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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第104話

 グランに襲い掛かった傭兵部隊の隊員達は、何が起こったか分からない顔をしながら事切れていた。


 信康は真っ二つになった、隊員達の傷口を見た。


(ほほぅ、綺麗な断面だな。刺突特化である細剣(レイピア)は、斬る事に適していない。だからこの惨状は、細剣によるものではないな。そもそもあいつは細剣を振ってもいないし、魔法を唱えた訳でも無い。とすると・・・左手のあの籠手(ガントレット)が、絡繰の種か)


 信康はねめつける様にじっくりと、グランを観察する。特に左手の方を良く凝視していた。


 グランの左手には、通常よりも変わった形状の籠手を着用していた。


 手の甲の所に五芒星が描く様に魔石が埋め込まれ、他にはその五芒星の中央に何かを嵌め込む様な窪みがある以外、装飾と言える物は無い籠手だ。


 しかし更に良く観察してみると、グランの身体が風が纏わり付いている様に見える。


「その籠手ガントレット・・・風を操る魔宝武具(マギ・ウェポン)だな?」


 信康がそう尋ねると、グランは籠手を見せ付ける様に突き出した。


「そうだ。この魔宝武具の名前は旋風の籠手(ウィンド・ギア)・・・風魔法の知識を自動的に所有者に授け、風を自由自在に操る事が出来る俺の自慢の魔宝武具だ」


「成程。お前が呼ばれている『風切り』の異名の由来は、その旋風の籠手か」


「チッ、面倒な・・・あんた達、早く下がりな。迂闊にそいつに近付けば、風の斬撃を受けて先に逝った連中の後を追う事になるよっ!」


「ティファ姐さん・・・へ、へぇっ!」


 ティファは忌々しそうにグランを睨み付けながら、隊員達の指揮を執る事に専念した。この面々の中では一番階級が高いのは、准尉で小隊長であるティファだった。


 なので、隊員達も素直にティファの指示に従い、後方に下がってグランと距離を取る。そんな中で、信康だけは前に出てグランに接近した。


「お前・・・今のを見て恐れず来るとは、筋金入りの馬鹿みたいだな?」


 グランは信康を小馬鹿にした態度でそう言いながら、細剣と籠手を構えて信康を迎え撃つ姿勢を取る。愛する信康を馬鹿にされて、ルノワとティファは苛立ったが、信康自身はそう言われても何とも思わなかった。


「・・・俺は今までの人生で、実に百人以上もの魔宝武具の所有者と出会い、その内の何十人と戦って来た。その所有者達は、大きく分けると二種類に分類される」


「・・・何だと?」


 信康はグランに接近しながら、徐に語り出していた。そんな信康を見ながら、グランは耳を傾ける。それはティファ達も同様であった。次の瞬間、信康はグランを鼻で嗤いながら言い放った。


「魔宝武具の力に自惚れず、鍛錬を重ねて完全に自分の物にする真の実力者と、そうでない間抜けな大馬鹿野郎のどちらかだ。魔宝武具を制御出来ず逆に操られているお前は、明らかに後者の方だな。入隊試験の時にお前が准尉に選ばれなかった結果を見れば、その旋風の籠手が無ければ何の取柄も無い凡人だ。只の偶然でそんな分不相応な代物を得られて、こうして良い様に振り回されている様子を見たら実に哀れだな。同情するよ」


 信康は其処まで言うと、グランを改めて嘲笑した。一方的に愚弄されたグランは、聞き終えた後に両眼を見開いた。言い放たれた暴言の意味を理解すると、青筋を浮かべて憤怒の表情で信康を睨み付けた。


「其処まで大言壮語が言えるのだっ。・・・まさか直ぐに殺られるなんていう事は、間違っても無いだろうなっ!?」


 グランは血走った眼で信康を睨み付けながら、旋風の籠手を突き刺す様に信康に向けた。その瞬間、グランは勝利を確証した様な笑みを浮かべて信康を嘲笑した。


「はははっ! 俺に時間を与えた事を、地獄で存分に後悔しろっ!!・・・喰らうが良いっ! 斬り裂けっ、風刃(エアカッター)!!」


 グランは風魔法を詠唱すると、旋風の籠手から魔力を纏った透明な風の斬撃である、風刃が放たれた。


「ノブヤスッ!!」


「ノブヤス様っ!!」


 ティファとルノワが、心配した様子で信康の名前を呼んだ。他の隊員達は信康が先に殺害された隊員達と同様、上半身と下半身で別れて死亡する姿を幻視して、何人かの隊員が眼を逸らしたり瞑ったりした。


「・・・フッ」


 しかし本来ならばそんな危機的な絶体絶命の状況でも、信康の余裕の笑みは崩れない。


 信康は右手に持っていた鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを八双の構えをした後、クルリと半回転させて鬼鎧の魔剣を逆手に持つ。すると旋風の籠手から放たれた風刃が刀身に直撃して霧散し、只の風となって信康の身体を擦り抜けた。


「なっ・・・なぁっ!? ばっ、馬鹿なっ!?」


 今日まで如何なる強敵も葬って来た風刃が信康に効かなかったのを見て、グランは激しく周章狼狽していた。そんなグランに構わず、信康はグランの旋風の籠手を観察して、その性能を分析していた。


「ふむっ。魔法を放った瞬間、魔石の一つが輝いてから光を失ったな?・・・するとあれか、その旋風の籠手とやらは本人の魔力では無く、空気中に含まれる魔素を吸収して魔力に変換しているのか。要するに魔力を溜め込むのに時間が掛かるんだな、それ」


 信康は旋風の籠手について自分が分析して得た推察を口にすると、グランは両眼を見開いて驚愕した。


「なっ!? 一目見ただけで、旋風の籠手の事を其処まで理解したと言うのかっ!!」


 グランは驚愕しながら、信康にそう言って訊ねた。驚いたのは事実だが、指摘された通り魔力を貯める時間稼ぎの為に、信康との会話を少しでも延長させようと言う思惑があっての事だ。


「ああ、やはりそうだったか・・・別に驚く様な事でも無い。風を操れる魔宝武具を見たのはこれが初めてと言う訳でも無い。更に俺の知り合いには魔法に長けた魔法使いや魔女(メイガス)が、何十人も居るもんでな。そいつらから魔法に関して、色々と教わったんだよ」


 信康は懐かしそうに当時の事を思い出しながら、グランに向かってそう言った。事実、信康の知り合いである魔法使いや魔女から、雑談代わりに色々と魔法に関して教えて貰っていた。その為か信康自身は魔法が使えないと言うのに、常人よりも魔法に関して知識があるのだ。


 因みに信康と知り合った魔女達とは、その大半と悉く肉体関係を結んでいる。美女が多い魔女を、信康が手を付けず見逃す筈が無かった。


「さて、魔力は溜まったか?・・・他に何が出来るのか、俺に教えてくれよ。まさか馬鹿の一つ覚えみたいに、その風刃しか使えないのか? そうだったらそうと、素直に教えて欲しいものだ。なぁ、『風切り』さんよっ?」


 信康は変わらず、挑発する様にグランを小馬鹿にし続けた。そんな信康の舐め腐った態度に、グランは全身を震わせながら吠えた。


「こ、このっ!・・・俺を馬鹿にするなぁっ!? 殺してやるっ・・・この俺を侮った事をっ、今に後悔させてやるぞぉっ!!」


 グランはそう叫ぶと、旋風の籠手を胸元に寄せた。そして次の瞬間、全ての魔石が輝き始めた。


「ふ、ふふっ!・・・この旋風の籠手はっ! 溜め込んだ魔力だけで無く、所有者の魔力を上乗せさせてその精度をより高める事が出来る!」


 グランはそう言って何故か勝ち誇っているが、信康の態度は冷めたままだった。


「はいはい、凄いですねぇ~~・・・分かったから、早くしてくれないか? その長ったらしい解説とか魔法詠唱とか、終わるまでちゃんと聞いて待っててやるからさ」


 これでもかと言わんばかりに嘲笑する信康に、グランは思わず激昂しそうになる。しかし必死でその憤怒を押し殺して、グランは目的達成の為に集中し続けた。


「おのれっ! 目に物を見せてやるっ!・・・風の王よっ! 如何なる者であれ、支配する事が叶わぬ自由なる者の王よっ!!」


 グランは旋風の籠手の魔石を全て輝かせながら、魔法詠唱を始めた。そんなグランの姿を見て、ティファは慌て始めた。


「ノブヤスッ! あいつをそのままにして良いのかいっ!?」


「構わぬさっ。ティファ、お前はそのまま下がってろ。このまま、あいつの好きにさせてやれっ」


 ティファを落ち着かせる様に信康はそう言いながら、左手の人差し指と中指をクイクイと動かした。その二指の向こうには、ルノワの姿があった。


「っ!!・・・御意っ」


 ルノワは信康の行動を見ただけで、その意図を理解して直ぐに行動に移り始めた。


「その自由なる風は今一度、何者たりともをも防ぐ鎧とならん」


 その間にも、グランの魔法詠唱は続いていた。その様子を、ただじっと見詰めているティファ達。


「・・・ふぁあぁぁっ~~」


 ただ信康だけは、退屈そうに欠伸を掻いてグランの魔法詠唱を待っていた。


「翠色の風よっ! 我等を包みたまえっ!・・・・・・翡翠の魔鎧(ジェイド・アーマー)!!」


 漸くグランが魔法詠唱を終えると、グランの身体全体を緑色の風で出来た魔法の甲冑が包み込んでいた。


「ははははははっ! あははははははははっ!!」


 魔法詠唱を終えたグランは自身の身体に纏われている風魔法で構成された、翡翠の魔鎧を見渡しながら哄笑を上げていた。


「どうだっ! 俺の翡翠の魔鎧の姿はっ!」


「・・・それで? お前の翡翠の魔鎧とやらは、どう凄いのかご解説したらどうだ?」


「良いだろうっ! 冥土の土産に教えてやるっ!!」


 相変わらず小馬鹿にした態度をする信康だったが、グランは余裕なのか態度を変える事無く翡翠の魔鎧について解説を始めた。


「俺が着ているこの翡翠の魔鎧はっ! 強力な風によって出来た自然の鎧だっ! 見た目からじゃ分からんだろうが、まさに暴風雨を身に纏っているに等しいっ!」


「はいはいっ、他には?」


「分かっていないみたいだなっ!? 俺が翡翠の魔鎧を身に纏っている限り、矢だろうが槍だろうが石だろうが、俺に向かって飛んで来た所で跳ね返す事が出来る。だからと言って接近して来たら、そのままっ・・・」


 グランは其処まで言うと、地面に向かって左手を振るう。次の瞬間、音を立てて地面が削り取られた。


「こうやって、ノコノコと接近して来た馬鹿共を斬り刻む事が出来るのさっ! まさに攻守一体っ! この状態になった以上、俺は無敵の存在となった! 最早貴様等に、勝ち目は無くなったぞっ!!」 


 そう言って勝ち誇るグランに、隊員達は焦燥していた。最早自分達だけでは、グランと戦えないと判断したからだ。


 隊員の中には、グランに時間を与えた信康を責めるが如く睨み付けている隊員達も居た。


「ノブヤス。グランの奴、ああ言って居るけど?」


「構わん。好きなだけほざかせておけ」


 ティファが信康にそう言うと、信康はどうとでもなると言わんばかりの態度を貫いたままだった。


「凄いのは分かった。つまり、それがお前の切り札と言う訳だなっ?」


「ああ、そうさっ! 発動に時間が掛かるのが唯一の難点だが、その難点を補って余りある威力があるのだっ! 漸く、自分の愚かしさが理解出来たかっ?」 


 グランは馬鹿にした態度で、信康にそう訊ねた。グランに訊ねられた信康は、ただグランを鼻で嗤う。


「いいや、理解出来ないね」


「・・・何っ?」


 グランが反応する前に、信康は動いていた。


 信康は鬼鎧の魔剣を構えながら、グランに向かって突進する。


「はっ! 馬鹿めっ! 気でも狂ったかっ!」


 グランは自分に向かって突進して来る信康を、心底嘲笑した。


「無数の風の刃を受けて、斬り刻まれるが良いっ!」


 グランはそう言うと、仁王立ちになった。グランの身体に纏っている翡翠の魔鎧に触れただけで、信康の身体は斬り刻まれるのだから敢えて動く必要は無い。そのままグランは、信康が自身に接触して来るのを今か今かと待った。


「・・・シッ!」


 信康がグランの一歩手前まで移動すると、鬼鎧の魔剣を左下から右上へと振るって逆袈裟斬りをした。そうした瞬間、グランの身体全体を纏っていた翡翠の魔鎧が消失した。


「・・・えっ?」


 グランは現状が理解出来ず、間抜けな声を漏らした。次の瞬間、右脇腹から左胸に掛けて一筋の裂傷が生まれて大量の血が噴出した。


「ぎゃあああああっっっっ!?」


 グランは斬られた事による苦痛で、悲鳴を上げて傷口を抑えた。尤も、傷口が広過ぎて抑えても意味など無かったが。


「あ、あああ、ありえない・・・・・・・俺の翡翠の魔鎧がこんな、こんなっ・・・!!」


「間抜け。それが有り得るんだよ。だからお前は俺に斬られているんだろうが」


 グランは自身が斬られた現実を受け入れられない様子で、信康から怯えながら後退った。そんなグランに対して、信康はその分だけ距離を詰める。


「ひ、ひぃああああああああああああっっっ!!?」


 グランは奇声を上げながら、右手に持つ細剣を振って信康に襲い掛かる。このまま背を見せて逃げたら、今度は後ろから背中を斬られると思ったのだろう。


 錯乱しながら細剣を何度も、信康に突き刺そうとする。


 しかし細剣に怯えが見えるので、信康は難無く防ぐ事が出来た。


「おりゃああああっ」


 信康が袈裟切りをすると、グランは細剣で防いだ。


 しかし細剣の強度では、信康の鬼鎧の魔剣の一撃を耐え切る事など不可能だ。事実、グランの細剣は根本から圧し折れた。信康はそのままグランを真っ二つにしようと思えば出来たが、そうはしなかった。


「がっ!?」


 グランを斬らない様に寸止めした後、信康は思い切りグランを蹴飛ばした。信康に蹴飛ばされて、簡単に吹き飛ばされるグラン。


 地面を何度か転がりながら、何とか体勢を整えた。


「つ・・・捕まってたまるかっ!?」


「ふん。往生際が悪いな。だが、此処までだ・・・ルノワ」


「はっ。お任せを」


 信康がそう声を掛けると、ルノワは何時の間にかグランの背後に居た。狩猟神の指環(ハンターズ・リング)を使って、隠蔽(ハイティング)の魔法で透明になってグランに気付かれる事無く背後に回っていたのだ。


 ルノワはそのまま無慈悲に得物を振り下ろして、旋風の籠手を装備している左手を斬り落とした。


「ぎ、ぎゃああああああああああっ!?」


 肩口からルノワに斬り落とされた左腕は、地面に当たって跳ねるとグランから少し離れた所で漸く停止した。


 ルノワに左腕を切り落とされたグランは、大きく悲鳴を上げる。そして信康に圧し折られた細剣の残骸を放り投げて、傷口を抑えながら激痛に悶絶していた。


 信康は鬼鎧の魔剣を抜いたまま、レムリーアに声を掛けた。


「レム、こいつの治療を頼む。今こいつに死なれては、命令違反になってしまうからな」


「分かりました~」


 レムリーアは直ぐに、グランの傷を治療した。


 治療が終わると騒ぎを聞き付けた他の隊員達もやって来て、直ぐにレムリーアの治療を受けた負傷者を搬送したり、死者の遺体を運び出したり、グランを捕縛して連れて行ったりした。


 信康はグランが連れて行かれるのを見て、漸く鬼鎧の魔剣を納刀した。


「・・・・・・総隊長に報告して帰るか」


 信康がそう言うと、ルノワ達は頷いた。


 信康は周辺を確認した後、真っ直ぐヘルムートの下へ向かって歩き始めた。

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