第140話
「いやぁ~道に迷った時はどうしようかと思ったけど、良い所に友軍と合流出来て嬉しいよ~」
馬の乗り笑いながらそう言うのは、第五騎士団副団長オストルだった。
あの後でヘルムートはフェネルへ共に帰還する事を承諾して現在、傭兵部隊の案内で共にフェネルへと向かっていた。
隊列は前軍を案内役を務める傭兵部隊が、後軍を第五騎士団という順で進んでいる。
オストル達第五騎士団はフェネルへ帰還する道のりが分からないので、こういう隊列となった。
「しかし・・・まさか行軍中に地図を失うとは、不運だな」
傭兵部隊の最後尾を預かる第四小隊小隊長の信康が、オストルの隣で話し掛けて談話をしていた。
因みに第五騎士団は本来であれば、真っ直ぐにフェネルに入市する筈であった。しかし傭兵部隊が偵察任務に出ると聞いて、オストルは自分も偵察任務に参加したいと思ったそうだ。
そして、グレゴートの許可を得ずにプラダマンテと言う名前の副団長補佐に援軍の部隊を殆ど預けた後、僅か五百騎だけでカロキヤ公国軍が何処に居るか威力偵察に向かったらしい。
明らかな独断専行による命令違反なのだが結果的には、カロキヤ公国軍が潜伏していると思われる怪しい拠点を幾つか発見する事に成功した。
重要情報を手に入れる事が出来たので、後はカロキヤ公国軍に見つからない様にフェネルに帰還するだけであった。
その途上で、プヨ王国の村人達を捕縛したカロキヤ公国軍の一団と出会った。
カロキヤ公国軍の兵士達は酒を飲みながら今にも、村人達を使って楽しもうとしていた所だった。
それを見たオストルは、迷わずカロキヤ公国軍を強襲して村人達の救出を行った。
結果、第五騎士団にもカロキヤ公国軍に捕まっていた村人達にも死者は出なかった。
しかし村人達の救出を優先した代償として、相当数のカロキヤ公国軍の兵士達を討ち漏らした。
逃げたカロキヤ公国軍の兵士達が、いずれ本隊に戻り自分達の事を報告するのは分かり切っていた事だ。森の中にも魔物が生息しているので何割かが餌食になると考えられるが、それが要因で全滅するとは都合良く考えられなかった。
オストルとしてはそのまま追撃して、カロキヤ公国軍と一戦交えても良いとすら個人的に思っていた。しかし現実的に考えて村人達を連れたまま戦えないので、オストル達は休む事無くその場を後にした。
王都アンシを出発する前から事前に地図は渡されていたのだが、村人を救う際の戦闘で汚損して使い物にならなくなってしまった。フェネルまでの道が分からないという状況だったので、取り敢えず自身の勘だけを頼りに南に進路を取った。
其処で偶然とは言えヘルムート率いる傭兵部隊と合流出来たのだから、運が良いと言えた。
「所で、幌馬車は何処で手に入れたんだ?」
「ああ、これ? カロキヤ軍の奴等が略奪した戦利品の運搬用に用意していたのを、僕達が奪っただけさ。中身は村人と略奪した食料とお金だよ」
「そうかい」
何故傭兵部隊第三副隊長で第四小隊小隊長の信康が、傭兵部隊の最後尾に配置されてオストルの相手をしているのには、明確な理由がある。
そもそも、本来ならば第四小隊は傭兵部隊全体の中央に配置されている筈なのだが、今回は違っていた。
出発前にヘルムートが信康達をオストルに紹介したのだが、その際にガリスパニア地方では珍しい東洋人と言う事でオストルが深く興味を持ったのだ。
其処でヘルムートがオストルの接待役も兼ねて、信康を指名したのである。信康は一度拒否しようとしたのだが、上官命令には逆らえなかった。
更にオストルは話して気に入ったのか部隊を率いるのを部下に任せて、信康の隣で轡を並べだした。
信康は特に問題無いから良いと思い、オストルの好きにさせていた。
最初は敬語で接していたが、オストルが「肩が凝るから、普通にして良いよ」と言われて、信康は普段通りの口調で話す様になった。
「しかし、なんだな。よく敵拠点の情報を入手出来て、更に村人達を捕まえた一団にも会えたな?」
「あっはは。其処はほら、運が良かったという感じかな」
「確かに」
信康は同意した。
そうじゃなければ、都合良く出会う事など無いのだから。
「君は僕がした事をどう思う?」
オストルは信康の顔を見ながら聞いてきた。
「あ~まぁ、うん。個人的な見解だが、気持ちの良い馬鹿な事をしたなと思う」
第五騎士団の副団長という立場のオストルに、信康はストレートな言葉を発した。
「ふっ、ははははっ! 気持ちの良い馬鹿かっ。団長と僕以外の五勇士にそう言われるのは、初めてだよっ」
「それはどうも」
「良いね! 気に入ったよ。君、傭兵部隊から第五騎士団に転属しない? ノブヤスだったら、大歓迎だよっ!」
「ありがたいお誘い、感謝する。だが俺は無位無官の、しがない傭兵だから無理だわっ」
「そんなこと言わずに~ノブヤスだったら直ぐに騎士位なんて貰えるよ~」
「そんな簡単なもんでも無いだろ。無茶言うなよ」
「もう~いけずだな~。そんな事を言っていると、女の子に嫌われるよ~」
オストルは手綱を操りながら、肘で器用に信康の脇を突く。
信康は何も言わず、溜め息を吐いた。
そうしている内に、信康達はフェネルに到達した。信康達が門を潜ると、女性が一人槍を肩に乗せて立っていた。
「あれ~? プラダ姉じゃないか。どうして此処に居るんだい?」
「プラダ姉? それってお前が言っていた、プラダマンテって女性の事か?」
信康は疑問に思ってそう訊ねたが、オストルは答えずに馬から降りて、そのプラダ姉もといプラダマンテの下へ向かった。
信康も斬影から降りてオストルに付いて行き、そのプラダマンテという女性を近くで見た。
ストロベリーブロンドを右側に束ねた、サイドアップ。
刃の様な細い目で、髪色と同じ桃色の瞳。
女性としては平均よりも、やや高いの身長だ。
鎧越しなので、よく分からないがそれなりに良いプロポーションをしていた。
「・・・・・・帰って来て言う事は無いのか?」
プラダマンテは重々しい口調で、オストルに訊ねる。
「うん・・・えっと、ただいま~かな?」
「・・・・・・他には?」
プラダマンテは、顔を引き攣らせた。
「う~ん。・・・・・・無いかな」
オストルは笑顔でそう言った。
「そうか・・・・・・」
プラダマンテは持っている槍を振り上げると、思いきりオストルに向かって振り下ろした。
「ぷげっ!?」
槍はオストルの頭に命中した。
幸いなのは槍の刀身部分では無く、柄の部分で殴ったので何処も傷つく事はなかった。尤も、金属製の柄で殴られるのは下手な鈍器よりきついので、信康はその痛みを連想して思わず顔を引き攣らせた。
「いた~~~!? 帰って来るなり、頭を叩く事ないじゃないかっ!?」
「何で私に叩かれたか、胸に手を当てて考えろ!?」
プラダマンテがそう叫ぶので、オストルは頭を抑えながら、胸に手を当てた。信康はオストルの隣で、呆れた様子でオストルを見ていた。
「・・・・・・・・・・・・・分かんないやっ!」
笑顔で言うオストル。オストルの返答を聞いて、信康は溜息しか吐けなかった。
そしてそんなオストルの言動を目の当たりにして、プラダマンテの堪忍袋の緒が完全に切れた。
「お・ま・えはっ! 今回の援軍の指揮官だと言うのに、勝手に『ちょっと偵察に行ってくるね』なんて言って、騎士団の殆どを私に預けて行動しただろうがっ!?」
全身をワナワナと震わせていたプラダマンテはそう叫ぶと、降ろしていた槍を再び振り上げてオストルの頭を叩こうとした。
「きゃああああっ!? ノブヤス助けてぇ~!」
「ちょっ!? おいっ!!?」
オストルはプラダマンテの制裁から逃れようと、信康の背後に避難した。思わぬ行動に信康は動揺して止めさせようとしたが、気付いたらプラダマンテの槍が信康に迫っていた。信康は避けるのは間に合わないと判断して、両手でプラダマンテの槍を掴んで受け止めた。
「何だ貴様っ! オストルを庇おうと言うのかっ!? だとしたら貴様も同罪だぞっ!?」
「ちょっと待てっ!? そんな理不尽な話があるかっ! 俺はオストルを庇った心算は・・・って、一先ず落ち着いたらどうなんだっ!?」
プラダマンテは怒りで判断力が低下しているのか、信康にも怒りの矛先を向ける。オストルとプラダマンテの醜態に巻き込まれた信康は、不本意ながらプラダマンテを止める為に動く事となった。
そしてルノワ達は信康達のそんな様子を見て、どうすれば良いのか分からず静観する事しか出来なかった。
少ししてから漸く怒りが収まったプラダマンテは、槍を降ろしていた。一方でプラダマンテの槍を抑えていた信康は、呼吸を整えていた。そんな信康に、オストルが恐る恐る声を掛けて行く。
「ノブヤス、大丈夫?・・・えっ?」
「・・・大丈夫じゃないわっ!? このっ!・・・お前の所為で俺まで巻き込まれただろうがっ!」
「痛い痛い痛いっ!? ごめんてばっ!? 巻き込む心算は無かったんだよぉ~」
信康に両手の拳でグリグリとされているオストルは、痛みに悶絶しながら信康に謝罪する。そんなオストルを見て、信康は溜息を吐きながら両手を離した。
「あ~もう良い。オストル」
「何だい?」
信康の声掛けに、オストルは頭を痛そうにしながら答えた。
「こちらの女性は?」
「ああ、紹介が遅れたね」
オストルは片手で頭を抑えながら、もう片方の手でプラダマンテを示した。
「こちらの女性は僕の従姉妹で、第五騎士団副団長補佐の一人にして五勇士の紅一点プラダマンテ・フォン・エステジェーロだよ」
「オストル、こいつは誰だ?」
「傭兵部隊の副隊長の一人で、小隊長でもあるノブヤスって言う人だよ」
「ノブヤス・・・こいつが真紅騎士団の十三騎将の一人を討ち取ったとか言う、凄腕の傭兵か」
「そうらしいね~」
「ふん。そうか」
プラダマンテは槍を抱えて、信康の所まで来た。
そして、槍を持っていない右手を出した。
「先程は申し訳無かった。プラダマンテ・フォン・エステジェーロだ。五勇士の一人で『赤槍』の異名を持っている。今後ともよろしくな」
プラダマンテは手を差し出した。これは握手を求めているのだと分かった信康。
それが分かると、信康も右手を出して握手した。
「こちらこそ。よろしく頼む」
信康は差し出された、プラダマンテの右手を握った。