第147話
プヨ歴V二十六年八月十八日。
夜が明けて朝を迎えた信康は、目が覚めるなり身体を伸ばす。
そして直ぐに着替えて部屋を出ようとしたが、ふとフラムヴェルに昨日言われた事を思い出した。
『あっ、それと・・・明日は起きたら、あたしがこの部屋に来るまで、出るんじゃねえぞっ。良いな!』
そう言われたので、もし出たら後で何を言われるか分かったものではない。
なので仕方が無く信康は、フラムヴェルが来るまで待つ事にした。
そうして待つ事、一時間。
流石にそろそろ朝食を食べないと、まずい時間になった。早く行かなければ、ピークに達してある程度の時間を並ばなければならなくなる。
なのでフラムヴェルには悪いと思うが、此処は謝って許して貰う事にする信康。フラムヴェルも早く来なかった手前、怒る事は無い筈だ。
信康はそう判断するとドアノブに手を掛けて回して、扉を開けた。
「あっ」
何故か、フラムヴェルが其処に居た。
「おはよう」
取り敢えず、朝の挨拶をする信康。
「お、おう。おはよう」
フラムヴェルも挨拶してくれた。
「今来たのか?」
「あ、ああ、そうだ」
「そうか。待っていたよ。それで、朝から俺に何の用だ?」
「ま、まぁ、あれだ。昨日の詫びを込めて、今日は朝食は奢ってやる」
「うん? ちょっと意味が良く分からんのだが?」
信康はフラムヴェルの発言に、首を傾げる。食堂で出る食事は、全て軍費で賄われているので無料だ。食べ放題と言う訳では無く量が予め決められているが、それでも一人前以上の量がある。信康はフラムヴェルの言っている御馳走すると言う意味が良く理解出来なかった。
「良いからあたしに付いて来いよ。ほら、早く行くぞ」
フラムヴェルがそう言って先に歩き出したので、信康もその後に付いて行った。
寝室に使っている部屋を出て、少し歩いた。
しかし其処は信康が考えていた、一昨日から利用している食堂では無かった。目的地の出入口に衛兵らしき軍人が立っており、信康を怪訝な表情で見ていたが、フラムヴェルが衛兵と少し話すとあっさり通してくれた。
この時間なら一兵卒から尉官までの軍人達が列を成しているであろうカウンターなどは無く、給仕がいて席に座っている客達の注文を聞いて、そしてそれをオープンキッチンに伝えていた。
其処は食堂では無く、何処かの洒落た飲食店の様であった。
「どうした? 入るなり、ぼーっと突っ立て」
「えっと、此処は?」
「此処はな。佐官級以上の軍人だけが使える高級将校専用の高級食堂だ。お前が普段使っている一般食堂と違って、金が掛かっているんだぜ」
「成程。言われてみれば、此処が噂になっていた佐官級以上専用の食堂か」
この高級食堂のありようを一片だけ見ても、一般食堂とのその違いが大いに分かる。
「まぁ上に立つ人間程、美味い物が喰えるのは道理だな」
戦場において食事程、大事な物は無い。
昔の何処かの国の名将が「軍隊とは無限の胃袋を持つ怪物だ」と言っていた。
何も食べなければ、動くのもままならない。その状態で戦場に出れば、間違いなく死ぬ。
稀に飢餓状態でも爆発的な活躍をする場合もあるが、それは作戦でそういう風に誘導しているのが殆どだ。厳密には違うが背水の陣の故事になった大戦が、良い実例である。
「まぁ、佐官はやる仕事が多いし責任もデカいからな。食事くらいは豪華にしないと、大変さに割りが合わないだろうさ」
「それもそうか」
信康が納得していると、アンヌエットが声を掛けてきた。
「団長、何処に行って・・・・・・って、何で、あんたが居るの?」
「こちらの団長殿に誘われてな」
信康は指で差した。
「団長。どうしたんですか?」
「まぁ、あれだ。昨日親睦を深めたからな、これを機に仲良くしようと思ってな」
フラムヴェルが目が泳いでいた。
それを見て、アンヌエットは分かった。
「ああ、昨日の口止めですか?」
「んぐっ!?」
図星を突かれて、言葉を詰まらせるフラムヴェル。
「はぁ~・・・それよりも早く食べましょう。そろそろ食べないと、出立に間に合わなくなります」
「そ、そうだな。早く座ろうか」
アンヌエットが溜め息を吐きながら、取っていた席を案内してくれた。
其処は四人掛けの席だった。
「ほら、早く座りましょう」
「だな。早く頼まねえと、出るのが遅れる」
アンヌエットとフラムヴェルが座るので、信康も座る。
すると、給仕が来て献立表を渡した。
「今日は動くから、ボリュームがあるのにするか」
「ですね。あんたはどうする?」
信康は献立表を渡され、中を見る。
本日の朝食。
Aコース(サニーサイドアップ、マッシュポテト、マッシュルームのソテー、ソーセージ、ベーコン、トースト、焼きトマト、ベイクドビーンズとブラックプディング)
Bコース(パンケーキ、ベーコン、ソーセージ、ターンオーバー、マッシュポテト)
飲み物 カフェ、茶、牛乳、ジュース(オレンジ、アップル、グレープ)
信康は献立表を見て、下士官の食事と差が有り過ぎだろうと思った。
「で、決まった?」
「ああ、Aコースで良いか。明日から任務完了まで、本格的な食事は難しいだろうからな。今の間にがっつり食べておかないと」
「ははっ。ちげぇねぇな」
「じゃあ、頼むわよ」
アンヌエットは給仕を呼んで、注文した。
注文を受けた給仕は、一礼してその場を離れた。
料理が来るまで、信康達は雑談しだした。
「なぁ、お前って、東洋のどっかの国の出身なんだろう?」
「そうだ。大和皇国という国だ」
「どんな所なの?」
「そうだな。先ず簡単に言えば、四季があるところだな」
「「シキ?」」
二人は意味が分からない顔をした。
信康は二人の反応を見て、ああ、この国だと四季と言っても分からないかと思った。
(そう言えば、以前にレズリー達の時にもこんな話をしたな)
信康は簡単にだが、四季の事を二人に教えた。
二人は雪と言われても、ピンとこない顔をしていた。レズリー達と同様の反応をするので、信康は思わず苦笑してしまった。
同時に見た事がないのだから、分からないのは仕方が無いかと思う信康。
三人は和やかに話をしていると、話に割り込んで来る人物が現れた。
「あら? どうして貴方が此処に居るのかしら?」
誰だと思い、首を動かすとそこに居たのは黄緑色の髪をカーリーヘアの女性騎士だった。
「貴方みたいな下賤な者がこの食堂に居るなんて、おかしいのでは? 全く、食堂の前に詰めている衛兵達は何をしているのかしら?」
そう言う女性騎士は、信康を蔑んだ目で見ていた。
まるで塵芥でも見るかの様な目だ。
流石に同じ席を一緒に居る者を馬鹿にされて、アンヌエットとフラムヴェルは睨んでいる。
だが、信康は違った。
「・・・・・・はて? 誰だったかな?」
「な、何ですって!?」
「「ぷっ」」
明らかに女性騎士は信康の事を知っている風に話していたのに、信康は女性騎士に対して全く知らない人と話しているみたいな感じで言う。
それを聞いて、アンヌエット達は噴き出しそうになった。
「わ、わたくしとは、い、一度会ったでしょう!?」
「何処で?」
「こ・の・ま・え、襲撃された村で会ったでしょうっ!」
信康はそう言われて、思い出そうとした。
そしてこのカーリーヘアの髪型をした、女性騎士の事を思い出す。
「おおっ、思い出した」
「やっと思い出しましたか。貴方の貧しい頭でも流石に覚えて」
「いきなり傭兵部隊に喧嘩を売って来たのに、上官のフェリビア団長に窘められた上にその団長に頭を下げさせて、その場を納めさせたゲルグスとか言う女騎士」
「そうそう、団長に頭を下げさせて・・・・・って、変な覚え方するじゃありませんわっ」
「しかし、全て事実だ。嘘は言っていない」
「うぐっ」
女性騎士は信康に反論出来ず、言葉を詰まらせた。
「うわ~無いわ。自分で売った喧嘩を、上官に頭下げさせて納めさせるとか」
「随分と御立派な自尊心だ事で・・・そもそも上官に頭を下げさせるなんて、貴女それでも騎士なの?」
アンヌエット達の口撃を受けて、女騎士は全身をプルプル震わせる。
「二人共、もう止めてやれ・・・それで何用ですかね? ゲルグス卿?・・・紹介が遅れましたが、自分は傭兵部隊の信康と言います。お見知りおきを」
「~~~~、コホン。そう言えば、ちゃんと名乗っていませんでしたわね。わたくしはゲルグス・フォン・ペリトラドと申します。第四騎士団団長直轄部隊である天馬十二騎の一人。異名を『烈火』ですわ」
「へぇ、お前がね」
フラムヴェルはゲルグスを見て、感心している様な声を出す。
「『烈火』ね。だから、そんなにカッカするのか?」
「そんな訳ありませんわっ」
「まぁまぁ・・・何時までも立ってないで、座ったらどうです? 見た所、食堂に来たばかりに見えるが・・・一つ席が空いているから、ご相伴に預かりませんか?」
「はぁ? どうして、わたくしが」
くぅ~と、ゲルグスの腹から、可愛らしい音が聞こえてきた。
「~~~~~~~っ」
「はっ。腹の方が、よっぽど素直だな。ほれほれ。空いているんだから、座れ座れ」
フラムヴェルがゲルグスにそう言って、信康の隣が空いてるので座る様に促す。
「だ、だから、どうして」
「腹が減っているのでしょう? だったら、早く頼んだ方が良いと思うが?」
信康がそう言うので、ゲルグスは周りを見ると、何処も空いている席がなかった。
なので、矜持と空腹を天秤に掛けた。
結果。ゲルグスは空腹を取った。
「ま、まぁ・・・貴方が其処まで言うなら、仕方がありません。此処は座って差し上げてもよろしくてよ」
「どうぞどうぞ」
「そ、それでは失礼しまして」
ゲルグスは信康の隣に座る。
そして給仕から献立表を貰い、少し考えてBコースを頼む事にした。
朝、信康が部屋でフラムヴェルを待っていた時。
「・・・・・・・・・・・」
フラムヴェルは信康のドアの前で立っていた。
かれこれ三十分も部屋の前で立っているフラムヴェル。
昨日のお詫びにどう言って、朝食を御馳走しようか考えていた。
(やっぱり、「昨日は色々と済まなかった。お詫びに朝食を御馳走してやる」かな?)
しかし、それではちゃんとお詫びだと思われるのか、疑問だった。
昨日の事の口止めで誘ったと思われるかも知れないからだ。
(それとも、「お前も士官になったんだから、それなりに良い物を食いたいだろう? 特別にあたしが朝食を御馳走してやるよ」か?)
しかし、これでは偉そうでお詫びをしていると思えなかった。
(ここは変化をつけて「べ、べつに、お前と一緒に朝ご飯を食べたい訳じゃあねえんだからなっ。其処を勘違いするなよ? こ、これは昨日の詫びで特別に御馳走してやるだけだかなっ」っていうか?)
しかし、この言い方は自分に似合っていないと思えた。
(ああああああああああっ、どうやって、朝食に誘えば良いんだよっ⁉)
フラムヴェルは頭をかきむしる。
その姿をルノワは少し離れた所にある角から顔を出して見ていた。
「・・・・・・あの方、何をされているのでしょうか?」
そろそろ、信康と一緒に朝食に行こうと思っているのだが、フラムヴェルが信康の部屋の前で奇怪な事をしているので、どうしたらいいか悩んでいた。
そうしていると、信康が部屋から出てきて、フラムヴェルと話をして、朝食を御馳走すると言っているので、信康の好きにさせる事にして、ルノワはその場を離れ下士官が使う食堂に向かった。