第128話
信康達は酒を楽しみながら話していると、突然音楽が止んだ。
すると踊り場で踊っていた、踊り子達が踊るのを止める。更に幕が降りた。
何事だろうと思っていると、キーンっと高い音が響いた。
「今宵、この黒い茨に起こし下さった紳士の方々に申し上げます。ご歓談中であるとは思いますが、そろそろ今宵の趣向をお見せする時間となりました。ですのでどうぞ思う存分、ご観覧下さいっ!」
何処からか、男性の声が聞こえて来た。
その男性の声を聞いて、客達が手を叩いて歓声をあげる。
どんな趣向をするのか気になり、リカルド達は踊り場を見る。
だが、信康は違った。先程の声は誰が喋ったのだろうと思い周りを見たが、男性従業員は居るのだが、耳を傾けると、皆先程の声と違っていた。
(どうやら魔法道具らしき小道具を使った、仕掛けがあるみたいだな?)
それが気になって信康は周囲を見回したが、それらしい物は見つからなかった。
なので、探すのを止めて今宵の趣向とやらを見る事にした信康。
そうして待っていると、音楽が鳴りだした。
先程まではテンポの良い音楽が流れていたが、今度は違った。
激しい重低音が、まるで打撃の様に流れ出す。
そんな音楽が流れ出すと、幕があがった。
幕があがった踊り場には、美女が一人が立っていた。
光沢がある生地で作られたスリットがはいっていて、胸元を大胆にだした黒いドレスを着ていた。
その美女は音楽に合わせながら、華麗に踊りだした。
着ている服が扇情的なので、思わず顔がにやける客達。
無論、その中には信康達も含まれていた。
そのまま踊り続けていると、何処からか水が噴き出してきた。
客達はいきなり水が噴き出すので驚くが、従業員達は冷静だった。それを見てこれも趣向の一環だと直ぐに分かり、客達はそのまま美女の踊りを見た。
噴き出した水は、踊り場で踊っている美女に掛かった。
水に掛かりながらも、踊り続ける美女。
扇情的な格好をしていたのに、服が水に張り付いて余計に艶めかしい格好になった。
客達も美女の格好を見て喝采しだす、中には「脱げ、脱いじまえっ」という客も居るが、従業員も宥めたりしないので、特に問題は無いみたいだ。
そして踊り場の床から、金属棒みたいな物体がせり上がってきた。
美女は水に濡れながらも、棒に絡みつきそしてくるくると回り出す。ポールダンスと呼ばれる、一種の踊りである。
回りながらも美女には水が掛かっているが、それでも美女は気にした様子はない。
美女は床に足をつけると客に流し目をしながら、ドレスの肩紐を少しづつずらしてはだける。
肩紐が腕を通って、二の腕で止まった。
女性は今度は棒の周りで踊りだす。
あと、少しで脱げるという所で脱げない様にしていた。
客達は喝采した。
「脱げっ、全部、脱いじまえっ!?」
「そうだっ、脱いじまえっ!」
バーンとカインはもう酔っぱらったのか、肩を組みながらグラスを片手に持ちながらヤジを飛ばす。
リカルドはその姿を見て肩を竦め、ロイドは処置なしと言いたげに首を横に振る。
信康も酒が入っているから、仕方がないなと思い溜息を吐いた。
「脱いじまえ、フォクシー」
「全部、脱いじまえ、フォクシー」
酔っているのか、好き勝手に言っている二人。
信康は呆れながらグラスを傾けて、酒を飲もうとしたが突然殺気を感じた。
肩をビクッとあげて、周りを見る。
(誰だ? こんな殺気を出しているのは?)
酒を飲みながら、周囲を伺う信康。
よく見ると客の中には哀れみを込めた視線をバーン達に送っている者もおり、従業員達も顔にやっちまったなと書かれていた。
(何だ。何が起こる?)
気になりつつも信康は殺気が放っている者を探していると、殺気を放っているのが今踊り場で踊っている美女だと分かった。
(驚いたっ! あの女が、これだけの殺気を放つとはっ!)
金属棒に跨って見事な踊りを見せる美女の体幹や肉体は見事に鍛えられていると、内心で称賛していた信康。その美女が達人級の武芸者が出せる様な、鋭い殺気を出しているので驚いていた。
そう驚いていると、水を掛けられている美女は履いているハイヒールを脱いだ。
着ているドレスと同じ色のヒールを両手に持つと水が止まる。そしてバーン達を見て笑顔を浮かべた。
「「おっ!? 良いおんなっ」」
笑顔を向けられて顔がにやける二人。
そんな二人に、美女はハイヒールを投げた。
ハイヒールは回転しながら飛んで行き、前底の部分が二人の口に入りヒールの部分が眉間に当たる。
当たった衝撃で二人は仰向けに倒れ、眉間は赤くなっていた。
見た所、血は流れていないので大丈夫だろう。
いきなり、ハイヒールが飛んで来たので二人は面を喰らっているようだ。
「おい、大丈夫か? 二人共」
リカルドは倒れた二人が気になり、声を掛けて肩を揺らす。
「ふ、ふが・・・・・・・」
「ご、ごふ。ごふ・・・・・・」
前底が口の中に入っているが、リカルドに応える二人。
二人が倒れたのを見て、美女は立ち上がり背中を見せた。
すると、幕が下がった。
いきなり、今宵の趣向が終わり客達は残念そうな声をだす。
「どうも、すいませんね。お客様」
信康達が座っているテーブルに、男性従業員がやってきた。
肩で切り揃えた髪。サングラスをしているので瞳の色は分からない。
タキシードに蝶ネクタイという格好をしていた。
細身だが、それなりに鍛えているのが服の上からでも分かった。
「今踊っていたのは店長なんですが・・・フォクシーって言われるのが嫌なんですよ。彼女にそう言った者は、今みたいな目に遭うんです」
「そうか。それにしても店長が踊るというのは、変わった趣向だね」
「まぁ、偶にこういった面白い事をするのが好きな方なので」
「そうかい。しかし不愉快な思いをさせてしまったな」
信康は、二人の口の中に入っているハイヒールを出した。
「さて、帰るとするか」
「えっ、でも」
信康はリカルドの耳元で囁く。
「馬鹿、周りをよく見ろ」
信康にそう言われて、リカルドはそっと周りを見る。
周囲の客達は信康達を忌々しい顔をして見ていた。今まで面白い趣向をしていたのに、バーン達の不躾な一言で終わったので、怒りに満ちた目で信康達を見ている。
「・・・・・・確かに、そうだな」
リカルドは直ぐに理解して、立ち上がる。
ロイドだけ首を傾げていた。
「どうした?」
「いや、今の女。何処かで見た事があるなと思ってな」
「ああいう女が好みなのか?」
「まぁ、其処は否定しないが、どっかで会ったと思うんだよな。・・・・・・駄目だ。全然思い出せねぇ」
ロイドは頭を掻きながら立ち上がる。
「仕方ねえ、帰るか。ほら、お前等。さっさと立てよっ」
ロイドは二人を無理矢理立たせた。
「いっててて、流石にヒールはいてえな」
「ああ、全くだ」
バーン達は流石に周りの客達からの視線で、此処に居たら針の筵になると直ぐに理解したようだ。
立ち上がると、二人はそのまま出口へと向かう。
リカルドとロイドは二人を支えながら、一緒に歩く。
それから信康は従業員達に一斉に見送られながら、黒い茨を後にした。
「ああ~、くそ。酷ぇ目に遭ったぜ」
バーンはヒールが当たった所を抑えながら、歓楽街を歩く。
「本当だぞ。何で俺まで」
カインも額を抑えながら悪態つく。
「自業自得だろ」
「今回ばかしは、何も言えないな」
ロイドとリカルドは首を横に振る。
信康は気になっていた事があるので、バーンに聞いた。
「なぁ、バーン」
「何だ?」
「あのフォクシーとやらは、どう言う意味だ?」
信康も傭兵として、多くの国々を回った。各国の俗語も業界用語もそれなりに知っている。
しかしバーン達が言っていた、フォクシーと言う言葉には聞き覚えが無かった。
「ああ、あれな。俺の故郷の俗語で良い女ってい言う意味だよ」
「因みに俺は、バーンに釣られて言っただけで意味は知らんぞ」
カインは続けて、そう言う。
「成程。バーンの故郷の俗語か。でも、バーンの故郷の俗語で反応したって事は、あの女性はバーンと同じ故郷という事か?」
「かもな」
バーンはそう言うと、手を退けた。
「ああ、漸く痛みが無くなったぜ。腹は膨れているが、このまま帰るのも癪だな。憂さ晴らしするか」
「憂さ晴らし?」
「なら、丁度良い所があるぜ」
カインは指を指した。
指が指し示した先には、何の看板もない建物があった。
しかし、三階建てで玄関には灯りが灯っていた。
入り口には娼婦の格好をした女性が立っていた。
「あそこって、もしかして・・・・・・・」
「明らかに娼館だろう」
ロイドはあっけらかんに言う。
「いや、いやいや、流石にまずいだろうっ」
「がっははは。これも良い経験だぞ。リカルド、気晴らしも兼ねて突撃!」
「俺も行くぜっ」
「俺も」
「そんな店に行ったら、明日の総隊長の話に間に合わないだろっ!? 外泊届だって出していないのにっ!?」
バーンはリカルドの首根っこを掴むと、リカルドを引き摺る様に歩き出した。
ロイドとカインもその後に続いた。
リカルドは抵抗するが、バーンがガッチリと掴んでいるので逃げる事が出来なかった。
「はぁ、仕方が無い奴等だ」
信康は四人の後ろ姿を見て、溜め息を吐いた。
「此処まで来て行かないと、何か言われそうだが、流石に飲みに誘われただけだからな。今夜は此処までにさせて貰うぞ・・・まぁ外泊届け位なら、代わりに出しておいてやるか」
信康はそう言って、その場を後しようとしたら。
「ねぇ、其処の黒髪のお兄さん」
歩き出そうとした信康に、声を掛ける人物が居た。
信康は声がした方に、顔を向ける。
其処に居たのは、花が入った籠を持っている美少女であった。
年齢で言えば、前にあったアメリア達ぐらいであった。
歳相応の身長に、薄い胸に尻。
銀髪を二つ結びにして可愛い顔立ちの子だ。
「俺に何か用か?」
「うん。お花を買って下さいな」
少女はそう言って、籠の中に入っている花を一輪見せる。
信康はその一輪を見るなり、少女の手から貰った。
「良い香りだ。お前が摘んだのか?」
「うん。一つ銅貨二枚だよ」
「ふむ。まぁ、それほど高くないな」
信康は財布の中にある金貨を一枚出した。
「その籠の花を全部くれ。釣りなら要らん」
「え、ええっ!? 良いの?」
「ああ、良いぞ」
「でもでもっ。こんなに花があっても、お兄さんには使い道が無いと思うけど」
「大丈夫だ。ちゃんと使い道はあるから、買うんだよ。一輪も無駄にしないと、この場で約束しよう。だからお前が心配する必要は無い」
「・・・・・・うん。分かった」
少女は金貨を貰うと、籠ごと花を渡した。
「ちゃんと、私達を使ってね」
「うん? 私達?」
見た所、この美少女しかいないのに、何故複数形を使うのか意味が分からず首を傾げる信康。
「じゃあね。お兄さん」
その事を訊こうとしたら、美少女は一足早くその場を去った。
「あっ、おいっ!」
信康がそう声を掛けても、美少女は止まらなかった。そのまま歩き出して路地に入り、夜の闇の中へと姿を消した。
「・・・・・・不思議な娘だったな。聞きたい事を聞き損ねたが、まぁ良い。何時かまた、会える日もあるだろう」
こんな時間に花を売っているのだから、孤児か何かだろうと思えた。
それに変わった一人称を敢えて使用する事で、客に印象を植え付けている可能性も無くは無かった。それもまた、商売における手管の一つだからだ。
「さて。さっさと兵舎に帰るとするか」
信康は籠を持って、傭兵部隊の兵舎へと歩き出した。