第141話
「これから軍議があるから、失礼する。先程の一件とこいつが掛けた迷惑について、改めて謝罪する」
プラダマンテは一頻り信康と話した後にそう言った後、オストルの襟首を掴み引き摺りながら、会議室に向かう。オストルは引きずられながら「じゃあ、またね~」と手を振って別れた。
「ノブヤス小隊長、第四小隊はどうしますか?」
フェネルへ帰還するなり色々とあったので、麾下の第四小隊が命令待ちしている事を忘れていた信康。
トッドに声を掛けられ、漸く思い出し慌てて指示を出した。
「あ、ああ、そうだな。取り敢えず全員、傭兵部隊用に用意された厩舎にこの魔馬人形を入れろ。どうしたら良いかはサンジェルマン姉妹のどちらかに聞け。終わった奴から用意されている兵舎の部屋に行って、命令あるまで休んでいろ」
『了解!』
トッド達が敬礼して、信康の指示に従った。そして自身の魔馬人形を収容させた第四小隊の小隊員から、各自用意された部屋に向かった。
「さてと・・・俺も斬影を厩舎に入れて、ヘルムート総隊長に俺の部屋は何処か聞くか」
尉官級士官以上は小さいが個室が与えられると聞いていたので、さっさとその部屋が何処にあるのか訊いて休もうと思い小隊員達と共に厩舎に向かう信康。
厩舎に着くと厩舎に魔馬人形を繋いで、馬の世話をする厩務員達には餌も世話も無用と伝える。
厩務員達もそう言われて意味が分からない顔をしたので、信康が魔馬人形に付いて説明を行うと困惑しながらその高性能さに驚愕していた。
厩務員達は『仕事が減って楽だけど、商売上がったりだなこりゃ』と言い合いながら興味深く魔馬人形を観察していた。
それから小隊員達と別れた信康は、ヘルムートの下に向かう。何処に居るか分からないので、とりあえず道に居る人に、ヘルムートの名前と指揮する部隊を言って何処に居るか訊ねた。
何人かに聞いても知らないと言われたので、どうしようかと思っていると丁度目の前にヘルムートが誰かと話していた。
(誰と話しているんだ?)
そう思って信康は、ヘルムートが話し掛けている人物を見る。
よく見るとそれはカロキヤ公国軍の襲撃を受けた村でフェリビアと共に居た、ルビィアという第四騎士団の団員だった。
ヘルムートと一緒に居るのを見ても、ルビィアは長身だという事が良く分かる。
そうして見ていると信康の視線に気づいたのか、一瞬だけ信康を見るルビィア。
ルビィアはヘルムートに続けて何か話をした後に、一礼した。
そして信康にも一礼して、その場を離れた。
ヘルムートはルビィアの動きを見て、誰か居るなと分かったので振り返った。
「何だ。ノブヤスか。其処で何をしている?」
「総隊長に用事があって、話が終わるのを待っていたんですよ」
「そうか。話ってなんだ?」
「俺の部屋って、何処にあります?」
「ああ、それか。お前の部屋は」
言うよりも見せた方が早いと思ったのか、フェネル市内に用意された兵舎の内部を描いた地図を見せるヘルムート。
「お前の部屋は、Eブロックにあるこの部屋だ」
このフェネル市内に用意された兵舎はA~Eという順で、五つのブロックに組み分けされていた。
その中でEブロックが、尉官級士官からの待機所となっている場所だった。
「Eブロックの三-四か、了解した」
「それにしてもお前、あの『不抜』と知り合いなのか?」
「『不抜』?」
「さっき、俺と話していた女騎士だ」
「いえ。この前カロキヤ軍の襲撃を受けた村で、ちょっと共闘しただけですよ」
「それだけか?」
「それ以外あります?」
「本当にか? お前だと既に口説いたと言われても驚かないぞ?」
「接点が無いので、まず無理ですね。第一初対面でいきなり口説くとか、嫌われ一直線ですよ」
「何だ、しなかったのか。まぁあの天馬十二騎の一人を口説く度胸があるのは、そうは居ないだろうがな」
「さっきから総隊長が口にしている『不抜』とは、あのルビィアの異名ですか?」
名前しか知らない信康は、異名も訊く事にした。
「そうだ。『不抜』のルビィア・カダマクサールだ。覚えておけよ」
「了解です」
「因みにだ」
「?」
ヘルムートは嬉しそうな顔をした。
「俺の娘も天馬十二騎の一人なんだよ」
ヘルムートは信康の肩を叩きながら言う。
「それは、また凄いですね・・・そう言えば入隊試験の時に、総隊長は愛娘が末席とは言え第四騎士団の幹部をしていると言ってませんでしたか?」
「おおっ!? 良く覚えていたな。実に懐かしい話だ。もう四ヶ月位前の話になるか。その通りなのだが、俺から見たらまだまだ新兵よりもそれなりに戦える位の強さしか持っていない奴だ。だから、これからは同じ天馬十二騎の同僚や先輩方にご指導して貰いたいもんだ」
此処は持ち上げた方が良いと思い、信康は世辞を言う。
「総隊長の御息女なんですから、天馬十二騎に選ばれても問題ないでしょう」
「そうか? お前もそう思うか。はっははっは」
「所で、御息女の御名前は?」
「シェリル。シェリルズ・ヘルムートだ。昔から奔放な所があってな。少し手を焼いている」
愛娘の奔放さには手を焼いているのか、疲れた様な顔をするヘルムート。
その後も少し話をしてから、信康は自分の部屋へと向かった。
現在カロキヤ公国の支配下にある、城郭都市アグレブ。
アグレブの城壁にて、真紅騎士団団長であるヴィランは空を見ていた。
ヴィランはフルフェイスの兜を被っているのでどんな顔をしているか分からないが、鞘に収まった大剣を突き立て柄頭の部分に手を置きながらとある方向を見ていた。
「どうなさいました? この様な所で一人、物思いに更けて」
そんなヴィランに、背後から声を掛ける人物が居た。
真紅騎士団副団長にして参謀総長でもあるアナベルであった。
ヴィランが真紅騎士団を旗揚げする以前からの付き合いで、最も信頼する腹心にして親友だ。
「何・・・此度の遠征に向かった総大将殿は今頃どうしているかと思っただけだ」
ヴィランは振り返る事もせず、ただ前を見ながら話す。
今回の遠征軍の総大将であるブラスタグスの事を思い出していた。
このアグレブで補給を受ける際、真紅騎士団にした命令は『征南軍団の残軍と共に、このアグレブを堅守せよ』だけだった。
向こうの言い分では敵領内にある唯一の補給拠点を守るのは名誉な事だとか、我等征西軍団がこうして外に布陣する事で敵も迂闊にアグレブを襲う事は出来ないとか色々と言っていた。
しかし、ヴィランには、向こうの腹が奥まで読めていた。
何時裏切るか分からない傭兵如きなんかと戦場を共に出来るかと、ブラスタグスは思っていると見抜いていた。
報酬次第で敵にも味方にもあるのが傭兵なので、一般的に言えばそう思うのも変ではない。
しかしブラスタグスは、傭兵事情を知らないのだ。
一度雇われた傭兵が事情も無く雇い主を裏切れば、敵味方問わず殺される鉄の掟が存在すると言う事がだ。
傭兵稼業は報酬よりも、信頼が第一。なので、もし戦場で無節操に裏切る傭兵が居れば、傭兵稼業全体の信用に係わる。そして敵味方問わず、そんな愚行を犯した傭兵は直ぐに殺される。
「あの団長殿は余程の傭兵嫌いなのか、それとも傭兵に何かしら含む所があるのか分かりませんが・・・真紅騎士団を好いては居ない御様子で」
「そう思われるのも、仕方が無い事ではあるがな」
ヴィランは苦笑しながら呟く。
「所で、アナベルよ。世間話をしに来た訳ではあるまい。何か用があって来たのではないのか?」
「はっ。先程、資材の準備が整いましたので、その報告に参りました」
「そうか。では、直ぐに製作に掛かれ、現場の指揮官は・・・」
「カールセンが宜しいかと」
「そうか。この前引退させたばかりだったが、まさかこんなに早く現役復帰させる事になるとはな」
「仕方がありません。現状では一人でも多くの指揮官は必要ですから」
「その通りじゃよ。団長」
話をしているヴィラン達に、話し掛ける人物が現れた。
灰色混じりの緑色の髪を、七三分けにした髪型。
もみあげから顎髭までと口髭も繋がったような髭をした。
顔にはいくつも皺があるが、身体は頑健そうであった。
そしてアナベルと同じ位の身長なのだが、胸板が厚く肩幅が広いので背丈が大きい印象を与えた。
「カールセンか。何か用か?」
「これから例の物を作りに行くので、その前に挨拶に来ただけじゃよ」
「そうか」
ヴィランはまた前を見る。
その視線の先には何もないが、ヴィランの目には何かが見えるのだろう。
「・・・・・・三十年。三十年掛かって、漸くだ。漸く此処に来る事が出来た」
「ヴィラン様」
「長い道のりじゃったな」
アナベルはヴィランは労う様に、カールセンは遠い目をした。
そして、ヴィランは手を伸ばし握る。
「後少し、後少しで求めていた物が手に入るのだ。その為には邪魔するのであれば、誰であろうと蹴散らすのみだ」
「我等一同、団長の命に従います」
「あの時から、一蓮托生なのだからな。我等は」
「うむ。頼むぞ。二人共」
ヴィランはそう言って、その場を離れた。
アナベル達は一礼してヴィランを見送った。ヴィランの姿が見えなくなると、カールセンは顔を上げる。
「此度のカロキヤ軍の勝率はどれくらいだ? アナベル」
「十割で、カロキヤ軍の負けでしょうな」
「珍しいな。其処まではっきりと断言するとは」
「色々と負ける条件が、揃い過ぎてしまっていますからな。それに・・・」
「それに?」
「・・・・・・いや、何でもない」
「そうか。では、儂はそろそろ例の物の製作に向かう」
「任せたましたぞ。カールセン殿」
「うむ」
そう言って、カールセンは何処かに行った。
一人残ったアナベルは空を見上げながら、ポツリと零した。
「それに・・・あやつも居る以上、ブラスタグス如き俗物が勝てる筈が無い。そう・・・嘗てたった一人で一個軍団を翻弄する智謀と殲滅する実力を持った、かの『黒夜叉』がな」
誰に訊かせるでも無く、そう楽しそうに呟くアナベル。
その呟きに、答える者は誰も居なかった。