第10話
信康達は食事を終えると、満足気な様子で妖精の隠れ家フェアリーズ・コブレットを出た。
出る際、レズリー達に見送られた。
「素敵な店だったな」
「はい。店長からの御厚意で、今日は無料にして頂けました。思わぬ得をしてしまいましたね、ノブヤス様」
「善行は積むものだな。そう言う意味では、あのカルノーって馬鹿貴族に感謝してやって良い気がして来たぞ・・・ふっ。今度来る時は、一緒はジーンでも誘って行くか」
「そうしましょうか」
「このまま帰るのも何だから、少し寄り道しないか?」
「良いですね」
信康達は中央のケル地区に向かった。
経済の要と言える所なので、商業も盛んで多くの店がある。
信康達は店や露天を覗き冷やかしていた。
そうして時間を潰していると、装飾品類を売っている露店の前を通りかかった。
「其処の東洋人のお兄さん、何か買って行きませんかね? 隣に居る美しい黒森人族のお嬢さんの一つ贈物に」
「うん? 何を売ってるんだ?」
信康は足を止めて、商品を見る。
銀細工やメッキを使った装飾品を販売している様だった。
「う~ん、何かどれもパッとしないな」
「へっへへへ、其処に居る黒森人族のお嬢さんにピッタリの代物がありますぜ」
露天商が揉み手をしながら、信康に言う。
「ですが。値段はそれなりに」
「取り敢えず、その商品を見せてくれ。良い物だったら買ってやる」
「今からお出しますので、どうぞこちらへ」
露天商は信康を露天の奥へ誘うと、自分の後ろにある棚をゴソゴソと探して始めた。信康はルノワに外で待つ様に言ってから、露天の奥へ入った。
信康が露天の奥に入る間に見つけたのか、露天商が振り返ると手に布で包まれた物があった。
「これか?」
「ええ、どうぞ良く御覧になって下さい」
露天商が布を取り払うと、出て来たのは金の指環であった。
細工物としては見事な模様が施され、更に大きな紫水晶も取り付けられていた。
「これは・・・見事な細工だな。紫水晶も立派だ。表に出ている品々とは、比べ物にならない」
これまでの傭兵生活で各国を渡り歩いて来た所為か、奇しくも多くの美術品や骨董品、芸術作品を見て審美眼が鍛えられた信康から見ても、露天商が見せて来た指環は素晴らしい逸品と思える大層な代物だった。
「でしょう? 兄さんもお目が高い。この指環は狩猟神の指環と言いましてね・・・これには装飾品としての美術的価値だけじゃなくて、魔法道具としての一面も持ち合わせているんですよ」
魔法道具とは、魔力を宿った魔石を加工して作られた道具の総称だ。
露天商からそう聞いた信康は、改めて指輪をマジマジと見詰めた。
「・・・と言う事は、この狩猟神の指環とやらはそれなりの値段がするのか?」
「まぁ、こっちも商売なんで」
「ふむ、まぁ当然だな。幾らだ?」
「そうですね。仕入れ値を入れて、金貨百枚・・・と言いたい所ですが、今回は初回特典サービスで特別に金貨九十枚で兄さんに御譲りしましょう」
「ふんっ、口調が詐欺師みたいになっているぞ・・・因みに聞くが、その指環はどんな効果があるんだ?」
「この狩猟神の指環はですね。魔法障壁と唱えたら、ちゃあんと魔法障壁が出ますし、隠蔽と唱えると透明になって姿を隠せます。更に魔力吸収と唱えると、自然界に漂う魔力を吸収して持ち主に還元するという便利な機能が付いています」
「随分と便利な指環だな? 狩人どころか諜報員にとっても、垂涎物の代物だろう? 聞けば少なくとも数倍の値段がしても良い気もするが・・・因みに欠点は無いのか?」
あまりに利便性が高く高性能過ぎるので、却って胡散臭くなって怪しいと怪訝に思う信康。
信康が言う様に、狩人がこの指環を装備すれば、獲物が断然狩り易くなる。
そして反撃されて襲われたとしても、魔法障壁で身を守れば良い。
諜報員が使えば、諜報活動が断然し易くなる。
なので信康は、指輪について更に訊ねる事にした。
生物であれ物品であれ、弱点や欠点が存在しないものなどありえないと信康は思っているからだ。
「欠点があるとしたら、魔法道具ですから魔力を失えば、当然魔法は使えなくなります。魔法を複数同時に使えば、流石に魔力の消耗率は増大しますよ。ですが安心して下さい。指環に内蔵された魔力を使い切っても、自動的に魔力吸収を行使する分の魔力は確保されますから。最後に証拠をお見せましょう・・・先ずは、魔法障壁」
露天商がそう言うと、魔法障壁が露天商を包み込んだ。
信康が試しに小石を投げ付けると、魔法障壁が小石を弾いた。
信康は露天商から魔法障壁の強度は魔力次第である事と、攻撃を受ければそれだけ消耗も激しくなると説明を受けた。
それから隠蔽と魔力吸収も、信康の前で唱えて真偽を証明してみせた。
「・・・本当みたいだな」
「ええ、ですからどうです? 金貨九十枚するにしても、安い買い物だと思いますよ」
「お前の言う通り、実に安い買い物だな。中々良さげな魔法道具だし、魔法道具として性能を除外してもその指環には金貨百枚以上の価値がある。他の奴に買われても面倒だから、この場で即金で買わせて貰おうか」
信康は懐に入れている巾着から金貨を百・枚出して、躊躇する事無く露天商に手渡した。
「やるっ。最初に言った様に、この狩猟神の指環には金貨百枚以上の価値があるからな」
「・・・ありがとうございます。やはり兄さんは他の傭兵・・連中と違って、一味も二味も違いますねぇ。ああ、言い忘れていた事が一つだけありました。その指環は嵌める人の指に合わせて大きさが自動調節されますから、安心して贈って下さいね~」
露天商はそう言うと、布ごと狩猟神の指環を信康に渡す。
「ルノワ」
「はい」
露天の奥から出て来た信康は、購入した狩猟神の指環をルノワの左手の人差し指に嵌めた。
「こ、これは・・・・・」
「やる」
「しかし」
「良いから、受け取れ。日頃の礼だ」
信康はそれだけ言って歩き出した。ルノワは慌ててその後を追う。
「毎度、今度ともご贔屓に~」
露天商が手を振ながら見送る。