第123話
プヨ歴V二十六年七月四日。昼。
大会議室で会議を終えた信康はそのまま午後の調練には参加せず、これから自分は用事があると言って、ルノワに第四小隊を任せていた。
傭兵部隊の兵舎を出た信康は、ある人物を探した。
(レギンスの奴・・・行商人と言っていたが、前に居た所に居るだろうか?)
信康が探している人物は、自称行商人のレギンスだ。
しかしあのレギンスが、只の行商人ではないと分かっている。なので色々な話を聞けると思い、レギンスを探す事にした信康。
目的もなく探していると、意外な人物と出会った。
「・・・・・・・・・」
ライリーンが何かの本を読みながら、街道を歩いていた。
歩きながら本を読むのは危ないだろうと思い、信康は声を掛ける。
「其処のお嬢さん。どうです。美味しい茶を飲める店を知っていますので、一緒に行きませんか?」
我ながら自分でも臭いと思う台詞を吐いたなと思いながらも、ライリーンに声を掛ける信康。
流石にこう言われたら、普通に声を掛けるよりかはまだ反応するだろうと思った。
「・・・・・・・・・・」
ライリーンは全く反応が無かった。
読んでいる本に集中しているのか、頁を捲る以外の動きは無い。
それでいて道に足を引っ掛ける事も人にぶつかる事もなく歩いているのだから、素直に凄いと思う信康。
しかしそれでも誰かにぶつからないか心配になり、信康はライリーンの後を追い掛けた。
「・・・・・・・・・・・・」
ライリーンの歩幅に合わせながら、隣で歩く。
信康は隣に居るライリーンを見る。
どれだけ視線を送っても、ライリーンは全く気付いた様子は無かった。
(何だ? 歩きながら読む程、面白い本でも読んでいるのか?)
信康は其処が気になって、ライリーンの横から顔を覗かせて中身を見る。
読書は嫌いでは無いので、其処まで面白いなら読んでみたいと純粋に思った信康。
しかし信康が横から読もうとしたら、いきなり本が閉じられた。
「何か用?」
ライリーンは隣にいる信康を見る。ライリーンは信康よりも身長が低いので、上目遣いみたいに見られている気分になった信康。ライリーンは人形の如き美しさを誇る美少女なので、地味に破壊力が強かった。
「いや・・・本を読みながら歩いているのは、流石に危ないから注意したぞ。しかしお前は本に集中していて、耳に聞こえていなかった様だからな。ちょっと心配になって、隣を歩かせてもらったぜ」
「そう」
ライリーンはそう言って歩き出そうとした。
「おいおい、言う事はそれだけかよ」
「他にある?」
「うーん・・・・・・無いな」
「だったら、もう良いでしょう」
ライリーンは歩き出したので、信康は慌ててその後を追う。
「ちょっと、冷た過ぎないか? もう少し愛想良くしても良いと思うのだが」
「する理由が無いのだけど?」
「まぁ強要するものでも無いが・・・知り合いなんだから、少し位はしても良いんじゃないか?」
「気が向いたらするわ。じゃあね」
ライリーンは歩き出す。
「おい。だったら今、愛想良くしろよ。お前はさっきから淡泊過ぎるだろうよ」
信康は再び、ライリーンの隣まで歩く。
「そんなに淡泊だと、友達が出来ないぞ」
「別に友達なんて、要らないわよ」
「その歳で要らないとか・・・淡泊を通り過ぎて厭世家か、お前は?」
「違うわ。ただ友達にしたい人が少ないだけよ」
「いや、そこは努力して多くしたら良いだろう」
「そんなに沢山居ても、五月蠅いだけよ。重要なのは数では無く、質じゃなくて?」
「一理あると思うが、其処まで打算的にならんでも良いのではないか? 多くなる分には、賑やかになって楽しいと思うがな」
「私、五月蠅いのは好きじゃないの」
「俺もそうだが、少しぐらいなら良いと思うぞ」
「嫌よ」
信康は呆れたように溜め息を吐いた。
「やれやれ、人嫌いなのかそれとも淡泊過ぎるのか・・・・・・」
「・・・・・・別に、貴方には関係ないでしょう」
「まぁ、そう言われたらそうなんだが・・・やっぱり知り合いには、楽しく毎日を過ごして欲しいだろう」
信康としては友達うんねんよりもライリーンのその鉄仮面の様な表情を直した方が良いと思うので、そう言っているのであった。
「まぁ・・・そんな風に私の事を気に掛けてくれるのは、素直に嬉しいわ。ありがとう、ノブヤス」
ライリーンは信康と顔を合わせる事無く、そう言って感謝を述べた。仕方無くライリーンとは、こういう奴だと思う事にした信康。
(まぁ友達が居ない訳でも、無いみたいだしな。アメリアやレズリー、ナンナとは仲良くしているみたいだし・・・そう言えばナンナの奴、他に二人もライリーンと話をする奴が居るとか言っていたな。誰だ、その強者達は・・・)
「おや、これはこれはノブヤスの旦那。こんな所で逢瀬でしょうか? 今日も別の女性ですし、相変わらず隅に置けませんな~」
信康達に声を掛けるのは、シートの上に品物を置いた状態で商売をしているレギンスであった。
違うと言おうと思ったが、女性と一緒に居る時点でこれは逢瀬なのかと思う信康。
「・・・・・・違うわ。この人は他にも沢山女性が居るから、見向きもしないわよ・・・私なんてね」
「いや、そんな事は無いぞ。お前は凄い美人だろうが・・・・・・ってお前、俺が何時女と一緒に居る所を見た?」
「前に学園に来た時に、女性連れで来たでしょう? それも三人も」
そう言われて、ああっと思った信康。
確かに一緒に来たのはルノワ、ティファ、レムリーアと全員、女性だったと思い出す。
「ごほん。別に、全員が全員、俺の女という訳ではないのだぞ」
あの中にはレムリーアが居た。レムリーアはその時の面々の中で、唯一肉体関係が無かった。尤も、現状ではと言う四文字が前に付くが。
「そうだったのね。でも、何れはでしょう?」
「・・・」
信康はライリーンの言葉を、否定する事は出来なかった。
「そうやって気軽に女性に手を出していると、何時か背中を刺されるわよ」
「かもな・・・もしそうなったら、俺の墓に花を一輪手向けてくれ」
「嫌よ・・・何でそんな事をしないといけないのよ」
「ははははっ、確かにそうだな」
「あ、あの~私の露店の前で痴話喧嘩は止めて欲しいのですが・・・・・・」
レギンスは流石に露店の前で喧嘩をされたら、客が寄り付かないと思い控えめながら宥める。
「「痴話喧嘩なんかしてない(わ)」」
信康とライリーンは同じタイミングで、異口同音に同じ台詞を言う。
「いやはや、お二人は仲が宜しい御様子で・・・そんなお二人にピッタリな物がありますよ」
レギンスはシートに置いてある物を信康に見せる。
「そんな仲睦まじいお二人には、この鴛鴦の飾りなどは如何ですか? 今なら大銀貨一枚でお売り致しますよ?」
「いらん! というか、それを貰ってどうしろと言うのだ。お前はっ!?」
「おや、気に入りませんか? では他の物を」
「そんな事よりも、話がしたい。今良いか?」
「お話ですか? そちらのお嬢さんを放ってよろしいので?」
「こいつとは別に、逢瀬をしていた訳じゃない。だから特に問題など無い」
「そうですか。でしたら、お嬢さん」
レギンスはライリーンに話し掛ける。
「何かしら?」
「すみません、お嬢さん。ノブヤスの旦那とお話がしたいので、少々こちらの露店を見て頂けますかね?」
「どうして私が、貴方の代わりに店番をするのよ?」
「丁度居ましたからね。報酬は勿論お支払いしますから、少しの間だけお願いします・・・ああ、品物のお値段はこちらになります。値引き交渉とかは御勘弁を」
レギンスは懐から紙を出した。どうやら、品物の値段表みたいだ。
「じゃあ、お任せしますね」
「あっ、ちょっとっ!?」
「それでは、旦那。あちらでお話を致しましょう」
「ああ。分かった」
抗議の声を上げるライリーンを無視して、信康はレギンスの後に付いて行った。露店の方には一人残されたライリーンと、ライリーンの美貌に目を奪われて少し離れた場所で窺う数人の通行人がライリーンの様子を伺っていた。