第101話
「普通なら、お金で片付く問題だが・・・半端な金だったら首を縦に振らないだろう?」
「当然ね。そうね・・・姉さんの知り合いでもある事を免じても、最低でもこれ位は出してくれないと」
アニシュザードは指を一本立てた。
それだけで、信康はどれくらいの金が要るのか分かった。
「・・・軍上層部に掛け合っても無理な話だな。もう少し負けてくれないか?」
「負ける理由がないわ」
「しかし、この前の大勝負で、相手側の不正行為を見抜いた事を貢献した事実を鑑みても、もう幾ばくか、負けてくれても罰は当たらないのではないか?」
信康がそう言うと、ルノワ達は初めて聞いたような顔をした。
「おいおい、何時の間にこんな女と博打なんてしたのよ?」
「ティファ。俺がしたんじゃない。今月の上旬の話なんだが、アニシュザードの千夜楼と相手側の黒夜の梟って裏組合ギルドが縄張りを巡って、ある大勝負がアニシュザードが経営している賭博場で開催されたんだ。カルレアはアニシュザード側のポーカーを務めたんだが、相手の罠に掛かってな。其処を俺とシエラが助けたのさ」
「ああ、それでカルレアさんが、ああなったのですね」
カルレアを抱く事になった経緯については、二人にはそれとなく話していた。
なので、直ぐに納得してくれた。
「どうだ? それで少しは負けてくれないか?」
信康がそう尋ねると、アニシュザードは煙管を咥えて、煙草を吸う。
そして白い息を吐いた。
「駄目ね。それを込みでこれぐらいにしたのよ。これ以上負けたら、情報の価値が無くなるわ」
これ以上は負けないというアニシュザード。
信康は溜め息を吐いた。
(これ以上粘っても無理そうだな。さて、どうしたものか。正直に言えば俺個人の資産でも払えるんだが・・・こんなつまらん事件で浪費したく無いんだよなぁ)
信康はどうしたものかと考えていると。
「アイシャ、いい加減にしなさい」
横からシエラザードが口を出した。その声色も、叱咤の色が含まれていた。
「姉さん」
アニシュザードは自分の姉であるシエラザードが話に入ると思わなかったので、少し動揺していた。シエラザードから叱咤された事も、動揺する要因であった。
シエラザードは信康達も千夜楼まで案内はしても、話に加わると思っていなかった。
なので、話に口を出さないだろうと思われた。
「ずっと黙っていたけれど、幾ら何でもがめついにも程があるわ。あの大勝負はノブヤスさんが私を連れて来た御蔭で、勝つ事が出来たのは紛れも無い事実じゃない。現にもし負けていたら、あの賭博場も黒夜の梟に奪われて向こうの傘下にあった娼館も全部、貴女のものにならなかったのだから。それにこのまま連続殺人が続くと、貴女の店も影響が出るわよ。と言うよりも。もう影響が出ているのでしょう?」
「・・・・・・ええ、そうなのよね」
アニシュザードは肩を竦めて、シエラザードが言った事を認める発言をした。
そして、また煙管を咥えだした。
「事件が夜に起こる所為か、少しずつだけど客足が落ちていってね。そろそろ、何とかしようと思っていた所だったのよ」
アニシュザードは煙草を吸いながら話し出した。
声を聞いた限りでは、嘘はないと分かった。
「じゃあ、情報料はもう少し勉強してくれるのか?」
「えぇっ、姉さんに其処まで言われたらねぇ。でもだからって、対価も無しには渡せないわ。私達も情報を仕事にしているから」
「・・・まぁ、それも道理だな」
信康は同意するように頷いた。
娼館というのは、単に男の欲望を満たす場所なだけでは無い。娼婦が取った顧客の、あらゆる情報が手に入る所でもある。
その手に入れた情報で商売をして、利益を得るのも娼館の収入源でもある。
収入源でもある情報を売るというのだ。無償で渡したら、商売があがったりであろう。
それは八百屋なのに、野菜を売らないと同じ様なものだ。
しかしプヨ王国軍上層部に領収証を渡した所で、受理される筈も無い。
(・・・このままでは拉致が開かねぇな。仕方が無い。自腹を切るか・・・)
諦めて自分の資産から情報料を払おうとした信康に、アニシュザードは何か面白い事を思い付いた様子である提案を持ち掛けて来た。
「そうだわっ!・・・じゃあ、こうしましょう。今回ばかりは情報を、無料を渡してあげるわ。その代わりにノブヤス・・・貴方は私に借り一つって事でどうかしら?」
「・・・何っ、借りだと?」
信康に借り一つと言われて、信康達は驚愕の表情を浮かべた。其処へルノワが急いだ様子で、話し掛けた。
「ノ、ノブヤス様っ。この話は正直、お断りした方が・・・後日、どの様な無理難題を押し付けられるか分かりませんよ?」
「あたしもルノワと同意見だね。借りとか言って、情報と対価にもならない大事を押し付けられたら大損だよ」
ルノワの諫言に、ティファも同意する。レムリーアも普段ののほほんとした表情も搔き消して、心配そうに信康を見詰めていた。
「好き放題言ってくれるわね。これからもノブヤスとは長いお付き合いがしたいから、無茶苦茶な頼み事なんてする心算は無いわよ・・・言っておくけれど、この提案を拒否するならこの話は無しにするから」
アニシュザードは心外だと言わんばかりの表情を浮かべて、ルノワ達にそう言って反論した。
「・・・・・・・・・・」
信康は少し考えて、答えた。
「承知した。それで手を打とう」
「なら、商談成立ね。大丈夫。丁度、腕利きの傭兵である・・・・・貴方にうってつけの仕事だから。もし大事を頼むなら、ちゃんと対価だって用意するわよ」
「・・・・・・傭兵・・としてなら、まぁ良い。どんな事になるか分からんが、その時が来たらシエラを通して連絡してくれ」
「それで良いわよ。取り敢えず、仕事の日が決まったら連絡するわ。因みに貴方のお探しの月下香を使っている娼婦だけど、千夜楼うちの娼婦だけでも二十人位は居るわね」
「じゃあ、その中に自分の部屋に男を住まわせているという女は居るか?」
「千夜楼うちの直属の娼婦は全員、この館で暮らしているからヒモを作る事は出来ないし、私がさせないわよ」
「そうか」
「・・・でも千夜楼うちの傘下の娼館で月下香を使っている娼婦だったら、百人を超えるわね。流石にその娘達まで、この館で面倒は見てないわ」
「・・・・・・その傘下の娼館で、一人暮らししているのは何人だ」
「少し待ちなさい」
アニシュザードはソファーから立ち上がり、机に行く。
引き出しを開けて、帳簿の様な代物を出した。
「うちの傘下に入った、娼館の娼婦名簿よ」
「へえ・・・その名簿リストに書かれているのか。今度、その名簿の娘達を紹介してくれ」
「ふっふふ、機会があったらね」
アニシュザードは一頁を捲っていると、ある一頁で止めた。
「此処に書いてある名前の娘は全部、繁華街にあるアパートで一人暮らしをしているわ。それでいて、月下香の香水も使っているわね」
アニシュザードが娼婦名簿を見せてくれたので、信康達は見た。
その一頁に書かれていた名前は、アニシュザードが言っていた様に全員で十二人居た。
皆、この繁華街の何処かにあるアパートメントを借りている様だ。名前の横に年齢と、住んでいるアパートメントの住所が書かれていた。
「全員で十二人か」
「やはり、総隊長に一言掛けておいて正解だったな」
「私達だけでは、とても回り切れませんでしたね」
「じゃあ~。この情報を~持って~」
「うむ・・・この名簿の一頁に書かれている名前と住所だけ、メモって良いか?」
「ええ、良いわよ。でも個人情報は商売上色々と問題があるから、なるべくメモるのは抑えてくれると嬉しいわ」
「了解した。必要なのは名前と住所だけだから、他の個人情報は無用だ」
信康はコーカサスに紙とペンを持って来て貰い、直ぐにメモして行く。
「よし。この情報を早速、総隊長達に伝えて情報共有をするぞ」
信康がそう言って、挨拶をそこそこに部屋を退室して行く。
その背にアニシュザードは声を掛けた。
「借りの件、忘れちゃ駄目よ。それと今後は私の事、アイシャって呼んでも良いから♥」
「勿論だ。連絡を待っているぞ」
そう答えて、信康達は走り出した。