第131話
「お嬢様。そろそろヘルムート総隊長殿とお話をなさいませんと、この後の予定に差し障りますぞ」
信康を追い駆けていたアンヌエットは、御者にそう声を掛けられた。御者の諫言を聞いて悔しそうな顔をしながら、魔法で生み出した炎剣を消した。
「ノブヤスとか言ったわねっ!? あんた、覚えておきなさいよ。その内、必ず黒焦げにしてやるから!?」
「だったら、俺は忘れておいてやるよ。アンちゃん」
信康はニヤニヤしながら言う。
「~~~っ。やっぱり、今燃やすっ! 灰すら残さないでやるっ!?」
「アンちゃんは嫌か。じゃあ、エットちゃん」
「焼き殺すわよっ!?」
「やれやれ、呼び方一つでこうまで怒るとは、アレじゃないか。神への信仰が足りないんじゃあないのか?」
「関係あるかっ!? 第一傭兵のあんたに、そんな事を言われたくないわよっ!?」
「それは偏見だぞ。傭兵の中にも、意外と神を信じる奴等は少なくない。神に祈って戦場を生き残れるなら、幾らでも拝み倒すさ」
「何よその私欲に満ちた信仰心のしの字も無い祈りは!?」
「仕方無いさ。死んだら全部終わりだからなぁ。気休めでも祈りたくなるってもんだ・・・因みに俺は神の存在自体は信じているが、信仰心の方はしの字も無かったり?」
「こ、こいつ~~~!?」
未だに茶化して来る信康に、アンヌエットはプルプルと全身を震わせる。今にも消した炎剣を、もう一度発動しそうであった。
「お嬢様っ」
「っ、そうだったわね。ノブヤスッ! あんたの名前は覚えたからね!? 何時か覚えておきなさいよっ!!」
「はいはい。分かりましたよ」
信康は笑みを浮かべながら言う。
それを見て、アンヌエットは何か言いたそうな顔をしたが、すぐに顔を反らして兵舎の中に入って行った。御者も信康に一礼すると、アンヌエットの後に付いて行った。
「ふっふふ・・・やっぱりあんな激情型は揶揄うと、本当に面白いな」
信康は微笑む。
「お前なぁ・・・神官戦士団の中でも武闘派で鳴る炎龍戦士団の部隊長を揶揄うとか、正気か?」
「いやぁ~ああ言う激情女を見ていると、どうも揶揄いたくなってしまいまして」
「お前と言う奴は・・・全く俺の部隊の小隊長は、まともな奴が少ないな」
「傭兵なんて、そんなものでしょう? よっぽど追い詰められてなきゃ、真面な奴はやりませんて」
「それはそうなんだが。はぁ~」
重い溜め息を吐くヘルムート。
「じゃあ、総隊長。俺は訓練場に行って来ます」
「ああ。調練の方は頑張れ、いや・・・お前の場合、程々にしとけよ」
「了解。ちゃんと引き際は見極めてますよ。隊員をぶっ倒す様な真似はしませんので御安心を」
信康は敬礼して、自分が受け持つ第四訓練場に向かった。
信康が第四訓練場に着くと、また人だかりが出来ていた。
(今度は、何だ?)
そう思いながら、人だかりの所に行く信康。
近付く信康に気付いたのか、人だかりを形成していた第四小隊の小隊員達が振り返る。其処へトモエが、信康に声を掛ける。
「おはようございます。お疲れ様です。ノブヤス小隊長」
「うむ、おはよう。早速だがトモエ。この人だかりは何なんだ?」
「これは小隊長がサンジェルマン姉妹に頼んでいた物が完成したので、それのお披露目ですよ」
「そうか。漸く・・・いや、もう出来たのか」
まだ時間が掛かると思っていても、内心では早く完成しないものかと待ち焦がれていた信康。なので目的の品々が完成した事実に、素直に驚く信康。
信康は人だかりをかき分けて、前へと進む。
そして前に出ると、トッドが信康の依頼で製作された連弩の試射をしていた。
連弩とは、簡単に言えば弩に連射させる機能を付けた改良版だ。
弩はその作りから、狙撃には向いているが連射出来ないという欠点がある。
しかし弓の如く弦を引く為の力は要らず更に短時間の訓練を使い熟す事が可能で、重装騎兵が着用する重厚な甲冑も貫く程の威力を持ち、狙いの着け易さから戦場では重宝されている。
なので信康は弩に連射させる事が出来る、連弩の開発をサンジェルマン姉妹に依頼した。
中華共和国産と北元プゲン産の連弩を持っていたので、信康はその二種類の連弩に加えて銃器も参考に制作する様に指示した事からこれだけ早く完成させられたと思われた。その試射という事で、隊員全員が見守っていた。
的に狙いをつけて、トッドは呼吸を整える。
実はトッドは弓術に長けた名手としては、ガリスパニア地方ではそれなりに名が売れている傭兵だ。異名持ちになる程では無かったが、何れはそうなる様に頑張りたいと信康はトッドからそう聞いている。
信康達に見守られながら、トッドは引鉄を引いた。
ビュっと音を立てて、普通の矢よりも小さい矢が飛んで行く。
狙い違わず、矢は的の中心に当たる。
小隊員達はおお~っと感心の声をあげるが、信康は装填機構の方は中華共和国産や北元プゲン産と比べてどうなっているんだと思い、何も言わずそのまま見ていた。
トッドは引き金を引き続けると矢が続けて飛び出し、引き金から指を下ろすと矢は発射されなかった。
なのでトッドが引き金を引いたままにして、矢が発射されなくなるまで撃ち続けた。
『おおおおおおおおっ!?』
小隊員達はまた、感心していた。その中には信康も含まれていた。
通常の弩は、両手で持たなければ扱えない代物だ。しかしサンジェルマン姉妹が開発した連弩は、片手でも扱えた。その有用性に気付いての、感嘆の声であった。
やがて百発もの矢が放たれると矢が尽きたのか、連弩から音が止んだ。それを見てトッドは、連弩を構えるの止めた。
的の方を見ていると、埋め尽くす様に矢が的に命中していた。
そして暫くすると的に命中していた矢が消滅し、的は穴だらけの状態になった。
「素晴らしい。見事だったぞ、トッド」
「ありがとうございます。ノブヤス小隊長」
拍手する信康に、トッドは嬉しそうな笑みを浮かべて敬礼した。
「さて、製作者を労わないとな」
信康はサンジェルマン姉妹を探した。