第114話
信康は中年女性の管理人に自分の客だと言って兵舎の中に入れて、アメリア達を自分の部屋へと通した。
「狭いかもしれないが、我慢してくれよ」
二人を部屋に入れると、信康は部屋に備え付けの家具の椅子を引いた。
それを見た二人は、信康が引いた椅子に座った。
信康は寝台に腰掛けながら、二人を見る。
「それで、こんな所に何か用か?」
信康がそう尋ねると、ナンナが先に応えた。
「此処の兵舎はさ、僕が使うジョギングコースの一つで、中間地点になるんだ」
「ふむ。それで?」
「ジョギングしていたら、アメリアが兵舎に入りたそうにしていたんだよ。其処で話しかけたら何か、君に用があったみたいでさ。それで誰かに呼んで来て貰おうとしたら、さっきの二人組の傭兵に絡まれて」
「それで、あの女の傭兵が助けてくれたのか」
「うん。そんな感じ」
ナンナが頷いたので、信康はアメリアに顔を向けた。
「私は・・・この間の事件が解決したと聞いたので、どうなったのか事情を聞こうと思いまして。勿論、公式発表は新聞で把握していますけど」
「そうか。まぁ、機密があるから詳しくは話せないが、お前等の情報で捕まえる事が出来たよ。ありがとな」
信康は感謝を込めて、頭を下げた。
「そんな、私は大したことはしていません。それに香水の匂いなんて正直、分かりませんから」
「香水? どういう事?」
「まぁ簡単に言えば、犯人の手掛かりになった物だよ」
「ふぅん、そうなんだ」
ナンナはそれ以上訊こうとはしなかった。
「それと、あまり此処には来ない方が良いぞ。傭兵ってのは、粗暴や野卑な奴も少なからず居るからな。下手に絡まれても、面倒だろう?」
「う~ん、大丈夫だと思うけどな~」
先程、絡まれたばかりだというのに、平然としているナンナ。
「・・・・・・お前のその楽観的な考えは、一体何処から来るんだ?」
信康は呆れて、溜め息を吐いた。
「まぁ、何か困った事があったら連絡を入れてくれ。出来る限り、手助けはしてやるよ」
「やった。じゃあ、早速、僕のジョギングを手伝ってっ!」
「いきなり過ぎるわっ!? 第一、もうそろそろ夕方だぞっ!」
信康はナンナの頭に、チョップを叩き込んだ。
「はっはは、冗談だよ。流石に」
信康は疑わしい目で、冗談だと言ったナンナを見る。
「はい、これからもよろしくお願いします」
アメリアは社交辞令で流してくれた。
その後、三人は雑談を交わしていた。
すると扉が、不意に扉をノックされた。
「ノブヤス、リカルドだけど、ちょっと良いかい?」
「リカルド? 入れよ」
信康がそう言うと、リカルドは扉を開けて部屋に入って行く。
「何か学園の客人が来たとか、聞いたけど」
そう言って、リカルドはチラリとアメリア達を見る。
だがお目当ての人物ではないと分かると、がっかりしていた。
(ああ、そう言えばこいつ・・・狙っているライリーンとアメリア達は同じ学園だったな。リカルドも馬鹿だな。今日会ったばかりだと言うのに、あいつがまた会いに来る理由など無いだろう)
リカルドは学園の関係者が来たと聞いて、てっきりライリーンが来たのかと思って信康の部屋に訊ねて来たみたいだ。そんな都合の良い考えをしているリカルドに、信康は心中で思わず嘲笑してしまう。
「・・・リカルド、こいつ等は、ナンナとアメリアと言うんだ」
「アメリア・ロズリンゼです。よろしくお願いします」
「僕はナンナ・チョークキーだよ。ヨロシク」
二人が挨拶すると、リカルドも気を取り直した。
「俺はリカルド・シーザリオンだ。よろしくお願いするよ」
ニッコリと笑顔を浮かべた。
元々貴公子然とした美形なので、余計に綺麗な笑顔を浮かべている様に見えた。
二人共、リカルドの笑顔に見惚れていた。
「ところで、御二人さん、聞きたい事があるんだが」
信康がそう問いかけると、二人はハッとした。
「な、何でしょうか?」
アメリアは顔を赤くしながら、信康に問いに答えた。
「ライリーン・ハイマサーはどんな娘なんだ?」
信康がそう問いかけると、リカルドがビクッと身体を震わせた。
「ライリーンさんですか。私達と同じ教室の同級生ですよ」
「あのクールな見た目だから、教室ばかりか同学年の男子から人気があるよね」
「ですね。私、何回か男子に告白されているの見ました」
「えっ!? じゃあ、ライリーンは誰かと付き合っているの?」
「いえ。興味が無さそうに、その場ではっきりと断っていました」
「うわぁ、ちょっと可哀そう」
二人の話を聞いているとアメリア達と同じ教室の同級生で、ライリーンはプヨ王立総合学園で人気はあるのだと分かった。
リカルドはアメリアの話を、真剣に聞いていた。
「あいつって、親しい奴は居るのか?」
「私とナンナは、良く話し掛けていますよ」
「後、レズリーもそうだね・・・もう二人居るけどね」
「レズリーもか。ほぅ、ちょっと意外だな」
信康の中では、レズリーは人付き合いが悪いと言う先入観を持っていた。ハンバードから重度の人見知りだと聞いているので、そう思ってしまうのも無理も無かった。
そう言った事前情報から、信康はライリーンに話し掛けるとは思っていなかった。因みにナンナが最後に口にしていた部分を、信康は聞き逃していた。
「レズリーはあれで、面倒見が良いからね」
「そうですね。妖精の隠れ家のバイトも、レズリーさんの紹介で雇って貰える様にしてくれましたから」
ナンナが言っている事が正しいと思っているのか、アメリアは頷いていた。因みにその間にリカルドはライリーンのアルバイト先を聞いて、脳裏に刻む様に妖精の隠れ家を記憶していた。
「それで良くレズリーさんや私達は、ライリーンさんと一緒に居ますね」
「ああ、そうだね」
「じゃあそのレズリーという娘も、君達と同様にライリーンの友達なんだね?」
「まぁ僕達から見たら、そう見えるね」
「少なくとも、仲は良さそうですね」
「そうか・・・・・・・」
リカルドはライリーンについて色々と情報を手に入れる事が出来て、ご満悦な顔をしていた。
「ところで、リカルド。何かあったのか?」
「ああ、そうだ。話をしていて、すっかりと忘れていた」
リカルドはここに来た理由を思い出して、手を叩く。
「総隊長が呼んでいるぞ。直ぐに会議室に来いだって」
「今日はもうお開きだった筈だが・・・そうか、分かった」
信康は立ち上がった。
「という訳で、悪いな。俺は会議に行くから、お前等も好きな時に帰って良いぞ。もしまた絡んで来る馬鹿が居たら、俺の名前を出して良いから」
「分かったよ」
「あの、鍵は掛けないのですか?」
「長期で空ける場合は掛けるが、会議室に行く位なら掛ける事はしない」
「不用心じゃあないか?」
「取られて困る様な物なんか置いてないからな。問題ない」
信康は手をヒラヒラさせた。
「じゃあな、見送りは出来ないが好きな時に帰って良いからな」
「うん。分かったよ」
「はい。分かりました」
二人の返事を聞いて、信康はリカルドと共に会議室に向かう。