第139話
信康達が野営の準備をしていると、他の六小隊が無事に帰還して来た。
六小隊の小隊員には数名の負傷者も居るが、軽傷であり戦死者は一人も居なかった。なので傭兵部隊は全員で生存の喜びを分かち合った。
そして全六小隊の内、三小隊が信康達と同様にカロキヤ公国軍と交戦して捕虜を連れて来ていた。信康達が捕まえた捕虜がいる所に向かせる様に部下達に指示して、リカルド達はヘルムートが居る陣幕に向かった。
「ノブヤス様。天幕の方は出来ております」
「そうか。助かる。ありがとう、ルノワ」
信康はルノワが代わりに、天幕を建ててくれた事に礼を述べる。一度見渡したが変な所は無さそうだ。尤も、ルノワがそんな真似などする筈も無いのだが。
既に報告は終わっているので、信康は天幕の中に入り一休みしようと思い中に入ろうとした。
「ノブヤス小隊長」
後ろから声を掛けられたので、信康は振り返った。
其処には、第一小隊の小隊員が居た。
「何だ?」
「総隊長が御呼びです。天幕に来る様にと」
「分かった」
信康は返事をして、ヘルムートが居る天幕に行く。
ヘルムートが居る天幕の前に来ると、護衛として天幕の前で立哨をしている小隊員に声を掛ける。
「信康だ。総隊長に呼ばれて来た」
「聞いております。どうぞ」
小隊員が敬礼したので、信康は返礼してから天幕の中に入った。
「総隊長、お呼びと聞いて来ました」
「来たか。何処でも良いから座れ」
信康が天幕に入ると、既に信康以外の諸将は全員居た。
信康は空いている席に座った。
「小隊長達が全員集まったから、話をするぞ」
ヘルムートはテーブルに広げていた地図に、目を向ける。
信康達もヘルムートの視線に釣られて、地図を見た。
この地図は信康達が居る、周辺付近を描いた地図みたいだ。そして北方面の至る所に赤く×印が記されていた。
「これは?」
「お前等の話を聞いて、襲撃を受けた村に印を付けた」
×印は全部で八ヶ所、記されていた。
「襲撃を受けた村は?」
「何処もそれなりの被害が出ている。中にはこちらの救援が間に合わず、村人が全滅している所もあり、同時に村人が連れて行かれたと言う報告もあったそうだ」
「連れてかれた?」
「村人を連れて行く理由なんぞ、意味は説明しなくても分かるだろう?」
ヘルムートは疑問形で答えたが、そう聞いた時点でこの場に居る信康達は、その言葉の意味は直ぐに理解した。
このまま行けば村人達が奴隷として売られるのは、間違い無く訪れる末路であった。それまでに女性ならば、性欲処理として使われる可能性も高い。
「総隊長。追撃の許可を。今から追跡すれば、遅くとも明日の昼頃には補足出来ると思います」
リカルドが立ち上がり、追撃の許可を求めたがヘルムートは首を横に振る。
「敵の本隊が何処に居るか分からない状態で迂闊に進めば、下手するとそのまま敵の罠に掛かる。それにもう直ぐ日も暮れる。夜間行軍は危険性が高い。此処は自重しろ」
「ですがっ!」
「リカルド。酷な話だが、敢えて言おう。諦めろ。そして耐えろ。良いか? これは命令だっ」
「っ!?・・・・・・分かりました」
リカルドは唇を血が滲まんばかり噛みしめながら、悔しそうに椅子に座った。
椅子に座るリカルドを見て、ヘルムートは溜息を吐きながら言う。
「今日はもう遅いから、此処で野営して明日の朝には準備が整い次第、予定通りフェネルに帰還する。全員、良いな?」
『了解!』
「じゃあ、もう下がって良いぞ」
信康達は敬礼して、天幕から出て行った。
天幕を出ると、リカルドが憤りのあまり叫んでいた。
「くそっ!?」
地面を蹴るリカルドを、ヒルダレイアとバーンとは宥める。
「落ち着きなさいよ。リカルド」
「そうだぜ。追撃はするなと総隊長に言われたんだ。だからもう諦めろよ」
「だがっ」
「総隊長も言っていただろう? 耐えろとか諦めろって」
「・・・・・・くそっ!」
リカルドはそう吼えると、自分の天幕に戻った。
その後姿を見て、溜め息を吐きながらリカルドを見送る二人。
「あいつ、本当に傭兵向きじゃないな。騎士にだって、あんな綺麗な奴は居ないって言うのによ」
「そうね。でも、其処がリカルドの良い所よ」
「確かにな」
バーン達は少し話をして、その場で別れた。
信康は三人が居なくなったので、溜め息を吐いた。
「・・・・・・青臭い正義感が強過ぎるぞ。リカルド」
戦場は正義や大義だけで、行われている訳ではない。他者を排して得られる名誉とそれと付随してついてくるドロドロとした欲望が行われている。
だから戦場で己の欲望のままに振舞うのは別段、不思議な事では無い。要はそれをするかしないかは、人それぞれだ。
信康の知り合いの傭兵でも、十人十色で様々な性格や嗜好を持つ者達で溢れていた。普段は人が良いのに戦場では略奪も強姦も平然と行う者も居れば、戦場では無類の働きをしても富や権力や美女に全く興味を示さない者も居た。
信康自身は割り切れる方であり、相手を選ぶ。無辜の民に対して好んで行う事は無いが、相手が悪党やら外道ならば進んで行う方だ。
「理解しろとは言わないが、俺より年上の筈の男が其処を割り切れないとはな。傭兵として、まだまだ未熟だな」
独白して、信康は天幕に戻った。そしてルノワから貰った清浄の魔符を使って、身体の汚れを落とした後に就寝に就いた。
プヨ歴V二十六年八月十六日。
陣地を引き払った信康達傭兵部隊は、直ぐにフェネルに向けて出発準備を始めた。
信康は第四小隊を整えている際、リカルドを見掛けて挨拶をした。すると昨日の事が未だに納得出来ていない様子であり、ムッスリとした顔で自分の第二小隊を纏めていた。
その様子を見て、信康は苦笑した。
やがて、傭兵部隊の出発準備が整った。
「全小隊、準備は整ったか?」
ヘルムートは馬に跨りながら、信康達に声を掛ける。
「第二小隊。準備完了」
「第三小隊。準備完了」
「第四小隊。じゅんびかん・・・・・あん?」
信康が準備完了と言おうとしたら、視界の端に土煙が上がっているのが見えた。
何だと思って信康は左手でひさしを作り、何が来たのか見る。それから徐に、右手で鬼鎧の魔剣を抜刀した。
「総隊長。前方にこちらに接近して来る集団が居ます。土煙の量を考えると、馬に乗った集団かと」
「何だと!?」
信康に言われて、ヘルムート含めた傭兵部隊は全て土煙が上がった方に目を向ける。
「ふむ。やはりあれは、騎兵の一部隊みたいだな。真っ直ぐ傭兵部隊の方へ向かって来るぞ」
「数からして、百、二百・・・・・・少なくとも五百は居るぜっ!」
「敵か!?」
「村の襲撃を撃退したから、今度は俺達を狙ってきたのかもなっ」
隊員達は、自分達に向かって来る一団に誰なのか予想しだした。
「総員、迎撃準備! 急げ!!」
ヘルムートがそう叫ぶと、傭兵部隊は直ぐに迎撃準備した。
迎撃準備を整えると、土煙を上げる騎兵隊の一団は速度を維持したまま、傭兵部隊の下に向かう。
遠目が利くルノワが、ひさしを作って見ながら信康に報告する。
「旗が見えます!」
「旗の色はっ!?」
「赤地に描かれている絵は金蛙です!」
「味方かっ!・・・旗には他に何が描かれている?」
「えっと・・・・・・あれは五の数字が書いております」
「第五騎士団か。総員、武器を構えるの止めろっ! 相手は友軍だ!」
ヘルムートは叫びながら、伝令を出してこちらに向かって来る一団は味方だと告げる様に指示した。
その指示が行き渡り、傭兵部隊の隊員達は直ぐに得物を構えるの止めた。信康もまた、鬼鎧の魔剣を納刀した。
やがて騎兵隊の一団が、速度を落として行く。最後には傭兵部隊が居る所から、百歩離れた所で停まった。
第五騎士団は別名鋼鉄騎士団と呼ばれている様に、全身を板金鎧で覆い馬の身体にも鎖帷子で覆われていた。
数は約五百騎。
しかし不思議な事にその騎馬の一団の後ろには、大型の幌馬車が数台ついていた。
傭兵部隊の隊員達は、補給部隊を連れているのかと思い馬車を見た。
そんな思いで居ると、騎馬の一団の中から一際目立つ者が出て来た。
「何者だ!? 名を名乗られよ!」
第五騎士団の一番近くに居た、第九小隊の小隊長であるカインが誰何した。
そしてその人物を見た。
軍服の上に白い甲冑。その上に白いコート状の上着を纏っていた。
顔立ちは中性的だが、金髪を腰まで伸ばし両方のもみあげの所を三つ編みにしていたので、女性と思われた。そして、瞳は珍しい桃色だった。
「我こそは、第五騎士団副団長であるオストル・フォン・フォーマシアなりっ!」
声も中性的なので、どうも女性みたいに思えた。
「第五騎士団副団長殿が、何用か?」
「君達は、プヨ王国に雇われている傭兵部隊だよね?」
「そうです」
「ちょっと恥ずかしい話なんだけどさ。第五騎士団は道に迷っていたんだ。悪いのだけど、一緒にフェネルまで連れてってくれない?」
「・・・・・・」
カインはどう言ったものか考えた。
「・・・・・・自分の独断で判断出来ないので、総隊長に相談したい。暫し待たれよ」
「良いよ~」
オストルがそう答えたので、カインはヘルムートの下に向かった。
「あいつ、第五騎士団で有名な五勇士って呼ばれてる勇者の一人だぜ」
「何!? 第五騎士団の五勇士って言えば、第五騎士団の中で特に勇猛と謳われた奴等だろうっ!?」
「ああ、そうだ。『不朽』『赤槍』『黄金の槍』『死剣』『黄槍』の五人だ」
「じゃあ、あそこに居るのは?」
「確か『黄金の槍』のオストルだ。名乗っていたから間違いない」
「それはまた、凄い奴が援軍で来たな」
傭兵部隊の隊員達は、予想外の人物が援軍に来て喜んだ。