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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
142/397

第138話

 信康は斬影を歩かせながら、村の東側周辺を見回っていた。更に第四小隊が担当している北側周辺に関しては、イセリアが指揮官を立候補したので任せていた。


 しかしその姿は周辺を見て、とぼとぼ歩いて時間潰しをしている様にしか見えない。


 隊員達は何故信康はもっと警戒しないのかと、不思議そうに見ている。


「ノブヤス様」


 そんな様子の信康を見かねたのか、ルノワが話し掛けて来た。


「何だ?」


「もう周辺に敵が居ないとは言え、少々気を抜き過ぎでは?」


「ふっ、何だ。お前は俺の意図が分からないのか?」


「はい? すみません。どう言う意味ですか?」


「いや。分からないなら、分からないで構わない」


 笑みを浮かべる信康。


 何故笑うのか意味が分からず、首を傾げるルノワ。


 其処にメルティーナが魔馬人形(ゴーレムホース)に騎乗してやって来た。


「お話中の所、すみません。小隊長」


「どうかしたか? メルティーナ。北側で何か起きたのか?」


「いえ、そう言う訳ではありません。ですが姉が小隊長に『そろそろ終わっている(・・・・・・)頃合いだから、村に戻っても良いんじゃない?』と伝える様に言われたのですが・・・どう言う意味ですか?」


「何ですか。それは?」


「さぁ、私にも分かりません」


 伝えたメルティーナも意味が分からず、首を傾げていた。


 ルノワも意味が分からない顔をしていたが、信康だけ感心した顔をしていた。


「へぇ、俺の行動だけでよく分かったものだ。いや、だからこそ北側の担当を立候補したのか。流石に地頭も良いんだな」


「「???」」


 ルノワ達は益々、意味が分からない顔をしていた。


「どれどれ・・・此処で一つ俺の故郷に伝わる、御伽話を話してやる」


「はい?」


「ノブヤス様、御伽話とは?」


「簡単に言えば夜眠らない子供に言い聞かせる、寝物語的な話だ。しかし、登場するおにぎりも柿も栗も囲炉裏も臼も分からんだろうから、その辺は改変して・・・昔々あるところに一匹の蟹が居ました。蟹はパンを持って歩いていると、前から猿がやって来ました。猿の手に林檎の種を持っていました。猿は蟹がパンを持っているのを見て、自分が持っている林檎の種と交換しようと言いました。人の良い蟹は快く交換しました。そして、蟹は自分の家に戻ると早速、林檎の種を植えました。

 少しして、蟹の家には立派な林檎の樹がなりました。其処に猿が現れて樹に登る事が出来ない蟹に代わって、自分が登って採ろうと言って樹に登りました。所が猿は自分が食べるだけで、蟹には全くやらない。蟹は早く林檎をくれと言うと、猿はまだ青く硬い林檎を蟹に投げつけました。

 蟹は猿に投げつけられた林檎が当たり、怪我をしました。そして数日後、蟹はその怪我が元で病気にかかり亡くなりました。

 蟹には子供達が居ました。そして子供達は親を殺した猿に、復讐する事を決めました。

 しかし自分達だけでは手が足りないので、日頃から猿の意地悪に悩まされていた友人の蜂に協力して貰い、敵討ちの計画を練りました。

 そして、計画は実行されました。先ず蟹は猿が家を留守にしている間に、松ぼっくりを暖炉に隠して、蜂は水桶の中に隠れ、蟹は屋根に台を持って隠れました。

 猿が家に帰って来るのを待っていると、やがて、猿が帰って来ました。

 家に戻った猿は外から帰って来たので、冷えた身体を温める為に暖炉に火を付けました。

 やがて暖炉に火が付き温かくなると、暖炉の中に入っていた松ぼっくりが弾けて、種を吐き出しました。

 その種は火に炙られた事で熱くなっており、猿の身体に当たると猿は火傷を負いました。

 急いで冷やそうと思い、猿は水桶に近付くと其処に蜂が襲い掛かって来ました。

 火傷を負い、蜂に刺されて吃驚した猿は家を飛び出しました。

 其処に屋根に隠れていた蟹は台を落としました。落ちて来た台に猿は潰されましたが、まだ息はありました。そんな猿に子供の蟹達は近づきました。

 猿は親の蟹にした事を謝りました。そして、二度とこんな事をしないと言いました。

 そして、猿はどうなったと思う?」


 話をしていた信康は、聞いている二人に訊ねる。


「許したのでは?」


「私もそう思います」


 ルノワ達は謝ったので許したのではと答えた。


「残念。答えは蟹達は猿を鋏でズタズタにして殺した、だ」


「っ!? 猿は謝っても蟹達に許して貰えなかったという事ですか?」


「この話の主題は因果応報と自業自得だ」


「「インガオウホウ? ジゴウジトク?」」


「直接的要因の因に、そうした事で得られる結果の果、応える応、報いるの報で因果応報だ。更に自分が仕出かした業が、自分に帰って得た。それで自業自得と言う訳だ」


「成程。・・・・・・ああ、そう言う事ですか」


 メルティーナは話を聞いて、漸く信康の意図が分かった様だ。


「すみません。私には全く・・・」


「村に戻れば分かる」


 信康は斬影の足を止めた。


「良し、周辺の警戒はこの辺で良いだろう。そろそろ村に戻るぞ! メルティーナ。お前は北側に戻って、イセリアに合流する様に伝えろ。それとティファにも誰か伝令を出せっ!」


 信康がそう号令を下すと、第四小隊は慌しく動き始めた。メルティーナは言われた通りに北側に戻り、またティファの下へ伝令が走った。それを見て信康は、一足先に村へ帰還した。


 少しして信康達が村に戻ると、広場に人だかりが出来ていた。


「ふっ、予想通りだな」


 信康はそう呟くと、斬影から降りる。そしてそのまま捕虜を引き連れて、広場に向かった。


 人だかりを退けて広場に向かうと、ティファと麾下の第七小隊の小隊員達が、村長と共に居た。


「どうかしたのか?」


 信康は話し掛けた。


「ああ、ノブヤス。丁度良い所に来たわね」


「何かあったのか?」


「これを見てよ」


 ティファが指差した先には、縛っていた縄を解かれた状態で倒れているカロキヤ公国軍の兵士達が居た。


 全員が全員一人残らず、もの言わぬ死体に変わり果てていた。死体の中には何度も槍で刺突された死体だったり、何度も剣で斬り付けられた死体もあった。損傷具合が酷い死体ともなると四肢が斬り落とされている死体や、両目や鼻や耳が抉られたり削がれている死体もあった。


「ふむ、状況を説明してくれ」


「村長の話を聞いた所だと・・・カロキヤの捕虜(奴等)が縄を無理矢理解いて逃げ出そうとしていたから、村人たちが慌てて捕まえようとしたけど、抵抗が激しくて誤って殺したそうよ」


「・・・・・・そうか」


 誤ってと言う割には明らかにやり過ぎている死体だらけだけどなと、内心でツッコミを入れる信康。しかしそれを表情には出さず、信康は逆に神妙そうな顔をする。


「どうする?」


 ティファは流石に捕虜を殺したのだから、フェネル要塞かもしくはこの村が属する領地を持っている領主貴族の所に引き出すかと言っている。


 村長もそれが分かっているのか、顔を青くさせていた。


「ふっ。別に良いだろう。逃げ出そうとしていた敵兵を誤って(・・・)殺してしまったのだから」


「でも、敵軍の情報が」


「指揮官はこうして無事に居るのだから、下っ端の兵卒なぞ幾ら死のうが何も問題は無い。それよりもだ」


 信康は村人達に惨殺されて死体になった、カロキヤ公国軍の兵士達の所に行く。


 そして膝を曲げて目を閉じて、手を合わせた。


 暫くの間、無言になる信康。


 周りの者達も何処かの宗教の祈りでもしているのかと思い、何も話さなかった。


「・・・・・・これも因果応報、自業自得だ。怨むなら、自分の所業を怨むんだな」


 誰にも聞こえない声でポツリと零して、手を合わせるのを止めた信康。


 そして立ち上がり、指示を出した。


「指揮官六人を全員、この場に連れて来てくれ」


「分かったわ」


 信康の命令を受けて、ティファが捕虜を連れて来た。


「「「「「「・・・・・・」」」」」」


 六人の指揮官達は、死体に成り果てたカロキヤ公国の兵士達を見て言葉を失っていた。


「実に無様で哀れな最期だったな。ほれ、自分の可愛い部下共だろう? 最後になるんだから、よーく顔を目に焼き付けておけよ」


「き、貴様っ!?」


「ははははっ。そう喚くなよ。何だったら、今直ぐこいつ等の後を追わせてやろうか?」


「ぬ、ぬうううぅぅっ!」


 信康は抜刀した鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを抜刀して刀身を首に押し付けて脅迫すると、指揮官達は唸り声を上げる事しか出来なかった。


「はっ。お前等など、本来なら一人居れば十分なんだぞ。死にたかったら何時でも言え。直ぐに殺してやるから・・・連れて行け」


「はっ!」


 信康に命じられて、隊員達は指揮官達を連行した。それから信康は、村長の方を見た。


「村長。村人達に遺体を十人一山で、六つの山を作る様に指示を出してくれ。この広場で、こいつらを焼却処分にするから」


 信康の指示を聞いて、村人達は露骨に嫌そうな顔をした。そんな村人達の態度を見て、信康は鼻で嗤う。


「この夏の暑さだと、死体は直ぐに腐敗するだろうな。そうなれば、疫病の原因になりかねないぞ。こいつらも自業自得とは言え、お前等に嬲り殺しにされたんだ。もしかしたら怨みが積もり積もって、不死者(アンデッド)に変貌してお前等に襲い掛かって来るかもな?・・・言っておくが、傭兵部隊(おれたち)はカロキヤとの戦争で忙しい。このまま死体を放置して、帰っても良いんだぞ? 現状が分かったら傭兵部隊(おれたち)に協力するのかしないのか、さっさと選べ」


 信康の脅迫に近い発言を聞いた村人達は、小さく悲鳴を上げて慌てながらカロキヤ公国軍の兵士達の死体を重ねて六つの山を作った。


 それを見た信康は、次の指示を出した。


「サンジェルマン姉妹を始め、火炎魔法が使える奴は最大火力でこいつ等を燃やせ。それから村人達に貸していた、得物も全て回収しろ・・・ああ、忘れていた。メルティーナは参加させずに、死んだ軍馬を全て出させろ。解体して、馬肉を村人達にくれてやれ。せめてもの慰めにな」


 信康はそう言うと、イセリアの指揮で魔法分隊は、火炎魔法で死体を燃やし始めた。他の隊員達は、村人達に貸していた得物の回収を行う。


 死体を燃やすと同時に、肉を焼く嫌な匂いが漂った。その匂いを嗅いで、何人かの隊員達や村人達は顔を顰めた。


 一方でメルティーナは焼却に参加せず、収納(ストレージ)の魔法で保管していた軍馬の遺体を取り出した。それから冷却しつつ、血抜きを行う。それを見て他の手の空いた小隊員達は、メルティーナの魔法の補助を受けながら、素早く軍馬を解体して精肉へと変えて行った。


 軍馬の馬肉は食用の為に作られていないので、肉質は少しばかり硬くて食べ辛い。しかし村人達は小隊員達から馬肉を分けて貰うと、傭兵部隊に抱きそうになっていた不快感や反発は一瞬で霧散した。


 何故なら村人達にとって、肉とは貴重品である。それを十七頭分も無償で貰えるのだから、喜ばない筈が無かった。更にメルティーナは村人達だけでは食い切れないであろう馬肉を、魔法で燻製肉に変えて保存性を高めてから提供した。


 これは姉のイセリアと違って普段から気遣いが出来る、優しい性格から来る人柄の良さから出たものである。

 信康の村人達に対する、飴と鞭の扱いが実に巧みであると言えた。ティファ達は信康の采配を見て、その様に感心していた。


 そんなティファ達の感想を他所に信康は、顔色一つ変えずに燃える死体を見続けていた。そうしていると、其処へルノワが話し掛けて来た。


「ノブヤス様。聞いても宜しいですか?」


「ふっ、どうせ死んだカロキヤ軍の兵共の事だろう?」


「はい。死体を見たのですが、あれは逃げた事で出来た傷と言うよりも、縄で縛られた状態で出来た傷です」


「ふむ。何故そう思う?」


「防御創がありませんでした。それに縛った縄は解いたと言うよりも、斬られたと言った感じでした」


「成程な」


 縄を解いて逃げようとしたのなら、村人と争う際に自分の身を守るために出来る防御創が出来る。


 ルノワは更に縄は力尽くで解いたのでは無く、斬られたみたいになっていたそうだ。


 捕虜が隠していたのではと思うかもしれないが、それは無い。


 縄で縛る際、短剣などを隠していないか調べたが誰も持っていない事を確認してから縛った。


 なので、捕虜は縄が斬る事など出来ない。


 その事から、ルノワは村人達が動けないカロキヤ公国軍の兵士達を私刑にして、逃亡を図ろうとしたと偽装するべく縄を斬ったのではと思っているみたいだ。


「ルノワ。先刻(さっき)した逸話(はなし)を覚えているか?」


「はい。・・・・・あっ」


「それと俺が居た大和の諺で雄弁は銀、沈黙は金と言う言葉がある。言わなくても、意味は分かるな?」


「・・・・・・分かりました」


 ルノワはそれ以上、何も訊かなかった。


 そんなルノワを見て、満足気に信康は頷いた。


「よろしい。さて・・・・・・」


 信康はそう言うと、突然ピタリと身体を静止した。


「ノブヤス様?」


 ルノワはそんな信康の行動を見て、疑問に思い訊ねた。


「ルノワ。突然だがお前、探知(サーチ)は使えるか?」


探知(サーチ)ですか? はい。勿論使えますけど?」


「だったら、早速頼む。それも上空に向かってだ」


 ルノワは信康の指示を怪訝に思いつつも、言われた通りに探知(サーチ)を上空に向けて放った。すると少ししてから、ルノワ顔色が変わった。


「ノブヤス様っ、反応がありましたっ! 上空に一騎、隠れていますっ!・・・カロキヤの偵察兵でしょうか?」


「そうか、良く見つけてくれた。それと、そいつは敵では無いだろうから、落ち着け」


 信康はそう言って、ルノワを宥めて落ち着かせた。


「誰か、トモエを呼んで来い。それから紙とペンをくれ」


 信康はそう指示を出すと、小隊員の一人がペンとメモを渡した。信康は礼を行った後に、紙にペンを走らせた。


 信康がそうしている間に、ルノワがトモエを連れて来た。


「お呼びと聞いて参りました。ノブヤス小隊長」


「良く来てくれた。早速で悪いが、お前の長弓を貸してくれ」


「私の長弓を? しかし人間であるノブヤス小隊長に私の弓は・・・・・・分かりました。どうぞ」


 トモエは人間の信康に鬼族用の弓が扱えるのかと怪訝としながらも、信康の言われた通りに自身の長弓を貸し出した。


 信康はトモエに礼を述べると、持っていた紙を矢に巻き付けた。


「やはり固い、流石は鬼族用の弓だ・・・しかし、問題無い。普通に使えるな」


 信康は弦の固さに驚きながらも、何回か引いて確認をした後に矢を長弓に番えた。その様子を見たトモエは、信康の膂力に驚いていた。


「ルノワ、風魔法で補助してくれ。上に向かって撃つとなると、飛距離が足りんかもしれんからな。終わったら、位置を教えろ。当たらず、されど外れない絶妙な位置をな」


「はっ・・・・・・出来ました。それと位置はこの辺りで、大丈夫かと」


 ルノワは再び探知(サーチ)で周囲を調べた後、指を指して方向を決める。それと同時に信康は弓を引いて、風魔法の補助を受けた矢を上空に向けて放った。トモエは状況が分からず、信康を見守る事しか出来なかった。


「ノブヤス様、あの紙には何と書かれていたのですか?」


「ああ、それはな・・・『覗き見するな。見物料取るぞ』って書いたんだよ。ははははっ」


 ルノワにそう訊ねられた信康はそう言うと、楽しそうに笑いながら長弓をトモエに返却した。



 信康達の遥か上空で、一部始終をその人物は見ていた。


 天馬(ペガサス)に跨り、その様子を見ているのはイゾルデ・フォン・シトラジストだった。


「本当に団長が言った通りだったわね」


 イゾルデは感心しながら、フェリビアに言われた事を思い出していた。フェリビアは信康が捕虜を間引くだろうから、その確認を頼まれていたのだ。そして信康の予想通り、その行為は黙認されていた。


「ゲルグスなら五月蝿く言う所でしょうけど、私は何とも思わないからね。見るものは見たし、私もそろそろ戻って合流しますか」


 イゾルデがそう呟いた瞬間、それは起こった。


「っ!?」


 イゾルデの隣を、一本の矢が通過して来たのだ。躱す必要すら無かったが、想定外の出来事に動揺して態勢を崩しそうになるイゾルデ。そして慌てて落下して来る矢を、その手で回収する。


 矢を見た際に、紙が結ばれている事に気付いたのでイゾルデは矢を回収する事にしたのである。そして矢に結んであった矢文の内容をイゾルデは確認する。読み終えたイゾルデは、額に青筋を浮かべる。


「ふふっ・・・ふふふふふっ。あの傭兵、やってくれるじゃないの」


 イゾルデは青筋を浮かべながらそう言って笑うと、手に持った矢文を握り潰してからフェネルへと駆けて行った。


 カロキヤ公国軍の兵士達の死体が、全て灰になったのを見届けた信康達。


「良し。そろそろ本隊と合流しないとな」


「そうね。待っているかどうか分からないけど」


「その時はフェネルに戻るだけだから、気にする事ではないな」


 信康がそう言うと、テイファも同意した。


 そして信康は捕虜を縄で縛らせて、鹵獲した軍馬に騎乗するのを見届けてから斬影に跨る。


「今から本隊と合流する。一応、周辺を警戒しながら進むぞ」


『おうっ!』


 信康の掛け声に小隊員達は応えて、ゆっくりとだが進み始めた。


 その際に信康達は、村人達から総出で見送られた。


 信康達が合流地点に着くと、まだ本隊は居たので安堵の息を漏らした。


 そして直ぐにヘルムートが居る天幕に、報告に向かう信康達。


 捕虜を連れて行くと、まだ他の諸将は居なかった。


「おお、よく戻って来たな」


「第四小隊。信康以下全員、欠員一人も出さずに無事に戻りましたっ」


「第七小隊も同じく」


 信康達は敬礼して報告した。


「ご苦労。それで、何かあったか?」


 ヘルムートがそう聞いてきたので、信康が村で起こった事を全て話した。


「そうか。敵軍は村に略奪を仕掛けて来たのか」


「総隊長。これは敵の挑発行為だと思って良いですか?」


「お前もそう思うか。ティファ?」


「まぁ、戦場には何度も出ていますからね。こういった事は数え切れないくらい見ているし、あたしもそれと同じくらい参加しましたよ。それでも、虐殺にだけは手を出しませんでしたけどね」


 ティファは肩を竦めた。


「そうか。まぁそれについては、咎める事はせんよ。他の小隊の帰還も遅い事を考えると、襲撃されたか、それとも襲撃を受けた村の後始末をしているかのどちらかだな」


「だと思います。総隊長」


「ならば、もう少しこの場に留まった方が良いな」


「其処ら辺は、総隊長の御判断に任せます」


「・・・・・よし、一応野営の準備をする様に指示しろ。それと伝令を出して、フェネルへ帰還するは明日になると伝える事にしよう」


「「了解です」」


 信康とティファは敬礼して、天幕から出ようとした。


「そう言えば、捕虜から何か情報を手に入れる事が出来たか?」


「ああ・・・分かったのは敵軍の総数と各兵種と軍団長と副軍団長の名前しか分かりませんでしたね」


 捕虜である指揮官達に訊ねたら、自分が知っている限りの情報を全て話した。


「一応、それも伝令に伝えるから教えてくれるか?」


「了解、敵の軍団長の名前はブラスタグス・ド・イケニって言ってましたね」


「ブラスタグス・ド・イケニか。数年前は征西軍団の副団長だった筈だが、団長に出世していたのか」


「それから副団長は二人居て、副団長の一人の名前はユリウス・パウリヌスって言っていましたよ」


 此処までは、レギンスの情報通りだなと思う信康。


 しかしユリウスに名前を挙げると、ヘルムートは怒号を上げた。


「ユリウス・パウリヌスだとっ!?」


 ヘルムートはそう言って机を叩いた。その衝撃で、机の上に置いてあったコップやらが地面に落ちた。


 普段は滅多な事で怒らないヘルムートが怒っている様子を見て驚く信康達。


「征南軍団の部隊長だった筈の、あのロクデナシの屑野郎が征西軍団の副団長とはなぁっ!? 道理でパリストーレ平原で姿を見掛けなかった訳だっ! こいつは良いっ。これも天の采配かもしれないなっ。戦場で見つけたら、俺が嬲り殺してやるっ!!」


 鼻息を荒くさせるヘルムート。


 ユリウスとヘルムートの中に、何かあったのかと思う信康達。


 信康達が見ている事に気付き、ヘルムートは深く息を吸って気を落ち着かせた。


「ふぅー・・・・・・すまん。驚かせて」


「いえいえ」


 信康は首を横に振る。


「それでヘルムート総隊長。そのユリウスって奴と昔、何かあったんですか?」


 ティファはヘルムートが其処まで激昂する姿を見て気になったのか、ユリウスとの関係を尋ねた。


 ヘルムートは少し躊躇う素振りを見せたが、ふと何か思い出した。


「そう言えばお前等は兵舎を改装している間、カルレアさんのアパートで暮らしていたな」


「ええ、まぁ」


「そうですけど?」


 信康達はそれが何かという顔をした。


「なら、多少はカルレアさんの事情を知っているか」


「カルレア・・・さんの事情?」


 信康は思わずカルレアを呼び捨てで言いそうになったのを、何とかさん付けで呼んだ。


 ティファはそれを聞いて、苦笑した。


「・・・・・・何だ?」


「別に」


 苦笑するティファを見て、信康は睨むがティファは口笛を吹く。


「まぁ良い。カルレアさんの旦那が傭兵上がりの騎士団員だったのは、聞いているか?」


「ああ、それは聞いています」


「私も」


 アパートメントに住む前に、カルレアがそんな事を言っていたと思い出す信康達。


「名前はジョージヤ・グランヒェル。元第二騎士団第四部隊の部隊長をしていた、俺の同僚で友人兼好敵手(ライバル)の一人だ。無茶苦茶優秀な奴だったんだが、二年前にデァグアラ河の戦いと言う大戦がカロキヤとの間で起きて、その戦争で戦死した。具体的に言うと、ジョージヤはユリウスに殺された」


「二年前のカロキヤとの戦争で亡くなったと聞いていましたけど、どんな戦いだったんですか?」


「城郭都市アグレブへ攻め込もうとしたカロキヤ軍の征南軍団を率いるステファルと、大将軍と第三騎士団団長を兼任していたロゴス率いる第二、第三騎士団と鋼鉄槍兵団での戦いだ。本来なら渡河を阻止するだけで終わる小競り合いで済む所を、ロゴスが逆に渡河して追撃を命じた所為でプヨは要らん被害を被ったんだっ!」


 ヘルムートは苛立ち気に二年前のデァグアラ河の戦いについて、信康達の為に解説をしてくれた。


「その追撃戦で総隊長の御友人は、ユリウスと一騎打ちでもして戦死したのですか?」


 ルノワはデァグアラ河の戦いで起きた追撃戦の結末を察して、ヘルムートにそう尋ねた。するとヘルムートは、額に青筋を浮かべながら答える。


「違うっ! そんな綺麗な戦いだったら、俺も此処まで怨んだりはしないっ!!」


 ヘルムートは拳を握り机を叩く。


「では、何があったんです?」


 信康は結末が気になって、ヘルムートに尋ねた。


「・・・・・・死体に鞭を打ったんだよ」


「「っ!?」」


 死んだ者に鞭を打つと聞いて驚いた二人。


「それは、本当にしたのですか?」


「ああ。もっと正確に言えばあの野郎、ジョージヤの死体を投槍の的にしやがったんだ。プヨ軍が追撃戦をしたと言ったが、鋼鉄槍兵団は足の遅さを理由に追撃を拒否したから、厳密に言えば第二騎士団と三騎士団だけでやった。その結果は散々なもんで、第三騎士団は壊滅し第二騎士団も半壊する程の大損害を受けて這々の体で逃げ帰ったんだ。この追撃戦の所為でジョージヤを筆頭に両騎士団の部隊長が何名かユリウスに嬲り者にされて、木柱に括り付けられたまま河に放置されていたんだよ!」


「それは・・・惨い事をしたな」


「しかも殺したのが分かる様に、投げた槍にご丁寧に自分の姓名(フルネーム)が書いてある紙を紐に通して括り付けていやがった! 畜生っ! 何度思い出しても、腸が煮え繰り返るっ!!」


「「・・・・・・・・」」


 流石に言葉を失う信康達。


 そんな二人を見て、ヘルムートは断言する。


「・・・だから戦場で見つけたら、俺がこの手で殺らないと・・・あいつの、ジョージヤの無念が浮かばれん。それが同じ戦場に居ながら友を救えずノコノコと生き残った、俺に出来るせめてもの償いだ」


 ヘルムートは拳を握る。


 信康達もその思いを知り、何も言わず一礼だけして天幕から出て行った。


(カルレアの旦那の仇か。そう言えばレギンスの奴もユリウスに関して似た様な逸話を言っていたが、その旦那の事だったんだな。二年前にロバードが敗戦の責任を取らされた戦ってのも、きっとその戦いだろう。実に因果が多く絡んでいる事だな)


 信康は暇を見つけては、カルレア達の様子を見に行っていた。


 他の者達と違い、カルレアは未だに夫に対して未練がある様な態度を見せていた。


(・・・・・・未練を断ち切る意味でも、俺が旦那の仇を取ってやるとするか。敵討ちに燃えるヘルムート総隊長には悪いが、俺も自分の女に良い所を見せてやりたいんでな。譲る心算は無い)


 復讐心を燃やすヘルムートに申し訳無いと思いつつも、そう強く思う信康であった。

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