第127話
信康達が傭兵部隊の兵舎の入り口まで来ると、既にバーン達が待っていた。
「おう、思ったよりも早かったな」
バーンは信康達の姿を見て、嬉しそうな顔をした。
「あれだけ言ってこなかったら、流石に気まずいだろう。お互い」
リカルドは溜め息を吐いて言う。
「良いや。んなこたぁねぇよ。そうなったら、俺達の払いが多くなってただけだぜ」
「だな。別に来なくても問題なかった。また別の日にでも、一緒に飲めば良いだけだ」
ロイドとカインは肩を竦める。
「だそうだぞ。どうする、リカルド?」
信康は今なら、行きたくないと言っても通じるぞと暗に言う。
リカルドは首を横に振る。
「此処まで来て、行かないと言う選択肢は存在しないっ! バーンも言っていたけど、男の小隊長だけで飲む機会なんか、そうそう無いからな。飲みに行こうじゃないか」
「おっ、流石はリカルドだ。話が早いぜ」
バーンはリカルドの背中をバンバンと叩く。
リカルドは叩かれて痛そうな顔をしているが、バーンが嬉しそうな顔をしていたので何も言えなかった。
可哀そうなので、信康は叩くのを止めさせるためにバーンに訊ねた。
「それで、俺達は何処で飲むんだ?」
「ああ。男連中で飲むなら良い店があるから、其処で飲もうぜ」
バーンはどんな店なのか教えてくれなかったが、良い店と言うので大丈夫だと思いそれ以上は何も訊かない事にした信康。
「あっ。兵舎を出て飲むんだったら、外出届を出さないとっ」
リカルドは思い出したかの様に言うと、カインが大丈夫だと手を振る。
「それは大丈夫だ。もうお前達の分を含めて、全員分の外出届は出しておいたから」
「早いな。と言うか、もし断っても行く事になっていたんじゃないのか?」
「はっはは、気にするな」
カインは笑いながら、リカルドの肩を叩く。
「さて。そんな事よりも、早く飲みに行くぞっ」
「お~」
「じゃあ、バーン。道案内は任せたっ」
「任せろ!」
バーンを先頭にして、信康達は飲みに行く店へと向かった。
バーンの案内で向かった先は、歓楽街であった。
この王都アンシには、各地区が大小と複数存在する。
各地区にあるのは、この王都アンシがプヨ王国随一にして、ガリスパニア地方でも有数の大都市だからだ。相応に大きいので、一つの地区だけあると行き来が面倒になる。その為、各地区に出来る様になった。
そして信康達は傭兵部隊の兵舎がある、ヒョント地区の歓楽街へと入った。
バーンが此処を選んだのは、もし全員が揃いも揃って痛飲しても此処からであれば歩いて兵舎に帰る事が出来るから選んだのだと思われた。
信康達が歓楽街に着いたのは、午後六時。
そろそろ歓楽街にある店は開店時間の様で、魔石灯で作られた飾りに灯りが灯った。
歩いていると、ちらほらと娼婦と思われる美女達が路地や店の壁にもたれていた。
俗に街娼と呼称される、娼婦達だろう思われた。
何故ならその女性達は信康達を見るなり、流し目をしたりウインクしたりして誘っていた。
だが信康達は笑顔で微笑みながら、手を横に振っていた。
そんな中で、信康は女性達の顔を見ていた。
(ふむ。あの女とあの女は、肉付きが良いな。ああ、あの女も良いな。胸は小さいがスレンダーで腰がくびれている。あっちの女は良い尻しているな・・・まぁルノワ達を放って娼婦を抱いたら、どんな態度を取られるか分からんから買う心算は無いがな)
と、女性達を品定めしていた。尤も、ルノワ達を差し置いて抱く心算など無いのだが。
そうしながらバーンの後に付いて行くと、ある店の前まで来た。
「此処か? 俺達が今日飲む店は?」
「ああ、そうだ。まぁ、リカルドには刺激が強いかもな~」
「バーン? どういう意味だ?」
「まぁ、入ったら分かる」
バーンはそう言って、先に入って行く。
リカルドも仕方がないという顔をしながら、バーンの後に付いて行った。
信康は入る前に、店の名前を確認した。
「黒の茨・・・高級飲酒店か」
「ノブヤス、早く入ろうぜ」
「ああ、分かった」
カインに言われて、信康は店内に入った。
黒の茨に入ると、まず出迎えたのはエントランスだった。信康は目だけで周りを見る。
黒を基調とした作りと金が掛かった装飾で、何かの動物を模した口からとめどなく水が流れていた。
右にはカウンターが見える。
其処には従業員が三名ほどおり、その者達の後ろには大小様々な箱が置いてあった。恐らく、その箱は貴重品入れだろう。それが有る所を見ると、カウンターは受付のようだ。
通路も二つに分かれていた。
そうして見ていると、カウンターに居た客が受付を終えていた。信康達から見て真っ直ぐ行った所にある、通路を進んだ先にある扉を開けて中に入って行った。
更に従業員と思われる格好をしている男性が信康達から見て左側の通路道を進み、そのまま扉を開けて中へと入って行った。
(そうか。真っ直ぐ行けば客席で、左側は従業員が使う舞台裏バックヤードか)
信康はそう思った。
「予め言っておくが、今日は全員で割り勘だからなっ」
バーンは受付を済ませながら、皆に言った。
「勿論だよ」
リカルドがそう言うと、皆同意見なのか、首を縦に振る。
「よ。、じゃあ。受付に得物を預けて入るぞ」
バーンに言われて、信康達は受付に得物を預ける。
受付に居る従業員達は、代わりに番号札を渡した。
帰る時に、受付にこの番号札を渡すと預けていた物が帰るという仕組みの様だ。
受付を済ませると、信康達は扉を開けて中に入った。
扉を開けると、にぎやかな音楽が響いた。
その音楽に乗りながら、客席から見える所で踊っている女達が居た。
客は女達の踊りをカウンターやテーブルに座り、酒を飲んだり食事をしながら楽しんでいた。
店内を回っている様々な種族の女性従業員達は、肌の露出が激しい恰好をして歩き回り、客の注文を聞いたりしていた。客の中には従業員達の格好を見て、下心が出て肌を露出している所に触れようとして、反応を楽しんだりしていた。
「これは、流石に女性の小隊長達は連れて来れないな」
「だな。こんな所を連れて来たら、ブチ切れるな」
リカルドとロイドは歩いている店員を見ながら話している。
「丁度、五人掛けのテーブルが空いてるな。あそこに座ろうぜ」
バーンが指差した先には、丁度五人掛けのテーブルが空いていた。信康達は頷いて席に座る。
席に座ると、従業員がおしぼりを持ってやってきた。
「ようこそ。黒の茨ブラック・ソーンへ」
そう言いながら、おしぼりを一人一人に渡す従業員。
信康はその従業員を見ながら思った。
(バニーガールの格好させているのは、兎獣人だからなのか?)
信康は手を拭きながら、その従業員を見る。
自前の白い耳に白い尻尾。黒いレオタードに網タイツ。
赤い瞳に可愛らしい顔立ち。
どう見ても、バニーガールであった。耳と尻尾は作りものではなく自前の。
「ご注文をお伺いします」
「エールで良いか?」
バーンがそう聞くと信康達は頷いたので、人数分のエールとお勧めのつまみを適当に頼んだ。
「今日はこの後で面白い催しがありますので、楽しんで下さいね」
従業員がそう言って、一礼してその場を離れた。
「催し? おい、バーン今日は何をするのか知っているか?」
「いや、俺も知らん。というか、この店はまだ二~三回ぐらいしか来てないから、正直どんな催しがあるのか知らん」
「そうか」
「まぁ、どんな催しをするか楽しみにしようじゃないか」
リカルドがそう言うので、信康達は楽しみにする事にした。
そうして待っていると、頼んでいた物が来た。
「皆、ジョッキを持ったな? では、僭越ながら音頭を取らせて貰うぜ。コホン・・・今日もお仕事お疲れ様でした。乾杯!」
バーンの後に続いて信康達は「乾杯」と言ってジョッキをぶつけた。
そして一気に喉に流し込んで、気持ちよさそうに息を吐いた。
その後はつまみを楽しみつつ、エールを飲みながら楽しく話し出した。