第132話
信康は連弩の製作者であるサンジェルマン姉妹を探していると、直ぐに見つかった。
「おっほっほほほほほっ! どうかしら? 妾達が作った連弩の出来はっ!」
大笑いしている声が聞こえたので、その声がした方に足を向ける信康。
其処では羽根扇子で口元を隠しながら、機嫌良さそうなイセリアが居た。
イセリアの後ろでは、妹のメルティーナが苦笑しながら立っていた。
「よおっ。頼んだ依頼品は、期待通りに出来たみたいだな?」
信康が声を掛けると、二人は信康に顔を向けた。
「あら、小隊長。どう? 頼まれた連弩の方は、良く出来ているでしょう? 一つ作るのに、金貨五百枚は掛かるけれどね」
「金貨五百枚で、あの出来なら文句無しだ。連射機能も問題なく、作動しているみたいだな? 連弩の仕組みについて、簡潔に教えて貰えるか?」
「そんなに難しい絡繰は無いわ。連弩の魔石から魔力で出来た矢を、引き金を引き続ける事で発射するだけだもの。最大射程距離は四百メートル。有効射程距離は二百メートルと、普通の弓矢や弩よりも性能が高いわよ。名手と呼ばれる者達が扱えば、三百メートル先でも当てられるかもしれないわね。矢は百発までなら、連射出来るわ。でもそれだけ撃つと五秒間だけ、冷却期間が必要になるから気を付けて頂戴。頑張って無くそうとしたんだけど・・・この冷却期間機能が無いと、連弩本体が壊れちゃうのよね」
「ふむ。それでも、十分過ぎる位に高性能だな。なら一斉に斉射した場合、無防備な空白期間が生まれるか。その辺はこちらで何とかすれば良いから、大丈夫だ」
信康はイセリアの説明を受けて、連弩に関して運用方法を思い付いていた。一方のイセリアは、自慢出来るだけの逸品が出来て、明らかに喜んでいる。偉くご機嫌だなと思っていると、信康の肩が叩かれた。
信康は顔を向けると、先程までイセリアの傍にいたメルティーナが其処に居た。
そして耳を寄せる様に手で指示したので、信康は耳をメルティーナへ近付けた。
「この前、姉に開発資金として金塊をくれましたよね? その金塊で思う通りの物が出来て、姉は大変喜んでいるんです」
「ああ、成程」
それでこんなに御機嫌なのかと分かり、納得した信康。
「それで、他に頼んだ物の出来は?」
連弩に関してはこれで良いとして、他にも魔馬人形と魔法障壁の魔法が付与された魔鎧の方はどうなったか訊ねる信康。
「御依頼通り微調整した小隊長の分も含めて百十五名分、隊員の数だけ揃えました・・・それから隊員分とは別に、もう一人分・・・・・も用意してあります」
メルティーナがそう言ったのを聞いて、信康は笑みを浮かべる。そしてメルティーナからその場でもう一人分・・・・・を受け取ると、虚空の指輪に収納した。因みに傭兵部隊は総員で一千三十五名居るので、全九小隊で均等に百十五人に数を振り分けている。それからメルティーナが手である方向を指し示したので、信康はその方向を見た。すると第四小隊の小隊員達が自分の身体に合った魔鎧を着て、着心地の確認をしていた。
「おい、お前等。想像以上に凄いぞ、この魔鎧・・・まるで普通の服を重ね着してるみたいに、全然負担にならないぞっ!」
「ああ、本当だなっ! それにしても俺等みてぇな其処いらの傭兵じゃ、普通の全身板金鎧だって買えねぇのに・・・下手するとその百倍以上も金が掛かる魔鎧が支給されるなんて、着てる今でも信じられねぇよ」
「全くだな。こりゃあ正規の騎士団の騎士連中が着ている甲冑よりも、遥かに上等な逸品だぞ。俺が聞いた話じゃあ、魔鎧なんて貴重品は騎士団でも団長や副団長が着れるのが精々で、他には金がある高級将校しか着れないって聞くぜっ!」
「はは。そんな貴重な魔鎧もんが貰えるとは、ノブヤス小隊長様様だな。第四小隊おれたちは感謝してもし切れねぇよ」
魔鎧を着ている小隊員達は、御機嫌な様子で信康と称えながら笑い出した。
「魔鎧の重量は前の試作品と同じ位に軽量で、尚且つ其処ら辺にある金属鎧よりも頑丈に出来ています」
「そうか。聞きたいんだが、魔石に付与された魔法障壁の効果はどれぐらい持続する?」
「魔石が砕けるまで持続する様に製作しました。なので攻撃を受ければ受ける程、魔石の魔力は消耗します。無敵になった訳ではありませんから、過信はしない様に小隊長の方から小隊員達みなさんに言い聞かせて下さい。魔石の方は、消耗後に魔力を注げば回復します。耐久度の方ですが、大砲の直撃を三回までなら弾く事が可能です」
「そうか。了解した。小隊員達《あいつ等》には、俺の方から言い聞かせよう。次は・・・」
信康は魔鎧から少し離れた所で、魔馬人形に乗っている小隊員達を見る。魔鎧を装着した小隊員達は、ルノワの指示で魔馬人形が並べられている置き場所に向かい、魔馬人形の試運転を行っていた。
ジーンを筆頭にルノワやトモエ、ケンプファなどの乗馬経験者の小隊員達から、乗馬未経験者や乗り慣れていない小隊員達は乗馬を教わっていた。
事前に数回だけ本物の馬で軽く乗馬の調練をしているが、馬に乗り慣れている信康から見てもまだ危なっかしい手綱捌きだ。それでも魔馬人形は文句を言う事無く、乗っている小隊員の言う通りに動いている。
これが本物の馬ならば、不満を覚えて乗り手を振り落として落馬させているに違いない。
「あの魔馬人形達も、主人登録で乗れる仕様か?」
「はい。一人一人に用意しましたので、試作品と同様の設定にしました。更にこの設定に主人声も自動登録する事で、呼べば自分から来たりと言った簡単な動作も可能になりました。未登録者の乗馬は、登録者との相乗りが必要になりますね。定員ですが三百キロを超えると、魔馬人形は過積載で動かなくなる仕様です。これは第四小隊の小隊員全員の体重を調査した結果、こうなりました。最後にお聞きしたいのですが、小隊長この第四小隊は騎兵小隊にするのですか?」
「ふむ、こちらも実に良い出来だな。それと質問の方だが、それは違うぞ。軍馬と違って糧食の心配が無いから、全員分用意させておけば行軍する際に便利だろう? それに乗馬術は、覚えておいて損は無い。費用の方も、初期費用が掛かるだけだ。管理保全費用は、まぁ可能なら天引きだな。そんなに多くない給料からあんまり差っ引くと、やっぱり可哀想だからな」
「それでしたら管理保全費用は、大銀貨一枚としましょう。小隊長にばかり負担させるのも酷ですし、それだけの額を払えば皆さんも大切に扱う様になると思いますから。確認ですが戦闘時では、騎兵と歩兵に分けると言う訳ですね?」
「確かにあまり甘やかすのも毒だよな。それから内訳の方はその予定だ。その際なんだが、お前等姉妹の収納ストレージの魔法で他の連中のは預かっておいてくれ」
「承知致しました。他にも速度に関しては指摘された通りに常歩、速歩、駈歩、襲歩の四段階にしてあります。更に飛行と唱えれば、胴体から両翼を展開して飛行形態になれます」
「その用語を唱えれば、その速さになる訳だな? そして空も飛べると?」
「その通りです。もし飛行中に落馬した場合は主人の救出が、魔馬人形にとって最優先事項になる様に設定済みです。尤も、助かるかどうかは状況次第ですが・・・それから地上でも落馬した場合、主人の回収を優先します」
メルティーナは信康にそう答えると、信康は満足気に力強く頷いた。
「十分だな。それから事前にも指摘したが、擬態の為に魔馬人形の肌に張り付ける用の馬革は用意出来ているか?」
「滞り無く」
「そうか。で、どれくらい金が掛かった?」
「・・・申し訳無いのですが頂いた二つの金塊の一つを、全て使い果たしてしまいました。納得が行く代物ものを造りたくて試行錯誤を繰り返した所為で、色々とお金が掛かってしまいまして・・・次回からの話になりますが、現在の金の相場を計算して参考に報告させて頂きますと・・・あの金塊一つで魔石付きの連弩と魔鎧と魔馬人形が三百人分まで賄えますね」
「いや、謝らなくても良いぞ。俺の感覚で言えば、寧ろその程度で済んだのかって言いたいし、実際に思っていたよりも安く済んだからな・・・第四小隊うちの隊員の人数かずが少ないとは言え、やはりそれだけの金額かねが掛かるか。それとありがたい情報だから、参考にさせて貰おう」
信康は良かったと思っていると、メルティーナは申し訳なさそうな顔をしていた。
「本当に良かったのですか? 金塊を姉に渡して」
「構わぬさ。どうせ裏で売却していた物だ。それに金塊ならまだ大量にある」
「しかし・・・今更言い辛いのですが、別に開発資金など渡さなくてもわたくし達は特に問題は無かったのですよ」
「何っ? どういう意味だ?」
「我が一族には代々伝わる秘法がありまして・・・幾つかあるのですが、その中には黄金錬成と言う秘法も存在します」
「黄金錬成?・・・・・・まさか言葉通りに、黄金でも創れるのか?」
「簡単に言えばそうですね」
「・・・嘘だろ。錬金術師なら、誰もが目指す偉業の一つだろうに」
メルティーナの話を聞いた信康は、生唾を飲み込みながらそう小声で呟いた。
「触媒があれば、幾らでも出来ます。あまりやり過ぎると発覚する恐れもありますし、金の相場にも値崩れと言った影響が出ますので頻繁にはやりません。飽くまでもわたくし達が本当に、金銭不足で困った時だけの最終手段ですね」
「・・・・・・凄いな」
信康は驚いた顔をしていた。
そして、信康は首を傾げた。
「でもよ。それを俺に言っても良いのか? 黄金を作れると聞けば、お前達をどうするか分からないぞ」
「姉様と話したのですが・・・ノブヤス小隊長は信用出来るという結論が出たので、話す事にしました」
「お前等姉妹の上官になってから、まだ日が浅いのだがな。其処まで信用して良いのか? いや、何・・・信用してくれるのは、大変嬉しいのだが」
「姉様曰く「開発費に秘密の金塊を渡す男なんだから、信用出来る馬鹿なのでしょう。今後も長いお付き合いがしたいから、バラしちゃっても良いわよ」との事です」
「信用出来る馬鹿か。面白い表現だな」
信康は面白そうに笑みを浮かべた。
「すいません。姉が失礼な事を言って」
「いや、良い。そういう忌憚ない言葉と言うのは、聞いていても清々しいからな」
「は、はぁ。そうですか」
「俺としてもお前等姉妹とは、長いお付き合いがしたいと思っている。これからも何かと作れと頼むかもしれないが、頼んでも良いか? 当然だが、費用は全額払うぞ」
「お任せ下さい。ご要望を仰って下されば、何時でも応えた物をお作り致します」
「頼もしい姉妹だ。お前等が味方にいてくれて、実に僥倖だな」
信康は息を深く吸う。
そして手を叩きながら、大きな声をあげる。
「よしっ! 早速この新開発した兵器を使って、調練を行うっ! カロキヤはアグレブに軍団を派遣した以上、何時侵攻を始めるか分からんっ! 戦争に備えて、少しでも多く訓練を行うぞっ!!」
信康はそう言うと、小隊員達は大声で呼応しながら整列した。小隊員達が並んだのを見て、信康は今日から行う調練と第四小隊の方針を発表した。第四小隊は、臨機応変に対応する万能小隊にすると信康は小隊員達に伝えたのである。
連弩ならば弓と違って万人でも扱える上に、騎兵を除いて魔馬人形は移動用の乗り物である。糧食の心配が無いからこそ可能な力技であった。
第四小隊に所属する、全隊員の技量や力量を調査した結果。トッドを分隊長にした三十名を弩弓分隊とし、トモエを分隊長にした三十名を騎兵分隊にした。そしてイセリアを分隊長にした魔法使いや魔術師の十名を魔法分隊とした。メルティーナはイセリアの副官と言う立場だ。
更に一名しか居ないが、衛生班としてレムリーアを班長に任命した。残りの四十二名は歩兵分隊として扱う事にした。歩兵分隊の指揮官はジーンか鈴猫に任せようとしたが、両名共に辞退した。しかし部隊の指揮を学ぶと言う名目で、歩兵分隊自体は信康が直接指揮を執るがジーンと鈴猫リンマオの二人には歩兵分隊限定の副官に任命した。これには流石の二人も、渋々了承する事となった。
この第四小隊は騎馬で移動を行い、連弩も扱える万能小隊である。因みに魔法分隊は魔力の消耗を抑える為に、普段は弩弓分隊に紐付けされて連弩を駆使する形になる。
(人数を考えれば魔法分隊を除いて既に規模は小隊なんだが、名義上は仕方がない。後はレムに続く、衛生兵が務められる奴等が最低でも十名は欲しい。まぁ流石に贅沢な話だな。今後の増員を期待するか)
そう思いながらも、信康は更に調練に力を入れた。
やがて調練は終わり、第四小隊の小隊員達は疲れた顔をしていた。しかし食堂で酒を飲み出すと、機嫌良さそうにクダを巻いていた。
信康は食事を取りながら、楽しそうに騒いでいる小隊員達を見ていた。
そうして楽しんでいると、他の小隊の小隊員達も疲れた顔をしながらやって来た。
かなりキツイ調練をしていたんだなと、そう見る信康。
そう思っていると、小隊員達よりも疲れた顔をしている小隊長のバーン、ロイド、カイン、リカルドを見つけた。
その後ろにヘルムートが困った子供を見る様な目で、バーン達を見ていた。
今日は女性陣も訓練をしている筈なのだが、女性の諸将は誰も居なかった。
「総隊長。女性陣は?」
「ああ、あいつ等なら、今日は女性陣だけで飲みに行くそうだ。この兵舎から少しだけ離れた所にある、落ち着いた酒場で飲むらしいぞ。因みに外出だけで、外泊はしないと言っていたなぁ」
ヘルムートは言いながら、リカルド達を見る。
リカルドは申し訳なさそうに頭を掻くが、バーン達は顔を反らした。
「ふぅ。今回はこれで許すが、次はもっと厳しくするからな」
「「「「了解です」」」」
リカルド達は敬礼した。
「さて・・・小難しい話はこれくらいにして、食べるとするか」
ヘルムートはカウンターに行って、料理を貰って適当な席に座った。
今夜の献立は、パン。塩と胡椒で味をつけて焼いた肉。茹でた馬鈴薯を潰した。具らしい具がないスープ。最後に切った果物というのが、今夜の献立だった。
夜なので麦酒も出る事を考えたら、なかなか豪勢な食事であった。
『先ずは、麦酒をくれ』
バーン達は食事の前に酒を飲んで、喉の渇きを潤す事にした。リカルドは水を貰い、それで喉の渇きを潤した。信康はルノワと食事をしながら、一気に騒がしくなった食堂を楽しんだ。
それから信康は部屋に戻って過ごしていると、ティファが部屋にやって来た。何でも途中で飲み会を無理矢理切り上げられたので、飲み直しの誘いだった。
すると信康は丁度良いとティファを近くの第一訓練場に連れ出して、鎧と魔馬人形と連弩を披露してそのまま贈呈した。信康がメルティーナに第四小隊以外で用意したもう一人分の魔馬人形と鎧と連弩は、ティファの為であった。最初こそ面倒臭そうに怪訝な態度だったティファも、この贈呈品に感激して信康に強く抱き着いた。
信康はカロキヤ公国との戦争に備えて、少しでも多く調練に時間を費やした。
完全休息日も午前中だけ乗馬術の調練に時間を回し、更に外出中の移動も魔馬人形の使用を推奨した。
その間にグランが起こした元奴隷連続殺人事件で貢献してくれたレズリーに御礼として遊びに誘ったり、アリスフィールのお忍びに付き合ったり、マリーザの食事会や茶会に参加したり、ドローレス家に招待されたり、カルレア達に会いに行ったりしながら日常を過ごして行った。
その際にアリスフィールもマリーザもハンバードも魔馬人形の存在に驚き、是非購入したいと言って来たので信康は注文された数だけの魔馬人形を用意する事となった。
二人曰く、初期費用こそ掛かるが最終的には馬に掛かる莫大な費用の大幅な削減が望めるので是非とも欲しいとの事だった。更に駅馬車組合にも知られると、同様に注文が入ったので注文された数の魔馬人形を贈った。
アリスフィールだけは忍びがバレるので却下すると、不貞腐れたので信康は機嫌を直すのが大変だった。
プヨ歴V二十六年八月八日。
サンジェルマン姉妹によって用意された魔馬人形ゴーレムホースなどの魔法道具を使っての調練を始めてから、一ヶ月以上が経過した。そして遂にカロキヤ公国が占領している城郭都市アグレブから、征西軍団が出立したという情報が入った。その数、総勢で一個軍団三万。
戦争を齎す軍靴の足音が、プヨ王国に向けて確実に聞こえ出した。その軍靴の足音と共に聞こえて来た急報を耳にした信康は、獲物を前に舌なめずりする猛獣の如き獰猛な笑みを静かに浮かべた。