第109話
信康達は会議室で引き続き、新兵名簿と睨めっこしていた。
ヘルムート達全員、脳裏ではどの様な小隊にするのか大体の姿形が決まっているのだろう。
それをより具体的にする為、どの人材を自身の小隊に入れるか思案していた。
一方の信康はと言うと取り敢えず新兵名簿を端から端まで見て、小隊の方向性より先ずは人員の確保を優先して選ぶ事にした。
(先ずは目に付いた人材を確保してから、小隊の方向性を決めるとしよう。騎馬兵を中心とした機動力重視で行くか、それとも歩兵を中心にするか。小隊に入るサンジェルマン姉妹の技術で作った兵器を主軸に据えた小隊にするか。う~ん、どれも甲乙付け難くて悩むな)
信康の頭の中では今の所、自分の小隊に入れるのはルノワとサンジェルマン姉妹は確定している。
なので其処からどういう人員を入れるか、考えさせられていた。
そう悩みながらも新兵名簿を見ていると、ある人物が信康の目に留まった。
Name トモエ・ハンガク(板額朝栄)
Age 十九
National origin 渤海
Sex 女
信康はこのトモエと言う女性に、目が留まった。
名前の横にはどんな人物か判別する為か、似顔絵があった。
紺色の髪をストレートロングにして、上品そうな顔立ち。
それでいて凛とした、明確な意志を感じさせる赤い瞳。
其処だけを見たら、気の強そうな一国の姫君に思える。
しかしこのトモエの額には、二本の角が生えていた。
角の尖っている部分が赤く、其処から後ろは根元まで黒いという珍しいツートンカラーの角をしていた。更に縦長の瞳孔であった。
角がありその上縦長の瞳孔を持っているのは、亜人類の鬼族の身体的特徴であった。
そして肌色は信康と同様、黄色人種のものであった。
「渤海か、あんな所からでも来るのか」
「うん? ノブヤス。このボッカイとやらが、何処なのか分かるのか? 字からしてどうやら、お前と同じ東洋から来たみたいだが?」
カインは丁度、信康と同じ一頁を見ていたのだろう。
トモエの欄に書かれている名前と国籍を見て、更に信康の独白を聞いて何か知っているかと思い訊ねた。
「ああ、地図上では俺の故郷の北東にある大きな島だ」
「其処はどんな所か、分かるか?」
「俺も詳しく知っている訳では無い。伝え聞く限りでは、大和の北東にあるので冬は厳寒な島で、国土はこの国の三倍はあると思うぞ」
「三倍か、それはかなり広いな。他には何かあるか?」
「後は妖人あやかしびと・・・じゃないな西洋風に言うと、多くの亜人類が生息している土地と聞いている」
「ほう。つまり亜人類の国という事か?」
「まぁ、そうだな。俺が故郷ではまだ深く交流があった訳では無いので、詳しくは知らない」
渤海。
信康の故郷である大和皇国の北東に存在する、島国だ。
大和皇国を追われたり大陸から流れたり、元々その土地で暮らしていた亜人類により出来た多民族国家だ。同時に地域一つで言語が異なる、多言語国家でもある。
建国して既に一千年程の月日が、経っていると言われている。
今でも建国する時から存在する五大氏族から、国王になる習わしがある。
信康が渤海に関して知っているのは、これ位であった。
「へぇ、じゃあ、お前だったら扱えそうだな」
「うん?」
カインの言葉を聞いて、少し疑問を感じる信康。
「なぁ、その扱えるってどういう意味だ?」
「そのまんまだよ。鬼族ってのは矜持が高くて扱いが難しいんだ。その上、人の数十倍の力を持っているから、怒らせると面倒なんだよ」
カインは実際に鬼族の傭兵に会って、酷い目にあったかの様に話し出す。
それを聞いて全員が、顔を顰めた。
「という訳で、ノブヤス。このトモエとか言う鬼族の女は、お前に任せた」
「えっ!? いや、ちょっ」
「お前らも、それで良いか?」
カインがそうリカルド達に訊ねると、一斉に首肯して頷いた。しかもその中には、ヘルムートも混じっていた。
「総隊長!?」
「いや、流石に俺も鬼族の扱いは手に余る。という訳でノブヤス、お前に任せる」
「・・・・・・はぁ、分かりましたよ。その代わり見返りとして、ジーンとレム・・・レムリーアを俺の小隊に入れさせて下さい」
「ジーンとレムリーアを? 俺は構わんが・・・女性陣の方はどうだ?」
女性傭兵の事は、同性の小隊長であるヒルダレイア達に訊くヘルムート。
「私は、別に良いわよ」
「こっちも良いわ。ライナはどう?」
ヒルダレイアとティファは、構わないと言う。其処で、ティファはライナにも確認を取った。
「こっちも問題ないわ。ああ、それとノブヤス。もう一つお願いがあるのだけど、良いかしら?」
「話からして、隊員の事だろう。ヒルダやティファに言ったら如何だ?」
「う~ん、二人だと手に余りそうなのよ。私の小隊はもう定員超過オーバーで預かれないから」
「もう、大体決まったのかよ・・・それで、そのあぶれた奴はどんな奴だ?」
自分の小隊の隊員が決まった事と、其処からあぶれた人物とはどんな人物なのか気になり、バーンはどんな人物なのか探し出した。
「三十七頁の上から三番目よ」
「おう、三十七頁の上から三番目っと・・・ああ、こいつか・・・・・・・って!?」
ライナからその人物の事が書かれている頁を教えて貰い、バーンはそのページを開き探してその人物の似顔絵を見て固まった。
「バーン? どうかしたのか?」
固まったバーンが気になり、話し掛けるリカルド。
「・・・・・・・・・」
リカルドが話し掛けても、バーンに反応は無い。その様子が気になり、信康達もライナが言った頁を開き、その人物を探す。
「上から三番目・・・・・・・・っと。ああ、この娘か」
リカルドは先に見つけた様で、その新兵名簿に書かれている頁を見た。
Name コニゼリア・ラエーブル
Age 十九
National origin 南方大陸
Sex 女
セミロングな茶髪。頭頂部に白い兎耳が付いている。明らかに兎獣人の特徴があった。
可愛らしい顔立ちで、人を安心させる雰囲気を出していた。
「どうかしたの? バーン」
ヒルダレイアはこのコニゼリアの似顔絵を見て、固まっているバーンに訊ねる。
仕事がら何処かであったのかと、信康達は思った。
しかし、真実は違った。
「・・・・・・・・・好みだ」
『はあっ!?』
信康達は全員、何を言っているんだこいつという顔をした。
「俺好みのマブイ子じゃねえかっ、めっちゃ好みだ。ライナッ」
「な、何かしら?」
「この娘だけど、俺の小隊にくれないか?」
『はあっ!?』
信康達は全員、再びこいつは何を言っているんだという顔をした。
「えっと・・・バーンだと、相性が悪いと思うのよ」
「其処はあれだ。同じ小隊になってから、距離を少しずつ縮めて行けば良いだけの話だ」
「でもこの娘は基本的に大人しいとされている兎獣人の中でも異質とされている、凶暴な首狩兎部族出身なのよ。バーンに扱えるかしら?」
ライナは頬に手を当てて困った顔をする。
首狩兎部族とは、ライナの言う通り獣人族の兎獣人の中では異質と言われる程の凶暴な種族で知られる。
勝手に自分達の縄張りに入った不法侵入者は、文字通り斬首される。また、非常に好戦的で知られている。
コニゼリアの出身の南方大陸はプヨ王国の南部にあり、亜人種が多数生息している。その中でもこの首狩兎部族は有名だ。
兎の特性を持っているので、斥候としても暗殺者としても有能だ。なので欧州の貴族達には、高値で雇われている。
「首狩兎部族の出か、これは確かにきついな」
「ああ、流石にバーンでも手に余るだろし・・・もしかするとノブヤスでも荷が重いぞ」
ロイドとカインは苦言を呈した。
だがそんな言葉など、耳に入る様子は無いバーン。
「首狩兎部族がなんだっ!? この世には、雄と雌しか居ねえんだよ!! だったらどんな部族の出だろうと、愛し愛されれば問題は無いだろう!!」
バーンは熱弁を振るうが、誰一人として同意はしなかった。
「確かに、世界には男と女しかいないけど・・・必ずしも上手く行くとは限らないだろう」
リカルドは勝手に一人で盛り上がる、バーンを宥めさせようとした。するとバーンから、思わぬ爆弾が投下された。
「おい、リカルド。そんな悠長な事を言っていると、お前のお目当ての娘がどっかの馬の骨に横から掻っ攫われても知らねえぞ!?」
「ちょっと待てっ!? 今はそれは関係無いだろうがっ!?」
リカルドは顔を真っ赤にしながら、話を反らそうとしたが遅かった。
「何だ。あいつ、好きな女でも出来たのか?」
「最近見かけて、一目惚れしたそうなの」
「それは、また」
ニヤリと笑う信康。
この場に居るヘルムート達も、笑みを浮かべた。堅物なリカルドの恋愛事情とあっては、興味を抱かない筈が無かった。
そんな生暖かい視線を感じたのか、リカルドは強引に話を変えた。
「そ、それよりも、今はバーンが言っていた娘の件が先だろう。ノブヤス、君も何か言ってくれよっ」
「分かった。で、リカルドが一目惚れした相手はどんな娘だ?」
「俺の事じゃなくて、バーンの事で話をしてくれっ!!」
「はっはは、すまん。ちょっと面白くてな。というよりも、バーン。こんな所で騒ぐぐらいなら、本人に直接声を掛ければ良いだろうが」
「な、何?」
信康に言葉の意味が分からないのか、バーンは頭に?マークを浮かべていた。
「だから本人に直接、俺の小隊に入らないかって声を掛ければ良いだろう? それでコニゼリア本人が承諾すれば、誰も文句は言い様が無い筈だ」
「そうかっ。その通りだなっ。流石だ。ありがとな、ノブヤスッ!!」
バーンは信康に感謝して、席を立った。
「待てっ!? バーン!!お前、隊員を選んでいる最中に何処に行く!!?」
「この娘を俺の小隊に入る様に、声を掛けて来まーすっ!!」
そう言って、大急ぎで部屋を出るバーン。
あまりの早さに、全員が言葉を失った。
「・・・・・・さてと、俺も行ってみるか」
信康は席を立った。
「ノブヤス、お前まで何処に?」
「うん。少し頭を冷やすのと、バーンの勧誘が上手く行くかどうか、見に行こうと思って。焚き付けたのは俺だから、見届ける義務があるだろう」
「お前まで何を言うかっ」
頭が痛そうに抑えながら、首を横に振るヘルムート。
「ちゃんとバーンも連れて帰って来ますよ。総隊長」
「ああ、もう好きにしろ」
ヘルムートは野良犬を追い払う様な仕草をして、信康の好きにさせた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
信康が出て行くとその後にロイド、カイン、リカルドと続いた。
「お前等までっ!?」
「面白そうだからな」
「賭けるか? 俺は小隊に入るが、恋は失敗する方に銀貨三枚」
「ロイド、それは流石に可哀そうだよ」
信康達は好き勝手に良いながら、件のコニゼリアが何処に居るか探した。