第9話
二人が入った喫茶店は中々趣がある、雰囲気が良い喫茶店であった。木製の御洒落な看板には、妖精の隠れ家と店名が書かれてあった。
金髪が特徴的な女性給仕に案内されて、二人掛けの席に座る。
「妖精の隠れ家か。店内は中々、雰囲気の良い喫茶店カフェだな」
「そうでしょう。この喫茶店は、私のお気に入りのお店なのです」
金髪の女性給仕から渡された注文表を見て、二人は何を頼むか考える。
「う~ん、これにするか。ルノワは決まったか?」
「はい」
信康は手を挙げて、女性給仕を呼ぶ。
案内してくれた金髪の女性給仕とは違う、これまた橙色掛かった茶髪が特徴的な別の女性給仕がやって来た。
「ご注文をお伺いします」
「俺はこのお勧め昼食ランチ」
「私も同じ物を」
「はい、お勧め昼食ランチ二つですね。御飲み物は何にしますか?」
「コーヒーを」
「私は紅茶で」
「畏まりました」
茶髪の女性給仕は頭を下げて、厨房に行く。
「この喫茶店は美味しいのか?」
「ええ。当然ですが、美味しいですよ。そうでなければ、私は案内致しません。きっとノブヤス様も、気に入ると思いますよ」
「そっか。疑う様な事を言ってすまなかった」
信康は喉が渇いたので、食事の前に水を頼もうと手を挙げる。
と、同時に喫茶店の扉が開いた。
「ぼ~くの~、愛しの~アメ~リ~ア~」
妖精の隠れ家に入店して来たのは、見た目だけは何処かの貴公子の様な男だ。言動はかなり変だが。
その貴公子は、誰かを探して周囲をキョロキョロ見渡している。
「うん? 今日は此処の喫茶店で働いていると聞いたのだが・・・・・・」
貴公子は目当ての人物を探そうと、更に周囲をキョロキョロ見渡し始めた。
その貴公子を見て、先程注文を取っていた茶髪の女性給仕が、呻いた。
「カ、カルノー・・・・・・」
「おお、其処に居たのかいっ。僕の愛しいアメリアッ」
カルノーと呼ばれた貴公子は、信康とルノワの注文を聞いた茶髪の女性給仕の元に駆け寄る。
「ど、どうして、此処に・・・・・・」
「愚問だね。君が居る所に、僕が居るのは当然じゃないか」
「い、今は仕事中なの、終わったらちゃんと相手をするから・・・・・・」
茶髪の女性給仕はカルノーを刺激しない様にしながら、遠まわしに出て行ってと言う。
しかし、茶髪の女性給仕が迷惑をしている事そのものに、カルノーは全く気付いていない。
「仕事? 君がそんな事なんかしなくても良いんだよ。それよりも、これから友人の屋敷で祝賀会が有るんだ。最高のドレスを用意するから、一緒に行こうじゃないか」
「今は仕事中だから・・・・・・」
「君はそんな事しなくて良いんだよ。そんな事は他の平民にやらせていれば良いのだから」
「でも」
「アメリア。そんな事を言わないでくれ。君がそんな事を言ったら、御父君が悲しまれるよ」
「・・・・・・ッ!!」
茶髪の女性給仕はカルノーの一言を聞いて、前掛けをギュッと掴む。
「さぁ、アメリア。一緒に行こうじゃないか」
カルノーは茶髪の女性給仕の腕を掴もうと、手を伸ばす。
「ちょっと待ちな」
そう言って、二人の間に割り込む者が現れた。
信康達を店内へと案内してくれた、金髪の女性給仕だ。
金髪を作業に差しさわりないように結い上げ、気の強そうな目でカルノーを見る。
端正な顔立ちで、その口調から男性よりも女性に好かれそうな男勝りな性格をしていそうだ。
「何だね。君は?」
「あたしはレズリー! あんたが連れ去ろうとしている、アメリアの友達だよ。いきなり現れて連れて行くとか、馬鹿じゃないの。あんたっ!」
「なっ!? 平民風情が貴族である僕に馬鹿とはなんだ。失礼にも程があるだろうっ!?」
「お貴族様だろうが王子様だろうが、関係あるかっ!? 強引に女を連れて行くとか、馬鹿か誘拐犯のする事だろう!!」
おおおおっ!? と妖精の隠れ家に居た客達が嘆声をあげる。
平民が貴族相手にここまで啖呵を切るのは、中々お目に掛かれない。
言われたカルノーも、怒りから顔を真っ赤にする。
「お、おのれ~こんなチンケな喫茶店で働く平民風情が、このプヨ王国五大貴族が一つ、ユキビータス伯爵家の嫡男たるカルノー・フォル・ユキビータスに烏滸がましくも意見をするとはっ!」
カルノーは手を振り上げる。どうやら、レズリーと名乗った女性給仕に平手打ちをしようとしている様だった。
それが分かると茶髪の女性給仕は、手で顔を覆って悲鳴を上げる。これから友人のレズリーに訪れんとしている、不幸から目を覆う様に。
レズリーの目にも、恐怖が宿った。
如何に気が強くとも、暴力を振るわれると分かると怖じけてしまうのは仕方が無い事だ。
妖精の隠れ家に居る客達は、女性給仕の綺麗な顔が叩かれるのを想像して、思わず顔を背ける。
その客達からは流石に貴族に楯突いてまで、行動に移そうと言う客は居なかった。
しかし、何時まで経っても肉を打つ音が聞こえない。
客の一人が、恐る恐る顔を戻す。
客の目に映ったのは、カルノーの振り上げた手を掴んでいる信康が映っていた。
「な、貴様、何をする?」
「婦女暴行の現行犯を捕まえただけだ。まぁ俺が止めたから未遂だが・・・お前がどれだけ偉いかは知らんが、はっきり言って見るに耐えぬ」
「暴行? 違う。この女があまりにも失礼な事を言うから、僕は注意しようと」
「それで女に手を挙げるとか・・・筋金入りの馬鹿だな、お前」
「な、何をっ!?」
「御黙りなさい・・・眠りの精霊よ。心安らぐ歌を奏でたまえ」
信康に注意していたカルノーに、ルノワが魔法を唱えた。
大陸共通語でも無い、不思議な言葉を紡ぐ。すると、カルノーの意識が途絶えた。
カルノーはその場に膝をついて倒れ、寝息を立てる。
「ZZZZZZZZZZZ」
信康はカルノーの肩を軽く揺らした。それでもカルノーは起きる気配が無い。
「はてさて、こいつをどうしたものか」
「私の魔法でぐっすり寝てますので、表に捨てておいた方がよろしいかと」
「それもそうだな」
信康はルノワに同意して、カルノーの両脇に手を入れて引き摺る。
扉の所まで行くと、タイミングよくルノワが扉を開けてくれた。
信康はそのままカルノーを引き摺りながら、外に出る。
店から少し離れた森林の所まで行き、森の中で下ろした。
あまり奥には行かず、少し歩けば森から出れる所にカルノーを置いた。
奥にやり過ぎれば肉食動物の被害に遭いかねないので、信康なりの温情処置である。
「これで、良し」
手をパンパンと叩いて、妖精の隠れ家に戻る信康。
妖精の隠れ家に戻ると、店員と客が歓声と拍手が出迎えてくれた。
あの貴族の対応を見ていて、全員が怒り心頭になっていたのは明らかだ。
「あ、ありがとうございます」
「別に大した事はしていない。俺が好きでやった事だから、気にするな」
信康は頭を下げてお礼をするアメリアにそれだけ言って、自分が座っていた席に座る。
「済まない、水を貰えるか? 二人分」
「は、はい。ただいま」
アメリアが信康の注文を聞いて、水を運ぶ為に厨房に引っ込んだ。
それと入れ替わりで、レズリーが信康達の下へやって来た。
「悪いね。お客さん、面倒な事をさせちゃって」
「先程もあの女性給仕にも言ったが、俺は別に大した事はしていない。それに俺が好きでやった事だ」
「そう、でもありがとう。あたしはレズリー・パレッリーナって言うんだ。あんたは?」
「俺は信康だ。こっちはルノワだ」
信康は自分の名前を教えるついでに、ルノワの名前も教えた。
「ありがとな。んで、さっきあの貴族様に絡まれていたのが、アメリア・ロズリンゼだよ」
「来た時に聞こうと思っていたんだけどな」
「そんなの遅いか早いかの違いだろう?」
「まぁ確かにそうだな」
信康は苦笑する。そしてそれ以上はアメリアに関して、何も聞こうとはしない。
「聞かないんだな。肝心の事は」
「これは個人の事情だからな。好奇心で聞き出そうとするなど、無粋の極みだ。向こうが話したくなったら、話してくれるだろう」
「まぁ、そうだね」
レズリーはそう言うと、仕事に戻った。
少し遅れて、アメリアがお盆に水を乗せてやってきた。
「お待たせしました」
アメリアは水を置いて、信康に笑顔を浮かべる。
「さっきは助かりました。私は、アメリア・ロズリンゼと言います」
「俺は信康で、こっちはルノワって言うんだ」
先程レズリーに教えて貰ったが、信康はそんな無粋は事は言わずに自己紹介を聞く。
「その内、お礼をしたいので、何処に住んでいるか教えて貰いませんか?」
「俺達はヒョント地区にある兵舎に住んでるぜ」
「兵舎ですか。御二人は兵士か騎士様ですか?」
「いや、そのどちらでも無い。俺達は傭兵だ」
「傭兵ですか。その・・・お二人を見ていると、そんな風には見えません」
確かに、信康達は今は手ぶらで武器と言える物は持っていない。
それに加えて、二人には荒々しい雰囲気がないから、傭兵に見えないのだ。
「まぁ、今日は休みだからな。そう見えるだけだ」
「そうなんですか」
「ああ、そうなんだよ」
この後も、アメリアと他愛の無い話をする信康。
ルノワは会話に全く入らず、黙って水を飲んでいた。