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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第136話

 信康達は被害にあった村の被害状況と傷付いた村人達に治療、捕まえた敵兵の尋問等々を行った。第四小隊の名ばかり衛生班班長であるレムリーアが一人で治療に奮闘して、それをルノワ達治療の知識を持つ小隊員達が補佐する形であった。


 其処へフェリビアと一緒に来た第四騎士団の団員の中には、第四騎士団付きの女性司祭が居た。その女性司祭の治癒魔法で、レムリーアと共に村人達の傷を治して行った。負傷している村人の数が多かったので、この助力は信康達にとって大変ありがたかった。


 しかし、それは逆に、死者よりも負傷者の数の方が多かったと言う事実がある証拠でもあった。そう言う意味では、不幸中の幸いと言うべきであった。


「神よ。その大いなる力の一端をもって、彼の者を癒やしを―――水の癒し(ウォーター・ヒール)


 女性司祭が手を翳すと、手から淡い水色の光が生まれる。


 その光が村人の傷ついた患部に当たり、徐々に傷が癒えていく。


 信康達は一息付きながら回復魔法が行われる光景を見て、やはり面白い見世物を見ている様な気分だなと感じていた。


「あれが神官とかが使えるとか言う、神聖魔法か。久しぶりに見たな」


「そうなんですか? ノブヤス小隊長」


「ああ。前の傭兵団でも使える奴等は何人も居たし、ブリテンだと物好きな大司教に振り回されて見る機会は何度もあったんだ・・・そう言えばプヨ王国(このくに)では確か、六大神教が有名だったな」


「はい。そう訊いていますぜ」

 

 六大神教。

 名前の通り、六柱の神を信仰する宗教だ。

 火、水、土、風、光、闇の神を信仰する。

 稀に魔法の適性がある人物がその六大神をどれか信仰する事で、その何れかの神が司る力を行使出来る。

 火神を信仰するなら神聖炎魔法、水神なら神聖水魔法、土神なら神聖土魔法、光神なら神聖魔法、闇神なら神聖暗黒魔法という感じで使う事が出来る。

 とはいえ神聖魔法を扱える人物は、魔法適正者の中でも更に十人に一人居れば良いという具合なので、意外と使える者はそう多くない。

 各々神の名前は以下の通りだ。

 火と戦の神アレウォールス。

 海と水の神ヌエーギセリドア。

 空と風の神ウラモイトールン。

 大地と緑の神マーフィア。

 光と法の神カプロラリス。

 夜と闇の神エレボニアン。

 因みに神官戦士団には、この六大神の従属神を信仰する者も居れば、樹木信仰する森司祭も居れば、精霊を信仰する者も居る。中には魔物を信仰する者や、竜を信仰する者も居る。

 なので各宗教の宗教観について時折、議論と言う名の口論や喧嘩が行われている。一方で各宗教の宗教観についてでありそれに加えて信者同士で、それもちゃんとした場で周辺に被害が及ば無い様にしていた。


 プヨ王国はこの各教団の宗教抗争には、下手な干渉も口出しも一切しなかった。各教団が内政に干渉しない限り、不干渉及びどの教団にも依怙贔屓などしない永世中立の立場を貫いていたのだ。

 何故ならプヨ王国は各教団からは莫大な献金を受けており、重要な財源の一つになっているからである。何か干渉してくれば毅然と対応するが、無用な口出しをして献金の金額が減るのも嫌っての対応策である。


「夜と闇の神エレボニアンだと神聖暗黒魔法とか言う、良く分かんねぇ魔法になるんですよね」


「ふっ。まぁトッドが言いたい事は分かる。しかし闇は悪者では無い。夜の暗闇があった方が、安眠出来るだろう?」


「確かに。明るい所でも寝れますけど、暗い方が寝易いですよね」


 信康と話していたトッドは、信康の解説に納得した様子で頷いていた。


 そうしていると治療が終わったみたいで、恐らくフェリビアと同行していた女性司祭と思われる人物が信康の下に来た。


 信康はこの三年間の経験で、宗教に関して一定の知識があった。なので女性が司祭である事を見抜きつつ、その女性司祭が何を言いに来たのかを待った。


「怪我をした村人達の治療が終わりました。怪我は治りましたが・・・」


 女性司祭は苦悶の表情を浮かべて、倒れている村人達を見る。


 側には死んだ村人達の遺族と思われる、村人達が涙を流している。


「・・・気持ちは分かるが、そう自分を責めるな。あんたは実に良くやった。死者蘇生など、それこそ神の御業でしか許されぬ所業なのだからな」


「・・・えぇ、分かっておりますが・・・ああ言う悲惨な光景を見てしまいますと、やはり自分の無力さを痛感してしまいます」


 女性司祭は、悔しそうに唇を噛む。


「そうか」


 信康は女性司祭に対して、何も言えなかった。


 慰めの言葉を言っても、この女性司祭は余計に辛くなると思い言わなかった。


「ああ、そう言えば名乗っていなかったな。俺は近衛師団傘下傭兵部隊所属、第三副隊長兼第四小隊小隊長の信康だ。あんたは?」


「私は第四騎士団付き神官部隊の助祭をしています。エレアナ・デュノットと申します」


 エレアナは自分の名前を言ってから一礼した。


「御丁寧な挨拶、痛み入る」


「いえ、でも・・・まだお若いのに傭兵部隊の副隊長と小隊長を兼任しているなんて、凄いですね」


「ふむ・・・・・・付かぬ事をお尋ねするが、俺は幾つだと思う?」


「えっと・・・十五歳位でしょうか?」


「ぷっ、あはははははっ!・・・確かに十代だけど、俺は今年で十八歳になったばかりだよ」


「えっ!? そ、それは失礼しましたっ!」


 エレアナは驚いていた。


 信康はこの話をする度に、この顔はそんなに若く見えるかなと思う。


「エレアナっ!? ちょっと来てくれるっ!?」


 向こうで女性騎士が、エレアナを呼んでいた。


「あっ、はいっ。では、私はこれで」


「ん、じゃあな。倒れない程度に頑張って来な」


 信康は手を振ると、エレアナも手を振って別れた。


 エレアナは自分を呼んだ、女性騎士の下に行く。信康はエレアナの後ろ姿を見る。


(ふむ。尻はデカいな。胸はそんなに大きく無かったけど、下半身の肉付きが良いみたいだな)


 信康はエレアナの身体を見て、そう思った。


「しっかし・・・まさか今回の戦いで副将として参加している、あの有名な『槍の姫将ランス・ザ・プリンセス』に会えるなんて運が良いですぜ。小隊長」


「『槍の姫将ランス・ザ・プリンセス』?」


 それは一体誰の事だ? と言わんばかりに復唱する信康。そんな信康を見て、トッドは苦笑する。


「御存じないんですか? あのフェリビアって名乗った女こそ第四騎士団団長にして今回のプヨ軍の副将であり、槍を扱わせたらこの国では右に出る者は居ないとまで言われている女傑ですぜ」


「へぇ、あの女はそんな風に呼ばれてんのか」


 信康はその話に上がった、フェリビアを見た。


 当の本人は信康達の視線など気にせず、部下と何か話していた。


 無骨な兜を被っているので顔は分からないが、美人なんだろうなと思う信康。


「それに側近の天馬十二騎にもお目に掛かれるなんて、運が良いとしか言えないですよ」


 信康はその天馬十二騎については、聞かなくても分かった。


 恐らくは最初にフェリビアを見た時に、その周りに天馬(ペガサス)に乗っていた女性騎士達の事を言うのだろうと予測した。


 その十二天騎と思われる女性騎士達は主人のフェリビアとは違い顔が見える兜を被っていたので、美人な女性達だと直ぐに分かった。


 それもそれぞれ違った美しさを持っていた。ただフェリビアの周辺に居る女性騎士達は誰が十二天騎で、誰が十二天騎ではないのかまでは知識が無い信康には分からなかった。


「・・・そう言えば見た感じ、天馬(ペガサス)に乗っているのは女が多いな」


「あれ? 小隊長は知らないんですか? 天馬(ペガサス)はあまり重いと飛べなくなるし体力の減りも早くなるんで、必然的に男性よりも女性が多くなるんですぜ。現に十二天騎も、女性しか居ないですし」


「そうなのか。それは知らなかった」


「他の騎士団や軍団と比較しても、女団員の数が一番多いんですよ。だから第四騎士団は別名で天馬(ペガサス)騎士団と言われるだけでじゃなくて、陰で花園騎士団って言われているんですぜ」


「花園か。それって絶対、尊称じゃなくて蔑称的な意味合いがあるよな?・・・はぁっ。国の為に戦う騎士達に向かって、流石にそれは酷過ぎる話だ」


 信康は心底そう思い、不愉快そうに鼻を鳴らした。


 戦場に出てくるのだから、それなりの覚悟を持っているだろう。それをそんな風に嘲笑されたら、どんなに温厚な者でも怒るだろうなと思えた。信康にしても、実に不愉快な話であった。


「でもですぜ。あれだけ綺麗どころが居たら、誰でもそう思うのは不思議じゃあねえと思いますが」

「ふっ。能無しの馬鹿共が第四騎士団の活躍や実力に妬んで、そうやって陰口を叩いているだけだろう・・・・・・っ!」


 信康はある気配を察して、トッドが持っていた連弩を奪い取るとある方向に向けた。


 信康の行動を見て、トッドは驚いて身を引いた。


「のっ、ノブヤス小隊長!?」


「後ろに居る奴に警告する。誰だが知らないが・・・それ以上気配を殺して近付くならば、容赦無く撃たせて貰う」


 信康は左手で連弩を構えながら右手で得物の鬼鎧の魔剣オーガアーマーズソードを、何時でも抜ける様にして、後ろで隠れている人物に声を掛ける。


「あら、バレたみたいね」


 自分達の後ろから声が聞こえて、首を向けるトッド。


 そうしたら後ろに女性騎士が居て、トッドはまた驚いた。


「う、うわぁっ!? い、何時の間に?」


「ふっふふ。少し脅かそうと思っていたのだけど、脅かす事も出来なかったわね」


「・・・・・其処まで近付いて、俺も漸く察知出来たのだ。喜んで良いと思うぞ」


 女性騎士と信康との距離は、凡そ二十歩だった。


 信康としては其処まで来て、漸く察知出来たという思いだった。


(ふんっ。これで暗殺者だったら、少し危うかったかもしれんな)


 信康は鼻を鳴らしてから、悔しそうにそう思った。


 そして後ろに居る女性騎士の力量に、信康は舌を巻いた。


 信康は得物から手を離して、後ろを向いた。


 其処に居たのは、少し垂れた目をした女性だった。


 長い紫色の髪を、後ろ束ねている。


 鎧を着ているので、正確なスリーサイズは分からないがデカいと予想する信康。


 蠱惑的な雰囲気を持った女性だった。


「俺はこの傭兵部隊を預かる、信康と言う者だ。そちらの名前は?」


「あら? 傭兵だから、自分の名前を名乗らない粗野な人だと思っていたわ」


「このっ!?」


 女性の言葉を聞いてトッドはいきり立つが、信康は取り上げた連弩を押し付ける事で制止した。


「止めろ、トッド・・・それで? 名前を教えるのか? 教えないのか? どっちなんだ?」


「貴方が名乗ったのだから、私も名乗らないとね」


 そう言って女騎士はスカートの端を掴み、信康にお辞儀をした。


「私は天馬十二騎の一人、『奏弓』のイゾルデ・フォン・シトラジストよ」


「げぇっ!?」


 女騎士がイゾルデと名乗ったのを聞いて、鶏を絞め殺した様な悲鳴を上げるトッド。


 先程まで天馬十二騎について話をして、更にイゾルデが所属する第四騎士団の悪口を言った様なものなのだ。トッド本人は第四騎士団に悪感情は無くとも、流石に不味いなと思っている様だった。


「これはこれは、失礼仕った。天馬十二騎ともあろうお方が、自分に何用か?」


 信康がそう訊ねると、イゾルデは微笑む。


「随分と面白い事を話していたみたいだったから、私も混ぜて貰おうと思ってね」


 微笑んでいるのに、その笑顔が怖かった。


 トッドもイゾルデの笑顔を見て、再び悲鳴を上げる。


 このままではトッドは、イゾルデの笑顔の圧力に押されるかと思われた。


「そんな事を話した心算は無いのだが・・・無礼だと思われたなら、俺がこの場で貴女に謝りましょう」


 信康は庇う様に、トッドの前に出て頭を下げた。


「の、ノブヤス小隊長っ!」


「あら? 別に私はただ単に楽しそうな話をしていたと、そう思っただけなのよ?」


「楽しいと言うのは、個人個人の主観だ。俺達が楽しいと思っても、他の人からしたら楽しいとは思えない話と言うのは有ると思う。なので御不快な思いをさせたならば、俺がお詫び申し上げる。大変申し訳なかった」


 信康はそう言って、再び頭を下げてイゾルデに謝罪した。


 イゾルデも信康の謝罪が伝わったのか、笑顔で小首を傾げて頬杖を付く。


 どうやら、少し考えているみたいだ。


「・・・・・・まぁ、良いわ。これ以上はしつこいだけだし、これで止めにしましょう・・・でも貴方が第四騎士団の為に怒ってくれて、嬉しかったわよ。では、御機嫌よう」


 イゾルデは一礼して、その場を離れた。


 かなり離れたのを確認して、トッドは息を吐いた。


「ぶは~・・・一時はどうなるかと思ったぜっ」


「ああ、そうだな」


 信康としてはあそこまでイゾルデに近付かれて気付いたというのが、やはり悔しかった。やはり鍛錬の時間を増やす必要があるかと、信康は真剣に考えた。


 (十二天騎が一人、『奏弓』のイゾルデ・フォン・シトラジストか。気配の殺し方が本当に凄かったな。・・・良し。もし妙な視線や気配を少しでも感じたら、その時は全部あいつだと思った方が良いかもしれんな)


 そう思っていると、ルノワが信康の下へやって来た。


「ノブヤス様。敵騎兵隊の捕虜と軍馬を連れたイセリア率いる後続と、ティファの第七小隊が漸く到着しました」


「そうか。よし、捕虜を全員出せ。総隊長の居る本陣まで連れて行く」


「分かりました」


 ルノワはそう言って、直ぐに捕虜が居る所に向かった。

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