第133話
プヨ歴V二十六年八月十日。
アグレブからカロキヤ公国軍が出陣したと言う凶報を聞いて、プヨ王国軍上層部は事前に王都アンシに集結させていた迎撃軍の出撃準備を整えさせ、たったの二日で出陣させる事に成功した。
プヨ王宮にあるバルコニーにてプヨ国王であるヴォノス王、第一王女プリシラ、第四王女アリスフィールという王族の面々が見送りに出ていた。
第二王女ギネヴィーナは病気療養中の為、欠席。第三王女ユーフォリアはリョモン帝国にカロキヤ公国とトプシチェ王国との間で結ばれた同盟に関して協議すべく外交使節として訪問中だったので、欠席していた。
そんな錚々たる面々に注目を浴びても、此度のプヨ王国軍総大将を務めるグレゴート・フォル・ミュケンベルムは毅然とした態度で、閲兵式を行っている。
グレゴートは今年で四十歳になったばかりで、威厳がある堂々とした傑物であった。
そもそも体格からして恵まれており、その立派な風貌もあって現プヨ国王であるヴォノス王よりも国王らしく見える。
性格は公明正大で情を矯める度量もあった。それらの要素も相まって、麾下団員からの信望も厚く他の騎士団や軍団からも尊敬されている知勇兼備の名将である。
更にはミュケンベルム伯爵家の現当主でありながらも、平民の兵士達相手に居丈高に振る舞わないという誠実な人格の持ち主であった。
本来であればロゴスなどでは無く、このグレゴートこそがプヨ王国の大将軍に任命されているべき傑物であった。そのロゴスも先のパリストーレ平原の会戦の責任から刑死になった事で、現在では空席となっていた大将軍の地位をグレゴートが第一騎士団団長と兼任して任命されている。
当然だがこの吉報に第一騎士団は狂喜乱舞したと言うのは、最早言うまでも無い。グレゴートはヴォノス王に跪いて拝礼した後、愛馬に跨り長年使用している愛剣を抜剣して天に掲げた。
「我等が故国と愛する者達の未来を守らんが為に、この手で侵略者共に正義の鉄槌を下すっ!! 全軍っ! 出陣っ!」
グレゴートはプヨ王国軍に、出撃命令を出した。
その大号令を聞いて、集まった将兵達は歓声を上げて応えた。
先ずは第一騎士団が戦列を作り、その先頭に進んだ。
第一騎士団に所属する団員達は、プヨ王国切っての精鋭揃いである。
その言葉は、団員達の服装からして真偽が判断出来る。何処かしら補修された鎧。長い間、使われた感がある剣に馬上槍。騎乗している馬にしても、見事な馬体をしている名馬ばかりだ。
補修された甲冑は、戦場に出て生き残った証である。
剣も馬上槍も長い間使われていないと、此処までの立派な存在感は出せない。
精鋭と言うのも、あながち嘘では無いのである。
今回の軍団編成は第三騎士団と鋼鉄槍兵団と水竜兵団を除いて、各軍団や騎士団で編成されている。まず最初に、グレゴート麾下の第一騎士団を主力にしている。次に第二、第四、第五騎士団もこの戦争に参戦している。更に神官戦士団の各一派も参戦し、最後に近衛師団傘下の傭兵部隊である。
第一騎士団、総勢一万。
第二騎士団、総勢三千
第四騎士団、総勢二千。
第五騎士団、総勢二千。
砲兵師団、総勢五千。
神官戦士団、総勢三千。
傭兵部隊、総勢一千。
全軍団合わせて、総勢二万六千の軍勢となった。第三騎士団と鋼鉄槍兵団が参戦しないのは、パリストーレ平原の会戦での補充と再編成が終わっておらず、今回は参戦出来なかった。
第二騎士団の方はパリストーレ平原の会戦では直ぐに撤退したのであまり損害は無かったものの、諸事情有って三個大隊規模の部隊を送り出す事しか出来なかった。第四騎士団及び第五騎士団の方は、国境警備の任務の為に大挙して参戦する事は叶わず二個大隊規模の部隊の派兵がやっとであった。
水竜兵団は海戦が専門でありそもそも主戦場が違うので、カロキヤ公国との参戦は有り得ない。近衛師団は王都アンシを防衛している第一騎士団が戦場に向かうので代わりに、王都アンシの防衛をしなければならない。当然ながら戦争には参戦せず、傘下部隊の一つである傭兵部隊のみ出陣させている。
神官戦士団の方は、今回は炎龍戦士団と陽光戦士団と青海武僧兵団の三教団共に一個大隊一千ずつの出陣が決まった。
プヨ王宮から次々に、各軍団が出発して行く。王都アンシを囲む城壁までの道のりを、民衆は列となって沿道に集まる。
「おお~! プヨ王国に勝利を!! 勇者達に神々の加護があらん事をっ!!」
「騎士の皆様、どうか頑張って!」
プヨ王国軍が大通りを通ると、歓声が上がる。
因みに普通の民が騎士団所属の騎士と軍団所属の団員などの違いが分かる筈が無いので、自分達の前を通る軍人=騎士と解釈して歓声をあげている。
その歓声を受ける騎士団以外の団員達は皆、心中で騎士じゃないんだけどなと思いながら声援に応えて手を振ったりしている。
そして全ての軍団が通り過ぎた後に、総勢一千人規模の大隊が続いた。
プヨ王国軍が正式に使用している軍旗を持っているので、当然プヨ王国軍だと思われた。
しかし今まで自分達の前を通っていた各軍団は、煌びやかなで同じ装備で統一されていた。しかし今自分達の前を通る者達は、皆思い思いの武装で身を固めていた。
中には兵士というよりも、山賊みたいな容貌をした者も居る始末だ。
沿道に来ていた市民達も、その姿を見て首を傾げていた。
「はっはは、見ろよ。沿道に来た奴等、俺達を見て不思議なモノを見ているって感じの顔をしているぜっ!」
その一千人規模の部隊の隊員達の中から馬に跨っている高身長の男性が、沿道に来ている市民達を見て笑いながら隣に居る者に話す。
隣に居る貴公子の様な顔をした、白馬に跨っている男性は話し掛けて来た男性を窘める。
「バーン。大きな声を出すなよ。周りの人達に余計に変な目で見られるぞ」
「良いじゃねえか。リカルド。俺達はこうしてプヨ軍として認められて、王宮からの城壁までの進軍を正規軍連中と一緒に来れたんだぜ。もっと喜べよ」
「そうかもしれないが、だったらもっと毅然としていてよ。恥ずかしいじゃないか」
「はっはは、固いぞ固いぞ。リカルド」
バーンは笑いながら、リカルドの肩を叩く。
この一千人規模の部隊は新設された、近衛師団傘下の一つである傭兵部隊であった。
最後尾とは言えプヨ王国の閲兵式に出られるとは、傭兵としては名誉な事と言える。
肩を叩かれ軽く揺れるが、リカルドは気にせず周囲を見た。
「・・・・・・まぁ、この前の進軍に比べたらマシか」
この前のパリストーレ平原の会戦では、城壁の外で待たされてプヨ王宮にも行く事が出来なかった。
今回は総大将のグレゴートの厚意で、傭兵部隊もプヨ王宮に行って閲兵式に参加する事が出来た。
そして遠目だったが、敬愛するヴォノス王の玉体も見る事も出来た。
リカルドも実は、バーンと同様に満更では無かったのだ。
「その内、傭兵部隊もプヨ軍に無くてはならない存在になるかもなっ!」
「はっはは。そう言うんだったら、流石にそれ相応の活躍と貢献をしなきゃ駄目だと思うよ」
リカルドはバーンの戯言に笑みを浮かべながら、前へと歩き出す。
その二人の様子を、少し離れた所で呆れた様子で見る信康。右隣にはヒルダレイア、左隣にはティファという両手に花という状態だった。尤も、信康の花はティファだけであるが。
因みに傭兵部隊の戦列だが、傭兵部隊総隊長であるヘルムートを先頭に立ち、信康達諸将がヘルムートに続いていた。そして信康達の背後を各小隊の騎兵が進み、騎兵の後に歩兵が続いた。
「あの馬鹿二人、浮かれまくっているわね。はぁ・・・」
人に見られている中であんな事を出来るので、ヒルダレイアは額に青筋を浮かべながら呆れる様な感心した様な声で見ていた。
「まぁそう言ってやるなよ」
信康はヒルダレイアを宥めながら、信康もリカルド達を見ていた。
「でも、ノブヤスッ」
「お前、民衆に見られている中で二人を怒鳴り付ける心算か? それをやったら、お前まで恥を搔くぞ。良いじゃないか。この前の戦じゃあ、これでもかと冷遇されていたからな。今回は総大将の厚意で王宮にまで来れたんだ。ああして喜ぶのも、無理は無いさ」
「ノブヤスの言う通りね。ヒルダもそんなにカッカしちゃ駄目よ」
「ティファまで・・・まぁ良いわ」
信康とティファに宥められて、ヒルダレイアは漸く怒りを収めた。
それでも不貞腐れているヒルダレイアを見て、信康は苦笑する。するとティファが、魔馬人形を撫でながら信康に話し掛けた。
「そんな事よりも、この魔馬人形は良く出来ているわね」
「そうか。乗り心地とか、その辺はどうだ?」
「文句無しよ。最高の贈物だわ」
ティファは嬉しそうにそう言うと、思い切り魔馬人形の馬首に抱き着いた。そんなティファを見て、民衆に見られているからとヒルダレイアが止めに入った。
信康はそんな二人を見て、信康は苦笑する。
「まぁ良い。それなら良かった。なぁ、斬影よ」
「「・・・ザンエイ?」」
信康が自身の魔馬人形の馬首を撫でながらそう言うと、ティファとヒルダレイアは異口同音にその単語を復唱した。
「ザンエイって、その魔馬人形の名前?」
「ああ。こいつの駆ける速さがまるで、影すら残さないほと速いんだよ。尤も、速さを重視して特注で作らせたから当然だがな。其処を由来にして、斬影と名付けた」
「ザンエイねぇ。名前の感じからして、大和の言葉?」
「そうだ。斬が斬ると言う意味で、影が影と言う意味だ」
「成程」
ヒルダレイアは信康の説明を聞いて、納得した様子で声を上げた。
「それは良いとして・・・プヨ王国軍は何処の何とかに行って、征西軍団を迎撃するんだったか?」
「聞いた話だと近くの城塞で、名前は確か、えーと・・・・・・なんて言ったかな? 其処の何とかって所に行くのよ」
「だからその肝心の、何とかを聞いているんだが?」
「二人共、何を言っているのよ。ヘルムート総隊長も言っていたけど、私達が今から行くのは城郭都市フェネルって言っていたじゃない」
「「おお、そうそうっ! 確かそんな名前だったっ」」
信康とティファは今思い出したかの様に、異口同音にそう言って手を叩いた。そんな信康達を見て、ヒルダレイアは呆れた様に首を横に振って溜息を吐いた。
「傭兵なんて戦場に出て敵を倒すだけだから、都市の名前なんて一々覚えていられないわよ」
「それぐらいちゃんと覚えなさいよ。アグレブがカロキヤに奪われた現在、最北の最前線になっている要衝なんだから」
「今度から覚えるから大丈夫だ。はっははは」
信康は誤魔化す様に笑いながら、斬影の首を撫でた。この魔馬人形こと斬影はこの後も信康と共に乗騎として乗られ、信康の窮地を何度も救った。時には機体が壊れる事もあったが、その度に新しい身体となって信康と共に幾多の戦場を掛けた。後に信康の愛騎の一騎に数えられた。
余談だが信康が魔馬人形に名前を付けた事で、ティファと第四小隊の小隊員達も自身の魔馬人形に各々で名前を付ける様になった。
逆にサンジェルマン姉妹は名前を付ける様な真似はしなかったが、付けた名前を登録出来る様に整備してあげたと言う粋な心遣いをしてくれた。