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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第129話

 プヨ歴V二十六年七月六日。朝。


 信康は傭兵部隊の兵舎にある、自分の部屋で就寝に就いていた。


 陽光が部屋に差し込まれ、それが丁度信康の顔に当たった。


「んんっ・・・・・・・・もう、朝か」


 信康はそう言って、身体を起こした。


 頭には若干の眠気が残っているが、ほぼ目が覚めている状態だった。


 信康は欠伸をしながら愛用の鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを腰に差して、朝食を取ろうと食堂に行こうとした。


 コンコン。


 其処へ扉が、優しくノックされた。


「誰だ?」


「私です。ノブヤス様」


 この声はルノワかと分かると、信康は扉を開けた。


「おはようございます。ノブヤス様」


「ああ、おはよう。それで、こんな朝から何か用か?」


 普段ならば食堂の前で待っているのに、わざわざこうして信康の部屋まで足を運んで来ている。何か重要な事でも起こったのかと、ルノワを見てそう思った信康。


「いえ。大した事は無いのですが、すんすん・・・・・・やはり此処から匂いますね」


 ルノワは鼻をヒクヒクさせたと思うと、突然室内に入って来た。


 そして、テーブルの上に置いてある籠が目に入った。


「この籠はどうしました?」


「昨日の帰りに花を売っていた女の子が居たから、籠ごと花を全部買った」


「成程。ちょっと中身を見させてもらいますね」


 ルノワは籠の中を見た。


 そして、花を見て少し驚いた顔をしていた。


「やはりですか。でも、何故此処に」


 ルノワは籠の中の花を一輪取って、不思議そうな顔をしていた。


「その花がどうかしたのか?」


 ルノワがそんな顔をしているので、この花には何か問題があるのかと思い訊ねる信康。


「ええと・・・本当にこの花を買ったのですか?」


「ああ。一輪で銅貨二枚で売っていたから、金貨一枚で籠ごと買ったぞ」


「・・・・・・・」


 信康の言葉を聞いて、ますます分からないという顔をするルノワ。


「この花には、何かしらの毒でもあるのか?」


「いえ、そうでは無いのですが・・・」


 ルノワは話すのを躊躇っていたが、意を決して口を開いた。


「ノブヤス様。植物乙女(アルラウネ)という種族をご存じですか?」


「植物乙女? 確か亜人類の中でも、一際特殊な種族と聞いているぞ」


 樹木精霊(ドライアド)と人間が交わった事で生まれた、半人半霊の種族とも言われている。


 なので下半身が花弁に包まれたており、上半身は美しい女性となっている。


 この種族はその特性上、女性しか生まれないそうだ。


 因みに植物乙は歩行が出来る。根の部分が、人間で言う足になっているのだ。その足も靴を履いて隠せば、植物乙女である事が発覚しにくいのである。


「その植物乙女が、どうかしたのか?」


「この花は、植物乙女が咲かせる花です。故郷の森で良く見ました」


 信康はそう言われて、この花を見た。


 小さくて白い花弁の花。


 少し力を入れれば、直ぐにでも花弁が散りそうな位に弱弱しい見た目だ。


「そんなに珍しいのか?」


「勿論です。植物乙女が自分の花を与えるという事は、人で言えば自分が腹を痛めて生んだ子供を差し出す様な、とても凄い事なのですよ」


「それは、また・・・」


 世の中には、金にする為だけに子供を生む悪女も居るがなと内心で呟きながらも、相応に凄い事なんだと漸く理解した。


「植物乙女が花を渡すという事は、余程信頼しているか、人為的に栽培しているかのどちらかです。この籠一つで、一財産ですよ。飽くまで推定ですが、最低でも白金貨五十枚は下らないかと」


「それは凄いな」


 信康はふと、昨日、花を売っていた美少女の言葉を思い出した。


『ちゃんと、私達(・・)を使ってね』


 もしかしてあの花を売っていたのは、植物乙女だったのかと思えた信康。


 しかしそれでもあの一人称には、強い違和感を覚えていた。二人称だったので、複数居るのだろうかと想像した。


「う~ん・・・まぁ良いか。それで、この花はどんな効能があるんだ?」


「植物乙女の花は万能です。薬用としても食用としても使えます」


「ほう、具体的には?」


「この花を絞れば王侯貴族や大商人が争って手に入れようとする程の極上の蜜になりますし、煎じれば万病に効く霊薬になります。他にも、最高級品の香水とかも出来ます」


「香水か。俺も似た様な事をしようと思って買ったんだ」


「えっ?」


 信康の言葉を聞いて、驚くルノワ。


「この花を乾燥させて粉末にして、布袋の中に入れるんだ。西洋風に言えば、香袋(サシェ)と言う物だ」


「香袋ですか。ちょっと意外ですね」


「俺がそんな物を作るのにか?」


「え、ええ、まぁ・・・・・・」


 ルノワは言葉を濁した。


「まぁ、手慰み程度で覚えた事だ」


 信康は苦笑する。


 花を見て香袋を作ろうと思ったのは、信康の気紛れであった。


 この前、昔を思い出していた。


 故郷で、とある家から来た女性と、共に暮らしていた時があった。


 その女性は色々と問題はあったが、意外とこういった趣味があった。


 女性が自分の手で香袋を作ると、戦場に出る信康に持たせたりしていた。


 その事を思い出したので、花を買ったついでに久しぶりに匂い袋を作ろうと思った。


「ルノワ。欲しいなら、好きなだけ持って行け。少し残してくれたら、俺は問題ない」


「分かりました。後で少々貰いますね」


「ああ、分かった。好きにしろ」


 そう言って、信康は部屋を出て行った。ルノワもその後に付いて行った。




 信康達が食堂に着くと、丁度トモエが食事をしているところであった。


「丁度良い。部下との交流を深めるとするか」


「そして、いずれは自分の女にするのですね」


「そうそうって、違うわっ!?」


「別に隠さなくても良いのですよ?」


「お前な~」


 全面的に自分が悪いので、信康は何も言えなかった。


 忌々しそうに頭を掻く。


「まぁ、良い。それよりも朝ご飯を取りに行くぞ」


「はい」


 信康はルノワと共にカウンターに向かい、朝食を貰った。


 今日の朝食は、四角い形をしたパンにベーコンと目玉焼き、更に葉野菜。スープ。デザートとして果物が添えられていた。飲み物は牛乳、茶、カフェのどれかを各自好きに選ぶ様になっていた。


 信康達はプレートにそれらを持った皿を乗せて、トモエの所に行く。


「おはよう。其処、良いかね?」


 信康はトモエに、気軽に言った。


「おはようございます。どうぞ。空いておりますので」


「そうかい。じゃあ、遠慮なく」


 信康達はトモエと、対面になる様に座る。


「どうだ? プヨ此処に来た感想は?」


「そうですね。渤海故郷に比べると、住み易い気候ですね」


「だよな。俺とお前の故郷は近いから、気持ちは良く分かるぜ」


 信康は食べながら、トモエに話し掛ける。


「・・・・・・その肌と髪の色と名前から何となく分かっていましたが、小隊長はやはり大和皇国の者ですか?」


「ああ、そうだ。お前に言っても分からないだろうが、尾河国の出身だ」


「名前だけでしたら存じています。確か、東海道にある大国だと」


「そうだ。意外に知られているのか?」


 信康はベーコンを口に入れて、咀嚼する。


 トモエは茶を飲みながら話す。


「名前だけです。どんな所か、何があるかまでは知りません」


「まぁ、お前が居た所じゃあそうだよな」


 トモエの故郷である渤海は、信康の故郷の東北にある陸奥と言われる所の更に北にある巨島だ。


 近場の東北の事なら分かっても、それから更に南の所など知る筈もない。


「私はその武者修行でそれなりの国には行ったのですが、故郷にこれまで離れた所に来るのは初めてです」


「ふ~ん。だとしたら、お前は中華共和国あたりで活動していたのか?」


 中華共和国は周辺諸国との関係性から、戦争の火種がゴロゴロしていた。


 中華共和国の北には北元プゲンと言われる、遊牧民族が作った国がある。


 元はユーロトピア大陸の殆どの土地を領地に持っていた、フュンノ帝国の後継と謳う国家であった。フュンノ帝国の再興を悲願としている軍事国家なので、周辺諸国に侵略戦争を仕掛けていた。


 その北元の北には北欧にまで領地があるロマノフ帝国があり、現皇帝であるアレクサンドル一世が自身の辣腕を以て広大な領地を治めている。


 ロマノフ帝国は中華共和国と北元、他にも多くの国と国境を接している分だけ、紛争が絶えない国でもあった。東洋世界でも名前が知られる程、傭兵からは良い稼ぎになると人気があるのだ。


「その通りです。実は中華其処で(リン)と出会いまして・・・意気投合して、一緒にプヨ此処まで来る事になったのです」


「ほう、そうだったのか。通りで仲が良い訳だ」


 信康はそう言いながら、戦場ではそう言う出会いがあるよなと自分に置き換えてそう思った。


 するとトモエの表情に、少し寂しさが宿った。


「ええ、そうですね・・・しかしその・・・渤海故郷に離れると、少々あれですね」


「何だ?・・・あれか。飯が恋しいか?」


「はい、そうなんです。特にお米が食べたいと思います。渤海内でも、貴重品でしたけどね」


「・・・貴重品だけど食えたのと、作られていないのじゃ全く事情が違うよな。プヨだと、先ず食えたりしない。食えたとしても売られているのは、東南の国々で作られている種類の米だ」


「そうですか」


 トモエは項垂れていた。それを見て、信康は不意に罪悪感を覚えた。


 実は傭兵部隊の兵舎に戻ってから、一度だけマリーザと昼食会に出ておりその際に大和皇国の米が振る舞われたのである。信康はあまりの懐かしさに、思わず目尻が熱くなってしまった程だ。


 トモエは米を食べられずに居るというのに、自分だけ先んじて食べている事に罪悪感を覚えて胸がチクッと痛みを覚えた。


「・・・まぁ、先達として言える事は一つだ。慣れろ」


「そうですよね」


 信康はトモエとルノワと食べながら話していると、ヘルムートが食堂に居る隊員達が全員見える所に立った。


 話す前に、食堂に居る隊員達の顔を見る。


「・・・・・ノブヤス」


「おはようございます、総隊長。それで何か?」


「お前。昨日は男性小隊長達全員で、飲みに行ったそうだな?」


 昨日、飲みに行く前に誰かが外出届を出したと言っていたなと信康は思い出す。そして兵舎に戻った際に、リカルド達の外泊届を代わりに提出したのである。


「はい。ですが飲んだ後は、別れて一足先に帰りました」


 四人が娼館に行くのを見たのだが、この場で言えば、リカルド達としての尊敬も威厳も無くなるだろうと思い止めておいた。ヘルムートがこの場に、リカルド達が居ない事に怒っているのが見て分かった。言えば火に油を注ぐのが目に見えているので、信康も言えなかった。


「あいつら・・・・・・・帰って来たら、きつく言い聞かせてやらんとな」


 今にも怒鳴り声をあげそうなくらいに怒っているのが、目に見えて分かるヘルムート。


「まぁ、良い。それは後だ。それよりも、お前達に重大な話がある」


 ヘルムートは気を取り直して、昨日、信康達に話した事を隊員達に話し出す。


 信康は事前に聞いていたので、特に驚きもせずに茶を飲みながらヘルムートの話を聞く。


「何時戦いが始まるか分からない。総員、気を引き締めておく様に。以上だ」


 そう言って、ヘルムートは食堂を出て行った。


 信康は食事を終えると、プレートを持ち立ち上がる。


「ルノワ。俺は少し急用が出来た。俺が戻るまでの間、お前が小隊の調練をやっておいてくれ」


「分かりました。ノブヤス様は何処かにお出かけですか?」


「いや・・・多分だが、あいつらの件で呼ばれると思う。だから一応な」


「「?」」


 ルノワとトモエは意味が分からず、首を傾げた。


 そんな二人を尻目に、信康はプレートをカウンターに戻すと、食堂を出た。

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