第122話
プヨ歴V二十六年七月四日。朝。
傭兵部隊の養成所にある大会議室。其処で傭兵部隊の諸将たる、各小隊を預かる小隊長達が集まっていた。当然傭兵部隊副隊長の一人にして、第四小隊小隊長でもある信康もその面々の中に居た。
「あ~まだ少し痛いな」
昨日はルノワ達と一緒に酒場を貸し切って飲んだので、頭に軽く鈍痛を感じる信康。薬は飲んでも、まだ鈍痛があるみたいだった。因みに信康と共に飲みに行った隊員達は、タダ酒タダ飯という事で大いに飲み食いしていた。その結果、参加した半数の隊員が今も二日酔いで苦しんでいた。
「昨日は随分と、楽しんでいたみたいね?」
ライナは微笑みながら、信康に訊いて来た。
「あぁ、まぁな。楽しかったのは事実だ」
「んもうっ。どうせだったら、あたしも誘ってくれても良かったのに」
ティファは信康がルノワ達と一緒に飲みに行ったのを僻んでいるのか、拗ねた様子の口調で言う。
「普通に忘れてたよ。と言うか、ティファは何をしていたんだ?」
「その時間だったらあたしは、部隊の連中と一緒に飲んでいたと思うわ」
「本当マジかよ。まだ日も沈んでいない午後だったろう? 訓練の方はどうしているんだっ?」
ティファの第七小隊の練度が心配になって、信康は思わず訊ねた。するとティファから、思わぬ返答を受ける。
「あのね。訓練なんてもんは午前中に集中してやったら、午後は隊員の好きにさせるのが普通なのよ? 午後でも訓練している小隊なんて、ヘルムート総隊長とあんた達副隊長の四小隊くらいだからっ!」
「おいおい。それ、本当かよ。自分がサボりたくて、そんな適当なデマカセを口にしているんじゃないだろうな?」
「誤解を招く様な事を言わないでよ? 嘘なんて吐いていないもの。ねぇ、ライナ?」
信康に疑われたティファは、助太刀を依頼するが如くライナに訊ねた。
「そうね。ティファの言っている事は間違いないわ。私の第八小隊も、午後には訓練を切り上げるから。後は隊員達の好きにさせているのよ」
ライナがそう言うので、信康はリカルド以外の男性陣を見た。
「俺達もティファやライナ達と一緒だな。訓練でバテさせたら、元も子も無いからな」
「ああ、そうだな。バーンの言う通りだな」
「寧ろ、午後でも訓練している小隊の方が珍しいぞ」
バーン、ロイド、カインの三人は同意見みたいだった。自身が少数派である事を漸く理解した信康は、首を傾げながらリカルドとヒルダレイアに訊ねた。
「訓練と言うものは、一日中するものじゃあないのか? 完全な休息日を除いて」
「俺もそうしているよ。実戦に勝る経験なんて無いけど・・・以前まえにヘルムート総隊長も言っていたじゃないか。やっぱり訓練は重ねれば重ねる程、生き残れる確率が高いからね」
「あたしは大叔父に指揮官になった暁には、一日中訓練して部下を鍛え上げろって教わったから」
リカルドは経験で、そうしているみたいだ。対してヒルダレイアは、一風変わった意見であった。
「「「「「大叔父?」」」」」
ヒルダレイアの意見は一風変わっていたので、ティファ達は気になって食い付いた。そんなティア達の様子を見て苦笑しながら、ヒルダレイアはその大叔父に関して話し始めた。
「ええ。プヨの将軍だったから、その経験則で話していたのだと思うわ」
「プヨの将軍って言ったら、相当だぞ? そりゃ悪い意味で、例外も居るけど・・・それで、その大叔父は今何を?」
「一族の不祥事の煽りを受けてしまって・・・将軍職を辞職してから今は、旅に出ているのよ。死んだって報告は無いから、生きていると思うけどね」
「その大叔父。生きていたら何歳だよ?」
「今年で六十になるわね。まぁ殺しても死ぬ様な人じゃないから、心配はしていないのよ」
ヒルダレイアは苦笑しながら、その大叔父に関して話した。そう簡単に死ぬ人では無いと分かっているから、その様な反応が取れるのだろう。そしてヒルダレイアの話を聞いていた信康は、一人である確信を抱いていた。
(・・・・・・・ヒルダの大叔父って、もしかして、カールセンの爺さんか。うーん、言うべきか?・・・いや、言えば動揺するか。まだ黙っておこう・・・しかしヒルダを見れば見る程、似てないな)
あの豪快な老将が、ヒルダレイアの大叔父とはとても思えない信康。それに見た目が全然似ていないので、余計にそう思えた。
「大叔父って、あの人かい?」
「ああ、そう言えば・・・リカルドは大叔父と会った事があったわね。そうよ」
「そうか。あの人か・・・確かに元気な様子しか、俺には想像出来ないな」
リカルドは納得したのか、しきりに頷いていた。そんな二人の様子を見て、ティファ達はヒルダレイアの大叔父がどんな人物なのか気になり聞こうとしたら、扉が開いた。
「待たせたな。ちょっと人を呼びに行っていたから、大会議室へ来るのに時間が掛かった」
大会議室に入って来たのは、ヘルムートであった。まだ誰か入るのかと思っていると、前に視察に来たロペールが入って来た。
「おはようございます、ヘルムート総隊長・・・一つ訊きたいんですが、どうして少将閣下が居るんですかい?」
「今日はお前達には、伝えておきたい報告があるからな。俺の口ではなく、少将の口から報告を聞いて貰う」
ヘルムートの口からではなく参謀本部の人間が言うという事は、何か重要な情報が入ったという事になると信康達は直ぐに分かった。少しばかりだらけていた信康達も、背筋を正した。信康達の様子を見て、ヘルムートは空いている椅子に座る。ロペールもヘルムートの隣に座った。
「さて、報告の前に今日の定例会議を行う」
「今日の定例会議って、一昨日も昨日もそんな形式張った会議なんてしなかったろ? 総隊長は何を言っているんだ?」
「しっ!・・・総隊長は何事も形から、始めたい人なんじゃないかな? と言うかロペール少将が居るから、柄にも無く緊張しているのかもね」
信康は隣にいるリカルドと、ヒソヒソと小声で話す。
「あー・・・ゴホンオホン。其処、私語は慎む様に」
ヘルムートは信康とリカルドを一睨みした後、咳払いで誤魔化した。
「先ずは各小隊の状況を報告しろ。先ずはリカルドからだ」
ヘルムートがそう言うので、リカルドは今のの状況と自分の第二小隊をどの様な兵種を中心とした小隊にしたか発表した。リカルドが話し終わると、次はヒルダレイアであった。それを見て信康達は、小隊の番号順に各小隊の小隊長達が小隊の状況と希望する兵種を中心とした小隊にするか言うと思った。
しかし、ヒルダレイアの発表が終わると、次に来たのはバーンであった。バーンは思わず面食らいながらも、リカルド達と同様に自分の第五小隊の状況とどの様な兵種を中心とした小隊にするか発表した。それからバーンの後を、ロイド達が続いた。
「ふむ。リカルドの第二小隊は剣騎兵で構成された騎兵小隊。ヒルダの第三小隊は弓兵と騎兵で構成された弓騎小隊。バーンの第五小隊は重装歩兵で構成された歩兵小隊。ロイドの第六小隊は工兵と弓兵で構成された後方支援小隊。ティファの第七小隊は槍歩兵で構成された歩兵小隊。ライナの第八小隊は魔法使いと魔術師と弓兵で構成された後方支援小隊。カインの第九小隊は槍歩兵で構成された歩兵小隊か」
「ほう。此処までの話を纏めると騎兵小隊が二、歩兵小隊が三、後方支援小隊が二か・・・カルナップの第一小隊は騎兵小隊だから、全体的に非常に整って見えるな。アリスフィール殿下の苦言もあって、傭兵部隊を悪く言う耳障りな声も驚く程少なくなった。傭兵部隊で軍馬を運用しても、文句を言われる心配はあるまいよ」
「そうですね。実に喜ばしい話です。傭兵部隊の部隊編成も現時点で、問題はありません」
ロペールとヘルムートは、リカルド達の発表を訊いてそう思った。
それからヘルムートは、信康に視線を向ける。
「さて、最後にすまなかったが・・・ノブヤス、お前の第四小隊はどんな状況だ? どんな小隊にする予定になっている?」
「総隊長。どうしてノブヤスの順番を飛ばしてまで、あたし達を優先したのですか?」
ヒルダレイアは信康の順番を飛ばした理由が気になって、ヘルムートに訊ねた。リカルド達も気になっていたのか、一斉にヘルムートに視線を向けて注目する。
「ああ、それは・・・ノブヤスの発表が一番突拍子も無いものになると思ったんでな。最後に残しておいた」
「「「「「・・・・・・ああーー」」」」」
ヘルムートがそう言ったのを聞いて、リカルド達は納得した様子で声を上げた。ヒルダレイアとライナの二人は、苦笑するだけに留めた。そんなヘルムート達のやり取りを見て、信康はただ肩を竦めつつ襟を正し背筋を伸ばしてから発表し始めた。
「自分の第四小隊は現状、問題無しです。第四小隊の方は、混成小隊を予定してます」
「「「「「混成小隊?」」」」」
信康が口にした言葉を訊いて、ヘルムート達はオウム返しの如く復唱した。頭上に?マークを浮かべているヘルムート達を見て、信康は説明を続ける。
「自分が予定しているのは考えているのは、軍馬の代わりに疲労を感じず糧食も必要しない魔馬人形に乗った騎兵。次に連射可能な連弩を持った弓兵。最後に全ての隊員に軽くて頑丈で魔法障壁の魔法が付与された魔鎧を装着させる予定です」
信康が発表を終えると、大会議室はシンと静寂が訪れる。それから各々で開口して、大会議室が瞬く間に騒がしくなる。
「魔馬人形か。ノブヤスも考えたな。馬は人間の十倍は食べるから、それがあれば運搬する糧食が減るね」
「魔法障壁の魔法が付与された、軽くて頑丈な魔鎧・・・そんな凄いもんを開発出来る奴が居るのか?」
「そりゃ、あんた。そんな芸当が出来る奴なんて、あの魔学狂姉妹しか居ないでしょうが」
「確かにあの二人なら、そんな代物でも開発出来るでしょうね」
「「・・・」」
リカルド達は感心した様子で納得していたが、ロペールとヘルムートだけは沈黙して渋い顔をしていた。二人がその様な表情を浮かべている理由を察した信康は、先にある書類を全員に配布し始めた。
「便利な物、高性能な物は総じて高額になる・・・サンジェルマン姉妹によると、これが見積書になるそうだ」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
信康から配布された見積書を見て、ヘルムート達はその莫大な金額に絶句した様子で見ていた。まぁ普通ならそうなるよなと、信康は苦笑しながら先に開口する。
「今渡した見積書の金額が、経費で落ちるなどと微塵も思っていませんよ。・・・其処で総隊長、一つだけお願いがありまして」
「・・・何だ? 取り敢えず言うだけ言ってみろ」
ヘルムートは何を言う心算だと心中で震えながら、信康が次に言う言葉を待った。ロペール達も生唾を飲んで、信康が何を言うのか静かに見守っている。そして信康が言い放った言葉は、ロペール達の度肝を抜くものであった。
「第四小隊への軍備に関する予算は、鉄貨一枚も入りません。俺の財産かねで全て自己負担します」
「なっ!!?・・・何だとぉっ!!!?」
信康の言い放った言葉を聞いて、大会議室は騒然となる。ヘルムートとロペールはリカルド達を静かにさせた後、信康に訊ねた。
「冗談・・・じゃないよな?」
「こんな事は冗談で言いません。その代わり、第四小隊は俺の自由にさせて欲しいんですよ。ついでに第四小隊に回される筈の予算は、総隊長達八小隊で分けて貰って結構ですから」
「・・・解せんな。その様な莫大な財産を持っているならば、お前はどうして傭兵などしているのだ?」
ロペールが真剣な表情を浮かべて、信康にそう訊ねた。すると信康はフッと笑った後に、遠くを見ながらロペールに返答する。
「故郷で十一歳の時に初めて戦場に出て初陣を果たしてから今日までの七年間、その半分以上の月日を戦場で過ごして来ました・・・戦いとは最早、俺の生活の一部なんですよ。ロペール少将閣下」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・」」」」」
信康の過去を匂わせる発言を聞いて、ロペール達は再び言葉を失った。信康がその様な子供の頃から、戦場に出ているとは思わなかったからだ。
「ノブヤス、君は一体・・・」
「おっと、リカルド。過去の詮索は無しだぜ? 傭兵の暗黙の規則だろう?・・・それでロペール少将、ヘルムート総隊長。良いですよね?」
「・・・良いだろう。第四小隊に回される筈の予算はその分、他の八小隊に均等に増額される様に手配しておこう」
「ありがとうございます」
信康は席から立ち上がると、ロペールに向かって頭を下げて一礼した。
「・・・その、何だ。俺達、得しちまったな」
「ああ、ノブヤスに感謝しないとな」
バーンがそう言ったのを頻りに、リカルド達は信康に次々と感謝の言葉を述べた。単純に使える予算が増額されたのだから、喜ばない訳が無いのだ。それからヘルムートは心情を切り替えて、話を再開させる。
「ノブヤス、礼を言うぞ・・・さて、各小隊に関する会議はこれで終わりだが、最後にロペール少将から話がある」
ヘルムートは手でロペールに話を振る。
ロペールは一礼して、前を向く。
「今から話す事は、まだ軍部でも一部の者しか知らない情報なので口外しない様に頼む」
ロペールは一度区切り、信康達の顔を見る。
信康達も了解だと、首を縦に振る。
「昨日、カロキヤに潜伏している密偵から報告が届いた。トプシチェとカロキヤの国境に配備されていた征西軍団が、公都カロキヤに向けて出発した。公都カロキヤでの閲兵式を終え次第、占領しているアグレブに向かうそうだ」
それを聞いて、リカルド達は驚いた。
唯一人、信康だけは驚いていなかった。
寧ろ、漸くか言う気持ちすら信康にはあった。
「続報を待たねば分からぬが、早ければこの夏の間に戦争が起きるだろう。明日出陣する気持ちで、戦争の準備だけは怠らない様に。以上だ」
「では、これで会議を終わりとする。解散」
ヘルムートの言葉で、信康達は大会議室から出て行った。
部屋を出て行く信康達の顔は、真剣であった。
カロキヤ歴R十八年七月三日。夜。
時は少し遡り、信康達が会議を始める前日及び傭兵部隊第四小隊が宴会を開催している夜。トプシチェ王国とカロキヤ公国の国境沿いにある要塞の一室。
その部屋では、二人の影があった。
一人は部屋にある椅子に座る男性。もう一人は麗しい顔立ちした、赤髪翠眼の女性。
雪の様に白い肌をしており、耳が尖っているのでどうやら森人族の様だ。
「ふん。愛想のない女よ。まぁ、よい。森人族のそれも上位種である高等森人族は、皆お前の様なのか?」
男性は反応の無いヴェル―ガを見て、面白くんなさそうに鼻で笑う。
だが、ヴェルーガは其処で水を差す。
「ブラスタグス。例えあんたがもう少し若くても、あたし達を捕まえる際に交わした契約を果たさなければ、あたしを好きにする事は出来ないわよ」
「ええい、そんな事は分かっているわっ」
ブラスタグスと呼ばれた男性は気分を害したのか、ヴェルーガの頬を平手で叩く。
「あうっ」
バチンという音を立てて、ヴェルーガは倒れた。
「忘れるなっ!! その契約でお前達親子は儂が死ぬまで、儂の下に居るという事をっ」
ブラスタグスは時計を見る。
「さて、そろそろ一杯飲んでから寝るとするか。明日には公都カロキヤに向けて、出立せねばならぬからな」
ブラスタグスは座っていた椅子の近くにあるテーブルの上に置いてある、呼び鈴を手に取り鳴らした。
綺麗な音を立てて鳴った鈴。
少しして、部屋の外から二人の女性が入って来た。
その女性達も森人族エルフで、赤髪翠眼でヴェルーガそっくりの顔立ちであった。
「「お呼びでしょうか。ブラスタグス様」」
「儂は酒を飲んだら、もう寝る。お前達は、其処に居る母と一緒に部屋の掃除をしてから明日の出立準備を済ませておけ。それから儂は寝る前に部屋を一度見に来るから、部屋は綺麗にしておくのだぞ。良いな!!」
「「畏まりました」」
ブラスタグスはそれだけ言うと、部屋から出て行った。
女性達は耳を澄ませた。ブラスタグスが部屋から離れたのを確認すると、顔を抑えているヴェルーガに近寄る。
「母様、大丈夫ですか?」
「母様!? 何処か怪我をしていないっ!?」
二人の女性は母と呼ぶ、ヴェルーガの身を案じた。
「二人とも、心配しないで。あたしなら大丈夫よ」
ヴェルーガは顔を抑えながら、笑顔を浮かべながら、二人を元気づける。
だが、二人は顔を曇らせる。
「母様。顔を見せて下さい。顔の腫れを治します」
愛娘の一人が、ヴェルーガの顔に手を近づける。
赤く腫れた頬に手を近づける。
「光よ。傷を癒したまえ―――治癒」
愛娘がそう唱えると、手から光が生まれた。
光が温かくなり、ヴェルーガの赤く腫れた頬を少しづつ元に戻していく。
やがて、元通りの頬に戻った。
「ありがとね」
「いえ、私が出来る事はこれだけしかありません」
愛娘の一人は悔しそうな顔をした。
そんな顔をする愛娘の頭を、優しく撫でるヴェルーガ。
「大丈夫。あたしがこうして頑張れば、貴女達には被害は及ばないのだから、大丈夫よ」
「ですが、それでは・・・・・・」
愛娘の一人が、悔しそうに拳を握りしめた。
「大丈夫よ。生きていれば、その内、何か良い事があるわ。だから、ね。笑顔、笑顔」
ヴェルーガは二人を抱き締めながら笑う。
愛娘達は母親の笑顔を見て、辛そうな顔をする。
「さぁ、言われた通り早く着替えて掃除するわよ。じゃないと、戻って来たあの男にグチグチ言われてしまうわ。無駄な事を言われない様に、さっさと片付けてしまいましょう」
「「はい。分かりました」」
ヴェルーガは手を叩くが、二人の顔は暗いままだった。