第143話
「・・・・・所で、バーンが遅れているのはまだ分かる。しかしどうして、リカルドまで寝坊しているんだ? あいつは真面目だから、すっぽかす様な事はしないと思っていたが?」
ヘルムートが訊ねると、ヒルダレイアが代表してその理由を教えてくれた。
「昨日の一件がその、どうも受け入れられなかったみたいでして・・・それで自棄酒で憂さ晴らしを」
「ふぅ・・・全く、困ったものだ」
ヘルムートは首を横に振る。
そして会議室に付いている、時計を見て現在時刻を確認した。
「・・・不味いな。会議が始まる時間が迫っている。このままでは、二人は遅刻確定だろう。俺は二人を起こしに行って来る」
「総隊長。良ければ私が行きましょうか?」
「いや、良い。俺が行って来た方が、あいつ等にとって良い気付け薬だろう。全員、此処で待機だ」
そう言って、ヘルムートは会議室を出て行った。
「はぁ・・・これであの馬鹿二人も、会議に間に合うと良いけど」
ヒルダレイアは溜め息を吐きながら、そう言って愚痴を零した。
そんな疲れた顔を見て、あの二人の相手は疲れるだろうなと思う信康達。
信康達がそう思っていると、また会議室の扉が開いた。
誰が来たのだと思い、信康は目を向けた。すると、見慣れない一団だった。
一番最初に入って来たのは、一人の美女だ。
橙色混じりの赤髪を、腰まで伸ばした長髪。
ツリ目で紫水晶の様な瞳。整った顔立ち。
スカートと一体となった赤いワンピースドレスを着ており、動き易さを重視した鱗の如き紋様が付いている鎧を身に纏い、その上にコート状の上着を羽織っていた。
その美女の後に続いて、男女が数十人入室して来た。
全員が赤く染めた神官衣を着ており、胸には見慣れない黄金色と白銀色の記章を左胸に着用していた。
「赤い神官衣にあの記章は確か、火と戦の神アレウォールスの物だ」
「アレウォールスの記章という事は、神官戦士団の一派の炎龍戦士団だな」
「炎龍戦士団?」
その名前を何処かで聞いた様なと思っていると、会議室に入ってきた一団の中に見知った顔が居る事に気付いた信康。
他の団員達が赤い神官服を着ている中、一人だけ異なる衣装を着用していた。赤で縁取られた黒い鎧に身を包み、その上に黒いファー付きコートを羽織っている銀髪の女性。前に兵舎で話していた、第一部隊長のアンヌエットだ。
知らない仲でも無いので、信康はアンヌエットの視界に入る様にして手を振る。
視界に手を振っている信康が入った様で、アンヌエットは信康を見た。
信康を見て両眼を見開いた後、顔を赤く染めて直ぐに顔を背けた。
(ふむ。この前、揶揄い過ぎたか?)
反応が面白かったので、ついつい揶揄い過ぎたかなと反省する信康。
今度機会を作って、アンヌエットの機嫌を直す為に何かしようと考えた。
そう考えていると、会議室に一番最初に入った炎龍戦士団の美女が信康達に声を掛けた。
「お前等、傭兵部隊の奴等か?」
女性にしては、男性と勘違いしそうになる乱暴な言葉使いだ。
しかし女性の傭兵でこんな言葉使いをするのは別段珍しくも無いので、信康達は何とも思わなかった。
「その通りです」
傭兵部隊を代表して、信康が美女に一礼して答えた。
女性は信康達を見る。
一頻り見ると、鼻で嗤い始めた。
「どいつもこいつも強いって感じがしねえな、お前等、本当に傭兵か?」
美女がそう言うと、一緒に来た炎龍戦士団の団員達も嗤い出す。
それを聞いて、ムッとするヒルダレイア達。腕一本でこの稼業を今日まで生き抜いて来たのだ。流石にそんな風に馬鹿にされて、何とも思わない者は居ない。
ただ信康だけは苛立っているヒルダレイア達を見て、呆れた様子で溜息を吐いていた。確かに美女の中傷は聞いていて苛立つものだが、信康はこれ以上の誹謗中傷や挑発行為を相手から受けた経験が山程ある。はっきり言って、この女性の言っている内容など微風程度にしか感じない。
「あれか? 適当に戦って金だけ貰おうとかいう魂胆か? それとも戦おうとしたら、正規軍に任せて後は美味しい所にしゃしゃり出て、褒賞だけ貰う心算か? はぁっ、ご立派な事で」
其処まで言われては、流石に聞き流せないのだろう。カイン達とティファが前に出ようとしたが、信康が手で制した。
「何をする心算だっ? 抑えろ。あんなあからさまな挑発に乗る奴があるか。第一、こんな所で友軍同士で諍いを起こす気か?」
「だがな、ノブヤスッ! 此処まで好き勝手言われて、引き下がれるものかっ!?」
「そうだ。これは俺達の沽券に係わるぞっ!」
カインとロイドが声を荒げながら言う。その言葉を聞いて、美女はニヤニヤと嗤う。
その顔を見てティファは切れたのか、今にも飛び掛かりそうな顔をした。
「沽券とか知るかっ。何度も言わせるな。抑えろっ」
しかし信康がそう言うと、舌打ちをして顔を背けた。
ティファが落ち着いたのを見た信康は、喧嘩を売っている様にしか聞こえない言葉遣いの美女を見る。
「ふむ。何処のどなたか知らないが、名乗りもしないでいきなり相手に喧嘩を吹っ掛けるなど、実に品位を疑う振舞いだな。傭兵部隊が強く無さそうに見えるのはそちらの勝手だが、それは自分の見る目の無さを疑う事をお勧めしよう。炎龍戦士団は武闘派で鳴らしていると聞いたが・・・その実態は野卑なゴロツキの集まりに過ぎなかったとは、いやはや驚きだな」
「ゴロツキの集まり、だとっ!?」
信康の言葉を、オウム返しの復唱して言う美女。
その顔は、怒りで赤く染めていた。
美女の後ろに居る、団員達もいきり立つ。
「ん? どうした? 図星だったかな? 成程・・・それで神官の癖して、そんなに口が悪くて品位が無いのか。アレウォールスもこの程度の連中に信仰されて、実は迷惑をしているに違いない。同情するよ」
「てめっ、喧嘩売ってるのか!?」
「喧嘩? はっはは、俺みたいな何処の馬の骨かも分からない傭兵如きが、炎龍戦士団の方々に喧嘩を売るなんてそんな事が出来る訳無いだろうに。俺の事をどうこう言う前に、胸に手を当てて自分の言動を鑑みる事をお勧めしよう。ああ、でも当の昔に忘れてそうだな。それでは鑑みた所で、分かる筈も無いか。くははははっ」
信康はそう言って、高らかに美女達を嘲笑した。信康のそんな態度を見て、美女達は益々怒りの炎が燃え上がる。
「ノブヤスの奴、凄ぇな」
「ああ、炎龍戦士団相手に喧嘩を売ってやがる」
「はぁ~ノブヤスは真面だと思っていたのに・・・問題児だったなんて、頭が痛くなりそう」
「流石っ!!」
「ふぅ、喧嘩を売るのは良いけど・・・ノブヤスはどう収拾を着ける心算かしら?」
後ろにいるカイン達は小声で、信康と炎龍戦士団とのやり取りを見て呟く。
そして炎龍戦士団の団員達が、今にも飛び掛かって来そう様子を見た信康はある提案をした。
「うーん。このまま喧嘩を買ってやっても異存は無いんだが、処罰されるのはごめんでね・・・其処で俺達傭兵部隊の実力が分からない、そんな見る目の無い炎龍戦士団でも一目で白黒はっきり着けられる良い方法がある」
「良い方法?」
「傭兵部隊からは俺が一人で・・・炎龍戦士団からは誰でも良いし、何人でも出て来ても構わない。此処一つ、親交を深めるという名目の下で模擬戦をしないか?」
「模擬戦だと?」
「おう。それならお互いの実力が分かるだろう」
信康は暗に、模擬戦という名の喧嘩をしないかと言った。
向こうの信康の意図が分かったのか、美女は少し考えている。
そんな美女を見て、後ろに居る炎龍戦士団の団員達は美女に言う。
「やりましょうよ。団長」
「そうです。傭兵如きにガツンと一発食らわせて、後は言う事を聞かせましょうよっ」
「やりましょう。団長」
「団長!」
その声を聞いて、考えていた美女は口を開いた。
「・・・・・・良いだろう。その話に乗ってやる」
美女がそう言うと、炎龍戦士団の団員達は歓声を上げる。しかしアンヌエットだけは、状況を見て溜息を吐いていた。
「場所は城塞の訓練場を借りるが、文句無いな?」
「結構。それと・・・公平に勝ち負けの判定をする為に、審判を呼んでもよろしいか?」
「ああ、良いぜ。公平を期すために俺の方から一人と、そちらから一人・・・それと第三者で一人の計三人でどうだ?」
「問題無い。それで行くか」
「じゃあ、軍議が終わったら直ぐにするという事で良いか?」
「結構だ」
「よし、逃げるなよっ」
美女はそう言って、自分達が座る所に向かおうとしたその背に信康は声を掛けた。
「ああ、すまん。一つ聞き忘れた」
「なんだ?」
「俺は近衛師団傘下傭兵部隊所属、第三副隊長兼第四小隊小隊長の信康と言う。あんたの名前を聞くのを忘れていたので、ついでに教えてくれるとありがたい」
「良いぜ。その耳をよくかっぽじって良く聞きなっ」
女性は胸を張って言う。
「神官戦士団が一つ。炎龍戦士団の団長にして六大聖女の一人。フラムヴェル・ドゥ・ベェルスティアだ。覚えておけ」
そう言って今度こそ、その場を離れたフラムヴェル達だった。