第154話
プヨ歴V二十六年八月二十日。
カロキヤ公国軍を撃退した信康達は、翌日に当初から予定していた村人達をラタゴン要塞に護送を開始した。戦闘の結果だが、信康達に死者は出なかった。負傷者は多数居たがどれも軽傷で重傷の域を出ず、村人達の護送を始めた頃には治療で完治していた。
信康達は村人達を護送している最中に再びカロキヤ公国軍からの襲撃を受ける事を警戒したが、そんな襲撃を受ける事無く無事に二日掛けてラタゴン要塞に着いた。
ラタゴン要塞に到着して村人達を守将に預けた後、ラタゴン要塞の守将から労われ休息を勧められた。
オストルはラタゴン要塞の守将の勧め通り休もうとしたが、信康が反対してフェネルへの帰還を推奨した。
信康の意見に対して、アルテミスとゲルグスはオストルに賛同し信康に反対した。その理由として、ラタゴン要塞から休息も無しにフェネルへ二日掛けて戻るのは厳しいと言うものだった。
その意見に対して信康は麾下のサンジェルマン姉妹が転移門の魔法を使えば、今日の内にフェネル城塞に帰還する事が可能だとオストル達を説得した。それを聞いてオストル達は逆に信康の意見に賛同して、今日中にフェネルまで帰還する事に決定したのだった。
「ふぅ~まさかこんなに早く帰れるなんてねぇ」
オストルはフェネルの前に到着すると、感心した様子で息を吐いた。
「そうですね。副団長の仰る通り、自分もこんなに早く帰れるとは思いませんでした」
「うん。僕もそう思うよ」
オストルは馬から降りると、手綱を部下に預ける。
そうしてフェネルの入り口で待っていると、第五騎士団の団員達が転移門を通って続々とフェネルに入って行く。
第五騎士団の団員達が全員フェネルに入市すると、最後に信康率いる傭兵部隊第四小隊が入市を開始した。
因みに第四騎士団は最初に転移門を通って、信康達よりも一足先にフェネルに到着していた。
『報告と鹵獲した軍馬の管理はこちらでしますので、フェネルに着いたら休んで良いですよ』とアルテミスに言われたので、信康達は魔馬人形から降りると厩舎に向かった。
「やっほ~お疲れ様~」
「ああ、そっちもな」
「いやぁ、ノブヤスって面白い物を色々持っているんだねっ! あの連弩にその魔馬人形に魔宝武具と驚きの連続だよ!」
「それはどうも」
「でさでさ、他に何か面白い物はある? 見せて見せてっ」
「連弩とか魔馬人形に関しては、イセリアかメルティーナに聞きに行けば良い。だが魔宝武具の方は駄目だ。これは商売道具だからな。見せびらかす心算は無い。第一、そう簡単に見せる訳無いだろう?」
「僕と君の仲じゃないか。其処を何とか、お願い!」
オストルは手を合わせて、拝む様に頼む。
「駄目だ。断る」
「ええ~ぶぅ、けちっ」
頬を膨らませるオストル。
「そう不貞腐れるなよ。同じ戦場に居れば、目にする機会もあるだろう。流石にその時までどうこう言う心算は無い」
信康はそう言って、オストルを宥めた。
オストルは信康の言葉を聞いて、気を取り直す事にした。
「うーん。それもそっか・・・じゃあその時を楽しみにしているよっ!」
にへらと笑うオストル。
信康は肩を竦めていると、副官の立場になっているルノワがケンプファを連れて寄ってきた。
「ノブヤス様。私達はどうしたらよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、そうだな・・・この前みたいに魔馬人形を厩舎に預けた奴等から、もう解散しろと伝えろ。それと丁度良い。ケンプファ」
「はっ。何でしょうか?」
「村を防衛し敵部隊長を討ち取った、その指揮と武勇は見事だった。お前を正式に、第四小隊の副隊長に任命したい。それから歩兵分隊の分隊長も兼任する事になるが、頼めるか? 因みに言うと歩兵分隊の副官をしているジーンと鈴猫も、お前が指揮官になる事を歓迎しているぞ」
「それはそれは・・・・・・承知。謹んで、お受け致します」
ケンプファは嬉しそうに笑みを浮かべながら、信康に敬礼した。
それを見届けたルノワも信康に一礼してから、その場を離れた。
ケンプファもルノワの後を追って、信康の下から離れる。
「おぅい~。何時まで此処に居るんだい? この時間だったら丁度お昼御飯時だからさ、僕と一緒にご飯を食べようよ~」
オストルがそう言うので、此処に何時までも留まっては邪魔になるし折角のお誘いだからと承諾して共に食堂へ繰り出す事にした信康。
その際にオストルは、信康に向かって話し始めた。
「ねぇねぇ、君ってさ・・・東洋の出身なんだよね?」
「ああ、そうだ。大和皇国と言う国だ」
「向こうは食べ物を食べる時は箸という食器を使うとか聞くけど、本当?」
「それは本当だが・・・正確に言うと北元や中華共和国など他の国でも、その食器は使われている。西洋世界では一般的に、箸って言うんだ」
「後、ソイソースとミソスープを毎日食べているんだよね?」
「まぁ、そうだな。大和に限っては、そう思ってくれても構わない。たた大和の西洋化は進んでいるから、そうでは無い家庭も増えていると思う」
「後、建物は黄金で出来ているって、本当?」
「それは嘘だ、と言いたい所だが・・・実は一つか二つだけ、そんな金箔とかの黄金を惜しみ無く使って建てられた建造物が存在している。俺は直接お目に掛かった事は無いがな。まぁ逆に言えばそれだけで、当時の権力者の権威の象徴って奴だな。大和には大規模な金山や銀山が幾つもあるけど、普通はそんな無駄な事には使わないし、使えないさ」
「わ~それでも本当にあるんだ!? 凄いね! 色んな意味で」
「ああ、そう思う。それとその話は何処の国の大商人だったかな?・・・名前は忘れたが、その商人が書いた書物で東洋旅行記っていう本に書かれている話だろう?」
「うん。マフェーロ・ポロベルトが著した物だよ」
「そう、それ。その本を書いたそいつな、実は俺の国には来ていないんだよ」
「え、ええ~~~!?」
「一応、当時のフェンノ帝国・・・現在の北元や中華共和国にまで巡ったそうだが、天候の影響で行く事が出来なかったらしい。其処で行った事がある人の話を聞いて、書き記したのがその本なんだよ」
「じ、じゃあ、その本に書かれている事は?」
「俺も読んだけど・・・合っているのは全体的に見ても三割程度で、残りの七割は出鱈目だ。黄金の建造物に関しては、嘘から出た真って奴だな。建物が出来たのも、百年以上経った後だからだ。マフェーロが勘違いした理由だが、大和は当時銅貨しか流通してなくて、採掘した金銀を売って銅を仕入れていたんだ。金銀を売ってそれより価値が低い銅を買うのだから、黄金が沢山ある国なのだと思ったんだろう」
「あぁ~成程。でもそんな場面を見たら、誰だって勘違いしちゃうよ。じゃあ、宣教師の書いた本の方は?」
「あれはな。本当に俺の国に行った奴が書いた本だから全部、合っているよ」
「そうなんだ」
信康は自分の部屋の部屋へと行く道すがら、何故かオストルと話していた。
オストルは楽しそうに話している。
しかし、信康としては何でこんなに好かれたのか分からなかった。
(懐かれた? 対して一緒に行動していないと言うのにな)
傭兵である信康にどうしてこんなに親しくするのだろうと思いつつ、オストルと話をしながら食堂へ向かった。
プヨ歴V二十六年八月二十日。同日の夜。
信康は寝台に腰掛けながら、鬼鎧の魔剣の手入れをしていた。
手入れと言っても、乾いた布で刀身を拭いて油を塗るだけだ。
別に柄から外したりはしない。
今日は其処まで本格的にせず、ただ簡単に出来る手入れをしていた。戦いが一先ず終わったので、今回は精神統一と言うよりも労いの意味で鬼鎧の魔剣の手入れをしていた。油を塗り終わると、乾いた布で軽く拭く。
そして、刀身の見る。
刀身全体に油を塗れたのを確認すると、信康は鬼鎧の魔剣を鞘に納めた。
部屋に嵌め込み式の窓で外を見ると、既に時間は夜になっていた。
「もう、夜か」
そう気付くと、腹の虫が鳴き出した。
「ふっ。そろそろ、晩飯を食べるのに良い時間だからな。今行けば、そこそこ席も空いているだろう・・・なまじ佐官級以上の士官専用食堂を利用しているから、味気無い食事だと思うかもしれんが仕方が無い」
信康は鬼鎧の魔剣を腰に差して、立ち上がった。
そして晩御飯を食べようと、本来自分が使う食堂に向かおうとした。
コンコン。
扉がノックされた。
「誰だ?」
「コホン。わたくしですわ」
信康の声掛けに答えた声には、聞き覚えがあった。
だが、信康は敢えて訊ねる。
「俺の知り合いに、ワタクシという名前の知り合いは居ない。部屋違いだと思うぞ」
笑みを浮かべながら言う信康。
そんな受け答えに、扉の向こうに居た人物は怒った声を上げる。
「な、何ですって!?・・・・・・ん、んん、わたくしです。ゲルグスですわ」
「ゲルグスか」
信康は扉を開けた。
其処にはゲルグスだけでなく、ルビィアも居た。
「どうした? 何か用か?」
「ふん。別に用があった訳ではありませんわっ」
ゲルグスは顔を背けながら言う。
だが、横目で信康を見ていた。
「そうか。一応言っておくが、用も無いのに人を訪ねるのは、嫌がらせに近いぞ。他に奴等にはしない様にな。じゃあな」
信康は扉を閉めようとすると。
「ち、ちょっと待ちなさいっ!? わざわざ会いに来た人物に無下にするなんて、人としてどうかと思いますわよ!!」
扉の隙間に片足を入れて、無理矢理開ける様にするゲルグス。
「何だ。用があったのか?」
「ええ、ええっ。ありますともっ・・・大変、大変不本意ですが・・・貴方に用があって参りましたわっ」
ゲルグスは腕を組んで、不機嫌そうな顔をする。
「何だ? 一晩相手をしてくれるのか?」
「は、はぁっ!? た、確かに貴方はわたくしの生命の恩人ですけどもっ!・・・だ、だからって誰が貴方の様な何処の馬の骨とも分からない者とわたくしが、ね、ねね、寝ないといけないのですかっ!?」
「ふ~ん。俺は床を共にしろとは言ってないんだがな」
信康はニヤニヤと笑いながら、ゲルグスを見た。
「な、しかしっ!?・・・一晩相手をするというのは、そ、そう意味でしょう?」
「それは実に素敵な提案だが・・・俺はただ互いに生き残れた事を祝って、一緒に酒を飲まないかという意味で言っただけなのだが?」
「~~~~~~~っ」
顔を赤くするゲルグス。
「ふーん。お前、意外とムッツリなんだな」
「だ、誰がムッツリですかっ!?」
「其処までにしておけ。収拾が着かん」
信康はゲルグスを揶揄っていると、ルビィアが口を挟んだ。
「ゲルグス。そろそろ本題に入ったらどうだ?」
「そ、そうでしたわね。では、コホン。第四騎士団の団長が貴方を御呼びです。付いて来てくれますわね?」
「第四騎士団のって、まさかフェリビア団長が?」
思わず、声を裏返させる信康。
「何かしたかな? 呼び出しを喰らう様な真似なぞ、した覚えは無いのだが・・・」
信康は今日までの間の事を思い出していたが、フェリビアの不興を買う様な真似はしていないと断言出来た。しかしその事実が逆に、この呼び出しの謎を深めていた。
「さぁ、わたくしにもさっぱり分かりませんわ」
ゲルグスは本当に分からないのか、お手上げのポーズを取る。
「予定があるのであれば、仕方が無いので断っても構わない。其処の所は、どうだ?」
「・・・特にありませんね」
「そうか。では、付いて来るか?」
「了解した。じゃあ、早速向かおう」
「何で、ルビィアと話すときはすんなり話すのに、わたくしの時はああなのです?」
「う~む。分からん」
「わ、分からないって」
「ゲルグス。騒いでないで行くぞ」
ルビィアはそう言って、さっさと先に行った。
「むぅ」
「早く行こうぜ」
「・・・・・・はぁ、分かりましたわ」
ゲルグスは肩を下げ溜め息を吐いたら、顔を上げてルビィアの後を追いかける。
「ほら、早く行きますわよ」
「了解だ」
信康もゲルグスと一緒に歩き出す。