第145話
フラムヴェルとアンヌエットの話が終ったのを見て、信康はフラムヴェルの下に行く。其処へ一人の女性が、信康達の下へやって来た。
「炎龍戦士団の審判役は、決まったのか?」
信康がそう尋ねると、フラムヴェルが頷いた。
「ああ、あたしの方の審判役はこいつだ。それから第三者の審判役は、其処の女がやる予定だ」
フラムヴェルが指差した先には、アンヌエットが居た。
「そうかい・・・貴女とは初対面だな。自分は近衛師団傘下傭兵部隊所属、第三副隊長兼第四小隊小隊長の信康と言います。先ずは、こんな下らない茶番にお着き合わせさせてしまった事、心よりお詫び申し上げます」
信康はフラムヴェルの隣にいる女性に名前を告げて、その女性を見る。
腰まで伸ばした青髪。
水色のつぶらな瞳。綺麗な顔立ち。
紺色で腰骨までスリットが入った修道服。
他に露出らしい露出はないのだが、女性の象徴といえる物がボンっと突き出ていた。
それに比例して、腰は折れそうなくらいにくびれており、尻は胸と同じ位存在感があった。
修道服の上には銀色の武具を着けていた。両手にはジーンとは意匠が異なる篭手を嵌めている。信康はそれを見て、優しそうな顔をして徒手空拳の使い手かと内心で驚いていた。
「これはご丁寧にどうも。私はマルファ・ドゥ・サンドメールと申します。以後お見知り置きを」
マルファと名乗った女性は、信康に向かって綺麗なカーテシーをした。
「ドゥ? やはり貴女も、六大聖女の御一人で?」
「はい。私は海と水の神ヌエーギセリドアを信奉するヌエーギセリドア教団麾下の神官戦士団、青海武僧兵団の団長をしております」
「ふ~ん。そうなのか・・・無知で申し訳無いのだが、聖女になると各神官戦士団の団長も兼任されるのですか?」
「いえ、全員がそうではありませんよ。今回の戦いで来た私とフラムとルティがそれぞれ率いる神官戦士団は軍団長を兼任していますが、大地と風は聖女と別に団長は居ますし、闇に至っては団長は居ても聖女の座が空席で居ませんからね」
「そうなのか」
単純に聖女=六大神教の神官戦士団団長と言う、訳では無いのだと理解する信康。
マルファと話しているのを見て、フラムヴェルが話しに割り込んで来た。
「おいっ! いい加減そろそろ、お前の方の審判を連れて来いよ。こっちの審判と第三者の審判はもう決まっているんだ。後はお前の審判役を連れて来るだけだぞ」
「分かった。それと、一つだけ頼みがある」
「何だ?」
「その審判役を連れて来るから、誰か監視役も兼ねて一緒に来てくれないか?」
「うん? 何でだ?」
「いや。その審判役を頼みたい奴が何処に居るかはっきりとは分かっていないから、ちょっと探すのに時間が掛かるかもしれない。その間に逃げただの隠れただのと言われては、俺としても心外だし面倒な事になるのでな。誤解を招かない為にも、誰でも良いから付いて来てくれないか?」
「へぇ、逃げる事も出来るのにしないとは、根性はある様だな?」
フラムヴェルは笑う。
「・・・・・・良し、じゃあ。アンヌ」
「はい、何でしょうか? 団長」
「お前がこいつに付いて行け」
「はぁ? 何で、私が?」
「お前が審判役を引き受けたんだから、それ位はしてやれ」
「・・・・・・分かりましたよ」
アンヌエットは渋々だが、フラムヴェルの命令に従い頷いた。
そして信康と一緒に、会議室を出た。
ルノワを探す道すがら歩いていると、アンヌエットが信康に話し掛けて来た。
「・・・ねぇ」
「何だ? どうかしたか?」
「本当にあの団長と、模擬戦をする心算なの?」
「まぁ、そう約束したからな。ああしないと、うちの連中も収まりが利かなかっただろう。傭兵部隊の沽券に関わるって言うあいつらの言い分も、一理あるのは間違いないからな。」
「・・・・・・本気で勝つ心算なの?」
「当たり前だろう。勝負する以上、本気で勝つ心算だが?」
「ふん。あんた如きに勝てる程、団長は弱くないわよ」
「だろうな。うちの総隊長もそう言っていた。可愛い部下の勝利くらい、信じてくれても良いだろうにな」
「はっ。あんたの所の総隊長が、聡明で分かっているだけじゃないの。だったら、もう素直に負けを認めたらどうなの? 大事な戦を前に、大怪我はしたくないでしょう?」
「・・・・・・」
信康は歩くのを止めて、アンヌエットを見る。そしてニヤッと笑みを浮かべた。
「何だ。心配してくれるのか?」
「はぁっ!? 誰が、あんたなんかっ!!」
信康がニヤニヤしながらそう指摘すると、アンヌエットは毛を逆立てる猫の様に怒り出した。
「はっはは! それもそうだな」
信康はまた歩き出した。
アンヌエットはその背に何か言いたげに睨むが、首を横に振り信康の後に付いて行った。
少し歩き回るとルノワが丁度、自分に貸与されている部屋に行くとしている所で出会った。
そしてアンヌエットの事を紹介しつつ、どうして一緒に居るか事の経緯を話した。
話を聞いたルノワは、直ぐに承諾した。
そして会議室へと戻る信康達。
会議室の扉を開けると、フラムヴェルは紙で巻いた煙草を美味そうに吸っていた。
マルファは煙草の匂いが嫌いなのか、少し離れた所で座っていた。
「おお、やっと来たか」
フラムヴェルは煙草を口から離すと、口から白い息を吐いた。
そして持っている煙草を握り潰す。握る潰すと同時に手に炎が生まれて、煙草は塵も残さず燃え尽きた。
「じゃあ、行くか」
そう言ってフラムヴェルは歩き出したのでマルファ、アンヌエット、信康、ルノワという順番でフラムヴェルの後に付いて行く。
会議室を出て少し歩くと、とある扉の前に着いた。
その扉の前には、炎龍戦士団の団員達が待ち構えていた。
「お待ちしておりました。団長」
団員の一人が前に出て、フラムヴェルに頭を下げて挨拶を行う。すると他の団員達もそれに倣って、フラムヴェルに向かって一斉に頭を下げた。
「良し。出迎え、ご苦労。あたし達が入ったら、誰も通すなよ」
「承知しました」
炎龍戦士団の団員達は道を作ってくれたので、フラムヴェルがその道を進む。そのフラムヴェルの後を、信康達もその後に続いた。
すると、信康だけは、炎龍戦士団の団員達が敵意剥き出しで睨んでいた。
これから自分達の団長と戦うのだ。流石に平静で居られる訳が無い。何より自分達を無遠慮に愚弄した信康に対して、良い印象など一欠片も持っては居ないのだから。
信康もそれが分かっているのか、何も言わず進んでいく。
そして炎龍戦士団の団員達が扉を開けたので、その扉を潜る。
扉を潜った先は、訓練場と思われる部屋であった。
訓練する様に線で仕切られた場。壁には刃引きした剣や槍など、何種類もの得物が立て掛けられていた。
換気の為か、天井近くの壁には空気穴があった。
「此処は完全防音だからな。どれだけ騒いでも、問題無いぜ」
そう言ってフラムヴェルは、訓練場の中に入って行く。
信康も続いて、訓練場に入った。
「まずは規則の確認だ。殺さなければ、急所への攻撃はありだ。負けの判定は相手が参ったと言うか、審判が負けと判断したら負けで良いな?」
「大丈夫だ、問題無い」
「ああ・・・ついでに一つ賭けをしないか?」
「賭け?」
「そうだ。あたしが勝ったら、お前は一つあたしの言う事を聞く。お前が勝ったら、お前の言う事を一つだけ聞いてやる」
「良いのか? そんな賭けをして。俺は模擬戦が出来れば、それだけで十分なのだが?」
「はぁっ、てめえみたいな奴に負けるあたしじゃあねぇよ」
良いのかと思い、信康はマルファを見る。するとマルファも信康と同意なのか、確認する様にフラムヴェルに確認を取った。
「フラム。本当に良いの?」
「ああ、良いぜ」
「今なら聞かなかった事にして、全部取り消してあげるわよ?」
「くどいっ。ほら、早く始めろっ」
フラムが早く始めろと催促した。マルファはこれ以上言っても駄目だと分かり、首を横に振る。
「それじゃあ、二人共。準備は良いわね?」
「ああ」
「何時でもどうぞ」
「じゃあ、始め!」
マルファの開始という声と共に、フラムヴェルは手から炎を生み出した。
「おらっ! 爆ぜろっ!!」
フラムヴェルは懐に手を入れて、何かを取り出した。その物から放たれた炎が信康の前まで飛んで来ると、いきなり爆発した。
大きな爆発音を出しながら、火の粉が舞い散る。
「はっははは、どうだ? あたしの魔宝武具、爆炎連弾の威力はっ!!」
笑いながら、使った魔宝武具を見せる。
その形は、銃口が幾つもある回転式大型拳銃だった。
「あたしの魔力で、弾切れが起きる心配も無い。無限に放たれてる上に、魔力の込め具合いで威力も変わる優れ物だ」
フラムヴェルが放った炎弾の爆発は止んだが、信康が居た所にはまだ煙が上がっていた。
何時までも煙が晴れないのに、フラムヴェルは既に勝ったような顔をしていた。
「へっ、口程にも無いな。まぁ、死なねえように加減はしていたから、死んじゃあいないだろう」
そう言って、フラムヴェルはマルファを見る。
「おい、マルファ。勝負はついたぞ。早く勝利の宣誓をしろよ」
「え、ええ、そうね」
「クスクス」
マルファが勝利の宣言をしようした所で、ルノワの笑声が訓練場に響いた。その笑声は、フラムヴェルを小馬鹿にした様な声色を宿していた。
「おい、てめぇ。何笑ってんだよ。何が可笑しいっ?」
ルノワが可笑しそうに笑う姿を見て、フラムヴェルが噛み付いた。するとルノワが、可笑しそうにフラムヴェルに訊ねる。
「フラムヴェル様、本当にお気付きでいらっしゃらないのですか?」
「・・・何だと?」
ルノワの質問に、フラムヴェルは怪訝そうな表情を浮かべる。それはマルファとアンヌエットも同様であった。そんなフラムヴェル達を他所に、燃え盛る炎に向かってルノワは声を掛けた。
「ノブヤス様。そろそろ出てこられては、如何でしょうか?」
ルノワがそう呼び掛けると、パンパンと乾いた拍手音が訓練場に響く。
その拍手音に、フラムヴェル達は驚きながら視線を向ける。すると黒煙からは、信康が拍手をしながら登場して来た。
黒煙から拍手が聞こえる事に、フラムヴェル達は両眼を見開いて驚いていた。
「いやぁ。中々素晴らしい威力だったな・・・しかし、ルノワ。もう少し焦らしても良かったと思うぞ?」
「申し訳ありません。しかしあまり焦らして敗北認定されては、本末転倒かと」
信康に謝罪しながらルノワがそう言うと、それも尤もかと納得した信康。
「「「こ、これはっ!?」」」
そんな信康とルノワを他所に、フラムヴェルとマルファとアンヌエットが異口同音に驚愕の声を上げた。
「残念だったな。俺が着ているこの鎧は、とある高名な魔法使いの姉妹が特注で作ってくれた魔鎧でな。その程度の魔法攻撃なら、無効化する位訳無いぜ」
「そんな切り札があったのかよっ!?」
フラムヴェルは驚きながらも、再び爆炎連弾に魔力を込める。今度は先程の炎よりも、強力な炎弾が飛んで来た。
すると今度は受け止める様な真似はせず、信康は鬼鎧の魔剣を抜刀する。
そして飛んで来た炎弾を、造作も無く切り払って消滅させた。放った炎弾が消滅させられたのを見て、フラムヴェル達は再び驚愕の表情を浮かべた。
「驚いた様だな? こいつもその爆炎連弾とやらと一緒で、魔甲剣と言う種類の魔宝武具なんだよ。そもそもこの程度の魔法攻撃、切り払うなど大して難しくも無いんだよな」
「本当かよっ・・・」
フラムヴェルは恐怖した顔で、思わず後ずさる。
「さて、今度は俺の番だな。自分の軽はずみな言動を怨め」
信康は鬼鎧の魔剣を納刀してからそう言って、一足飛びに跳んだ。そして左手で、フラムヴェルの頭を掴んだ。
「くっ、くそがっ!?」
フラムヴェルは自分の頭を掴んでいる信康の手を叩いたり、身体を蹴ったりしていた。
しかしサンジェルマン姉妹が開発した魔鎧がそんな程度の低い攻撃など通す筈が無く、信康には全く効果が無かった。
「銃士は、近接戦闘に弱いのが相場だよな。ではお前は二回攻撃したから、俺も二回攻撃させて貰うぞ」
そう言って、信康は拳を握った。そして、フラムヴェルの腹にキツイ一撃を見舞った。
「ぐげっ!?」
蛙が潰れたみたいな、そんな声を出すフラムヴェル。
更に信康は拳を捩じる。
頭を掴まれては衝撃を殺す事も、受け身を取る事も出来ない。
フラムヴェルの口からも空気と共に、僅かだが胃液が吐き出された。
信康は拳を引いた。
「これで・・・・・・・うん?」
信康はもう一発フラムヴェルの腹に叩き込もうとしたら、シャーという水音が聞こえた。
そして、異臭がした。
勿論、漏らしているのはフラムヴェルだ。
腹に強力な一撃を貰い、尿道から黄色い液体を噴き出してしまったようだ。
男性に比べて、女性の尿道は短いのでちょっとした衝撃で漏らすのは女性では良くあることだ。
だが、喧嘩を売ってその相手の攻撃を喰らって漏らす所を見られるなど、誰がどう見ても羞恥の極みだ。
「「「・・・・・・・・・・・」」」
それが分かっているのでマルファ、ルノワ、アンヌエットは何も言えなかった。
この場はどう言えば良いのだろうと思っていると。信康は優しくフラムヴェルを床に置いた。
「・・・・・・あーうん。ルノワ」
「はい」
「来い。早くっ」
信康は困った様子で、ルノワを何度も手招きした。
ルノワが急いで接近すると、信康は小声で話す。
「お前、俺にくれた清浄の魔符はまだ持っているか?」
「あの魔法でしたら私、普通に使えますが?」
「普通に考えたら、それもそうか。だったら早速だがその魔法を、フラムヴェルに頼む」
「分かりました」
信康はフラムヴェルをルノワに任せると、そのまま明後日の方向を見る。
ルノワはフラムヴェルに近寄り、清浄の魔法を使った。
魔法の効果で、直ぐにフラムヴェルは綺麗になった。
「終わりました」
「うむ。良かった」
信康は改めて、フラムヴェルを見た。
フラムヴェルは顔を赤くして、プルプルと生まれたての小鹿の様に震えていた。
「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」
信康達はフラムヴェルに対して、何て言えば良いのか分からず黙っていた。
するとフラムヴェルが、信康を睨みながら叫ぶ。
「くっ、殺せ!」
「「いやいやいや」」
信康とマルファは、同時に手を横に振る。
「恥ずかしいのは分かるが、流石にそんなんで殺せるかよ。第一俺がお前を殺しても、俺には災いしか無いのだが・・・?」
「寧ろ、それを理由に殺せとか言うの初めて聞いたわ」
「く、くうううううっ」
フラムヴェルは悔しそうな顔をする。
「所で、審判。この勝負の勝敗は?」
「言わなくてもあんた・・・コホン。貴方の勝ちですよ。ノブヤス」
今、何か言わなかったかと思いつつ信康は嬉しくない顔をした。
「故意じゃないが、漏らさせて勝つのはちょっと嫌な気分だ」
「漏らして戦意を失ったのだから、漏らした方が悪いわ。漏らした方が」
「そうね。これは流石に何も言えないわ」
「下着も服も匂いも湿りもありませんから、大丈夫ですよ」
「う、うううううううっ!」
フラムヴェルは今にも、涙を流しそうな泣き顔をした。
流石に可哀そうだと思った信康は、座り込んでいるフラムヴェルに近寄る。
「な、何だよ?」
「まぁ、あれだな。この事はこの場に居る奴だけの秘密という事にしようぜ」
「・・・・・・後で脅さないか?」
「脅さない。寧ろ言い触らしたら俺の名誉に傷が付くし、炎龍戦士団の連中に逆恨みされるだろ。後で報復とかされたら面倒だ」
信康が言う様に、女性の腹部を殴って漏らさせた信康が悪い。なのでこの件で脅す事など、絶対に出来ない。
「・・・・・・じゃあ、あたしをどうする心算だ」
「だから、どうもしないって」
「本当か?」
「本当だよ」
これは本当だった。
信康は自分の女だったら思うがままに苛めるが、そうでない女性を苛める様な事はしない。
「もう一つ提案なんだが、この勝負は引き分けにしないか? そうしたら、俺もお前も顔は立つだろう?」
「良いのか?」
「俺は問題無い。と言うより俺が勝ってしまうと、それはそれで炎龍戦士団との間に禍根が残る。はっきり言って、その方が面倒臭い」
「・・・・・・分かった」
フラムヴェルはマルファを見る。
「そっちがそれで良いなら、私は言う事はありません」
信康はアンヌエットとルノワを見た。
「こちらとしても、団長が漏らして負けたと知られたら問題だからね」
「漏らしたとか言うなっ」
「私も問題ありません」
「じゃあ、この勝負は引き分けという事で」
信康はフラムヴェルの目に溜まっていた涙を、掬ってから立ち上がった。
「あっ」
そしてそのまま、訓練場の出口に向かう。
「じゃあ、お疲れさん」
そう言って信康達は、訓練場から出て行った。
「「「・・・・・・・・」」」
訓練場に残ったフラムヴェル達は何とも言えない顔をして、信康達を見送った。