴隷にする為の人狩りを軍が行う。
そうやって手に入れた物を戦後、褒美で与えたり隣国のトプシチェ王国に売り渡していたりしていた。トプシチェ王国だけがガリスパニア地方で唯一、奴隷売買が合法的に行われているからだ。
軍の規律に係わるのだが、兵士達の褒美を兼ねているので、カロキヤ公国軍では黙過していた。
「でしたら、如何しますか?」
「このまま此処に陣を構えていても、いずれは兵糧が尽きる。故に我等が考えられる手は二つ」
ブラスタグスの言葉を聞いて、諸将はどんな案なのか耳を傾ける。
「一つは近くにある要塞または城塞を無理攻めしてでも陥落させて、其処に本陣を置く。更に各部隊を外に陣を構えて、敵を待ち構える事だ」
「成程。それは良いですな」
「しかし、攻城中に敵が来たらどうしますか?」
「その時は軍の一部で攻略目標を包囲して、他の軍が敵に当たる」
「おおっ」
「次の案は?」
「このままアグレブ付近まで後退して、あの傭兵騎士団の手を借りて戦うという事だ」
ブラスタグスの第二案を聞いて、諸将は言葉を詰まらせた。
征西軍団の諸将は、傭兵や野盗あがりのならず者が多い。なので、自分の取り分が削られる事を嫌う。
「あの傭兵騎士団はアグレブを無血占領した功績を笠に着て、我がもの顔で増長しているっ。このまま奴等の手を借りれば、余計に調子に乗るではないかっ!?」
諸将の一人が、苛立ちながらテーブルを思い切り叩いて叫ぶ。
『そうだ、そうだ!!』
他の諸将もその意見について、同調するかの様に叫ぶ。
「軍団長閣下。私も同じ意見です」
ユリウスも同意の意を示した。
「皆、気持ちは同じの様だな? では、第一案で行くとしよう」
『はっ』
「では早速、攻める場所を選定するぞ」
ブラスタグスがそう言うと、飛行兵が空から見て紙に書いた地形を重ね合わせて、出来た地図を見ながら、何処に攻めるか激論が交わされた。
軍議が終ると、ブラスタグスは自分用の天幕に戻った。
天幕に入ると、美女三人が出迎えた。
三人の美女は頭を下げはするが、何も言わなかった。
「ふん。主人が帰って来たというのに、何も言わないとはな」
ブラスタグスは呆れながらも椅子に座る。
「ヴェルーガよ」
「・・・・・・・・」
「ふん。昨日の件でまだ怒っているのか?」
「・・・・・・当然でしょ。あんな獣の所業を行わせないようにするのが、軍規というものでしょうに。もし、あたしが見ていなかったら、あの兵士は処罰される事はなかったのでしょうね」
ヴェルーガはジト目で見る。
「処刑したのだから、問題なかろう。それに戦ではこのような事はしょっちゅう起こるわ」
肩を竦めるブラスタグス。
「だからって」
ヴェルーガは激昂して叫ぼうとしたが、ブラスタグスは手で制した。
「ふん。お前の話を聞いたのだ。御礼に何をするか分かっているな?」
「・・・・・・ええ」
ヴェルーガは息を吐いて、怒りを抑え込んだ。
「分かったわよ。でも、その前に」
ヴェルーガは娘達を見る。
「ふん。いずれは、娘達も経験するのだ。今のうちに、実地研修を兼ねた見学をしてもよかろう」
「くうっ」
「ほれ、早くせぬか」
「・・・・・・・分かったわよ」
ヴェルーガはブラスタグスの我が儘に応じる。
この関係は、二人のどちらかの命が尽きるまで続く。