第106話
報告が終わると同時に、アルマはヘルムートにだけ一礼してから食堂を退室した。アルマが食堂から退室したのを見て、信康達も退室しようと席を立とうとした。
「待て、まだもう一つだけ傭兵部隊に関して話が残っている」
ヘルムートがそういうので、傭兵部隊の隊員達は席を立つのを止めてその場に残る。しかしこれ以上何を話す事があるのだろうかと、隊員達は疑問に思っていた。隊員達が全員残っているのを確認してから、ヘルムートは開口した。
「先ず、グランの件は御苦労だった。特にノブヤス。お前がグランを捕まえた御蔭で、傭兵部隊の面目は保たれた。感謝するぞ」
「これも仕事の範疇ですから、そんな改まって礼なんて無用ですよ。総隊長」
信康は少し照れた様子で、鼻を掻きながらそう言った。そんな信康を見て、ルノワとティファとレムリーアは嬉しそうに微笑んでいた。
「そうか。お前なら、そう言ってくれると思ったよ・・・実はお前等を驚かそうと言わなかった事を、今話そうと思う。今回の連続殺人事件の功績は警備部隊に持っていかれちまったが、軍上層部は何と俺達傭兵部隊に秘密裏に報酬をくれる事になった」
『ええぇっ!?』
ヘルムートが伝えた内容を聞いて、隊員達は騒然となる。まさかその様な大盤振る舞いをプヨ王国軍上層部がしてくれるとは思わなかったので、歓喜よりも驚愕の感情が勝っていた。そんな中で、信康は何故くれるのかと疑問に思っていた。
「実は・・・第四王女のアリスフィール殿下が傭兵部隊が冷遇されている現状に対して、陛下に苦言を呈して下さったらしい。それで上層部は陛下から直々に、お小言を喰らったみたいでな。王族から直々に非難されては、軍上層部もバツが悪かったんだろうな」
(そう言う事か。アリスの奴、この前俺が買ってやった桃色の金剛石ピンク・ダイヤモンドの首飾りペンダントの返礼代わりか?・・・そんな心算は無かったんだが、今度会ったら礼を言わないとな)
ヘルムートからの話を聞いてアリスフィールに対する感謝の声が会議室に響く中で、信康は笑みを浮かべて心中でアリスフィールに感謝していた。
騒々しい隊員達を他所にヘルムートは懐から、九通の封筒を出した。その封筒を信康、リカルド、バーン、カイン、ロイド、ティファ、ライナ、ヒルダレイア、そして最後にルノワの順番で手渡し始めた。
「これは?」
「開ければ分かる」
信康達は席を立って封筒を受け取ると、ヘルムートに言われた通りに封筒を開封して中身を見る。封筒の中には、一通の手紙が入っていた。
その手紙を広げると、信康の手紙にはこう書かれていた。
『 辞令
プヨ王国軍近衛師団傘下傭兵部隊所属 ノブヤス
パリストーレ平原の会戦における貴官の武功を鑑みて、本日より階級を曹長から中尉に昇進させる。更に傭兵部隊の副隊長に、正式に任命する。これからもプヨ王国の為に、益々の忠勤に期待する。
プヨ王国軍総司令部より』
手紙の内容を見て、目を見開く信康。それはリカルド達も同様であった。
他の隊員達は、信康達の手紙に何が書かれてあるのか気になって仕方が無かった。因みにルノワは自分の手紙を読んだ後に少し背伸びをしてから、信康とティファの手紙も気になって覗き見る。
そして思わず、笑みを零した。信康とティファの手紙の内容は、自分の案件よりもルノワにとって喜ばしい事だった。
レムリーアもルノワを真似して覗き見しようとして爪先立ちになったが、しんどかったのか爪先立ちを止めて跳んで手紙の内容を読もうと試みた。
因みに跳ぶ度にその豊満な乳房が大きく跳ねたので、信康達よりもその光景に目が奪われる隊員達が続出した。そしてレムリーアの乳房を凝視する隊員達を、女性隊員達は氷の如く冷たい視線で睨み付けていた。
「驚いただろう? パリストーレ平原の会戦も含めた武功が評価されて、今回の恩賞として何名かが昇進となった。俺は少佐から中佐になり、ノブヤスとリカルドとヒルダは中尉に昇進して副隊長に正式に任命された。ティファ、ライナ、ロイド、バーン、カインの五名も一階級昇進して少尉になった。最後にルノワ一階級昇進で、曹長から准尉に昇進だ。他の奴等は昇進は無いし、大した恩賞でも無いんだが・・・月々の給料が金貨三枚から四枚に増額となったぞ」
ヘルムートからの発表を聞いて、食堂で大歓声が起こった。一枚しか増えていないと聞けば、少なく感じるかもしれない。しかし金貨一枚の差となると、その差は非常に大きい。
鉄貨や銅貨などを使って誤魔化した様な、雀の涙程度の昇給では無いのだから。尤も単純に給料が増額されると聞いて、喜ばない者など存在しない。これまでの冷遇からは想像出来ない厚遇からか、隊員達の喜び様は一際大きかった。
「気持ちは分かるが、静かにしろっ! まだ話は終わっていないぞっ!!」
ヘルムートが叱咤すると、隊員達も少し時間が掛かったが静かになった。隊員達が落ち着いたのを見て、ヘルムートは話を再開させた。
「話を続けるが、中尉になったノブヤス達の月給は金貨七枚。ティファ達少尉は金貨六枚。准尉のルノワは金貨五枚だ。更に俺を含めるとノブヤス、リカルド、ヒルダ、バーン、カイン、ロイド、ティファ、ライナの九人で小隊を率いる事になる。ノブヤスの三階級昇進ははっきり言って異例中の異例だが・・・一発逆転の策を生み出してカロキヤ軍を撃退し、真紅騎士団の十三騎将を討ち取ったその智勇が評価されての事だ。俺自身も、妥当な評価だと思っている」
ヘルムートの話を聞いて、信康達も納得していた。傭兵部隊の人数が増えれば、それだけ総指揮官のヘルムートの下に指揮官も必要になる。
リカルド達七人が小隊を率いても十分だと思われる人材だが、流石にこの七人とヘルムート合わせて八人で一個大隊もの部隊を指揮するのは少し無理がある。
これで後一人か二人の指揮官が居れば、傭兵部隊の統率がかなり楽になる。そんな事情からか、信康に白羽の矢が立った。
ヘルムートが言う様に、パリストーレ平原の会戦ではカロキヤ公国軍を罠に嵌める策を立てて壊滅させ、その上で真紅騎士団の幹部の一人を討ち取る武勇を持っているのだ。このどちらか一つの武功だけでも、指揮官としては問題無い。
リカルド達も信康の評価を聞いて、全員が納得していた。そもそも本来ならば信康は既に傭兵部隊の諸将の一人であるべきだったので、漸くかとすら言いたげであった。
因みにレムリーア達新兵は信康の武功を今初めて知って驚愕しており、それから尊敬の眼差しで信康を見ていた。
「俺は小隊と言ったが、実質的には各部隊で百人以上の規模になる。だから実際の所、お前等は二個小隊以上を一人で率いる事になるな。そして増員次第ではお前等の階級でも、中隊を指揮する事になると肝に銘じておく様にな」
「総隊長、それだと中尉になったノブヤスとリカルドとヒルダはともかく、少尉のあたし達は権限不足も良い所じゃないですか? それとずっと疑問だったんですけど、副隊長って三人も居て良いもんなんですか?」
ティファの疑問は、尤もであった。プヨ王国軍の軍制では、分隊を率いるのは軍曹か曹長。小隊を率いるのは准尉または少尉。中隊を率いるのは、中尉または大尉と決まっている。
大隊以上になると佐官級、最低でも少佐以上と決まっている。
つまりティファは少尉の自分達が中隊を率いたら、問題ではないかと言っているのだ。最後に副隊長の数も多過ぎ無いかと疑問に思ったので訊ねていた。そんなティファの意見に、ロイド達も同様の考えだったのか何度も頷きながらヘルムートに注目していた。
「構わん。軍上層部には指揮官が出来る隊員が少ないので、必要に応じて少尉からでも中隊規模の指揮する事になると話を通してある。軍上層部は特に文句は無く、直ぐに了承した。副隊長の件だが、指揮官は副隊長や副官をそれぞれ五人ずつの最大十人まで任命する権限がある。まぁこんな事が出来る理由は、指揮官が殺られても次の指揮官は誰かはっきりさせる為なんだがな。長々と喋ったが要するに傭兵部隊に副隊長が三人居ても、別段何も問題は無いんだよ。つまりまだ副隊長の役職ポストが二つ残っている訳だが、何だったらティファも副隊長になってみるか?」
「成程ね。あ、それとあたしは遠慮しておきまーす」
プヨ王国軍上層部がそれで納得したなら、ティファからは何も言う事は無かった。そして副隊長職を即座に辞退すると、バーン達も釣られて首を横に振った。
副隊長に任命されても、仕事が増えるだけだと考えたからであった。そんなバーン達の反応を見て、ヘルムートはただ肩を竦めた。
「では元々支給されているリカルド達はともかく、改めて中尉になったノブヤスと准尉になったルノワにはこれを渡しておく。それと今まで左胸に付けていた、鉄色の記章バッジは返却しろ」
ヘルムートは胸ポケットから何かを出した。ヘルムートが出した物は、銅色の記章であった。信康とルノワはヘルムートに言われた通りに、銅色の記章を受け取った。
そして今まで付けていた鉄色の記章を、左胸から外してヘルムートに返却した。何かの動物の意匠が描かれていた、銅色の記章をジッと見る信康。
「これは・・・尉官を示す記章ですよね?」
「そうだ。お前が付けていたのは、下士官を示す記章だったからな。因みにこの鉄色の記章は、B級の大鷲と言う魔物だ。これから新しく入る新兵は、部隊章と一緒にこの記章バッジが支給される事になるぞ」
ヘルムートが鉄色の記章を見せながらそう説明すると、レムリーア達は信康とルノワが返却した鉄色の記章をジッと見詰めた。
その間に信康とルノワはリカルド達に視線を移すと、リカルド達の左胸には確かに信康達と同様の銅色の記章を付けていた。
「ついでに言うと俺は、銀色の記章を付けている。よく見ると色だけじゃなくて、意匠が違うだろう?」
「確かにそうですね。総隊長が付けている銀色の記章は、プヨ軍の佐官の証明とでも考えれば良いので?」
「そんな感じだ。因みに銅の記章バッジに描かれている魔物は、鷲頭馬だ」
「鷲頭馬?」
信康はヘルムートがそう言うのを聞いて、支給された銅色の記章を凝視する。
「知っているかもしれんが、念の為に教えておこう。鷲頭馬は、鷲獅子の雄と雌馬との間に出来る魔物だ。頭と羽は大鷲で、前足が獅子で後ろ脚が馬という感じの魔物だ。分類上、中位等級のB級と言ったところだ。因みに親の鷲獅子は、一つ上の高位等級のA級だ」
「へぇ、これがね」
信康は交互に白銀色と銅色の記章に描かれている、魔物を改めて見る。実は鷲頭馬も鷲獅子も信康は知っていたのだが、敢えて知らない振りをしてヘルムートに話を合わせた。
「銀の記章に描かれているのは、鷲獅子だそうだ。因みに騎士団の連中は名前の由来になった意匠が描かれた、記章を持っているぞ」
「じゃあ、他の軍団も名前の由来になった意匠の記章があるんですか?」
「軍団と傭兵部隊おれたちは、同じ記章で統一されている。騎士団と軍団で、記章が違うんだ。まぁ意匠が違うだけで、色と意味は一緒だけどな。因みに神官戦士団は、それぞれ信仰している神々を象徴する意匠が使われている。これも共通点があるとしたら、色と意味が一緒だな」
「そうなのか。総隊長、教えてくれてありがとうございます」
「構わん。この場に集まっている全員に記章の意味を教える為にも、説明がしたかっただけだからな。それではノブヤス、これからも頼んだぞ。お前が指揮を執る事になる小隊は、第二陣が来てから創設される。それまで精々、どんな小隊にするか決めておけよ」
そう言って、ヘルムートは食堂を後にした。ヘルムートが退室したのを見て、隊員達も食堂から次々と退室して行った。
信康は暫く貰った銅色の記章を、何も言わないで見詰めていた。