第124話
「さぁて、此処まで来れば十分でしょう」
大通りから一歩離れた路地裏まで、レギンスに案内された信康。
一応、周りに誰か居ないか確認した。
「この時間なら、此処は誰も居ませんのでどうぞ御安心を・・・それで、お話と言うのは何でしょうか?」
レギンスは何かの話のタネになると思ったのか、揉み手をしながら聞いてきた。
「・・・・・・・お前がこの前言っていた通りに、本当にカロキヤ軍が再び南下し始めたな」
「ええ。何せ大枚を叩いて漸く手に入れた情報ですからね。・・・ですが征西軍団が動くのは、旦那の予想通りでした。お見事です」
レギンスは笑顔を浮かべながら、手に入れた情報が正しくて胸を張っていた。そして信康の予想が的中した事に、真顔になって称賛を行う。
「世辞は良い。あんなもの、少しガリスパニア地方の情勢や軍略に精通していれば誰でも予想出来た事だ・・・そんな事よりも、それだけの情報しか仕入れていない訳ではあるまい? その征西軍団の軍団長とは、どんな人物か知っているのではないのか?」
信康はカロキヤ公国軍が動くと言うその情報も手に入れたレギンスならば、征西軍団の主要人物達の情報も当然の如く、入手している筈だと思い訊いた。
レギンスはニンマリと笑う。
「勿論知っていますよ。軍団長から副軍団長は言うに及ばず、参謀から有力部隊の諸将、果てにはその者達の性格や嗜好まで、全て手に入れております」
「そうか」
此処はその情報が欲しいと言えば、レギンスは教えてくれるだろう。しかしグランによる元奴隷連続殺人事件の時のアニシュザードの時と同様、対価を要求されるに違いない。そうでなければ、時間と金を掛けて手に入れた情報の価値が無くなってしまうからだ。レギンスに情報の対価として何を支払おうかと、信康がそう思案し始めていた時だった。
「その情報なんですが・・・今回は無料で旦那にお教えしても構いませんよ」
「・・・・・・何だとっ?」
レギンスからの思わぬ提案に、信康は眉を顰めて疑心に満ちた目でレギンスを思わず睨み付けた。その情報の入手に相応の苦労と対価を払ってであろうレギンスが、信康に無料で提供すると言っているのだ。何か裏があると、そう信康がレギンスを疑うのも無理は無かった。
そんな信康に、レギンスは苦笑しながら理由を語る。
「旦那。別に私は他意なんかございませんよ。この前、あの黒森人族のお嬢さんと来られた時に、金貨九十枚で私が売った狩猟神の腕輪を金貨百枚で購入して下さったじゃないですか。その金貨十枚分を、今回の情報料って事にしておきますので。次回からは、普通にお支払いをお願いしますね?」
「・・・・・・そうか。お前がそれで良いなら、そう言う事で今回の取引は頼む」
「毎度どうも。では、どなたの情報が欲しいのですか?」
「征西軍団の総数、そして兵種の種類と各々の総数、軍団長と副軍団長のプロフィール、最後にそいつらはどんな作戦を好むか教えろ」
「はいはい。畏まりました。先ずは征西軍団の総数は、一個軍団三万。兵種は歩兵が一個旅団一万。騎兵が二個連隊七千騎。飛行兵が同じく二個連隊七千騎。弓兵が三個大隊三千。補給兵が三個大隊三千となっております。次にカロキヤ軍征西軍団軍団長をお教え致します。その男の名前はブラスタグス・ド・イケニと言いまして、今年で年齢は六十歳。頭頂部が禿げた白髪頭に、口髭を生やした御仁です。何と言いますか、歳を取っても欲深い典型的な小悪党ですね。元はガリア連合王国の国の一つの王族だったそうです。姓名フルネームの間にドがあるのが、その証拠ですね」
レギンスの話に出たガリア連合王国とは、リョモン帝国の北に位置しブリテン王国の南にある国だ。連合王国と名乗っている通り、このガリア王国は統一された国家では無く大小様々な国によって成り立っている連合国家だ。故に諸国間での争いが、頻繁に起きる。そんな事情もあってか傭兵が多く存在するので別名で傭兵の王国とも言われている。
他には、外敵が攻め込んできた場合は剣の盟約と言われる対外防衛協定を結ぶ。外部からの侵略に対して、連合軍を組み対抗する。とは言ってもこの協定は強固な物ではなく、利害関係で足並みを乱れる事もあり時には外敵に内通する国もあった。その場合は裏切り者として外敵よりも先に、連合を組まれて滅ぼされるのが常であった。余談だがドはガリア連合王国における王侯貴族と騎士階級にのみ名乗る事が許される称号であり、ガリスパニア地方で例えればフォン及びフォルに相当する称号である。
「何でもノーフォク王国とか言う、既に滅んだ亡国の王族だとかだそうです。そのノーフォクが滅亡した際に流れに流れてカロキヤまで来て仕官して、戦功を重ねて今の地位についたそうです」
「まさに貴種流離譚だな。そして征西軍団の総数は三万・・・補給兵は戦力として数えられないから、実質二万七千と考えても良いだろう。しかし補給部隊が全軍の一割しかいないとか、補給兵の連中は多忙の極みだろうな。それで? そいつの性格は?」
「自尊心とが高く、他人を平然と見下す高慢な性格です。御蔭で傘下の将兵には、全く好かれてはいませんね。同時に加虐性愛者で残酷な作戦や指揮も平気で取るので、畏怖されています。武勇に頼った猛将では無く、智謀を駆使した智将ですね」
「智将型か。この前の戦争で出て来た征南軍団の軍団長と比べたら、どうなる?」
「ステファルと比べたら、総合的にはステファルの方が上かと。しかし武勇に頼らない頭脳戦だけで言えば、ブラスタグスの方が一枚上手です。何でも、カロキヤ随一の智将と呼ばれているとか・・・これは余談ですが、ブラスタグスは出世欲も強くて大将軍の地位を狙っており、それで次期カロキヤの大将軍と目されていたステファルを妬んで毛嫌いしていたみたいですよ。そのステファルが戦死した際には、同胞の冥福を祈ると称して祝賀会を開催する位ですからね」
「狭量で残酷で底意地が悪く、自尊心と矜持と出世欲が高い悪知恵が働く自惚れ屋と・・・人間の悪い部分を煮詰めた様な下衆が相手か。面倒で姑息な作戦とか、色々仕掛けて来そうだな」
「そうなるかと。次に副軍団長です。二人居ますが一人目の副軍団長の名前はユリウス・パウリヌスと言います。年齢は四十三歳。黒褐色の短髪に、同じ色のちょび髭を生やした方ですね。元は征南軍団の一部隊長だったそうですが、武勇で戦功をあげて昇進して今の地位についたそうです」
「ほぅ、だとしたら智将型タイプのブラスタグスとは対象的に、猛将や豪将型か?」
「そうですね。それからブラスタグスと同様に、手段を選ばない残虐非道な戦法を平気で取る加虐性愛者です。ユリウスのその共通している嗜好が、ブラスタグスに気に入られている要因の一つみたいですね。そんな残酷な性格をしているからか、戦場では捕虜や捕らえた敵国民を甚振って苦しめているなんて噂もあります。最近で有名な逸話だと、二年前にプヨとの戦争で討ち取ったプヨ軍の部隊長数名の死体を木柱に括り付けて、投槍の的当てにしたとか。しかも自分の仕業だと分かる様に、姓名で書かれた名札を槍に括り付けていたそうですよ」
「成程。要するにブラスタグスと一緒で、清々しい程の腐れ外道と言う訳か。それだと軍隊の規律など、有って無さそうなものかもしれんな」
戦場で見つけたら、優先的に首を狙うかと思う信康。
「カロキヤでも、十本の指に入る槍術師だそうですよ。特に投槍が得意だそうです」
「そうか。まぁどうとでもなるだろう。それで? ブラスタグスは一体どんな作戦を好むんだ?」
「そうですね。一言で言えば、誘引計と言った敵を誘い込んで罠に嵌める戦法が得意みたいです」
「誘引計か。底意地の悪い奴が好みそうな戦法だな。良し、それだけ訊ければ十分だ」
信康は路地裏から出る。
「おや? もう良いのですか? まだ征西軍団の副団長はもう一人居ますし、他の諸将の情報とか色々残っていますが?」
「聞きたい事は聞けたさ。後の有象無象の情報の方は要らん。それにあまり店を空けると、商売に差し障るぞ。ライリーンも何時までも店番を押し付けていると、流石にキレるだろうしな。これは経験談だが、美人は怒ると怖いぞ?」
「それもそうですね。では、今日はこの辺で」
信康とレギンスは路地裏から出て、露店に戻った。
信康はレギンスと共に露店に戻ると、露店の前に人だかりが出来ていた。
何事だろうと思い、信康達は顔を見合わせる。
そして露店の前まで良くと、客が露店の商品を見ていた。
「いらっしゃいませ」
ライリーンはごく普通に声を掛ける。
別に愛想良く笑顔を浮かべている訳では無いと言うのに、客はライリーンの顔を見惚れていた。
そして露店の前にある、細工物を二つ手に取った。
「こ、これとこれを売ってくれっ」
「はい。こちらでしたら銀貨三枚。こちらは銀貨四枚と大銅貨四枚とになります」
客は言われた通りに、合計で銀貨七枚と大銅貨四枚をライリーンに渡した。
「ありがとうございました」
ライリーンはぺこりと頭を下げた。
特に笑顔を浮かべていないのに、何故か客はライリーンを見惚れていた。
「どうされました?」
「いや、じゃあ」
そう言って、客は去っていく。
客が去って行った先にも、人だかり出来ていた。
「ほ、本当に綺麗な売り子さんだったな~」
「ああ、笑顔を浮かべてないのに、綺麗な顔をしていて思わず商品を選びながら横目で見ていたぜ」
「淡々としているのだけど、綺麗な声をしていたから、つい聞きたくて要らないのに買っちまうんだよな~・・・折角買ったんだから、こっちはお袋に。こっちはうちの嫁さんにでも贈呈プレゼントしてやるかな」
その人だかりは先に買い物をしていた一団だったのか、少し離れた所でライリーンの事を話していた。
「はっはは。どうやら私の露店みせなのに、私が店番をしていない方が客が来るみたいですね」
その光景が面白いのか、笑っているレギンス。
「まぁこの場合、完全にライリーン目当てだろうよ。それにお前はどちらかと言うと、見た目が胡散臭いからな」
「旦那。それを私の前で言うのは酷いじゃないですか」
そう言う割りには、レギンスが堪えている様には見えなかった。
「まぁ許せ・・・そろそろ戻らないと、ライリーンあいつも困っているだろうしな」
信康達が戻って来た事に気付いたのか、客の相手をしながら横目で信康達を見ている。
その目は、早く此処に戻って来てと言っているみたいだ。
「はっはは、そうみたいで」
信康達は客が掃けたの見計らって、露店の前まで来た。
「遅いわ」
「すまんな。あまりに話が長引いたのと、お前の客のあしらう上手さに驚いて見ていた」
信康は悪びれる事無く言う。
「いやぁプヨ王国このくにで露店みせを構えてそれなりになりますが、これほど商品が売れたのは初めてですね」
レギンスはシートの上に置いてあった品物が殆どない事に嬉しそうに顔を緩ませる。
「どうです。お嬢さん。今後はうちの店でアルバイトをしませんか? 時間給ですが、一時間で銀貨二枚出しますよ。売上次第では、追加報酬ボーナスだって弾みますとも」
「折角の魅力的なお誘いだけど、結構よ。もうアルバイト先なら見付けてあるから」
レギンスの勧誘に対して、惜しげも無く断るライリーン。
「そうですか。まぁ気が向いたら、また当店に来て下さい。大抵の日は、此処で商売していますからね。お嬢さんでしたら、何時でも大歓迎です。これは今回のアルバイト代です。迷惑料も含まれてますからどうぞ、遠慮無く受け取って下さい」
「・・・どうも。気が向いたら、そうさせて貰うわ」
ライリーンはレギンスからアルバイト代として大銀貨一枚を受け取ると、そう言って立ち上がる。そして、安堵の息を吐く。
いきなり店番を任されたので、気を張り詰めていたみたいだった。
(ふむ。俺からもこいつに店番の御褒美として、何か一つ買ってやるか)
そう思い、信康はレギンスの露店に残った商品を見る。
何か良い物がないかと探していると、赤いリボンが目に入った。
所々に銀色に輝いていた。
「おや、やはり旦那はお目が高い。それは銀糸と赤色の絹で作られたリボンですよ」
「絹か、ほぅ、中々良い手触りだ」
レギンスに勧められた絹と銀糸で作られたリボンを触り心地を、念入りに確かめる信康。
光に当てると、銀色に輝くので銀糸を使っているのは本当みたいだ。
「幾等だ?」
「そうですね。旦那はお得意様ですし、それにお嬢さんには店番をして頂きましたからね。本当なら金貨一枚請求する所を、今回は特別価格で半額の大銀貨五枚でどうでしょうか?」
「大盤振る舞いだな。じゃあ、それで頼む」
信康は財布から大銀貨を五枚出して、レギンスに渡した。
「毎度、ありがとうございますっ」
レギンスは紙の袋に買った商品を入れる。
信康はその紙袋をそのままライリーンに渡した。
「えっ?」
「今日は大変だったからな。感謝と詫びの印だ」
「別に良いわよ」
「気にするな。いきなり、店番をさせたんだ。これ位、贈らせてくれ」
信康はライリーンの頭を軽く叩く。
「・・・・・・仕方無いわね。これは迷惑料として貰うわ」
「おう、そうしろそうしろ。お前がこいつを受け取ってくれないと、俺はそのまま持て余してしまうからな」
「贈物プレゼントを渡す女になんて、困ってもいない癖に・・・・・・言っておくけど貰ったからと言っても、私が着けるとは限らないわよ」
「ああ。それは個人の勝手だから、好きにしてくれ。だがそのリボンはお前の黒髪に合うと、俺は思うぞ」
ライリーンの辛辣とも取れる言葉に、信康は気にしないとばかりに手を振る。因みに最初の部分は小声だった所為か、信康は聞き取れていなかった。
「そう。じゃあね」
「何なら、寮まで送るが? お前さえ良ければ」
「これから用事が有るのよ。丁度待ち合わせまでの時間を潰せたから、そういう意味では感謝するわ。小遣い稼ぎも出来た事だから」
「そうかい」
「じゃあ、さよなら」
ライリーンはそう言って、信康達から離れて行った。
「さて・・・俺も用事は終わったし、帰るとするか」
「そうですか。今後とも御贔屓に」
「ああ。改めてお前とは、長い付き合いになりそうだ」
信康は手を振って別れた。
レギンスと別れた信康は、何処にも寄り道せず兵舎に戻った。
兵舎に戻ると先ず向かったのは、自分の部屋ではなくとある人物の部屋に向かう。
「えっと、確か・・・三号棟の三〇一号室だったな」
その人物はその部屋に住んでいた。
後になってヘルムートに訊いたのだが、一号棟は全階男性しかいない。二号棟は一階と二階は男性で、三階は女性の混合になっており、三号棟は女性だけだそうだ。
『こうした方が男女の諍いが減るだろうしな。まぁ女傭兵を口説いて夜を共にするかもしれないが、其処は各自の自己責任にする事にした。代わりに各部屋の防音対策は完璧だ。前の兵舎みたいに声が漏れる事はない』
とヘルムートは信康の顔を見ながら言った。
信康は何とも思っていない顔をしていたが、ヘルムートは何も言う事はなかった。
「っと、この部屋か」
信康は三号棟に入ると、女性隊員達の視線を感じた。三号棟は現在女性専用なのだから、男性である信康が注目されるのは無理も無い話だ。そんな視線を無視しつつ、目的の人物が居ると思われる部屋に向かった。そして、その部屋の前に着いた。
未だに女性隊員の視線を感じているが、信康は咳払いして扉をノックした。
「どなた?」
「ああ、信康だ」
「開いているから、どうぞ」
部屋の主がそう言うので、信康は扉を開ける。部屋に入ると、別に信康の部屋と同じ作りであった。
ただし、一部違う所があった。
隣と隔たりとしてある壁が、何故か取っ払われていた。部屋を出る事なく隣に行く事が出来ていた。
「・・・・・・隣の部屋は誰が住んでいるんだ?」
信康はこの部屋の主に声を掛ける。
部屋の主は、紙に何かしら書いている最中みたいで、信康の事を一切見なかった。
「隣が妹のメルだったから、仕切り壁を取っ払ったのよ。行き来が楽だし、部屋が広くなるから。管理人に無断でやったから後で色々言われたけど、お金はちゃんと払ったから許してくれたわ」
そう言うのは、イセリアであった。
テーブルには何かの管で繋がったフラスコやら、作業中なのかランプで何かの金属を焙っていた。
更には何かの液体で満たされた容器の中には鉱物やら、何かの動物の標本などが置かれていた。
床にも紙が足の踏み場もない程に、無造作に散らかっていた。
その紙には何かしらの絵が描かれていたが、書いている途中で失敗したのか大きくバツ印が入っていた。
信康はその紙を一つ手に取り見る。
紙には、魔鎧が描かれていた。
「これは?」
「床に散らかっているのは、構想の段階でイマイチだったから、没になった物よ」
イセリアはこちらを見ていないのに、信康が何を見ているのか分かっているよう言う。
恐らく、地面に散らばっている物は大体何が置いてあるのか分かっているのだろう。
「そうかい。ところでメルティーナは?」
「お茶の葉が切れたから、買いに行かせてるのよ。ついでに、色々と買いに行って貰っているわ」
「買い物?」
「ええ、頼まれていた物の改良と連弩の開発する為の部品よ」
「そうか」
信康はそれだけ言って、さっさと要件を伝える事にした。
「ああ、試作で開発した物の事だが」
「なに? 持っているお金の金額に関して、問題でも起きた?」
イセリアは信康が何を訊いて来るのか想定して、当てずっぽうでそう訊ねた。
「いいや。金に関しては、何も問題は無いぞ」
「本当に? 無理はしなくても良いのよ? もっと完成度クオリティを下げれば、更に安く作ろうと思えば可能だもの」
「待て待て。流石に其処で手を抜いた所為で、部下が死んだら寝覚めが悪いからな。事前に言った様に掛かる費用は全て、俺が全額支払うから」
「・・・何か、軽く言ってくれるわね」
イセリアは作業の手を止めて、信康を見る。
「貴方、言ったでしょう。注文する数量しだいだけど、貴方の分の百倍以上掛かるかもしれないって」
「だからその百倍以上の金額を、即金で払ってやると言っているんだよ」
「はぁっ!?」
イセリアは不審な物を見る様な目で、信康を見る。
そんな目で見るので、信康は証拠を見せた方が早いと思い胸ポケットから虚空の指環を取り出して指に嵌める。
「それって、異次元倉庫じゃない。何処でそんな高価な魔法道具を?」
「俺の実家の宝物庫の中で、死蔵されていた物だ。開け、ゴマ」
そう言って、信康は虚空の指環を起動させて、黒穴を生み出して其処から金塊を二本ほど出した。その金塊をイセリアに渡す。
「ち、ちょっ!?」
イセリアは驚きのあまり、目が見開いていた。
「これだけあれば、今後の開発資金になるだろう。足りなかったら言えよ」
「・・・・・・え、ええ、分かったわ」
イセリアは渡された金塊を触ったりこすったりしていた。
偽物かメッキじゃないかと、真偽を調べているのだろう。
「本物・・・みたいね?」
「当たり前だ。偽物なんか渡しても、直ぐバレるし不味いだろう」
「これ、どうしたの?」
「俺の財産の一部だ。とある銀行強盗事件に巻き込まれて、偶然手に入れた代物になる」
「銀行強盗事件って、まさかこの前のっ!?」
「その銀行強盗事件だ。正確に言えば、その銀行強盗の連中を殺害してから、奪った代物だな」
「何だ。それなら良いわ」
イセリアはそう訊いて、安堵の息を吐いた。それから信康に貰った金塊二本を、収納の魔法で収納した。
「じゃあ、この金塊を開発資金に使わせて貰うわね」
「頼む。ああ、それと・・・少しくらいなら、懐に入れても良いぞ」
「馬鹿言いなさい。そんな事する訳無いでしょう。ちゃんと頼まれた物を作るから、楽しみにしておきなさい。おっほほほほほっ!!」
十分な資金を信康から貰い、嬉しそうな高笑いをあげるイセリア。
それを見て、これなら大丈夫だろうと安堵する信康。
「じゃあ、出来たら報告してくれ」
そう言って、信康は部屋を退室した。
部屋を出ると、信康は軽く伸びをした。
「ん~・・・さてと。後はどんな物が出来るか楽しみにしつつ、小隊の調練に励むとするか」
信康は明日からどんな調練にするかと考えながら、自分の部屋に戻った。
翌日。
学園にあるとある寮。
ライリーンは起床するなりベッドから降り、直ぐに寝間着から私服に着替えて髪を三つ編みにする。
その際、髪を止めるのはリボンであった。
「・・・・・・・・・・どれにしようかしら」
ライリーンはどのリボンで結うか考えていた。ライリーンは読書だけが趣味ではなく、リボン集めも趣味にしていた。
その日の気分で、結うリボンの色を選んでいた。
今日はどれにしようか悩んでいた。
そうして悩んでいると、偶々目に入ったリボンがあった。
そのリボンは信康がプレゼントした物であった。
「・・・・・・・・・今日はこれにしましょう」
誰に言っているのか分からない口調で、ライリーンはそのリボンで髪を結う。
そして、支度を終えると朝食を食べ終えると、ライリーンは寮を出てアルバイトをしている喫茶店に向かう。
向かっていると道の向こう側から、誰かがライリーンに声を掛けてきた。
「おっす」
「おはよう。レズリー」
ライリーンはレズリーに朝の挨拶をする。
「今日は機嫌よさそうだけど、何かあったのか?」
「別に」
「そうかい。そう言えば、今日はいつもの地味なリボンじゃないな。買ったのか?」
「違うわ」
ライリーンは一度区切った。
「知り合いに貰ったの」
「へぇ・・・・・・」
ライリーンが嬉しそうに微笑んだ。
それを見たレズリーは珍しい物を見たという顔をした。
「なに?」
「いや、お前でも笑顔を浮かべる事があるんだなと思ってさ」
「? どういう意味?」
「分からないなら、言っても無駄だな」
苦笑するレズリー。
ライリーンは首を傾げながら、そんなレズリーを見た。