第107話
プヨ歴V二十六年六月二十九日。昼。
ヘルムートが言っていた通りに募兵に応募した、傭兵部隊への入隊希望者の第二陣が兵舎に到着した。
応募者の中には傭兵らしく、武装した恰好の者も居たがそれでも半数に満たない。残りの半数の中にはこういった仕事を初めてするみたいで、明らかに周りから浮いている者達も居た。そして傭兵ではないが、それなりの武芸を修めている武芸者達も居た。
傭兵と言う職業は食い詰めたならず者、農民だけではなく仕官も目的で稼ぐ武芸者などがなり易い。
なのでならず者、農民、武芸者といった者達が居るのは不自然では無い。尤も経歴を調べて罪を犯して指名手配中の犯罪者は、傭兵部隊に入隊出来ずにその場で取り押さえられて逮捕され、そのまま警備部隊に引き渡されている。
そんな第二陣の中ではっきりと場違いだと断言出来る程に、この傭兵部隊に居るのにふさわしくない者達が居た。
その者達は、女性の二人組であった。
何故不自然なのかというと、二人の格好が中々過激な格好だったからだ。
一人は、生地は紫で肌にピッタリとフィットしていた。胸元の谷間を露出させ、纏わりつくスカートは太腿をまであらわな大胆なスリットが入っていた。
まるでイブニングドレスみたいだ。何処かの社交界に出るのかと、そう思われて仕方が無い格好であった。
ウェーブがかった黄金色の長髪。右目が紅玉石で、左目が蒼玉石みたいな瞳を持った金銀妖瞳。
何処か、人形めいた美貌をしていた。
年齢は二十代くらいと思われる。胸の大きさは十分にあり、腰も尻も引き締まっている。
実にスレンダー寄りな体型と言えた。身長は女性としては、平均より少し高い方であった。
もう一人の女性の方も凄かった。
上胸と腰骨まで露わになった、ワインレッドのボディコンスーツが身を包む。長い足には半ばまで服と同じ色の、ワインレッドのニーソックス。足元は黒のハイヒール。
背には長い、ロイヤルブルーのマントを羽織っていた。
その女性も容姿も身に包んだ、ボディコンスーツに負けない容姿であった。
彫りの深い目鼻立ち。紺碧の瞳。乳白色の肌。金色の長髪。
女性としては平均より少し背が高く、足も長い。
その上、乳牛みたいな大きな胸。ほっそりとした腰。安産型のデカい尻。
男性ならば目は離せず、女性なら羨ましがるグラマラスな身体付き。
こちらも二十代くらいだと思われる。
一緒に此処まで来た隊員達も、女性達が気になるみたいでチラチラと見ている。しかし手を出そうと試みる者は、一人も居なかった。何故ならこの道中でこの二人に手を出そうとして、手酷い制裁を受けているのを知っているからだ。なので視線だけを女性達に向けていた。
「お前達が徴募に応じた、第二陣の者共だな?」
兵舎の前で待っている傭兵達に、声を掛けたのはヘルムートであった。
自分が率いる傭兵部隊に来る入隊希望者なので、出迎えに来たみたいだ。
そのお供で信康達、傭兵部隊の諸将も居た。
これには明確な理由があり、目ぼしい隊員に先に目を付けておこうと言う思惑があるからだ。
そして第二陣の傭兵達の確認を取り、兵舎の案内をした後の会議を行う。議題は諸将が自分の率いる部隊の隊員を選出する為の人事会議だ。
信康は第二陣の多さに喜びながらも、選出が大変だなと思っていた。
それはリカルド達も同様であった。
ヘルムートは名簿を流し見しながら誰が誰なのか、何を得物にしているのか確認している。
信康達はヘルムートの後ろで立、っているだけであった。見た所、暇そうであった。
「・・・・・・暇だな」
あまりに、暇なので隣に居るリカルドに話しかける信康。
「そうだな」
リカルドも暇だったので、話に乗った。
「この第二陣って、何百人居るんだろうな?」
「確か、四百五十人程らしい。第一陣は四百人だったね」
「全部で八百五十人か。総隊長は八百人前後だと言っていたが、多い分は別に問題無いか」
「ああ。傭兵部隊は百九十八人居て、この前の事件で少し死んで十三人減ってそれから八百五十人足されて一千と三十五人になる。減った分多めに補充されると思えば良いと思うよ」
この前の事件というのは、無論グランの件だ。
グランを捕まえる際、十三人もの隊員がグランの攻撃により死亡した。
その補充も出来ると考えれば、これほど良い事は無い。
「・・・・・・あいつ等、可哀そうだったな」
「ああ、そうだな」
そう言って、リカルドは拳を握り締める。
今回の件で死んだ隊員達には、何の補償もされ無かったのだ。
それどころかその犠牲があって捕まえたのに、その手柄は警備部隊が捕まえた事にされた。アリスフィールのお陰で、裏では報酬を貰えたのは良かったが。
リカルドは生存している自分達だけで無く、死亡した隊員達にも何らかの補填されるべきだと、プヨ王国軍上層部に奏上したそうだ。
だがプヨ王国軍上層部は死亡した隊員達への補償を拒否しこの件を何度上奏しようと取り合わないという主旨の言葉で書かれた手紙が、リカルドの下に届けられた。
結局リカルドの願いは叶わず死亡した隊員達は教会で葬られ、共同墓地で眠る事になった。
死亡した隊員達は全員、プヨ王国に身寄りの無い外国人であった。遺族が居なければ、騒ぐ者は居ない。この事実もまた、プヨ王国軍上層部が頑なに補償しようとしない要因だと思われた。
「リカルド。いい加減、頭を切り替えろよ。何時まで引き摺っている心算だ? これ以上、この件を引き摺っても、仕方が無いだろうよ?」
「バーン・・・ああ、分かっているよ。分かってはいるのだけどね」
リカルドの心情を察して、バーンが諌めた。それでもリカルドは、不満たらたらな顔をしていた。
信康はリカルドの様子を見て溜息を吐いた後、話を逸らす為にヘルムートが確認している傭兵達に水を向ける。
「ほら、リカルド。あそこにいる女傭兵達を見ろよ。綺麗だぞ。正直、こんな所に居るのだが不思議なくらいだ」
信康がそう言うので、リカルドも興味が湧いた様で、その女性達に目を向ける。それはバーン達も同様であった。
「何処に居るんだい?」
「ほら、あそこに居る奴等だ」
信康が顎で指し示すと、リカルド達は指し示された方向を見る。
最初は興味津々な顔をしていたリカルド達であったが、その女性達の顔を見て顔を青褪めて行った。
「ん? どうした? 大丈夫か? 顔が真っ青だぞっ」
「あ、あああああ・・・・・・・・あ、あの二人も、居るのか・・・・・・・・」
その反応を見る所、知り合いみたいだがあまり親しくない知り合いだと理解する信康。
「リカルド、皆もどうかしたの?・・・・・・・・げぇ!?」
リカルド達の視線の先が気になったのか、一人だけ話に無参加だったヒルダレイアが目を向けた瞬間に露骨に嫌そうな顔をした。
「何だ。ヒルダも知り合いなのか?」
「え、ええ。知り合いと言えば知り合いね。縁を切りたい方のね」
人当たりの良いヒルダレイアが露骨に嫌そうな顔をするのが気になり、信康はどんな女性達なのか訊ねた。
「誰なんだ。あの二人は?」
「ねぇ、ノブヤス。貴方は『魔学狂姉妹』って言う、異名持ちの姉妹を知っている?」
「ああ、名前だけだったら」
ヒルダレイアに問われて、信康はそう答えた。
「確か魔法と錬金術の両方を極めた、天才姉妹だろう」
「そう。その独自の理論で作られた魔力を動力にした装置で作られた魔法人形を動かすとか、魔力を動力にした新兵器を作り出すとか、色々な噂がある姉妹よ」
「と言う事はただの魔法使いじゃなくて、魔女族の可能性でもあると言う事か」
錬金術と魔法を極めたと聞いて、信康の脳裏にふと引っ掛かる者が居た。それは美幼女姿の魔族であった。
(ああ、居たな。確かあのちっこいの)
そう言えばこの所、顔を出していないなと思った。
(戦いが終わって、一息ついたら顔でも出すか。放置し過ぎて拗ねられても面倒だ)
そう思う信康。
「ねぇ、聞いてるの? ノブヤス」
「聞いているよ。それで、何で二人は嫌そうな顔をするんだ?」
「それはね。この国とは別の国で雇われた戦場で、あの姉妹は敵側で居たのよ」
信康は其処まで聞くと珍しくも無い良くある傭兵事情だなと思いつつ、ヒルダレイアに話の続きを促した。
「その戦争では、あたし達を雇った国の惨敗よ。あの時は死ぬかと思ったわ」
「そんなに強かったのか?」
「ちょっと違うわね。あの二人が作った魔法人形が文字通り大活躍したのよ」
「魔法人形が? 魔法人形と言っても、所詮は玩具みたいなものだろう? そんな玩具に負けたのか?」
信康は魔法人形を見た事がある。
戦場でも錬金術師は、出て来る事がある。その時に魔法人形が出て来る。
魔法人形を作れるのは、錬金術師か魔法を使える者のどちらかであった。
だが大抵は錬金術師だ。魔法を使える者は、魔法人形を作るよりも使い魔を作るからだ。
魔法人形の材料は大抵は土だが、稀に木材、鉄や金属が使われる。
倒す為には動力源である魔核を破壊する必要があるのだが、それが面倒なのだ。人間と違って、心臓の如く決まった場所には存在しない。魔法人形によって魔核の位置が違うのだ。
しかし、信康は面倒なので、斬り刻んで破壊する。それだけだ。
なので、信康の中では魔法人形とは、人間より頑丈程度の印象しか持っていない。
「馬鹿言わないでよっ!? あの姉妹が作った魔法人形はね。金属なのだけど、魔法は効かないし硬いから剣も槍も通らない。その上数が千体も居たのよ」
「千体!? それはまた、多いな」
「でしょう。お蔭で私達を雇った国は負けたわ。あの時の退却は本当によく助かったわ」
「剣も槍も通らない上の、魔法も効かないか。確かに厄介だな」
「ええ、リカルドもその時の記憶を思い出しているのでしょうね・・・因みに戦争の結末だけど、あの姉妹を雇った国が勝って私達を雇った国は滅亡したのよ。だけど戦争後に魔法人形に掛かった費用の支払いを拒否した所為で、姉妹から報復として宝物庫とかにあった国の財産を根刮ぎ奪われたらしいわ。それで恩賞とか用意出来なくて貴族達に反乱を起こされて、更に混乱中の隙を突かれて別の国に攻め滅ぼされたらしいわよ」
「ははっ。聞くだけ聞くと、その国は自業自得だと思うがな。しかしそれで、こんな顔をしているのか。漸く理解したぜ」
信康は頷いた。そして気になるの事をヒルダレイアに訊ねた。
「因みに、二人の名前は?」
「確か姉がイセリア・フォル・サンジェルマンで、妹の方がメルティーナ・フォン・サンジェルマンね。聞いた話によると胸が大きい方が姉で、小さい方が妹よ」
「そ、そうか・・・フォルに、フォン? という事は貴族か」
「そうらしいわね。まぁ、祖先が祖先だから、貴族らしい事はしてないんじゃあないのかしら?」
「祖先? そんなに有名な祖先なのか?」
「私も詳しくは知らないけど、大昔にあった名も無き皇国ティル・ナ・ノーグの貴族を祖先に持っていて、その祖先も錬金術に嵌っていたそうよ」
「へぇ、そうなのか」
信康は改めて、サンジェルマン姉妹を見た。
姉妹を見比べて見ても甲乙付けがたく、両方とも魅力的な事には変わりない。
(そのうち、口説くか)
そう心に決めた信康。そんな信康の心情を察して、ティファだけは溜息を吐いて呆れていた。