第126話
傭兵部隊の兵舎から、第四訓練場に戻る信康。
(さてと、着いたら今日の調練を続けるとしよう。早めに終わらせるから、その分厳しくしてやるか)
そう思いながら歩いていると、第四訓練場に人だかりが出来ていた。
何があったのかと思い、その人だかりの所に行く信康。
人だかりで何が起こっているか分からないので、傍に居るトッドに事情を聞いた。
「何かあったのか?」
「あっ、ノブヤス小隊長。いえ、鈴猫とジーンが手合わせしているんすよ」
「手合わせ?」
「ええ。最初は鈴猫がジーンに構え方とか基本的な技を教えていたんだけど、教えている内に実戦形式で教える様になったんでさ」
「そうか。それでこれだけの人だかりが出来たのか」
賭け事はしていないみたいだし、互いの力量を高める為にしているので特に止める理由はないなと思
った信康はそのまま観戦する事にした。別に賭け事をした所で、咎める様な真似はしないが。
鈴猫は中華共和国に古くから伝わっている武術の型の構えを取り、ジーンは両手を握り顎の近くまで持ってくるファイティングポーズをとっていた。
二人はジリジリと動きながら、互いの間合いを測っている。
鈴猫が進めばジーンが下がり、ジーンは進んだと思えば、逆に鈴猫は下がるという感じで、互いの動きを予測しあう。
このまま、二人は終始互いの動きを見合うだけで終わるかと思われた。
そんな時に、風が吹いた。
刹那、二人は同時に地面を蹴った。
「「はあああああああああっ!?」」
叫びながら、二人は互いの拳をぶつけた。ジーンは籠手をしているが、鈴猫は指抜
きグローブをしているだけだ。それでは互いの拳がぶつかれば鈴猫の手を痛めると思って
いたが、鈴猫は痛がっている様子は見られない。
ふたりはそのまま拳をぶつけ合っていると、徐々にだがジーンが鈴猫に押されて行くの
が見て分かった。
ジーンの戦い方は我流なので、攻勢では強いが守勢に回るとその威力が発揮出来ない。
鈴猫も数合拳をぶつけて、ジーンの弱点が分かった様だ。雨の様な連撃でジーンに攻撃させる暇を与えない。
ジーンも何とか挽回しようと頑張っているが、全く功を奏していない。寧ろ、鈴猫の見切りにいなされていた。
「はあっ」
ジーンの攻撃をいなして、懐に入り込み背中から体当たりをする鈴猫。
「ぐあっ!?」
防御も出来ず、ジーンはそのまま吹き飛ばされた。
数メートルは飛ばされたジーンは、大の字に倒れた。
立ち上がろうとしたが、その前に鈴猫が倒れているジーンの首元に手刀を当てた。
これは戦場では討ち取ったという意味をだ。
「・・・・・・負けた」
ジーンがそう言うと、鈴猫は首元から手刀を退けた。ジーンに手を差し伸ばした。
「我流だけど、結構良い腕だったわ。でも、もう少し守りに回っても対処出来る様にした方が良いと思
うわよ」
「まぁ、独学で学んだらこんなものだよな」
「そうね・・・ジーンさえ良ければだけど、私が教えてあげるわよ」
「本気か?」
「ええ。私が使う流派の元斗流で良ければ教えてあげるわ。これでも免許皆伝なのよ」
「助かるぜ」
ジーンは破顔した。
「いや、中々面白い手合わせだったぞ」
信康は手を叩きながら、二人のと事まで行く。
「ノブヤス。何だ、見ていたのかよ」
「俺が戻って来たら、丁度手合わせが始めようとしていた所だったからな。見学させて貰ったぞ」
「そうかい。で、見ていてどう思った?」
「あれだな。やっぱりジーンは攻勢には強いが、守りに入ると途端に弱いな」
「ほっとけ、自覚しているよ」
ジーンは本当の事を言われて、少しむくれたような声を出す。
「まぁ、筋は悪く無いわよ。これからは私が武術を教えるので、これからもっと強くなると思うわ」
「それは、楽しみだな・・・良かったら小隊全員にも、その元斗流を教えて貰えないか? 戦場で武器を失っても、いざと言う時には徒手空拳で戦える様になった方が良いからな」
戦力アップになるなと思い、信康は鈴猫にそう提案した。鈴猫は信康の提案の内容に驚きながらも、承諾する。
「信康小隊長さえ良ければ、私が教えるけど・・・それはそれとして、総隊長に呼び出されて何処かに行っていたみたいだけど、何かあったの?」
鈴猫は訓練中に呼び出しが掛かったので、何か重大な事があったのだろうと予想しているみたいだ。
(俺が話しても良いんだが・・・明日の朝に総隊長が話すと言っていたのだから、俺が話す事では無いな)
そう思い、信康は話すのを止めた。
「別に大した事ではない。明日の朝食の席で重大な話があるから、全員食堂に出席する様にと言われたんだ」
「話?」
「どんな話なの?」
「明日分かるから、それまで待て」
信康はそれ以上、何も言わなかった。
トッド達もどんな話をしたのか気になっているのか、信康をジッと見ている。
「さて、今はそれ所では無いぞ。引き続き、調練を行う。今日は夕方までにするから、その分厳しくするぞっ!」
信康は手を叩き、そう告げた。
トッド達はうえぇっと言いながらも、ルノワに急かされて調練に戻るべく整列する。
信康の調練は厳しいからか、速やかにルノワ達は整列した。
「では、続きを行うっ! 偃月陣っ!」
信康はそう叫ぶと、隊員達は一斉に動いた。偃月陣とは、Ⅴ字を逆にした様な陣形である。鋒矢陣とは対照的に指揮官が先頭に立って突撃すると言う、鋒矢陣以上に超攻撃的な陣形だ。その為、指揮官が戦死し易い上に両翼の指示や連携が取れないと言う難点もある。
それから信康は小休止を挟みながら、調練を続けて行った。そうしている間に夕方を過ぎたので、信康は疲労困憊と言った小隊員達に調練終了を告げて解散した。
「ふぅ、汗を掻いたなぁ・・・清浄。これで良しっと。じゃあお前等、お疲れさん。明日は総隊長の話を聞いたら、また調練に入るからな」
信康は清浄の魔符で身体を清潔にした後、そう言って第四訓練場を出た。
第四訓練場を出て少し歩くと、後ろからリカルドに声を掛けられた。リカルドもどうやら、自分の第二小隊の訓練を終えた様子だった。
リカルドは汗臭かったので、信康はリカルドにも清浄の魔符を渡す。リカルドは感謝して清浄の魔符を使用した後、二人揃って兵舎に向かった。