第152話
村人達の敵討ちに燃えて撤退したカロキヤ公国軍の追撃を行うオストル達に追い付くべく、信康達は魔馬人形を飛行形態で走らせている。すると間も無くして、第五騎士団の最後尾が視界に入った。
「第五騎士団の尻が見えて来たっ! このまま追い越すぞっ!!」
信康が付いて来ている、自分の第四小隊の隊員達に声を掛ける。
「はっ!」
「承知っ!」
信康の直ぐ後ろに居るルノワとトモエが返事をして、直ぐに振り返り自分の後ろについて来る小隊員達にも声を掛けた。信康が速度を上げると、ルノワ達も着いて行く。
そして第五騎士団を上空から追い抜くと、信康はオストルを探した。
オストルは直ぐに見つかった。何故なら第五騎士団の先頭を走っているのを、見付けたからだ。
「オストルっ! 止まれっ! 一旦足を止めろ!」
「え~、何だって!?」
「だ・か・らっ! さっさと足を止めろ!」
「良く聞こえないけど、分かった! 全隊、止まれ!」
オストルが手を上げて声をあげると第五騎士団は徐々に遅く速度を落としていき、やがて完全に足が止まった。
第五騎士団が完全に止まるのを確認した信康は、斬影を上陸させてオストルの下に行く。ルノワ達も信康に見倣い、第五騎士団に横付けする様に上陸した。
「で、何って言ったの?」
「お前、聞こえてなかったのか? それでよく部隊の足を止めたな」
「う~ん。何となくだけど・・・そうした方が良いって、僕の直感が言うから従ったんだ。それにノブヤスだったら、無意味に止めたりなんかしないでしょう?」
「俺を信じてくれるのは嬉しいが・・・直感って、何処の野生児だよ」
本当に騎士だよな? とオストルを見て思う信康。
頭痛が起きそうになるが、気にするのを止めた。気にしていたら、身体が持たないと切に思ったからだ。
「しかし、あんな事があったのに意外と冷静だな?・・・このまま進むと、カロキヤ軍の伏兵に遭う可能性が高い。だから進むなら、注意して進むべきだ」
「伏兵だって!?・・・でもっ」
オストルは周りを見るが、何処にも隠れる所が無いと思って居る。
「お前はこの周辺の地図を確認していないのか? もう少し進んだら、比較的大きな森がある。カロキヤ軍が其処に、兵を伏せているかもしれない。と言うか、伏せていると見るべきだ。第一、あんなあからさまな挑発に乗る奴があるかっ!」
「あいたっ!?・・・もう、叩かないでよ~・・・でも森か。誰か僕に地図見せて」
オストルがそう言うと、部下の一人が地図を見せた。
そして地図をざっと見回して、オストルはこのまま進撃すると進路上に森がある事を確認した。
「確かにそうだね。ごめんね、ノブヤス。心配掛けた・・・良しっ! 皆っ! 伏兵に注意しつつ、先を進むぞっ!」
オストルがそう言うと第五騎士団の団員達も、襲撃に対応出来る様に警戒しつつ進軍を再開した。
信康が知らせる前と其処まで違いはある様に見えないが、伏兵への警戒があるか否かで雲泥の差がある。今の第五騎士団ならば仮にカロキヤ公国軍の伏兵を受けても、直ぐに迎撃が期待出来るに違いないと言えた。
「お前を心配していた訳では無いのだが・・・まぁ良い。第四小隊っ! 第五騎士団に続くぞっ!」
信康達もオストル達と速度を合わせる。そのまま進んでいるともう少しで森が見えると言う所で、ゲルグスが率いる第四騎士団を見つけた。
「漸く、追い付いたか」
「だね。でも此処からじゃあ、距離が有り過ぎるね」
「仕方が無い・・・このまま少しずつ距離を縮めて行って・・・」
信康が話している最中で突然、ドーンと言う爆発音が響いた。そして森から、喚声と怒号が聞こえ出した。
信康達の視線には森から魔法やら槍やら矢などが、第四騎士団に向かって飛んで行くのが見えた。姿形は森の茂みに隠れて見えないが、カロキヤ公国軍の伏兵部隊から第四騎士団が攻撃を受けているのは見て分かった。
不幸中の幸いなのは、第四騎士団も信康麾下の第四小隊と同様、魔鎧を装備していた事で何とか攻撃を防いでいたからだ。第四騎士団はその特殊性から、全団員に魔鎧が支給されていたのが功を奏していた。しかしこのまま攻撃を受け続けたら、魔鎧が耐え切れずいずれ撃墜させられるだろう。
「不味いっ!? 第四騎士団が伏兵に遭っているっ!! 第五騎士団。救援に向かうぞ!」
オストルが焦燥しながらそう指示すると、第五騎士団は襲歩で進み出した。
「だからあいつはっ・・・第四小隊っ! 後を追うぞっ!!」
信康は直情的なオストルに呆れながら、遅れて第五騎士団の後を付いて行く。森の入り口まで到達したが、その側面に襲い掛かる部隊が現れた。
「オストル様っ! あれをっ!?」
「えっ? 何っ?・・・ってあれは飛行兵かっ!? ちぃっ、こんな時にっ!!」
オストル達第五騎士団はカロキヤ公国軍の伏兵部隊が襲っている第四騎士団を救出しようした瞬間、カロキヤ公国軍がガリスパニア地方最強を自負する飛行兵部隊四百騎が襲い掛かって来た。第五騎士団を襲っているのは、鷲頭馬に騎乗している飛行兵部隊だった。
「くそっ、迎撃開始っ!」
オストルが第五騎士団にそう指示すると、第五騎士団は鷲頭馬飛行兵部隊と交戦を開始した。単純な兵数差だけで言えば、第五騎士団の方が有利である。
しかし、飛行兵部隊はいずれも強力な魔物に騎乗して戦うので、飛行兵一騎で並の兵士百人に勝る事もある。その事実を鑑みれば、第五騎士団との戦力差は絶望的とも言えた。しかし単純な計算だけでは、勝利に直結するとは言えない。
更に今回ばかりは、相性が悪かった。当然魔法使いや魔術師も居るのだが、その絶対数が少なかった。
何故なら重装騎兵で構成された第五騎士団は、遠地上戦における破壊力こそが最大の武器だからだ。第五騎士団に所属する魔法使い達は必死に応戦するが、鷲頭馬飛行兵部隊も可能な限り距離を取り魔法か鷲頭馬に風魔法を使わせて攻撃を続けていた。
不幸中の幸いなのは第五騎士団も第四騎士団と同様に、魔鎧が全団員に支給されていた。なので第五騎士団の団員達が着用している鎧や盾、騎馬の鎖帷子には魔法障壁の魔法が掛けられている魔石を内蔵しているので、攻撃が一切通っていなかった。
しかし、それも現状だけであり、このままでは魔石が限界を迎えて壊れてしまう。そうなると第五騎士団が絶体絶命の窮地に陥るのが火を見るよりも明らかであった。
「くううっ! 一体どうしたらっ・・・」
オストルは鷲頭馬飛行兵部隊の攻撃を受けながら、悔しそうに声を漏らした。鷲頭馬飛行兵部隊とて、一方的に第五騎士団を攻撃している訳では無い。
魔法攻撃をする際に、どうしてもある程度の距離を詰めて第五騎士団に接近しなければならない。その際に第五騎士団も魔法と投槍と言う攻撃手段が発生して、鷲頭馬飛行兵部隊に対抗出来る。
だが、鷲頭馬飛行兵部隊は魔法や投槍が飛んで来たら、直ぐに飛翔してあっさりと躱してしまう。そうなると魔法が使える団員以外は、手に持って居る主要武器を失ってしまうのだ。剣と言う補助武器になる得物は勿論その腰に帯剣しているのだが、鷲頭馬飛行兵部隊を相手にするには心許なかった。
「自由なる乙女よ。風を束ねし大精霊よ。形なき風を纏め我が弓とならん・・・・・・風よ、全てを穿て――――――疾風の矢弾」
歌の如き美声と共に、鷲頭馬飛行兵部隊に緑色の矢雨が降り注いだ。更に別の魔法矢の雨も、鷲頭馬飛行兵部隊を襲う。第五騎士団を相手に集中していた鷲頭馬飛行兵部隊は諸に矢雨を受けて、一瞬にして百騎以上もの鷲頭馬飛行兵が撃墜されて地上に落下し赤い花を咲かせた。
「矢だとっ!? 何者だっ!!」
鷲頭馬飛行兵部隊の部隊長は一瞬にして大量の戦力を失った事実に動揺しながらも、矢雨を降らせた敵の索敵を行った。しかしそれ所では無い事態が、鷲頭馬飛行兵部隊を襲う。
「大いなる力よ。我が敵を穿て――――――魔弾」
鷲頭馬飛行兵部隊を、魔力の弾丸である魔弾が襲う。魔力を収縮して放つ魔弾は魔法を使う魔法使いや魔術師にとって、基本中の基本となる魔法である。魔弾は鷲頭馬飛行兵部隊を襲い、更に数騎の鷲頭馬飛行兵を撃墜させた。
「これって・・・」
「よう、遅れて悪かったな」
救われたオストルの下へ、信康率いる第四小隊が駆け付けた。先刻の鷲頭馬飛行兵部隊への攻撃は、全て第四小隊の仕業である。
「ノブヤス!・・・助かったよっ! ありがとうっ!!」
「礼なら良い。あの飛行兵共は、第四小隊が引き受ける。援護を頼む。ルノワ、トモエ。此処は任せるぞ」
「はっ!・・・えっ? ノブヤス様。それはどう言う意味でしょうか?」
信康に頼まれたルノワは反射的に返事をしたが、最後の言っている内容が理解出来なかったので直ぐに意味を訊ねた。オストルとトモエも、信康が言っている内容が理解出来ていなかった。
「あいつらは無視出来ないだろう。一気に殲滅してやりたかったが、流石に其処まで都合良く事は運べなかったな。だから第四騎士団の方は、俺が一人で救援に向かう」
「小隊長が、御一人でですか?」
「そ、それは危ないんじゃないかな?」
トモエとオストルは、信康が単騎で第四騎士団の救援に向かう無謀さを止めようとした。しかしルノワだけは、心配しつつも溜息だけ吐いて止める様な真似はしなかった。
「承知致しました。どうか御武運を・・・オストル副団長、トモエ。ノブヤス様でしたら心配無用です。それを可能とするお力を、ノブヤス様はお持ちですから」
ルノワはそう言ったが、オストルとトモエは簡単に信じる事が出来なかった。
「まぁ普通なら信じられないよな」
信康は苦笑しながらそう言うと鬼鎧の魔剣の縁金に埋め込まれていた、宝玉を取り外して鞘に押し当てた。すると一瞬だけ空間が揺らめくと、鞘は宝玉を吸収した。
続けて鞘に信康が手を当てると、そのまま掌が鞘に埋め込まれて行った。信康が手を引くと、手中には黄字で迦の文字が書かれていた赤い宝玉があった。
信康は鬼鎧の魔剣の縁金に、その新しい宝玉を埋め込んだ。
そして信康は鬼鎧の魔剣を、天に翳した。
「さて、状況が状況だ・・・俺も手札を、一枚切らせて貰うとしようかっ!」
そう言って信康は、鬼鎧の魔剣を振り回して円を描いた。その描いた円は赤く輝く。
「不動明王の背にありし、炎よ。形なして大空を翔る大鳥とならん」
ルノワ達はその詠唱を、黙って聞いていた。その詠唱はまるで、神に捧げる祝詞の様だったからだ。
「竜すら喰らう神鳥となりていざ、羽ばたけ煌翼。その身に宿る金色の焔は、何人をも焼焦がす」
そして円の中から、一つの甲冑が出て来た。トモエも見た事がある、大和皇国の甲冑だ。それは故郷の渤海でも、良く見かける甲冑であった。
「その神鳥を喰らい、その力を身に宿せし鬼よ。その翼を、その焔を持って怨敵を滅せよ」
詠唱が終ると、甲冑はバラバラになって信康の身に装着された。
鳥の頭を象った兜。
赤く塗装された甲冑に背中の部分には翼がある。
所々が黄金で縁取られている。
顔の部分は頬当の部分で隠れており、目しか露出していない。
持っている得物も刀から、三尖刀に変わっていた。
「纏身、金翅鳥鬼鎧」
「「・・・・・・綺麗」」
オストルとトモエは信康の鎧を見て、そう呟いた。ルノワはそう思ったが、口には出さなかった。
「ああ、ありがとう」
信康は自分の鎧を見てそう言われたのは、初めてだったのでちょっと驚く。ルノワは信康から礼を述べられるのオストルとトモエを見て、自分も言えば良かったと後悔したが表情には出さなかった。
「ノブヤス様。お急ぎになられますから、こちらの魔法も掛けておきます・・・風よ、その御力の一端を頂かん。――――――加速!」
ルノワは信康が少しでも早く移動出来る様にと、加速の魔法を掛けた。信康は自身の身体に纏う風の力を感じて、ルノワに礼を述べた。
「ありがとうな・・・じゃあルノワとトモエ、後は任せる。ついでに斬影も、預かっておいてくれ。俺はゲルグス達の所に向かうから」
「「はっ! 御武運を!!」」
「気を付けて行ってね! ノブヤスッ!!」
信康は念じると、翼が動いた。そして、空へと羽ばたきゲルグスの下に向かう。オストル達はその飛び立つ信康を見送ると、直ぐに指揮を執り始めた。