第125話
プヨ歴V二十六年七月五日。
今日も信康はカロキヤ公国軍との戦争に備えて、麾下の第四小隊の調練をしていた。
サンジェルマン姉妹に依頼している品々については昨日に金塊を渡したばかりなので、当然だがまだ数が揃ったと報告を受けていない。しかし試作の段階でそれなりの完成度になっていたので、微調整だけで大丈夫だろう思っている信康。問題があるとしたら、数を揃えるのにどれ位掛かるかと言う事だけだ。
門外漢の自分が口出しした所でサンジェルマン姉妹の妨害行為でしか無いので、大人しく二人に任せて信康は第四小隊の調練に励んだ。
「よし、次は鋒矢陣!!」
信康がそう叫ぶと、第四小隊の小隊員達は即座に陣形を構築した。
鋒矢陣は、矢の如き形成になって敵軍に突撃する超攻撃型の陣形である。まずは騎兵が先陣に立ち、その次に歩兵、最後に弓兵と魔法使いや魔術師と言う順番で並ぶ。上手く行けば敵軍の陣形を吹き飛ばすか、突破による分断すら望める。対して敵軍に受け止められれば、そのまま包囲されて窮地に陥り易い陣形でもある。
因みに信康の第四小隊には攻撃魔法を使えるのは、ルノワとサンジェルマン姉妹を入れて丁度十名だ。
治癒と言った回復魔法が現在使用出来るのは、レムリーア一人である。そのレムリーアだが、攻撃する際は本人の希望で歩兵分隊に加わっている。
信康としてもレムリーア一人に負担を掛けるのは酷だと思っているので、如何にか出来ないかと考えているが今の所何も思い付いていない。
どうしたものかと考えていると、第四小隊が鋒矢陣を敷き終わっていた。
「・・・次、衝軛陣!」
信康は今は陣形の訓練に集中する事が大事だと思い、考えていた事を頭の隅に追いやって次の陣形を指示した。
衝軛陣とは、部隊を二列に並べる陣形だ。行軍させる際に使う陣形であり、他部隊との連携が難しいのが難点である。また壁役として防御陣にもなる。
これも先程と同じ順番で並ぶ。
そして衝軛陣が敷き終わったので信康は次の陣形を指示しようとしたら、視界の端に誰かが居るのが見えた。
誰だと思い首を向けると、同じ傭兵部隊の隊員であった。
(あの顔は入隊式の時に、見た覚えのある顔だな。名前は確か・・・何だったかな? 総隊長の第一小隊に配属された事しか、記憶に残ってないな)
第一小隊は、ヘルムートが指揮する小隊だ。
その小隊に所属する隊員がこうして信康の第四小隊が使っている第四訓練場に来たという事は、ヘルムートが信康を呼び出しに来たという事になる。
「何か用か?」
「お疲れ様です、ノブヤス小隊長。御忙しい所を申し訳ありませんが、ヘルムート総隊長が御呼びです」
「そうか。直ぐに行く」
隊員に敬礼された後にそう告げられた信康は、小隊員達に声を掛ける。
「よし、休憩だ。少し休んでいて良いぞ。息が整ったら自主訓練していろ。ルノワ。俺が留守の間は、調練の方を任せたぞ」
信康はそう言って、案内役の隊員と共にヘルムートの下に向かった。ルノワ達は敬礼して、信康を見送った。
隊員が連れて来たのは、兵舎の中にある大会議室だった。
「総隊長、ノブヤス小隊長をお連れしました」
『おう、入って良いぞ』
ヘルムートがそう言うので、案内に来た者が扉を開けた。
部屋にはヘルムートの他にも、各小隊を預かるリカルド達諸将が既に居た。
「ご苦労だったな。もう下がって良いぞ」
ヘルムートは案内にそう言って、案内してくれた隊員を下がらせる。
案内に来た隊員も部屋に居るヘルムート達を見て、重要な話をすると分かったのか敬礼して部屋から出て行った。
「来たな。ノブヤス。適当な所に座れ」
ヘルムートがそう言うので、信康は近くにある席に座る。
信康が椅子に座るのを見て、ヘルムートはおもむろに口を開く。
「先程、軍上層部から重大な報告が来た」
ヘルムートがそう言うと信康達はヘルムートが何を口にするのか予想が付いているのか、何も言わずに黙っていた。
「今日の朝にトプシチェ方面から出立した征西軍団が、公都カロキヤに到着したそうだ。これだと情報通り公都カロキヤで征西軍団は閲兵式を執り行ってから、城郭都市アグレブに向けて出立すると見て間違い無いだろう。これらの状況を踏まえて見ると、多めに見積もっても半月以内には征西軍団はアグレブに入城するだろうな」
ヘルムートの話を聞いても、信康達は驚きの声も上げなかった。既に征西軍団が動いたと情報が入っていたので、その内来るだろうと想像していたからだ。
「総勢で三万らしいぞ。本当の問題は、その後だ。征西軍団が何時アグレブを出立して、我が国に侵略して来るかと言う事がな」
「三万? 偉い奮発したな。パリストーレで戦った戦じゃ真紅騎士団クリムゾン・ナイツとアヴァ―ル族を合わせても、征南軍団は二万前後だったろう?」
「真紅騎士団クリムゾン・ナイツは約五千で、アヴァ―ル族は約三千で、征南軍団は一万五千だったそうだ」
「随分と数に差があるんじゃあねえですかい?」
「カロキヤの各方面軍だが、一軍団三万で構成されている。征南軍団の半数は戦争当時アグレブに駐留していて、そのまま再編成の為に真紅騎士団クリムゾン・ナイツとアグレブに残留するそうだ。征西軍だと合流しなかったのは、連携が取れないからだろうと考えられている」
ヘルムートの話を聞いて征西軍団が三万と総数を持って来たと考えれば、何もおかしくないなと信康達は思った。そして征南軍団が征西軍団と合流しなかった事を、非常にありがたく思った。
「で、総隊長。その征西軍団とやらを率いる奴はどんな奴か聞いているんで?」
「すまん。其処まで情報が入っていないから、俺にも分からない」
ヘルムートがそう言うので、征西軍団については何も情報が入っていない状態になった。
信康以外は。
(妙な話だな。あのレギンスが得られた情報なら、プヨの諜報部の耳目にも手に入っている筈だ。それなのに話さない所を見ると情報規制か?・・・いや、単に傭兵部隊に情報を渡す事はしないとか? もし後者なら、味方の足を引っ張る馬鹿が居ると言う事になるんだがな)
信康は色々と思いつくが、どれも正解の様な気がしてどれが正解か分からなくなった。
そう考えていると、隣に座っていたライナが信康の顔を覗き込んで来た。
「どうしたの? 難しい顔をして」
「・・・いや、何でも無い」
信康が敵軍の情報を知っていると言っても、信じて貰えないだろう。下手をしたら、諜報員扱いされるかもしれない。
この前の連続殺人事件の時に、傭兵部隊の隊員の一人が諜報員の濡れ衣で捕まり処刑されたばかりだ。
(雄弁は銀、沈黙は金と言うからな。こんな小事で目立っても意味が無いし、無駄だろう)
「この情報は明日、朝食の席に食堂で俺から話す。お前達は何時でも戦に行ける様に、心構えは整えておけっ」
『了解!!』
ヘルムートの言葉に信康達は敬礼して答えた。
そして会議は終わり、会議室から出て行く。
「おう、ノブヤス。調練は終わったんだろう? だったら、これから飲みに行こうぜっ!」
バーンが部屋を出るなり、飲みに誘って来るので信康は肩を竦めた。
「馬鹿を言え、バーン。俺の小隊は、夜になるまで調練するのが決まりだ。第一、何時戦争が始まるか分からないのに、どうしてそんな簡単に飲み行こうとか言えるんだ?」
「何時始まるか分からない事に、神経を尖らせる事ぁねえだろ。第一ヘルムート総隊長の情報が正しかったら、征西軍団はまだ公都カロキヤに到着したばかりじゃねぇか。アグレブにも到着してすらいねぇってのに、今から張り詰めてたら身が持たねぇよ。それだったら酒をたらふく飲んで気晴らしをして、戦に備えた方が傭兵らしい心構えじゃねえか?」
「・・・ふむ。確かにそれは傭兵らしいと言えば傭兵らしいが・・・」
「俺達も参加して良いか?」
信康とバーンの会話に、ロイドとカインが参加して飲みに行く事に賛成した。
「三人共、流石にそれは・・・・・・・」
リカルドは流石にそれは不味いだろうと思い、宥めようとした。
「おい、お前まで違いますみたいな空気出すなよ。俺達は仲間だろう? 此処は俺達小隊長達の結束を深める意味でも、一度飲みに行くべきだと思うぜっ!」
「いや、それならカロキヤ軍を撃退した後の祝杯って事で・・・」
「昨日は賭博場カジノで一山当てたからな。俺は行くぜ」
「俺も参加させて貰おうか」
「よし、ロイドとカインは参加っと・・・残るはお前等だけど、どうする?」
まさか、不参加するとか言わないよな? みたいな顔をする三人。
信康は手をあげる。
「その飲み会とやらが夕方からなら、参加するぞ」
「おっ、ありがてぇ・・・でも、何で夕方から何だ?」
「あのな。まだ小隊の調練中だからに、決まっているだろう? 流石にそれを終わらせてから出ないと、行く気が起きないんだよ。自分だけ飲みに行っては、小隊員達あいつ等に申し訳が無いんでな」
「かぁ~真面目だねぇ。まぁ、参加するなら良いぜ。因みに俺達の小隊の訓練は終わっているから、時間を潰して待っているぜ」
「じゃあ、兵舎の入り口で集合にしようぜ。十八時まで待つから、それ以上時間が掛かるみたいだったら、管理人に飲みに行く店の名前を言っておくからな」
「分かった。じゃあ、後で」
信康は手を振って別れた。
「いや、俺は飲みに行くとは言ってないからなっ」
「固い事を言うなよ。リカルド」
「酒を飲みながら、意中の相手を口説く方法を教えてやるよ」
「べ、別に、そんな事を教えて貰わなくても」
「良いから良いから、飲みに行こうぜっ!」
「あっ、こらっ! それに俺もまだ、そもそも俺の小隊も訓練場で待機中なんだっ!」
「じゃあ、訓練場に行って来いよ。兵舎の入り口で、十八時までには来いよな」
「いや、だから」
「がっははは、女を挟まない男だけの飲み会とか、本当に楽しみだなっ」
「ああ。じゃあ、後でな」
ロイドとカインは機嫌良さそうに言って、何処かに向かう。
恐らく財布の中の金だけでは足りなそうなので、部屋に置いてあるへそくりを取りに行ったのだろう。
二人のご機嫌な後姿を見送った信康達。
何とも言えない顔をしているリカルドに、バーンと信康はリカルドの肩を叩く。
「ああ言う奴等だ。このバーンも含めてな。潔く諦めろ」
「ははははっ。そりゃ誉め言葉だぜ。寧ろ、楽しんだ方が勝ちだろうさっ」
信康は首を横に振りながら、バーンはサムズアップしながら言う。
其処までされて、初めてリカルドは首を縦に振った。
「じゃあ、俺は調練があるからな。後で」
「おう、俺もへそくりを出しに行ってくるわ。お前らも遅れるなよっ」
バーンは自分の部屋へと行く。
リカルドは溜め息を吐いて、そしてとぼとぼした足取りで第二訓練場に向かった。
信康はこれ以上小隊員達を待たせるのは酷だと思い、早歩きで第四訓練場に向かった。その際に今日は早めに訓練を切り上げるとしようかと、そう思いながら。