第137話
「第四小隊だけで先駆けして大丈夫なのかと思ったけど、心配は無かったわね」
カロキヤ公国軍の襲撃を受けた村に到着したティファは、信康を見つけるなりそう言った。
唇を尖らせているので、拗ねている様に見える。
救援に間に合わなかった事への不甲斐無さと闘争の機会を奪われた悔しさから、ティファは思い通りの展望が訪れない事実に苛立って拗ねていた。
そんなティファの考えを察した信康は、苦笑しながらティファの頭を優しく撫でる。
「そう拗ねるなよ。俺の小隊は全員魔馬人形に騎乗しているから、先行出来ただけさ。また戦える機会など、幾らでも残っている」
「・・・分かっているわよ。そんな事くらい」
ちょっと拗ねた口調で、信康に言うティファ。
信康はそんなティファをいきなり強く抱き締めると、そのまま耳元に顔を近付けた。
「カロキヤとの戦争が終わったら、逢瀬しないか?」
「っ!?」
ティファは顔を綻ばせたが、直ぐに顔を引き締めた。
「・・・本当に? 嘘じゃないでしょうね?」
「嘘吐いてどうする? もし約束を破るとしたら、俺が死んだ時だけだよ」
信康がそう言うとティファの顔が悲しみで歪み、信康に強く抱き着いた。
「っと・・・おい、ティファ」
「・・・死んだら承知しないから」
「分かっている。こんな所で殺られる心算は無い。お前も油断するなよ」
「当然よ」
ティファはそう言うと、再び信康を抱き締めた。そんなティファに応えて、信康もティファを抱き締めた。
「「「「・・・・・・・」」」」
信康とティファの仲睦まじい光景を見て、言葉を失う小隊員達。そして我に返ると、ヒソヒソと話し合い始めた。
「やっぱりうちの小隊長とティファの姐さんは、出来てんだよ。ありゃどう見てもそうだろ」
「ああ。でもノブヤス小隊長って、そっちのルノワとコニゼリアとも関係持って無かったか?」
「その認識で間違いねぇよ。これで分かってるだけで、ノブヤス小隊長の女は三人か。羨ましい限りだねぇ」
小隊員達は好き勝手に、羨望の念を抱いてそう言い合っていた。
そんな小隊員達を他所に、トッドが信康とティファの所に行く。
「ノブヤス小隊長。捕虜の装備と軍馬の回収を終えました。捕虜の方は、村の広場に集めてあります」
「鹵獲した軍馬の頭数と、生存している捕虜の人数は把握しているか?」
「鹵獲した軍馬の頭数は、合計で百八十六頭になりますね。一応死んだ軍馬十七頭も、メルティーナが回収済みです。捕虜の方ですけど・・・村を襲撃をしていた部隊は、部隊長を含めて三十人。俺達を襲撃して来た騎兵部隊の方も、部隊長含め三十人。合計で六十人です」
「六十人か・・・やはり多いな」
捕虜の人数が、少々多いと思う信康。
捕虜とはいえ、全員が有力な情報を持っているとは限らない。
なのでフェネルに連れて行くなら精々、二か三人も居れば十分なのだ。そもそも二百三十人弱の人数で、その凡そ四分の一もの捕虜を移送するのは負担が大きい。
(間引くか? いや、勝手に捕虜を殺したら後始末が面倒だ。あいつ等如きの為に軍法会議に掛けられても、こちらは損しかない)
何か良い方法はないかと考えていると、ふと視界の端に死んだ村人を運んでいる村人達が入った。
村人達は全員、涙を流しながら死体を運んでいる。
途中でカロキヤ公国軍の兵士の死体を見ると、唾を吐きかけたり蹴飛ばしたりしていた。
それを見て、信康は良い案を思い付いた。
(これなら、尋問や捕虜の移送の手間も省けるしな。村人連中の感情も、少しは手慰みになるだろう)
信康は直ぐに行動に移した。
「さて・・・俺は第四騎士団団長様に報告があるのだが、お前はどうする? 俺に同行するか?」
「あたしもノブヤスに、付いて行って良いのかしら?」
「構わんさ。其処は好きにしてくれ。但しある程度の礼儀は、ちゃんと守ってくれよ」
信康は歩き出した。ティファもその後に付いて行った。
村内を少し歩くと、目的の人物を見つけた。
自分が乗っていた天馬を休ませながら、木陰に凭れて休んでいた。
「あの女が第四騎士団団長、フェリビア・フォン・パルシリアグィンだ」
「・・・・・・・」
信康が紹介すると、ティファは黙ってフェリビアを見た。
「どうかしたか?」
「やばいわね。少し距離があるのに、かなり出来るってのが分かる」
ティファは口元に笑みを浮かべていた。
男女問わず強い者と戦うのが好きなアマゾネスの血を引いている所為か、強そうな者を見るとつい戦いたくなるようだ。
「言うまでも無いだろうが、言っておくぞ。フェリビアだけに限らず、第四騎士団は味方だ。余計な言動は慎め」
「分かっているわよ。ああでもその内、手合わせしたくなって来た」
ティファはその時が楽しみだという顔をした。
そんなティファを見て溜め息を吐く信康。
「ほれ。話次いでに紹介するから、キチンとしろよ。と言うか、お前は喋らんで良いからな」
「分かっているわよ」
そう言ってティファは頬を叩き「よし」と声をあげる。
「もう良いか?」
「良いわよ」
ティファがそう答えたので、信康はフェリビアの下に行く。
歩いていると、第四騎士団員達が信康達を不審そうに見ている。
全員揃いも揃って、何で傭兵がここに居るのかしらという顔をしていた。
信康達がフェリビアから百歩ほどの距離になると、赤毛の髪を腰まで伸ばした長髪の女性騎士が立ちはだかる。そして、持っている斧槍の石突きで地面を突く。
「団長に何用か?」
団員の一人が、信康達に問い掛けた。すると信康は、その団員に敬礼を行う。ティファも信康に続いて、敬礼を行った。
「失礼。自分は近衛師団傘下傭兵部隊所属、第三副隊長兼第四小隊小隊長の信康。こちらが同じく第七小隊小隊長のティファと申します。そちらのフェリビア団長に御報告と御挨拶の為に参りました。何卒、御取り次ぎをお願い申し上げる」
信康は敬礼を解いた後に、団員の一人へ目的を告げながら様子を見る。
女性にしてはかなり長身だ。信康と同じか少し高いくらいだろう。
切れ長の怜悧な眼差しで赤い瞳。凛々しい顔立ち。
男性よりも女性受けが良さそうな雰囲気を持っていた。
だが女性の象徴といえる物は鎧越しなのに、デカいのが分かる。
「傭兵部隊の者か。暫し待て」
その団員は信康達の敬礼に答礼した後、フェリビアをの下に行こうとした。
「お待ちなさい。ルビィア」
赤毛の団員を、別の団員呼び止めた。
誰だと思い、声がした方に首を向ける信康達。
黄緑色の髪をカーリーヘアで、青いツリ目。
ルビィアと同じ鎧を着ているので、第四騎士団の騎士だと思われる。
身長が小さいのに、胸だけは大きかった。
所謂、トランジスタグラマーと言える身体だった。
「何だ。ゲルグス?」
赤毛の団員であるルビィアは、呼び止めたゲルグスに訊ねた。
「こんな何処ぞの馬の骨とも分からない輩を、団長に会わせる事はありません。挨拶など不要ですし、報告の対応ならばわたくし達だけで十分ですわ」
「しかし団長に御用なのに、それを我等で相手するのは無礼ではないのか?」
「無礼? 粗野で無教養で無学で粗忽者の相手など、わたくし達で十分ですわっ」
「ふぅ・・・傭兵達は礼節を守っていると言うのに、お前が無礼な態度を取るなど本末転倒だ。本人達に今直ぐ謝罪しろ」
「はっ、誰がっ」
ゲルグスはルビィアの命令を聞いて、鼻で嗤う。
信康は何とも思っていなかったが、ティファは噛み付いた。
「良いわね。あんた、喧嘩売っているのね?」
ティファは指をパキパキ鳴らしながら、ゲルグスと呼ばれる団員の下に行く。
「ふん。戦るお心算かしら? 良いですわ。傭兵如き、相手にならない事を教えて差し上げますわっ」
ペリトラドは腰に差した剣を抜いた。
しかしティファは腰に差している得物である、二振りの半月刀を抜かなかった。
「何故、得物を抜きませんの!?」
「馬っ鹿じゃないの? 味方同士の刃傷沙汰なんて、軍規で御法度だからに決まってるでしょう? これは只の喧嘩に過ぎないの。そもそもあんた如き、得物を抜くまでもわよ」
「生意気なっ!?」
そう叫んで、激昂したゲルグスは駆けた。
ゲルグスは剣を振り被り、ティファ振り下ろそうとした。
「其処までにしなさい」
綺麗に澄んだ声が響いた。
その声を聴いて、ゲルグスは剣をピタリと止まった。
そして声がした方に、恐る恐る顔を向ける。
「だ、団長っ!」
「陣中で味方に剣を振るうのは、流石に見過ごせませんね」
「フェリビア団長。お休みの所、騒がしくして申し訳ございません」
ルビィアはフェリビアに跪いた。
「いえ、ルビィア。貴女が気にする事はありません。それよりも・・・」
フェリビアはゲルグスを見る。見ると言うよりも、睨み付けていた。
「ゲルグス。味方に剣を向けるとは何事です」
「だ、団長。こ、これはっ」
ゲルグスは剣を見えない様に背中に隠した。
「残念な話ですが・・・刃傷沙汰を起こせば、流石に処罰をしなければならないですね」
フェリビアがそう言うと、ゲルグスは顔を青くした。
これには流石に弁解も無理だなと思う信康。
そう思っていると、フェリビアは信康達を見る。
「部下が無礼な働きをしてしまい、申し訳ありません。これは全て、私の監督不届きです。どうか、私に免じて許して頂けないでしょうか? この通りです」
フェリビアは頭を下げた。
「「!!??!?」」
声にならない叫び声をあげる二人。
信康達も顔を見合わせる。
流石に一騎士団長に其処までさせる程の事ではない。なのでどうしたものかと、目で話す信康達。
(どうする?)
(お前が許せば、万事解決だぞ。これ以上、味方同士で事を荒立てる心算かっ)
(う~分かったわよっ)
一瞬の目配せだけで、其処まで話す信康達。
「あ~えっと、うん。団長様に頭を下げられたらねぇ」
「だな。フェリビア団長、頭をお上げ下され。自分達は気にしておりませんので」
ティファはこの件はこれでおしまいにしましょうと言い、信康も同意の相槌を打ってフェリビアに頭を上げる様に促した。
「そうですか。感謝します」
頭をあげるフェリビア。
「所で・・・私に何か御用でしょうか?」
「はっ。フェリビア団長に御挨拶と御報告があってこの度、恐れながらも参らせて頂きました」
「挨拶とは、痛み入ります。しかし、報告ですか?」
「はい。それとお願いが少しばかりありまして・・・よろしいでしょうか?」
フェリビアは身嗜みを整えた。
「内容次第になりますが、詳しく聞きましょう」
「はっ。先ず第一に・・・これから捕虜は我々傭兵部隊の方で移送しようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「そうですか。構いませんよ。てっきり、私達に捕虜の移送を頼むのかと思っていました」
「御言葉だが、流石に其処まで厚かましくは無い」
「捕虜にしたのは、六十人位だと聞いています。こちらに居る傭兵部隊は二百三十人居るそうですが、人数が人数ですから移送するのに時間が少しばかり掛かりそうですね」
「仰る通りです。それで次にお願いがありまして・・・第四騎士団には先にフェネルに御帰還頂き、フェネル付近の村々がカロキヤ軍の襲撃を受けていると、フェネルに居る総大将閣下に御報告をお願いしたいのです」
「・・・・・・確かに、村の襲撃を受けた報告を総大将に報告するのは大切ですね」
「はい。第四騎士団の足の速さならば、今夜中にも帰還出来るかと。と言う訳で、先にフェネルに帰還して総大将閣下へ御報告をお願いしたい」
「分かりました。準備が出来次第、私達は出発致します」
「お願い致す。それでは、失礼」
信康はフェリビアに敬礼した後、その場を離れようとした。
「一つ聞いても宜しいでしょうか?」
フェリビアに声を掛けられ、足を止める信康。
「何か?」
「貴方は、ノブヤスと言いましたね? 傭兵部隊の副隊長の一人で、小隊長も兼任していると」
「はっ。その通りです」
「村を出たら、本隊と合流すると考えて構いませんね?」
「はっ。脇道の前にある本道にヘルムート総隊長が本陣を敷いておりますので、其処で合流する予定です」
「分かりました。しかし捕虜の人数が決して少なくはありません。そうなれば必然的に、フェネルに来る頃にはそれなりに時間が掛かると思った方が良さそうですね」
「・・・・・・そうなりますな」
「結構。それだけ分かれば十分です・・・それと一応言っておきますが、村人達も我が国の大切な民。配慮は最大限にお願いします」
そう言って、フェリビアは何処かに向かう。そして、その後をルビィア達が追い駆ける。
「・・・・・・」
信康はその後姿を見送りながら思った。
(俺の考えを読まれたか?・・・ふむ、黙認されたと解釈しても良いかもしれんな)
「どうかしたの?」
考え込んでいる信康を、テイファは不思議そうに声を掛ける。
「いや、何でも無い。それよりも早く、村を出る準備をするぞ」
信康はティファを連れて、その場を離れた。
信康達が村を出る準備をしていると、フェリビア率いる第四騎士団の面々は飛び立って行った。
空を駆ける前に、村を一回りしてから駆けていった。
その時にフェリビアが信康をちらりと見て、会釈したよう見えた気がした。
その後も少し話したイゾルデはウインクして、ルビィアは頭を下げて一礼しゲルグスは信康を睨んで飛び立って行った。
その一糸乱れぬ統制が取れた動きは、素晴らしいの一言に尽きた。
「ノブヤス小隊長、ティファ小隊長。出立準備が整いましたっ」
「よろしい。だが村を出る前に、する事がある」
「「する事がある?」」
呼びに来たトッドと傍に居たティファは、同じ言葉を呟いた。
そして信康は自分と、ティファの小隊の前に立つ。
「ああ。村を出る前に、一つしておくことがある。それは何か、分かるか?」
信康はトッドに問い掛けた。
しかしトッドを含め、誰も分からないのか様子で互いに顔を見合わせた。
「それは、この村だ」
信康は指差した。
「一度襲撃があったのだ。もう一度あるかもしれない。其処でだ」
信康は自分の後ろに居る、六十人もの捕虜達を見た。
「村を襲撃していた部隊の部隊長と副隊長と副官は、どいつだ?」
信康が訊ねると、トッドが他の隊員と共に該当する人物の前まで向かった。
それからトッド達は、部隊長と副隊長と副官の合計で三人を信康の前まで連れて来た。
「よし、ありがとう。次に騎兵部隊の部隊長と副隊長と副官は?」
すると今度はトモエが隊員と共に騎兵部隊の部隊長と副隊長と副官の合計三人を、信康の前に連れ出した。
「指揮官級は、この六人で全員か?」
信康の訊いに、全員が頷いた。
(重要な情報を持っているのは精々、こいつ等だけだろう。それでは、予定通り事を運ぶとするか)
信康は捕虜の指揮官六人を、無理矢理立たせた。
「俺の小隊は二手に別れて俺が二人、もう片方が一人ずつ連れて少し周りを散策する。残党がいるかもしれないからな。ティファの小隊は騎兵部隊の指揮官三人を連れて付近を散策してくれ」
「でも、早く戻った方が」
「村の襲撃の報告は第四騎士団がしてくれるから、俺達は村の周囲に敵兵の残党がいないか確認だ。もし見つけて抵抗しそうだったら、こいつ等に喉元に剣を突き付けて降伏させろ」
「・・・・・・まぁ、村の周囲の警戒をすると考えれば良いのね」
「そうだ。一度襲撃を受けたからな。用心に越した事は無い」
「分かったわ」
ティファは騎兵部隊の指揮官三人を立たせて、縄で縛り歩かせながら周囲を警戒するみたいだ。
信康も同様に、村を襲撃していた部隊の指揮官三人を連れて行動する。
「くそっ! 我等はどんな事をされても、口は割らんぞっ!?」
捕虜になった部隊長は吼えるが、信康は鼻で嗤う。
「粋がるのは良いが、村に戻って来ても同じ事を言えたら褒めてやる」
「何? 何を言って?」
部隊長は意味が分からず、首を傾げた。
信康は村長に顔を向ける。
「俺達は周辺の警戒する。その間、此処に居るカロキヤ兵共を見てくれるか?」
「わ、私共がですか?」
「ああ。逃げ出そうとしたら、遠慮無く殺して良いから・・・おい。こいつらから取り上げた得物を、村人達に貸してやれ」
「分かりました」
信康にそう言われて、ルノワ達は得物を村人達に貸与した。
「よし、俺達は東と北を見る。ティファは西と南を見てくれ」
「分かったわ」
そう言って信康達は村を出て、村の周りに残党が居ないか確認の為に回った。