第116話
養成所の野外訓練場の敷地の一部に、信康と小隊が集まっていた。
少し離れた所にはリカルド、バーン、カイン、ロイドの小隊が居た。
逆に女性陣の方は、敷地には居なかった。
何処かで部隊の隊員達と居るのだろうと、そう思う信康。
そう考えていると、自分を見る視線に気づいた。
(おっと・・・今は他人の事よりも、自分の方が大事だな)
「こほん。改めて、名乗らせて貰おう。俺は信康だ。この傭兵部隊の副隊長の一人であり、第四小隊の小隊長をする事になった。今後ともよろしく頼む」
そう信康が言うと、一人の傭兵が前に出た。
「あんたが小隊長って事だが、こんなに若い奴が俺達の上官なのかよっ!? おいおい、大丈夫か?」
男性の傭兵が、信康を見て大袈裟に呆れていた。
全員とは言わないが、何人かの傭兵達も同意とばかりに頷いていた。
「はははっ。活きが良いのが居るな。名前は?」
「オレか? オレはトッド・ライールだ。坊主、よく覚えておけっ」
信康にそう言ったのは、金髪碧眼の二十代ぐらいの男性であった。
「一応、聞いておくが。俺は何歳だと思っているんだ?」
「あん、そんなの十代ぐらいだろう?」
「ははははっ。その認識で間違いない。俺は今年で十八歳になったばかりだからな」
信康がそう言うと、風が通り抜けた。
ルノワとジーン以外この場に居る者は全員、本当に信康が十代だとは思っていなかったみたいで、その事実に驚いていた。
「本当に十代なのかよっ!?」
「嘘なんぞ吐いてどうする? そもそも・・・この傭兵部隊は完全実力主義だ。お前等の中にも、俺と同じ十代の奴も居るだろうが?・・・まさか其処らの騎士団みたいに人脈や地位で階級が手に入れられるなんて、馬鹿な考えを持っちゃいないだろうな?」
「ぐっ!?・・・・・・まぁ、それは良い。だが俺はお前の実力なんて知らんっ! だから小隊長として認める心算は無いぞ!」
「ふむ。そうか。他にこのトッドと同じ意見の奴は居るか?」
信康がそう訊くと、男女合わせて十人程が前に出て来た。
その中にはコニゼリアも入っていた。
「これで全員か?」
信康はもう一度そう聞いてみたが、誰も前には出てこなかった。
これ以上出てこない事が分かったので、信康は前に出て来た者達を数えだした。
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・・・・・全部で十三人か、思っていたよりも少ないな」
信康は腰に差している鬼鎧の魔剣を鞘ごと抜いて、地面に突き刺した。
「つまらん押し問答など、面倒な事をするのもはっきり言って嫌いでね。だから、こうしようか。今から俺を倒した奴は、この第四小隊の小隊長にしてやろう」
信康がそう言うと、前に出た十三人は目の色を変えた。
「本当だろうな?」
「嘘は言わない。もし、倒したらだ。倒した奴は、俺が総隊長に掛け合ってやる」
信康がそう言うと、傭兵達は互いを見て頷いた。
「さぁ、誰から来る? チームを組んでも良いぞ」
信康はニヤリと笑う。だが、ジーンとルノワは溜め息を吐いた。
「・・・・・・はぁ、困ったお方」
「あいつ、大丈夫か?」
「あの連中の動きを見て見なさい。ノブヤス様に勝てると思う?」
「・・・無理だな。バーンを瞬殺した奴だったか? そいつの事だけは気になるんだが、まぁノブヤスなら大丈夫だろう」
二人がそう話していると、誰よりも先じてトッドが前に出た。
「へっ、その舐めた事を二度と言えない様にしてやるよっ!」
「御託は良いから、さっさと来い。さっきから口しか動いていないぞ。それともまさか、本当に口先だけか?」
信康はトッドを嘲笑しながら、手招きした。
「シュッ!」
トッドは手の中に隠していた短剣を、信康の顔目掛けて投擲した。
小刀は真っ直ぐ信康の顔へと飛んで行く。
しかしこの程度の事は予想していたのか、信康は何と片手で短剣を難無く受け取るとそのまま放り投げた。
「まっ、まだまだっ!?」
トッドは短剣を投げたと同時に、駆け出していた。
しかし自分が投げた短剣を避けられると思っていたが、まさか受け止められるとは思っていなかった様で動揺していた。そしてそんなトッドの心情を、信康は見逃さなかった。
トッドは信康の顔を殴りかかったが、顔に当たる直前に手首を掴まれた。
「何っ!?」
「つまらん、遅いな」
信康は前に出た勢いを利用して、トッドを背負い投げした。
「がはっ!?」
地面に叩き付けられ、悶えるトッド。
しかし、信康は手を緩めななかった。
トッドの肩を足で踏みつけた。そしてトッドの腕を思いっきり引っ張った。
ゴキッという鈍い音を周囲に響かせた。
「!#$%&%$#&!#$&%#!&$!#%&$$!?」
声にならない悲鳴を上げるトッド。
信康が手を放すと、肩を抑えながら転がる。
「あっちに行って、治療を受けて来い」
信康はトッドを蹴り飛ばした。
腹部を蹴られたトッドはガハッという悲鳴をあげて、向こうへと転がされた。
信康は傭兵達を見て、一言だけ言った。
「次」
端的にそれだけ言う。
しかし、傭兵達は前に出てこなかった。
先程の鮮やかな手並みを見て、自分一人では敵わないと分かった様だ。
どうしたら良いかと、考えている傭兵達。
「だから別に、一人じゃなくても良いぞと言った? 何人かに組んでも良いから、さっさと掛かって来いよ」
信康がそう言うと、傭兵達は互いを見て頷いた。
十一人・・・が前に出て来た。
「一人で敵わないなら、何人かで組んで戦う。戦場では基本だな」
信康は別に卑怯だと、そんな女々しい事を言う心算は無かった。
寧ろ、誰かと一緒に戦うという判断力くらいは持ってもらわないと、この先、生き残れるか分からない。
なので、逆に安心していた。
「まぁ、俺一人で戦っても負ける心配は無いのだが・・・馬鹿正直に付き合ってやる義理も無いので、俺も手札を一枚切るとしようか」
信康はそう言うと、懐から影分身の魔符を出した。
「影分身」
ボンッという煙が上がったと同時に、信康が十一人程現れた。これで信康と傭兵達の間に、人数差は無くなった。
『えっ!?』
いきなり、信康が多数現れたので、傭兵達は目を点にしていた。
「何だ? まさか囲えば勝てるとでも思っていたか?」
「だとしたら、底抜けに甘いと言わざるを得ないな」
「安心しろ。俺を全員倒した奴は、本当に小隊長にしてやるから」
信康が代わる代わる話し出す。
『ひ、卑怯者!!』
信康がいきなり、沢山現れたので傭兵達は卑怯と言う。
「俺の故郷のこんな格言がある。『武士は犬とも言え、畜生とも言え。勝つが本に候』ってな」
「因みに、それをプヨ風で略すると」
「勝つ為には、手段を選ぶなという事だ」
「恨むなら、自分の見る目の無さを恨め。そして恥じろ」
信康は代わる代わる言ってから、一斉にに襲い掛かった。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それから数分後。
地面には信康に文句があった傭兵達が、揃って倒れていた。全員が全身を痙攣させて、しこたま殴られて顔をボコボコに腫らしていたり、折られたのか腕や足が曲がってはいけない方向に曲がっていたりしていた。
女性も信康に殴られていたが、腹部だけに留まっていた。その代わり、食べた朝食の消化物を吐いて口元が酷い事になっていたが。
「ふぅ、これで、終わりだな」
信康は汗を掻いた額を拭い、分身を消滅させた。
沢山居た信康達も、ボンッという音と共に消えて信康は一人になった。
「ふぅ~これだけの人数を出して使うと、結構疲れるな。人数の制御が今後の課題になりそうだな」
信康は倦怠感を感じる身体を引き摺りながら、他の傭兵達が居る所に戻ろうとした。
その瞬間、信康の死角からコニゼリアが飛び出し、掌底が横腹目掛けて飛んで来た。
死角から来たので、信康も防御も回避も出来なかった。
放たれた掌底は、狙い通り信康の横腹に当たる。
そのまま信康は吹き飛ばされると思われたが、信康は吹き飛ばされる事無くその場で回転した。
コニゼリアの攻撃を受け流したのだ。
その回転の勢い使って、信康はコニゼリアの首筋に手刀を叩き込む。
ドスッという音が響かせた。
狙い違わずコニゼリアの首筋に当たり、コニゼリアは気を失った。
「・・・・・・咄嗟だったから加減が出来なかったが、まさか死んでないよな?」
死角からの攻撃だったので、手加減出来なかった信康。
慌てて信康はコニゼリアの顔に、耳を寄せてみた。
呼吸音は聞こえるので、気を失っているだけであった。
「ほっ。まだ来たばかりなのに俺の所為で死なせたら、流石に問題だろうしな・・・・・・っ」
安心して気を抜いた所為か、信康は突然走った左脇腹の痛みに顔を顰める。
先程までは気を張っていた所為か痛みを感じなかったが、安心した所為で気を緩めてしまい痛みを感じる様になった。
一度痛みを感じると、もう一度気を張り直しても痛みは感じたままだ。
此処まで綺麗に勝ったのだから、最後も格好よくしたいと思って信康は痛みに耐える。
脇腹から手を放して、ポーカーフェイスにして隊員達の下に行く信康。
「どうだ? まだ、文句がある奴は居るか? 遠慮は無用だぞ」
信康がそう尋ねると全員、何も言わなかった。
新兵を代表してか、ケンプファが前に出た。
「もう誰も、小隊長に文句を言える奴など居ないさ。これからもよろしく頼む。ノブヤス小隊長」
ケンプファがそう言うと、全員も頷いてくれた。
それを見て、信康は安堵の息を吐いた。
「じゃあ、これからは俺の指揮に従うという事で良いな?」
ケンプファ達は、頷いてくれた。
「よしっ、じゃあ、これで第四小隊の入隊試験は終了だ。今日はもう休んでくれて良い。お前等、これからもよろしく頼むぞ」
信康が敬礼すると、ケンプファ達も敬礼してくれた。
そして信康はケンプファ達に倒れた挑戦者達を、医務室に連れて行く様に指示した。
ついでに信康も、脇腹の傷を診て貰った。
医者の見立てでは打撲だそうで、一日安静にしていたら治ると言われた。
一応、鎮痛剤だけ貰って医務室を後にした信康。
部屋に着くと信康はそのまま寝台に倒れ込み、そのまま眠りに着いた。
それから、かなりの時間が経過した。
信康は目を覚まして窓の外を見ると、もう既に夜になっていた。
自分の第四小隊の入隊試験等の事をしていたのは、午前中であった。
もう夜という事は、信康は半日あまり眠っていたという事になる。
自分でもこんなに眠っているとは思わなかった信康。
(自分でも思っていたより、疲労が溜まっていたのかな? しかし昼飯も晩飯も喰いっぱぐれた所為か、腹が減っているな。食堂に行けば何か食えるだろうか?・・・無理なら、自分で作るか)
そう思ってベッドから起き上がり、部屋を出ようとした信康。
ドアノブに手をかけようとしたら、扉が叩かれた。
「誰だ?」
ルノワかと思いつつも、訊ねる信康。
そして返って来たのは、意外な人物であった。
「コニゼリアです。お部屋に入っても、良いですか?」
扉をノックしたのは、コニゼリアであった。
信康は驚きつつも、扉を開けた。
「こ、こんばんわ」
コニゼリアはペコリと頭を下げる。
「何か用か?」
「あの・・・お腹を空かせていると思って晩御飯を作って来たので、一緒に食べませんか?」
コニゼリアの手には、大きなバスケットを持っていた。
もう片方の手には、酒の瓶を持っていた。
「・・・入れよ」
自分の小隊の小隊員でもあるし、晩御飯を作ってくれたと言うのだ。邪険にする事も無いなと思い、部屋に通した信康。
「お邪魔します」
コニゼリアはそう一言言って、信康の部屋に入った。