第11話
プヨ歴V二十六年五月五日。
出兵すると言われたのが約二週間前であったが、準備などであっという間に出兵日がやって来た。
尤も信康達は実戦訓練だけしていたので、準備をしていたのは他の部署であった。
今回派遣される軍の編成は第三騎士団を先陣にして続いて、第二騎士団その後に鋼鉄槍兵団で最後にこれが初陣になる傭兵部隊という編成だ。
此処でプヨ王国軍の内情を紹介しよう。
先ず最初に紹介するのは、第一騎士団。第一騎士団は王都アンシ防衛を主要任務にしている騎士団であり、別名で守護騎士団とも言われている。
第一騎士団に自他共に、プヨ王国軍最高と言われている騎士団だ。その練度の高さの由来は日々の厳しい鍛練もあるが、何より第一騎士団に所属している団員の大半が各騎士団及び軍団から選び抜かれた精鋭で構成されているのも理由の一つである。
最初から第一騎士団に入団している豪傑も居るには居るが、前例はあまり無い。その為か第一騎士団に入団したいと希望をしても、実力が認められかつ人格に問題が無い事を認めて貰わなければならない。なので第一騎士団に入団出来た団員は、本人にとっても本人の実家にとっても大変な名誉とされている。
尤も平民階級への偏見や差別感情は、選定時に考慮されていないので、人格に問題は無いかと言われたら些か首を傾げざるを得なかった。
次に第二騎士団。この騎士団は別名で、撃剣騎士団と呼称されている。その別名に相応しく剣士だけで構成された、兵種が特化したとも偏ったとも言える特殊な騎士団だ。
その練度の高さは第一騎士団にも並び立つばかりか、近接戦闘だけに限定すれば第一騎士団を上回ってプヨ王国軍最強と言われている。
次に第三騎士団。この騎士団は貴族の子弟から構成されているので、別名貴族騎士団またはお坊ちゃま騎士団等と揶揄されている。
そう揶揄されているのもこの第三騎士団は、他の騎士団や軍団ならば落伍者扱いされる貴族の子弟達の最終就職先の受け皿となっている実情があるからだ。そして低い練度を以て入団して来る実力から察して、プヨ王国軍最弱と陰口を叩かれている。
騎士団長に恵まれていたり貴族としての矜持や責務から自らを厳しく鍛え、精強で知られた時代もあるにはあった。しかし現代においてそれは、懐かしさすら感じる過去の栄光であった。真面目に職務を全うする団員も一定数居るのだが、名誉挽回には至っていないのが現状である。
次に第四騎士団。第四騎士団はプヨ王国の東側にあるシンラギ王国からの侵略を防ぐ、国防任務を主要任務としている。
またこの第四騎士団だけ特別に天馬を乗る騎士で構成されているので、別名で天馬騎士団とも天空騎士団と言われている。プヨ王国軍で唯一飛行による行軍が可能な事実もあって、プヨ王国軍最速と言われている。
最後に第五騎士団。第五騎士団はプヨ王国の西側にあるトプシチェ王国からの侵略を防ぐ、国防任務を主要任務としている。この第五騎士団は人馬共に特注の全身金属鎧で装備した重騎士で構成されているので、別名で鋼鉄騎士団と呼称されている。この重装備から生まれる突破力と破壊力は、プヨ王国軍随一と言われている。
これがプヨ王国の五大騎士団であり、更に対比するみたいに存在するプヨ王国にある五大軍団を紹介する。
先ずは最初に紹介するのは鋼鉄槍兵団。
鋼鉄槍兵団は重装歩兵を中心に構成されていて、先述の第五騎士団と対をなす兵団だ。防衛戦や守城戦を得意としており、その守備力の高さはプヨ王国軍最硬と言われている。
次に水竜兵団。水竜兵団は海戦を想定された兵団で、蛟羽竜と言われる竜種に騎乗する騎兵や大砲を何門も搭載した軍艦を保有している。
次に砲兵師団。砲兵師団は銃器や大砲などの火器を扱う兵団で、工兵などもこの砲兵師団に所属している。しかしプヨ王国ではそう言った火器類は軽視されているのが現状であり、品位が無いとして他の騎士団や軍団と比較して砲兵師団は冷遇されている。
次に神官戦士団。神官戦士団は六大神の神官と、その信者で構成されている。
その内訳はそれぞれ陽光戦士団、炎龍戦士団、神風戦士団、漆黒戦士団、青海僧兵団、緑龍僧兵団の六つの神官戦士団が存在する。
回復魔法などが使えるので便利な存在であるが、どの宗教も信仰している神が違うので派閥ごとに分かれている為か諍いが絶えない。
最後に近衛師団。この軍団はプヨ王宮に常駐して、プヨ王族を第一に警護している。更に如何なる手段を以てしてもプヨ王国守護を、近衛師団は絶対の使命としている。その使命は近衛師団では無く、複数の傘下部隊が担当している。
先ずは第一に近衛師団傘下部隊の大多数を占める、王都アンシの治安維持を任務にしている警備部隊。
第二に魔銃と言う種類の短銃と剣で武装した、精鋭として知られる銃士部隊。第三に憲兵と諜報員の役割を果たしている、特殊警務部隊。
そして最後に新設された、傭兵で構成されている傭兵部隊だ。
傭兵部隊が近衛師団に所属していると知ると誰もが驚くべき事であるが、素性も不透明な外国人部隊とも半ば言える傭兵部隊の存在は、近衛師団の使命に該当している。
尤も傭兵部隊は近衛師団から同胞扱いされておらず、何時廃止されてもおかしくない窓際部署扱いされていると言う苦い現実がある。
紹介した以上の五騎士団五軍団。正確には四軍団五騎士団六神官戦士団の国軍に加えて、貴族諸侯の私設兵団も含めれば総勢で三十万以上の大軍勢がプヨ王国軍全軍の軍容だ。
歴史が浅い軍団も含め、長年プヨ王国を他国の侵略から守り続けガリスパニア地方に存続させて来た絶対の剣盾である。
アグレブ奪還の任務を請け負った各騎士団及び軍団で構成されたプヨ王国軍を、プヨ王宮まで一度集結させてから閲兵式を行うと言う事だが、傭兵部隊は向かわなかった。
正確に言えば傭兵部隊は、プヨ王宮に向かえなかったのである。下賤な傭兵如きを、格式高いプヨ王宮に上げるのは如何なものかと言う意見が出てしまい、傭兵部隊は王都アンシの北門の外で待機せよと命令が下ったからだ。
「総隊長、此処で待機でしょうか?」
「そうだな。全員、この場で待機しろっ! 何時でも出陣出来る様にはしておけ」
その声を聞いて傭兵部隊の隊員達は思い思いにしていたが、全員の顔は大小差はあれど憤りを感じているみたいだった。
「なぁ、リカルド」
「何だい? バーン」
「おっと、此処じゃあ少尉と呼ばないと駄目か?」
「止めてよ、バーンらしくも無い。傭兵部隊しかいないんだから、普段通りで構わないよ」
「それもそうか。じゃあ改めて訊くがリカルド、何で傭兵部隊は王宮の閲兵式に行く事が出来ない?」
「総隊長の話を聞いていたのか? 軍上層部と大臣達が反対したからだよ」
「其処だよ。俺は其処が気に入らないっ!!」
「・・・・・・・気持ちは分かる。でも仕方がないだろう。俺達は傭兵なのだから」
「傭兵だからと言って、出席しては駄目だなんて誰が決めたっ!? 全員とか贅沢な事は言わないからせめて、総隊長と副隊長のお前とヒルダ位が閲兵式に出席しても別に罰は当たらないだろうが! 命を懸けて敵と戦うのは一緒なんだからっ!」
「バーンの言う事は尤もだと思うけど、それが無理だったのだから潔く諦めなさいよ。あんたが幾ら喚いた所で、何も変わったりはしないんだから」
「俺達はこれからプヨの為に血を流して戦うのと言うのに、この仕打ちだ。有り得ないぜ!」
バーンは怒り心頭であった。それを何とか宥めようと、リカルドとヒルダレイアは頑張っていた。
それを遠くから、我関せずと見ている信康とルノワ。
二人は鎧を着ていなかった。出陣する時まで着ないようだ。
「バーンは沸点が低いな。しかし短気で感情的な一面ばかりが目立つが、良く物事の核心に気付いて其処を的確に突ける奴でもある」
「・・・・・・・・そうですね」
ルノワは指輪を貰ってから、何時も以上に信康の傍から離れない様になった。
食事時から訓練している時も、何をする時も何時もルノワが信康の傍に居る。
挙句の果てには、夜間で部屋で寝ている時も忍び込んで添い寝をして来る。
御蔭で信康は少し疲れているが、ルノワの方は疲れた色を見せずピンッとしていた。
二人で話していると、ジーンが向こうからやって来た。
「おお、此処に居たか。ノブヤス」
「ジーン、何か用か?」
「ああ、総隊長がお前を呼んでいるぜ。俺はお前を連れて来いと、そう言われて来たのさ」
「そうか、分った。ルノワ」
「はい、いってらっしゃいませ。ノブヤス様」
ルノワに見送られ、信康達はヘルムートの下に向かう。
ヘルムートの下に行くまで、信康はジーンと話しながら歩いていた。
ルノワと同室という事で性格を分かっており、色々とルノワに話せない事をジーンに日頃から相談していたのだ。
「お前も大変だな」
「いや、そんな事は無い。美女なら何人纏わり付かれ様と、俺は大歓迎さ」
「はぁ、大変なのはルノワだったか。言っとくけどもし女に刺されても、俺は知らないからな」
ジーンは信康の女好きを見て、そう言って半ば茶化した。
「それで俺が死んだら、お前の側に立って最期の挨拶にさせて貰うとしようか」
「もしそんな事をやってみろ。その時は俺がお前をあの世に逝ける様に、一撃かましてやるからな」
「ははははっ、実にお前らしい答えだ」
ジーンの見ながら、信康は笑って言った。
ジーンは動きを重視した軽装の革鎧を着て、得物は手足に篭手と脚甲をしていた。
「俺としては何故呼ばれたのか不思議だ。何か思い至る節は無いか?」
「お前が無いのに、俺が知る訳無いだろう。さっさと行って、直接その目で確かめて来いよ」
「ふっ、言えているな」
歩いていると総隊長のヘルムートと副隊長であるリカルドが、何か話している所であった。
「傭兵部隊の兵数では碌に役立つとは思えないから、総大将は我々傭兵部隊を後方に置いて予備部隊の一つにするだろうな」
「それでは、傭兵部隊は何もするなという事でしょうか?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「派遣される軍団のどれかの指揮下に、傭兵部隊も入る事は出来ないのでしょうか?」
「無理だな。書類上は近衛師団の傘下にある傭兵部隊だが・・・何処の軍団に指揮権を譲渡しても、連携が取れないと言われて結局拒絶されるのがオチだ。今回アグレブ奪還に派遣されるのが、第二騎士団と第三騎士団と鋼鉄槍兵団だ。きっと第二騎士団と鋼鉄槍兵団は、連携を崩される事を懸念して却下するだろう。第三騎士団は、言わずとも分かるよな? リカルド」
「ええ、まぁ承知しています」
リカルドは苦い顔で、ヘルムートに頷いた。
重い空気が流れる中、ジーンはヘルムートとリカルドに声を掛けた。
「総隊長、言われた通りにノブヤスを連れて来たぜ」
「うん、おお、来たか。良く連れて来た。ジーン」
「じゃあ、これで俺は失礼させて貰うよ」
手をひらひらと振って、ジーンは来た道を戻って行った。
「さて、ノブヤス。お前を呼んだのは、他でも無い。意見を聴こうと思ったからだ」
「俺の意見ですか? 総隊長、俺の意見よりも他の奴等・・・傭兵部隊の諸将を纏めて、意見を聴いた方が良いと思います」
「それならお前が此処に来る前に、准尉になっている奴等、全員に意見を聴いておいた」
「で、全員の意見をまとめると?」
「全員がこの戦力では、役に立たないと言った。それで俺とリカルドは二人揃って、頭を悩ませている」
「准尉達の意見がそう出ているなら、俺の意見なんぞ要らないでしょう?」
「いや、そんな事は無いと俺は思っている」
「過大評価が過ぎると思いますよ、総隊長」
「過大評価などでは無い。この一ヶ月でお前の事は、特に観察させて貰ったが・・・お前の立ち振る舞いや頭脳は、歴戦の将軍のそれだった。今は藁にも縋る気持ちで、現状を打破したいと思っているんだ。思い付きでも何でも良い。俺達と一緒に対策を考えてくれ」
「という訳なんだ・・・ノブヤス、何か思いつかないかい? 俺達も色々と考えているのだけど、これといったものが浮かばなくてね」
「ご期待には添いかねるが、出来るだけやってみます」
「頼む。現在の傭兵部隊の部隊編成を教えよう。それを聞いて、何か思いつくかもしれないからな」
「編成と言っても歩兵と弓兵が殆どで、騎兵と魔法使いが少数ですから。第一、兵数が圧倒的に少ないですし」
傭兵部隊の編成内容だが、六割が歩兵で三割が弓兵で残り一割が魔法使いだ。因みに魔法使いとは、先天的に魔法が扱える者達の総称だ。魔法道具や魔法で補助しなければ魔法が扱えない者達は、魔術師と呼称されている。
何故か傭兵部隊で騎兵と呼べる存在がおらず、辛うじて騎兵と言えるのは総隊長のヘルムートしか居なかった。
そもそも何故傭兵部隊でヘルムートしか軍馬に騎乗しているのかと言うと、これには明確な理由がある。
騎兵は軍馬を扱う為それに対する費用が馬鹿にならないので、傭兵では殆ど居ないからだ。そう言った傭兵事情から多くの傭兵は乗馬経験ばかりか、戦場で馬を見た経験はあれど触れた経験すら無い隊員ばかりであった。
何よりプヨ王国軍上層部が、傭兵部隊の費用を出し惜しみ軍馬を捻出する事を嫌がったからだ。ヘルムートが騎乗している軍馬ですら、質で言えば平均より劣っている駄馬である。ヘルムートは傭兵部隊の冷遇振りに憤怒したが、抗議する事は出来なかった。
「ああ・・・それで数も多くないから、何処かの指揮下に入った方が良いと自分は思うのだけどね」
「それは無理ですな。リカルド少尉」
「君もそう思うか? それと少尉は止めてくれ。普通にリカルドと呼んでくれよ。人前の時はそう呼んでくれ」
「分かった。次からはそうする」
「お前もそう言うとは。で、何か代案は有るか?」
「ああ、それは」
信康が言おうとした時に、王都アンシの北門が開いた。
其処から綺羅びやかな甲冑を着た騎士達が、隊列を組んで進んでいる。
「むっ、どうやら王宮の閲兵式が終えたみたいだな。俺は向こうに挨拶をして来る。リカルドとついでにノブヤス、お前等も付いて来い」
「「了解しました。総隊長」」
ヘルムートを先頭に、リカルドと信康は後に付いて行った。