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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第14話

 プヨ歴V二十六年五月十六日。


 パリストーレ平原に布陣してから次の日の十六日、両軍はついに激突する。プヨ王国軍の数は鋼鉄槍兵団が一個旅団、第二騎士団が一個旅団、第三騎士団が一個旅団の合計で一個軍団三万であり、国旗である赤地に金の蛙が描かれた国旗を掲げていた。


 一方のカロキヤ公国軍は国旗である獅子と山羊の頭と蝙蝠の羽を持ち、尻尾が蛇になっている合成魔獣キマイラが描かれた黒い国旗を掲げたカロキヤ公国軍一個師団二万。


 真紅騎士団(クリムゾン・ナイツ)の名前通りの様に、赤地に二つの剣が交差したその下に羽の生えた黒い蛇が描かれた団旗を持った一個旅団一万と互いに同数の軍勢が対峙した。


 角笛の音が轟き、戦いの合図が全プヨ王国軍に送られプヨ王国軍は突撃を開始した。カロキヤ公国も同じくして、突撃して来た。

 後にパリストーレ平原の会戦と言われる大戦の始まりだった。


 戦場はたちまちの内に、阿鼻叫喚の修羅場と化した。激しい剣戟が響き、馬が嘶き怒号と断末魔の絶叫の声が起こった。


 そんな戦場を遠くから見る傭兵部隊は、戦場を良く見渡す為に後方の丘に布陣していた。


「・・・おかしいな。あいつ・・・の部隊が何処にも無い」


「総隊長。戦場を見渡してますけど、何か探しているんですか?」


 ヘルムートが戦場を落ち着きも無くキョロキョロ見渡しているので、リカルドは気になって尋ねてみた。


 リガルドに尋ねられたヘルムートは、ハッとすると露骨に顔を反らした。


「・・・ちょっと気になる事があったから、戦場を見渡していただけだ。お前が気にする事じゃない」


 ヘルムートにそう言われたリガルドは返答内容に些か納得出来なかったが、先ず第一にすべきなのは戦況を見極める事だと自分に言い聞かせて、戦場を注視する事に集中し始めた。


 プヨ王国軍とカロキヤ公国軍の両軍の力量は互角なのか、両軍ともに一進一退でパリストーレ平原の戦場は膠着状態であった。傭兵部隊の位置からでは、此処から先の展望が推測出来なかった。


 しかしその膠着状態に、漸く変化が起こる。それはパリストーレ平原の会戦が始まってから、数時間後。


 それまで第三騎士団と互角に戦っていた、プヨ王国軍側から見て右翼の真紅騎士団が後退し出した。


 それに合わせて反対側の左翼を担当していた、カロキヤ公国軍も後退した。


 中央軍だけはまだ後退せず、その場で留まっていた。


「好機だ! 追撃せよ‼」


 敵が崩れ始めたと判断したのであろう、第三騎士団騎士団長フォルテスはこの好機を逃がさないとばかりに追撃を開始した。


 逆に左翼のカロキヤ公国軍に当たっていた鋼鉄槍兵団は、罠を警戒して追撃をせず戦場に留まった。これが両軍団の明暗を、くっきりと分ける事になる。


 その明暗を最初に認識したのは、丘上から戦場を観戦していたヘルムートだった。カロキヤ公国軍の混成軍の動きを見て、ヘルムートは焦燥しながら叫んだ。


「これは不味いな。リカルドっ! 全員に出撃準備させろ。急げっ!!」


「いきなり、如何しました? 総隊長。我が軍が押しているのに、傭兵部隊を出撃させる必要は無いのでは?」


「馬鹿者っ! あの動きを良く見て見ろ。カロキヤ軍がしているのは偽装後退だっ! グズグズしていたら、眼前の味方が敵の策略わなに嵌って飲み込まれるぞ! 急げっ!!!」


「り、了解しましたっ!!」


 ヘルムートの予想通り、カロキヤ公国軍が後退したのは策略であった。真紅騎士団は不自然に左右に分かれてから、再び一つの軍になって後退した。


 対して第三騎士団はそんな真紅騎士団の動きを怪しむ事無く、真っすぐ追撃を続けた。


 敵を殲滅せんと追撃した第三騎士団が、仕掛けられた落とし穴に次々と足を取られたからだ。


 後退したカロキヤ公国軍は自分達が仕掛けた落とし穴に落ちない様に撤退したのに対して、第三騎士団は速さを重視して真っ直ぐ追撃していたのが災いした。


 足首までしか仕掛けていなかった落とし穴であったが、効果は絶大であった。次々と第三騎士団の団員達が足を取られ、後続にぶつかり転んで踏み殺されて行った。


 更にそんな混乱状態に陥った第三騎士団の側面から、真紅騎士団の伏兵が銃撃を仕掛けたのである。傭兵部隊が布陣している丘からも、何百発の銃声が聴こえ、発砲された時に生まれる光が見えた。


「銃撃!? 敵には銃兵部隊が居たのか!?」


「何時の間にあんな罠を・・・そうかっ! 先に軍を展開していたカロキヤ軍なら、パリストーレに罠を仕掛ける準備期間が作れたのかっ。これで第三騎士団は側面を叩かれて、陣形に隙が出来る。そしてその隙を狙って・・・うん、あれは!?」


 ヘルムートが言っている最中に銃兵部隊が後退して代わりに騎兵部隊が出て来た。出て来た敵騎兵部隊は第三騎士団の弱った側面に突撃を始めた。


 その騎兵部隊がカロキヤ公国軍ならヘルムートは驚かないが、その騎兵部隊が掲げる軍旗の色は黒では無く青で、描かれているのは合成魔獣(キマイラ)では無く狼であった。


 この軍旗の正体は、アヴァ―ル族の族旗であった。


「噂は本当だったのか。まぁだから何だって話だけどな。こりゃ早く何とかしないと、傭兵部隊おれたちも生き残れないかもしれん」


「ヘルムート総隊長っ! そんな弱気では、我が隊の士気に関わりますっ!! 口に出すのは控えて下さい!」


「おっと。つい口に出すなんざ、俺も歳かな。ならリカルド、準備は出来たか?」


「はっ、何時でも大丈夫です」


「では敵が第二騎士団の側面を攻撃したら、こちらは敵の側面を攻撃すると皆に伝えろ!」


「はっ!・・・はぁっ!? 第三騎士団を救出するのではないのですかっ?」


「今から行っても、どうせ間に合わん。行けば傭兵部隊も、第三騎士団に巻き込まれて全滅するぞ。それよりもこちらは、一人でも多くの救出可能・・・・な味方を救う事にする」


「・・・・・・・・・第三騎士団を見殺しにするのですか?」


「そうだ。酷な話になるが、これも戦場で生き残る為に必要な事だ。俺は第三騎士団あんな奴等の為に、傭兵部隊おまえ等を犬死させる心算は無い。もしどうしても第三騎士団の救出に行きたいのならリカルド、お前一人で行け。その時は俺がお前に与えた、傭兵部隊副隊長の役職も解く」


「・・・・・了解しました。命令を部隊の全員に伝えます」


 ヘルムートの正論に反論する事など出来ず、血が出そうな位に手を握る悔し気なリカルド。


 その握りを解いて敬礼し命令を伝える為、逃げる様にヘルムートの側を離れた。


 そのリカルドの後ろ姿を見ないで、ヘルムートは「まだ、若いな」と呟いた。


 戦場に見ると、戦況が大きく動き出していた。


 見れば鋼鉄槍兵団の側面にも、攻撃を仕掛けている部隊があった。


 攻撃をしている部隊は、真紅騎士団の騎兵部隊とカロキヤ公国軍の飛行兵部隊による混成部隊であった。


 しかし、追撃せず仕掛けられていた落とし穴に落ちなかった鋼鉄槍兵団は、第三騎士団の惨状を見て側面を警戒。逆に攻撃して来た混成部隊を迎撃し、逆に返り討ちにする勢いで善戦していた。


 鋼鉄槍兵団はまだ防いでいたが、第三騎士団は二方向から攻撃を受け止められず瓦解し始めた。


 敵の攻撃で一人また一人と、団員達が死んで逝った。


 これは後で分かった事だが、最初の銃撃で騎士団長のフォルテスは『魔弾の射手』の異名を取る真紅騎士団十三騎将の一人、マックス・ガスパールに狙撃され戦死。副団長も続け様に、マックス狙撃されて戦死した。マックスは銃兵部隊を指揮していた、指揮官でもあったのだ。


 指揮系統に乱れが生じた所でアヴァール族の騎兵部隊の攻撃を受け、後退した思われた真紅騎士団にも攻撃され混乱に拍車が掛かった。


 この攻撃により部隊長級の諸将に当たる団員は、殆どが討ち取られて戦死した。


「これはどう見ても、プヨ側の負けだな。それも歴史に残る位の大敗北だ。ロゴスは史書に汚名を刻む事になるだろう。いや、もう既に刻まれていたりしてな」


 信康が他人事の様にそう呟くと、同様に丘で戦場を観戦していた隊員達も同意して頷いていた。


 しかしプヨ王国軍の敗北がほぼ確定したとは言え、だからと言ってこのまま黙って見ている訳にはいかない。


 何処の世界の戦場であろうと、傭兵が捕虜になる事は先ず有り得ない。


 何故なら傭兵は、正規の軍人では無いからだ。傭兵は敵に捕まれば処刑されるか、隣国のトプシチェ王国に奴隷として売り飛ばされるかの末路が待っている。身代金を支払って助けようとする者など、先ず居ないのである。


「お前等、準備は整ったな?」


『応っ!!!』


「良い心掛けだっ! だがまだ動くな! 敵が第二騎士団の横腹を攻撃しようと始めたら、その直前に傭兵部隊もその動きに合わせて敵の横腹を攻撃するっ! それまで息を殺して待っていろ! 攻撃する瞬間タイミングは俺が見計らうっ!」


 ヘルムートが傭兵部隊にそう厳命しているとカロキヤ公国軍の混成軍が第三騎士団の追撃を止めて、陣形を整えて第二騎士団の側面を攻撃する為に接近を始めていた。


「進め進めっ! 間に合わなくなるぞっ!」


 ヘルムートはそう言うと、傭兵部隊は更に進軍速度を上げた。そして如何にか、ヘルムートが希望する位置に到着すると、急ぎ傭兵部隊の陣形を整えた。


 カロキヤ公国軍の混成軍が鋼鉄槍兵団を攻撃しようとしたその瞬間、ヘルムートは喉が裂けんばかりに号令を下した。


「今だぁっ! ありったけの投槍と矢と魔法で攻撃しろ!!」


 ヘルムートの号令と同時に、雨の様な投槍と矢と魔法で放たれた炎がカロキヤ公国軍の混成軍に降り注いだ。


 投槍と矢と魔法が当たり、悲鳴と爆発音が響いた。


「突っ込むぞ! 力尽きるまで、敵を斬って斬って斬りまくれっ!!」


 ヘルムートは剣を掲げて、先頭になって丘から駆けた。


 騎馬で掛けるヘルムートのその後を、歩兵部隊が続いて吶喊して行く。その歩兵部隊の後から、弓兵部隊と魔法兵部隊の順番で続いた。尤も、魔法兵部隊は小隊規模でしか無かったが。


 カロキヤ公国軍の混成軍は、いきなり横撃を受けたので動揺から浮足立っていた。


 第二騎士団に当たっていたカロキヤ公国軍はどうやら初めから、第二騎士団を左右両翼に援護に向かわせない様に行動していた。


 そうした行動から見ると、両翼に比べて質が劣っている部隊なのだろう。攻撃の手が温い。


 傭兵部隊がカロキヤ公国軍の混成軍の横腹を衝いた事で、第二騎士団は態勢を整える為に後退を始めた。


 そうこうしている内に、傭兵部隊は自分の得物で次々に敵兵を倒して行く。


 信康も愛用の刀を振るい、次々の目にも止まらぬ速さで敵兵を斬り殺して行った。


 あまりの勢いで信康が一人突出して孤立しそうになるが、其処はルノワが信康の背中を守る事で補っていた。信康程では無いにせよ、ルノワも剣と魔法で次々と敵兵を葬って行った。


 他にも准尉に選ばれた傭兵部隊の諸将は全員が奮戦していたし、バーンとヒルダレイアも二人一組になって戦っていた。そして意外な事にジーンがヒルダレイア達に劣らない働きをしていた事だ。


「意外だな。ジーンは強いだろうなとは思っていたが、これは想像以上だ」


「それはどうも。お褒めの言葉の頂きありがと・・・よっ!」


 話しかけた信康の顔を見ながら、敵兵の顔を殴った。骨が砕ける音が鳴り響くと、顔面が陥没した敵兵がそのまま崩れ落ちた。


「俺なんかよりも、あっちの方がずっと凄いだろう」


 ジーンは顎で示した。


 其処に居たのは、敵兵を斬り倒しているヘルムートであった。


 当初は騎馬突撃でカロキヤ公国軍に切り込み、そのまま人馬一体で駆け回りながら敵を蹂躙していた。しかし途中で騎乗していた軍馬が、カロキヤ公国軍の兵士達によって槍で突かれて倒されてしまった。


 軍馬を失ったヘルムートだが、動揺する事無く直ぐに騎乗していた軍馬から飛び降りて引き続き敵を蹂躙し続けた。全身を血で赤く染めながら、敵兵を斬り伏せる姿は得物を仕留めるその姿は、荒ぶる鷲そのものだ。


「凄まじいな、我らが総隊長殿は。あれが『プヨの荒鷲』か。異名も飾りでは無かったみたいだ」


「名前負けしてなくて、安心したぜ。それを言ったら、あっちの副隊長も凄いぞ。総隊長に負けず劣らずだな」


「あれはあれで凄いな。ホントに」


 信康もジーンに続けて、目を向けた。ヘルムートのやや後ろに、リカルドの姿が見えた。


 リカルドもヘルムートに負けない位、全身を返り血で染めていた。


 攻撃を始めてからかなり時間が経っている中で、リカルドはかなり敵兵を斬ったみたいだ。


 傭兵部隊の全員の活躍かまたはリカルド達の活躍か、或いは両方なのかは分からないがカロキヤ公国軍は態勢を整える為に攻撃を中止して撤退を始めた。


「あれは、かなりの腕だな。流石に副隊長に選ばれるだけはあるぜ」


「そうだな。それよりも第二騎士団はまだ、態勢を整えられないのか? 敵が撤退しているから良いものを、もうそろそろこちらも限界だぜ」


 幾ら傭兵部隊が全員精鋭揃いでも、その総数は三百人と二個中隊規模しか居ない。そして生物である以上、疲弊して体力を消耗して行く。傭兵部隊の負傷者も、増えて行く一方だ。このままでは負傷者も死者へと変わり、全滅も視野に入れて行動しなければならないだろう。


 信康は敵兵を斬りながらジーンと話していると、伝令がこちらに来た。


 ヘルムートが前に出ると、伝令は話し出した。


「・・・第二騎士団は撤退すると?」


「はっ。今現在の戦力ではアグレブを奪還する事はおろか、眼前のカロキヤ軍を蹴散らす事すら出来ません。此処は夜陰に紛れて撤退し、カロキヤ軍が更に我が国を侵攻して来てもフェネルにて態勢を整えて迎え撃つとの事です」


「大将軍の言葉とは思えないな。誰の命令だ?」


「第二騎士団騎士団長であり、此度のプヨ軍の副将の一人であらせられるヴィルバルト・フォン・バウルフォン様のお言葉です」


「何っ? ヴィルバルト団長のお言葉だと?・・・ロゴス大将軍は如何した!?」


「それが・・・・・・大将軍は第三騎士団が壊滅状態になったと聞くと気を失い、指揮が取れない状態になったので、ヴィルバルト団長が代理で総指揮を執っております」


「そう言えば・・・大将軍の息子の一人が、第三騎士団に所属していたな。確か部隊長の一人だった筈だ」


「その通りです。それがショックだったみたいで、今も気を失っております」


「・・・・・・第二騎士団の展望は理解した。傭兵部隊われわれに下された命令は何だ?」


「はっ! 第二騎士団は御守りをしなければならないので先に撤退するが、傭兵部隊はただちに鋼鉄槍兵団に合流して殿軍しんがりをせよとの事です」


「はぁ、これでは二年前の再来だな。いや、もっと酷いか・・・了解した。団長にはヘルムートは了解したと伝えてくれ」


「はっ。ご武運をお祈りします」


 遠ざかる伝令を見ながら、ヘルムートは信康に問いかける。


「お前から見てどうだ。敵は追撃して来るか?」


「それはどう考えても来るでしょうね。カロキヤ軍は勝ち戦で勢いに乗っています。これで追撃しないと、総大将は将兵からの求心力を失いますよ」


「だろうな。では鋼鉄槍兵団と合流するまで、用心は怠るなよ」


 カロキヤ公国軍の追撃を警戒しながら、傭兵部隊はゆっくりと鋼鉄槍兵団の居る場所まで進軍を始めた。

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