第134話
プヨ歴V二十六年八月十五日。
王都アンシを出発したプヨ王国軍は、五日の行軍を掛けて漸く最初の目的地である城郭都市フェネルに到着した。このフェネルは同じアグレブと同じ城郭都市ではあり、フェネルを中心に周辺一帯は王都アンシを守る為の防衛拠点群となっている。
尤も実に残念な事にフェネル自身の防衛力は、アグレブより一回り劣っていた。
そしてアグレブが奪われた以上、このフェネルまでカロキヤ公国に陥落させられる訳にはいかなかった。もしこのフェネルまで陥落しその防衛拠点群がカロキヤ公国に占領されれば、王都アンシまで進軍を妨げる存在が無くなってしまうからである。フェネルへ最初に到着したグレゴートは、愛馬から下馬した。
「お疲れ様です。グレゴート閣下」
フェネルを統治している領主でもある男性が、側近達と共にグレゴートを出迎えに来た。
「うむ。出迎え御苦労」
領主の言葉を聞いて、グレゴートは近くに居た部隊長の一人を呼び寄せた。
「直ぐに軍議を行う。我が第一騎士団は勿論、現在入市している各軍団に伝令を送って諸将は会議室に集まる様にせよ」
「はっ、直ちに」
部隊長は頷き、直ぐに各所に伝令を送り始めた。
「閣下。一言申しても宜しいですか」
グレゴートの後ろに控えていた、一人の男性が声を掛けた。
しかしその男性は人間では無く、亜人類であった。
兜を脱ぎ、左脇に抱えている。
短髪にした青色の髪。白皙の肌。額に二本の角が生えていた。
クールな風貌とした男性であった。
「何だ。ギュンター」
グレゴートは首だけ動かして、ギュンターを見た。
ギュンター・フォン・ランカスタ―。
第一騎士団第一部隊部隊長を務めており、剣の腕も指揮能力も優れた人物であった。
プヨ王国では亜人類差別は僻地でも無ければ、先ず有り得ない。亜人類でも貴族になっている者も居るし、中には名門として知られている貴族も居る。
何せプヨ王国の建国の際には、多くの亜人類が手を貸した。
建国王の異名を持つ初代プヨ王国国王へブルは元々亜人類に対して差別感情は持っておらず、プヨ王国建国に尽力してくれた亜人類にも感謝して功績に見合った褒美を与え爵位も惜しまず与えた。
ギュンターの実家であるランカスター子爵家は分家だが、宗家の方は侯爵位を持っている名門である。
しかしギュンター自身は、名門の一門である事に自覚はあっても鼻に掛けた事は一度も無い。
貴族にありがちな嫌味な性格ではなく、頭を切れ冷静だが気前の良い所がある。
それでいて自分が間違っていたら、素直に改める度量もあった。
「まだ第四騎士団も第五騎士団も、フェネルに入市すら出来ておりません。それなのに、軍議を行えば二度手間では?」
ギュンターが言った通り第二騎士団までしか、フェネルには入市出来ていない。
ギュンターはグレゴートから全軍が集まった状態で軍議を開くと聞いていたので、グレゴートに訊ねたのだ。
「軍議と言っても、配置を決めるだけだ」
「配置ですか?」
まだ戦いが始まる訳ではないのだから、配置など決めなくても良いのではという顔をするギュンター。
ギュンターの顔を見て、グレゴートは自分の考えを話す。
「今の我が軍は、総数で二万六千以上居る。そして入市している途中なのだ。その隙を突いて、カロキヤ軍はこのフェネルに強襲してくるかもしれん。それの備えだ」
「成程」
ギュンターは素直に頷いた。
「尤も、配置については傭兵部隊は含めないがな」
「はい? 何故ですか? 一千人と一個大隊規模であれば、一角の戦力にはなると思いますが」
「勘違いするな。別に戦力として、考えていない訳では無い。ただ、威力偵察に出したい」
「左様ですか。傭兵部隊は命令を素直に、聞いてくれますかね? 王都からずっと行軍していて、休息すら取れていないのですが」
「偵察に行く手当てを、出してやれば良い。更に重要な情報を持って帰る事が出来たら、追加報酬を渡すと言えば傭兵部隊も励むだろう」
「確かに、それなら傭兵達も励むでしょうね」
「うむ。では、私は会議室に向かう。お前は闘病中のシュタインに代わり、私の片腕として励んでくれ」
グレゴートはそう言って、会議室に向かって歩き出した。
ギュンターは一礼して、グレゴートを見送った。グレゴートが居なくなると、第一騎士団に一通り指示を出した。
「しっかし・・・フェネルに着く前に傭兵部隊を偵察に出すとか、人使い荒くないか?」
「そうぼやくなよ。確かに休息すら取れていないのに、偵察に行かされるのは不満だけど・・・偵察に行くだけで報酬は出るし、更に重要な情報を持って帰って来たら追加報酬も約束しているって総隊長も言っていたじゃないか」
ロイドが愚痴を漏らすと、リカルドが宥めた。
「でも重要な情報と言うけど、何が重要な情報なんだろうな?」
「其処は手に入れてみないと、何とも言えないんじゃないかい? カイン」
カインはどんな情報を手に入れれば良いのかと言うと、ティファは取り敢えず情報を手に入れようと言う。
「まぁ、テイファの言う通りだな。傭兵部隊が手に入れた情報の価値は、軍上層部はどう判断するか決める事だからな」
「そうね。でもそんな事が分からない人が総大将だと思うと、前の戦いみたいに負けるかも知れないわ」
リカルドは情報が大事だと言えば、ライナは今回参戦する諸将が手に入れた情報を有効活用出来る頭を持っているのかと言う。
「其処の所、どうなんだろうな」
「私の知っている話だと限りだと今回の総大将は前回の総大将よりも有能だって話だけど・・・総隊長はどう思いますか?」
バーンは訝しがり、ヒルダレイアはそれほど悪くないと聞いていると言った。更に総隊長であるヘルムートに、どう思っているのか訊ねた。
「そうだな。知勇兼備の持ち主で、公平で話の分かる御仁といった所だな」
ヘルムートは思っている事をそのまま言葉にした様に、グレゴートを評した。
「つまり、有能?」
「ああ、少なくとも前回のロゴスよりもかなりマシだ。尤も、ロゴスと比べたら誰でもマシになってしまうんだがな。少なくとも今回参加している諸将で、無能な奴は一人も居ないぞ」
「そうですかい。そりゃ朗報だ・・・そう言えば前回の総大将、敗戦の責任を取らされて刑死したって聞いたな」
「ちょっと可哀そうだが、あれは流石にな」
「だな。あれだけの惨敗したんだから、一族郎党処刑にならないだけマシだな」
傭兵部隊の諸将が話している中、信康は話に混じらず周囲を警戒していた。
(他の奴等が無駄口を叩いていると言うのに、俺一人が警戒しているなんて馬鹿馬鹿しいと思えるが・・・警戒するに越した事は無いからな)
信康は警戒していると、分かれ道になった。
「総隊長。此処からは分かれ道となっています。どうしますか?」
信康がそう訊くと、ヘルムートは少し考えた。
「・・・・・・良し、決めた。俺の第一小隊は此処に本陣を敷く。お前等は道に沿って、進軍しろ。敵を発見したら、逃げるも戦うも各自の判断に任せる。だが深追いだけは、間違っても絶対にするなよ」
ヘルムートがそう告げると、先程までのんびりとした空気が一気に引き締まった。
「行くのは良いけどよ。誰がどの道行くかは、決めた方が良いんじゃねえっすか? 総隊長」
バーンがそう言うと、ヘルムートは顎を撫でながら道を見る。
脇道は四本に分かれていた。
「いや、此処は各自好きな道に行け。但し、一本の道に行くのは二小隊までだ」
「了解。じゃあ、俺はこっちの道に行くぜ」
バーンはそう言って、一番左の道を選択した。
「じゃあ自分は、その隣の道に行くよ」
「私も」
リカルドとヒルダレイアは、バーンの右隣の道を選択した。
「じゃあ、私はこっちね」
ライナは一番右の道を選択した。
「んじゃ、私はこっちにするね」
ティファはライナが選んだ左隣の道を選択した。
信康はどの道を行くか考えていると、ティファが信康を見ていた。
(これは一緒に行動しよう、と誘っているのだろうか?)
視線だけなので、本当にそうなのか分からない。その為、信康には断言は出来なかった。
其処で仮にライナが選んだ道に目を向けると、ティファの視線の圧力が増した。
此処は一緒の道を選べと、暗に言っているのだと漸く分かった信康。
「じゃあ、俺はこっちにしよう」
信康はティファと同じ道を選択した。
そうしている間に、ロイドとカインは残った道をどっちにするか硬貨投げで決めようとした。
結果。ロイドはライナと同じ道で、カインはバーンと同じ道になった。
「じゃあ、お前等。三時間以内に、此処に戻って来い。過ぎても緊急時以外は待つからな。緊急事態になったら、赤い狼煙を上げる。お前等も緊急事態に陥ったら、伝令でも何でも走らせて知らせて来るんだぞ」
『了解です。ヘルムート総隊長』
ヘルムートに敬礼したリカルド達は、各々で選んだ道を自分の小隊と共に進んだ。