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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第13話

 プヨ歴V二十六年五月十五日。


 信康はリカルド達が戻るまで時間が掛かるだろうと思い、味方が布陣している所を見て回っていた。布陣を見れば、戦争の展望や総大将の思惑などどう考えているか分かるからだ。


 勿論、誰もが見て分かる訳では無く、戦略や戦術に精通しなければ分からないものだ。


 事実としてルノワは分かっておらず、信康だけは現状を理解して嘆いていた。


 ルノワと共にプヨ王国軍全軍の布陣を見ていたが、信康は驚いていた。


「・・・見れば見る程、嘆かわしい。歩哨は突っ立ってるだけだし、従士は鎧を脱いでくつろいでいるだと? このプヨ軍は戦争と言うものを、きちんと理解していないみたいだな? ・・・まぁ第三騎士団の酷さが際立っているだけで、鋼鉄槍兵団と第二騎士団は別だが」


 信康は第三騎士団の練度と意識の低さに嘆きながら、溜息を吐いた。


 因みに信康が堂々とそうしていられるのは、ルノワの狩猟神の指環(ハンターズ・リン)に搭載されている魔法の一つである、隠蔽(ハイティング)でルノワと共に透明になっているからである。


「信康様、軍議が終わったみたいです。怪しまれぬ様に、そろそろ傭兵部隊の陣地に戻りましょう」


 ルノワが耳をピクピクと動かして、状況を教えてくれた。信康の為に、軍議の内容を盗聴してくれていた。聴覚に優れた黒森人族(ダークエルフ)だからこそ、可能とする芸当であった。


「そうか、戻るとするか。さて、この戦争はどうなる事かな・・・?」


「それは火蓋が斬られるまでは、誰にも分からないとしか言えませんよ」


 戦争とはどれだけ有利な状況で挑んでも、負けてしまう事もある。戦争に絶対は無いのだから、戦ってみないと分からないのだ。


「ふっ、言えているな。さて、戻るか」


 ルノワは頷いて急ぎながら、傭兵部隊の陣地に戻った。


 二人が陣地に戻ると、ヘルムート達はまだ戻っていなかった。


 ヘルムート達が戻ってくる前に陣地に着いたので、周囲を見渡してから隠蔽を解除した。其処で一安心していたら、ジーンと出会った。


「お前等、何処に行っていた? 探したのに見えないから心配したぞ」


「悪い、ちょっとな」


 信康は頬を掻きながら、ルノワの顔を見た。


 ルノワはそれを、熱い視線で見つめ返した。


「あ~あ、二人だけの会話かよ。お熱いのは良いが、程々に頼むぜ」


 ジーンは顔をニヤニヤしていた。


「ジーン、何か誤解していないか?」


「そいつは気の所為だ。それよりも軍内で流れている噂を聞いたか?」


「噂? 知らないが」


 ルノワも首を横に振った。


「正規軍から流れてきた噂らしいが、何でも今回の戦で敵に北方に居るアヴァ―ル族が援軍に来ているらしいぜ」


「アヴァ―ル族って確か勝つ為なら、どんな手でも使う事で有名な傭兵部族だろう。別に参加していても驚きやしない。それに確定情報じゃないなら、敵の密偵が流した流言じゃないのか?」


「さてな、これに関しては軍上層部も緘口令を敷いているから、詳しくは分からないそうだ」


「そいつは危険だな。情報ってのは真偽をはっきりさせないと、将兵の士気に関わるからなぁ。居るなら居るって、はっきりさせて欲しいものだな・・・この戦争が長引けば、他の国々もこの戦争に関わってきそうだな、特にトプシチェとかな」


 戦争は情報の精度で生死を分けるのだから、傭兵稼業をしている者で気にしない者は居ない。


 ここで信康達が居るガリスパニア地方の国々を紹介する。


 ガリスパニア地方はユーロトピア大陸の西南に位置しており、楕円の形をしている。


 このガリスパニア地方には元々大きな一つの超大国があったが、今では名前すら誰も知らない存在であった。


 便宜上その超大国は、名も無き皇国(ティル・ナ・ノーグ)と言われている。


 その名も無き皇国が分裂して百を超える国に分かれてから、ガリスパニア地方は少なくとも、一千年以上もの歳月を掛けて分裂と統合と滅亡と興国を繰り返して来た。そして数百年前から、現在の六ヶ国で歪な均衡が保たれる様になったのである。


 最初に紹介する国はガリスパニア地方の最南端に位置し、信康達が雇われているプヨ王国。


 このプヨ王国は名も無き皇国が分裂してから、今日まであるこの地方で一番古い最古の王国で、北方のリョモン帝国を築いた初代皇帝は元々はプヨ王国の王族だったそうだ。


 その為、リョモン帝国とは兄弟国と言える間柄で同盟を結んでいる。


 南方にあるので気候は温暖で過ごし易い国でもあり、南に豊かな海があり其処で交易が出来る事と北欧や南方大陸に行く中継地点でもあるので、交易国家と言える。


 プヨ王国の北東に位置する、シンラギ王国。其処は自然に恵まれ、このガリスパニア地方随一の豊かさを誇る大国と言われている。


 保有しているシンラギ王国軍も精強で知られているが、現在では内乱状態にある。二人の女王がそれぞれ王権を巡って正当性を主張し、両勢力によって日々血で血を洗う内乱をしていた。


 プヨ王国の北西に位置するトプシチェ王国は、シンラギ王国には劣るがガリスパニア地方で二番目に豊かな大国で知られていた。


 トプシチェ王国は現在、暴君と恐れられているガルディアス四世が支配している。トプシチェ王国は大国でありながら、数ばかりの弱兵と有名であったが、ガルディアス四世がカロキヤ公国に習い設立した国民皆兵制によって、瞬く間に強くなり富国強兵に成功している。


 またこのガリスパニア地方で唯一、奴隷制度がある事でもトプシチェ王国は有名である。


 その為かガリスパニア地方では、戦争で発生した捕虜や盗賊などの犯罪者は全て、トプシチェ王国に奴隷として売り飛ばしている実情が存在する。


 プヨ王国の北にある、カロキヤ公国。三方を山に囲まれており、海が無い内陸の小国でもある。


 その為か、海を手に入れる事がカロキヤ公国の悲願であり、周辺諸国に隙あらば年中侵略戦争をし仕掛けていた。カロキヤ公国では飛行可能な魔物の精鋭部隊が有名である。各国でも魔物を利用した部隊は存在するが、カロキヤ公国は各国よりも規模が大きい。


 何故ならカロキヤ公国の囲む様にある山々は、豊かな魔物の生息地だからだ。その魔物達を飼い慣らして、国防と領土拡大の為の大きな戦力に変えている。カロキヤ公国はガリスパニア地方でも国力は下から数えた方が早い小国であるが、国民皆兵制を敷いて質で補う事でこれまで存続を守る事が出来ていた。


 その三国の更に北方にある、ガリスパニア地方で最も広い国土を誇る大国であるリョモン帝国。


 多数の民族で構成された、多民族国家として知られている。しかしリョモン帝国の国土の四割がタタール砂漠と呼ばれる広大な砂漠で構成されており、その特異な国土の所為で広さに見合った国力は無く、シンラギ王国とトプシチェ王国に一歩劣っている。


 されど、リョモン帝国軍の将兵は全員勇猛果敢で知られており、特に騎馬軍団の練度はガリスパニア地方では自他ともに最強と言われている。


 現リョモン帝国皇帝はプヨ王族の血筋を引いており、プヨ王国とも友好及び同盟関係を継続している。


 次にリョモン帝国の南西部のヨドン半島にある、アイルコット王国。このアイルコット王国はは最近リョモン帝国から独立した、ガリスパニア地方随一の小国である。


 アイルコット王国はカロキヤ公国とは対称的に三方を海に囲まれており、若い国特有の活気があった。



「まぁ噂だから、何とも言えないが。今回の戦争では、俺達傭兵部隊の出番は無い事を祈りたいね」


「おいおい、ノブヤス。そんな後ろ向きな事を言うなよ。今は馬鹿にされている傭兵部隊だけど、出番が来れば正規軍を見返す好機チャンスだって生まれる可能性もあるんだぜ?」


「ジーン。夢を見るのは勝手だがな。今回の布陣で傭兵部隊に出番が来るとしたら・・・・・」


「出番が来るとしたら、プヨ軍が無事に撤退出来る様に足止めとして殿軍をやらさせるか、囮役をやらされるかと言いたいんじゃないのか?」


 信康達が振り向くと、其処にはヘルムート達が居た。


「すまんな。盗む聞きする心算は無かったが、声が聞こえて来たからな」


「いえ、気にしていません。それよりも総隊長、上層部は何と?」


「『今宵はたっぷりと英気を養い行軍で溜まった将兵の疲労が取り、明日の朝には軍を展開してカロキヤ軍を攻撃する。傭兵なんぞ役に立たないから、後方で待機していろ』・・・これが傭兵部隊に下された命令だ。他の軍は前祝に飲酒が許可されたけど、傭兵部隊は無しだそうだ」


「はぁ、だったら俺達を招集するなってんだ。第一戦う前から飲酒が許されるとか、有り得ないだろ。これで今回の戦争に勝てるか、不安に増して来たな」


「ノブヤス、それは今回全軍を指揮する総大将と第三騎士団の団長以外の全員が思っているぞ」


「総大将ってのは誰です?」


「ロゴスのば・・・コホン。ロゴス・フォル・ヴァイツェン大将軍だな。はっきり言って、今からでも、俺は戦場から逃げ出したい位だよ」


「其処まで酷いんですか? と言うか今、大将軍を呼び捨てにしましたよね? それと何か罵倒しようとしていた様な・・・」


「言うな。はっきり言って、無能だからだ。将官の癖に、指揮が、これまた下手糞でな。大将軍というよりも一小隊の小隊長が分相応な奴だ」


「そんな無能者が良く、大将軍なんて軍部の頂点に立てられましたね?」


「それは強力な後ろ盾があったからだ。ロゴスはヴァイツェン伯爵家の当主でな。ヴァイツェン伯爵家自体が名門なんだが、これがまたある大貴族の筆頭分家なんだよ。その宗家とは五大貴族に次ぐ、名門のドルシスファン侯爵家でな。しかも現当主は現在のプヨの宰相として、陛下をお支えているんだ。ロゴスは戦場に何度も出て周囲の手厚い補佐もあってか、ある程度の功績はある。しかし、その折角得た貴重な功績も、簡単に掻き消す程の失態を何度も犯している。それでも宰相と両家が裏でロゴスの失態を揉み消しているから、あの無能は未だに大将軍の椅子に座っていられるんだよ」


「けっ! 宰相様達が後ろ盾に居るから、好き放題出来てるってか。これだから貴族って奴らは嫌だ。反吐が出る」


 ヘルムートの説明を聞いて、ジーンは地面に唾を吐きながら悪態を吐いた。


「宰相は有能な御仁なんだが、身内が可愛いのかもしれんぞ。まぁそんな可愛い身内の所為で、俺も二年前に酷い目に遭ったがな。まぁどうでも良い馬鹿共の事なんぞ放っておいてだ・・・リカルド」


「何でしょうか、総隊長」


「これから如何したら良いと思う? お前の意見を聴かせろ」


「それは勿論、カロキヤ軍の夜襲に備え戦闘態勢を維持する事ですね」


「うむ、皆にもそう言え。休憩してようが寝ていようが糞をしていようが、鎧を脱ぐなと厳命するんだ。最後にリカルドと准尉となっている諸将は全員、俺の天幕テントに呼べ。これより打ち合わせをする」


「「了解しました」」


 信康達は敬礼して、命令を伝える為に離れた。


 それからは戦争が始まるまで、傭兵部隊では何度も打ち合わせが行われていた。

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