第146話
プヨ歴V二十六年八月十七日。同日の夜。
フラムヴェルとの決闘を終えた後、待機命令を受けてフェネルで一日を過ごした信康は一人で、自分の部屋に居た。
明日は付近の村々を回り、その住民を連れて近くの軍事施設に送り届けると言う任務がある。朝食を食べたら即座に出立なので、今日は早めに休もうと部屋に引っ込んだ信康。
(しかしあいつの魔宝武具・・・爆炎連弾だったか。中々の威力だったな。大砲一発分の威力はあったし、直撃したらヤバかったろうな。魔鎧の方はメルティーナが点検してくれたから良いとして、寝る前に愛刀の点検でもしておくか)
フラムヴェルとの決闘後、メルティーナに鎧の点検を依頼すると魔石の消耗具合を見て驚いていた。其処で事情を一部始終説明したのである。
そして寝る前に得物である、鬼鎧の魔剣の点検だけする。魔宝武具である鬼鎧の魔剣は、自然に修復出来るので、そもそも点検の必要性など全く無いし、しなくても別段問題など無い。
しかし己の生命を預ける得物なので、日頃から点検は怠ってはいけないと思いしているだけだ。第一に、これは精神統一が主目的で行っている事だ。戦場と言う極限地帯において、精神状態は生死に大きく影響するのだから。
『己の命を預ける物ならば、日頃から問題がないか確認すべきです。それが出来ないのであれば、戦場に立つ資格などありません』
ふと大和皇国で、自分の傳役だった人物の言葉を思い出した。
(今頃、何をしているかな? 親義のおっさん)
己の父よりも父と慕った男は今頃、何をしているだろうかと思っていた。
コン、コン。
優しく扉がノックされた。
「誰だ?」
信康は鬼鎧の魔剣の点検を止めて、扉に居る人に声を掛ける。
『・・・・・・・・・・』
しかし、反応が無かった。
室内ないで風で揺れるという事は考えられない。ならば、他に何があると考えていると。
(暗殺者か?・・・ふっ、馬鹿な。それなら一士官の俺では無く、最低でも部隊長級を狙うだろ
う・・・まぁそれでも、魔宝武具狙いの可能性もあるからな。用心するに越した事は無いか)
信康は過去の経験則からそう警戒しつつ、手に鬼鎧の魔剣を持って扉に近付く。
「誰か居るのか?」
もう一度だけ、扉越しに訊ねた。だが、反応は無い。
信康は何時でも鬼鎧の魔剣を抜刀出来る様に鯉口を切り、ゆっくりと扉に近付いた。
そして静かに、信康は扉を開ける。
扉を開けた先に居たのは、決闘をしたフラムヴェルだった。
「「・・・・・・・・・・・・」」
お互い、何て言えば良いのか分からず固まった。
そして先に硬直を解いたのは、信康だった。
「・・・・・・何か用か?」
「え、えっと・・・・・・・・・・・・」
何故か、目を左右に泳がせて手をもじもじさせているフラムヴェル。
最初会った時とは、えらく違うなと思う信康。
「・・・・・・取り敢えず、部屋に入らないか?」
「あ、ああ」
信康は戦闘態勢を解いて、フラムヴェルを部屋に招き入れた。
フラムヴェルを部屋にある椅子に座らせて、信康はベッドに腰掛けた。
「悪いが、少し時間をくれ。今からお茶を用意するから」
「い、いや、良い。お構いなく」
椅子に座ると、借りてきた猫みたいに大人しくなったフラムヴェル。
何か話をしたいのだろうかと思い、信康はフラムヴェルが口を開くのを待った。
「・・・・・・・あのよ」
「ああ、なんだ?」
「先刻の模擬戦の事なんだがよ」
信康は首を傾げた。
それなら引き分けと言う結果で、話は着いた筈だからだ。
(何で、そんな話をするんだ?)
蒸し返す意味が分からず、何て言うか戸惑う信康。
「模擬戦をする前に、賭けをしただろう?」
「賭け?」
そう言われて、模擬戦を始める前に言っていた事を思い出す信康。
『そうだ。あたしが勝ったら、お前は一つあたしの言う事を聞く。お前が勝ったら、お前の言う事を一つだけ聞いてやる』
フラムヴェルが決闘前に、その様な事を言っていた事を思い出す。
「そう言えば、そんな事を言っていたな。すっかり忘れていた」
信康は手をポンと叩いた。
「だ、だからよ・・・・・・・あたしの・・・・・・その・・・・・・・」
後半から、小声で話し出すので何を言っているのか分からなかった。
「先刻からどうしたんだ? 聞こえなかったから、もう一回言ってくれないか?」
信康がそう言うと、フラムヴェルは顔を赤くし俯きながらボソボソと話す。
「だ、だから・・・・・・あたしを・・・・・・す、すすすき・・・・・・」
「すまん。本当にさっきから何を言っているのか、全然聞こえない」
信康がそう言うと、フラムヴェルは椅子から立ち上がり顔を赤くして叫んだ。
「だからっ、あたしの身体を好きにして良いって言ってるんだよ!」
大きな声をあげてそう言って恥ずかしかったのか、手で顔を隠すフラムヴェル。
信康も聞いていて、自分の耳を疑った。
「はい?」
思わず間抜けな声をあげた。
「何故、そうなるんだ?」
取り敢えず何をどうすればそんな考えに至ったのか、フラムヴェルに理由を訊ねる信康。
フラムヴェルはおずおずと話し出す。
「だ、だってよ。表向きは引き分けだけど、実際はあたしはあんだけ傭兵部隊を馬鹿にしたのに、お前にあっさりと負けただろう。あたしの口から賭けをしようと言ったんだし、しないと駄目だろう?」
「別に其処まで律儀にならなくても」
「で、でもよ。あんなに恥ずかしい所見られちまったし」
フラムヴェルが恥ずかしい所と言ったので、信康は先程のフラムヴェルが失禁した事を思い出す。
顔には出していない心算だったが、顔に出ていたのだろう。フラムヴェルは信康の顔を見て、手を振り回す。
「だああああああっ!? 思い出すなっ!」
「んっ、んん、失礼。別にしなくても良いだろう」
「マルファも『一度口から出た言葉を無下にするのは、上に立つ者としてどうかと思うわ』って言うし」
「ふ~ん」
信康はあのマルファと言うヌエーギセリドア教団の聖女は、筋を通す性格なのだと分かった。
「それで、どうしてお宅の身体を好きにして良いと言う事になったんだ?」
どうしてそんな考えに至ったのか、まるで分からない信康。
「お、男って、女の身体が好きだから、する事と言えば一つだろう?」
「あ~、成程ね。そういう事ね」
フラムヴェルは言う事を聞かせるという意味を、性行為と考えたようだ。
信康は困った様子で、頬を搔く。
(困ったな。フラムヴェルは美人だから、普通なら喜んで抱くんだが・・・それで手を出したら流石に後味悪いし、面倒そうな事が起こりそうだ)
フラムヴェルは美人だし、普通なら喜んで受ける所だ。しかしもし手を出したと分かったら、フラムヴェル麾下の炎龍戦士団が黙っていないだろう。
そもそもアレウォールス教団そのものを、信康は敵に回しかねないと予測する。仮にも自分達の上に立つ者だ。その上、己の宗教の象徴と言える存在だ。
それを信康みたいな海の物とも山の物とも知れない奴が手を出したと知ったら、激怒して信康を襲撃するかも知れない。過去に滞在していた国々でそれと似た様な状況を経験済みなので、信康は十分起こり得る未来だと思いげんなりしていた。
仮に襲撃を受けたとしても流石に負ける心算は無いが、味方同士で戦っても何の益も無く不利益しか起きない。
しかしあの賭けは無しだと言っても、目の前に居るフラムヴェルは意固地になって納得しないと思う信康。
「ほ、ほらっ! 賭けに負けたんだから、す、すすす、好きにしろよ。そして、今回の件は全部チャラだからなっ!」
フラムヴェルの言葉を聞いて、信康は何でこれだけ手を出して欲しいのか理由が分かった。
要するは自分が失禁した件を、自分の身体を好きにさせる事でチャラにしたいのだ。
(失禁の口止めで、身体を好きにして良いとか、割りに合わないと思うが?)
そう思うとフラムヴェルが何だか可哀想に見えて、益々手を出す気がグンっと引き下がる信康。
しかしこのまま何もしないとフラムヴェルは五月蠅そうだから、どうしたものかと考える。
顎に手を当てて考えていると、良い事を思いついた顔をする。
「良し、分かった。じゃあ、早速して貰おうか」
「お、おお、で、でもあたしは、そのした事がないから、リードしてくれないか?」
「任せろ」
信康は自分の胸を叩いた。
そして、ベッドに胡坐をかいて、フラムヴェルに背を向けた。
「うん?」
いきなり、背中を向けられて意味が分からず困惑するフラムヴェル。
「よし、肩を揉め」
「・・・・・・はい?」
「だから、肩を揉んでくれよ。一つだけ言う事を聞いてくれるのだろう?」
「うん? うん。そうはなるな」
「という訳で、肩を揉め」
「・・・・・・それで良いのか?」
「俺がそれで良いんだから、良いんだよ。ほら、早くしろよ」
「わ、分かった」
フラムヴェルは手を伸ばして、信康の肩に触れる。
そして、軽く揉んでみた。
「うわっ、固いな」
「此処のところ、ちょっとな。という訳で早くしてくれ」
「分かったよ」
フラムヴェルは初めて肩を揉む所為か、下手だった。
「下手くそ」
「う、うるせ。初めてするんだから、これぐらいで文句言うな」
「仕方がないな。もう少し、人差し指に力を入れろ。後親指はグリグリと、刺激する様に動かすんだ」
「分かった」
フラムヴェルは言われた通りにした。すると先程よりも良くなった。
「あ~うんうん。さっきよりも気持ち良くなったな」
「そ、そうか。良かった」
フラムヴェルは嬉しそうに顔を緩ませる。
信康も別の意味で顔を緩ませそうであった。
何故なら、フラムヴェルが手を動かす度に豊満な胸が信康の後頭部に当たるのだ。
その感触でにやけそうになるのを、必死に抑える信康。
信康はフラムヴェルが疲れるまで、肩揉みを続けさせた。
そして、良い具合にほぐれた肩を回す信康。
「ん~、良い感じに解れたな」
気持ちよさそうな声をあげる信康。
「・・・・・・・・・」
フラムヴェルは信康を見る。
その目には、これで終わりの訳ないよな? という目をしていた。
「よし、もう良いぞ。帰って良い」
「えっ!?」
フラムヴェルは目を見開いていた。
「だから、もう帰って良いぞ」
「ほ、本当に良いのか?」
「ああ、これで良い」
「で、でもよ。やっぱりしないと駄目じゃないのか?」
フラムヴェルはヤラないで良いのかと聞いてきた。
信康はベッドに横になりながら話す。
「俺の傳役・・・って言っても分からないから、こっち風に言えば執事とかじいやって奴が俺には居たんだ。そいつに小さい頃から、口酸っぱく言われていてな。『戦に出ている時に、女を抱けば身を滅ぼす』って何度も言うもんだから、どうも戦の最中は女を抱く気分がなくてな」
「ふ、ふ~ん。そうなのか・・・って執事が居たとかお前、もしかして故郷では実は良い所の出なのか?」
「・・・・・・喋り過ぎたな。まぁ昔の話だ。だからもう帰って良いぞ。俺はもう寝るから」
「あ、ああ、分かった」
フラムヴェルは何とも言えない顔をしながら、部屋を出て行く。
その背に信康は声を掛ける。
「一つ良いか?」
「何だ?」
「模擬戦の時に使っていた魔宝武具の他にも、何か持っているのか?」
「っ!?・・・どうして、そう思った?」
「幾ら俺が着ていた魔鎧に魔法障壁が付与されている対魔装甲とは言え、神具級の魔宝武具にしては些か一撃が軽いとしか思えなくてな」
「・・・・・・へっ、そうかい」
苦笑するフラムヴェル。
「確かにあたしが使ってた爆炎連弾は、神具級の魔宝武具じゃないよ。一つ下の宝具級の魔宝武具さ」
「そうか。それでも、凄い代物だと思うが」
「あたしの魔宝武具はね。使うとそれなりにデカい被害が出るからね。だから、滅多に使わないんだ」
「成程な」
「他に何か知りたいかい?」
「お前のスリーサイズ」
「上から・・・・・・って、誰が言うか!?」
「残念だ。じゃあ、他は無いな」
信康は目を瞑った。
フラムヴェルももう用が無いと分かると、部屋を出ようとした。だが、ドアノブに手を掛けると、そのまま動かなくなった。
信康がどうしたと思って居ると、フラムヴェルはポツリと零した。
「・・・・・・フラム」
「はい?」
「あたしの愛称だ。今度から特別にそう呼ばせてやるよ。公私とか気にしなくて良い」
「・・・・・・良いのか?」
「ああ、仮にもあたしに勝ったんだ。それ位は呼ばせてやる。他の奴等にも、文句なんて言わせない」
「了解した。フラム」
「もう言うのかよ。早いな」
信康に背を向けているので、顔は見えないが苦笑した雰囲気だすフラムヴェル。
「あ、それと。明日は起きたら、あたしがこの部屋に来るまで、出るんじゃねえぞっ。良いな!」
振り返りながら話すフラムヴェル。
顔を赤くしながら言う。
そして言い終えると、扉を開けて派手な音を立てて閉めた。
「・・・・・・・・・騒がしい奴め・・・・・・・まぁ良いか」
フラムヴェルの騒々しさに、呆れる信康。
明日の朝に何かあるのかと思いながら、信康は就寝に就いた。
脳裏に少しだけ、傳役の親義の事を思い出しながら。