第99話
シエラザードに会うべくプヨ王立総合学園を出て、カルレアのアパートメントに向かう信康達。
全力で走った御蔭で、ものの十分前後でアパートメントに着く事に成功した。
「ふぅ、漸く着いたか」
信康達は此処に来るまで全速力で来たので、アパートメントの前に来た時には息を乱していた。
レズリーは膝に手を着いて、荒く呼吸を繰り返していた。
「お前・・・俺達に着いて来るなんて、結構体力あるな」
「ぜぇ、ぜぇ・・・・・こ、これでも、うんどうはすきな、ほうなんでね」
流石に信康達のペースに合わせて走るのは、一般人にはきつかったみたいだ。しかしそれでも付いて来れるのだから、大したものだと言える。
「まぁ此処まで来たら、後は俺達だけで良い。お前は着いて来なくて良いからな」
「そ、そうだよな、な、なんで、ついてきた、んだろ?」
レズリーは自分でも何で付いてきたか、分からないみたいだ。自分がただ単に信康に付いて行きたかっただけなのだが、その感情に気付いていなかった。
自分の事でありながらそんな事を分かっていないレズリーは、息を吐きながら首を傾げていた。
「こうして手伝ってくれたからな・・・事件が解決した後になるが、終わった後に必ずお礼をするぞ」
信康はそう言って、アパートメントに入って行った。
「あ、ああ、たのしみにしているよ」
信康の背に御礼を期待した声をあげるレズリー。その両頬は赤く染まっていたが、それはただ単に息切れしているからでは無かった。そんなレズリーを一目見て、ルノワ達は溜息を吐きながら信康に付いて行った。
アパートメントに入り、そのまま二階へと上がる信康達。
そしてシエラザードが住んでいる、二〇四号室の前まで来た。
「確か・・・此処の部屋だったな」
「そうです。シエラザードさんの部屋は此処です」
居るかどうかの確認の為、信康は扉を叩いた。
「はい」
「突然すまん。信康だが、話がしたい」
「分かりました」
そう言って、シエラザードは直ぐに扉を開けてくれた。
「こんばんわ。アパートを出られて以来ですね。皆さん」
「ああ、そうね」
「こんばんわ」
ティファとルノワは挨拶した。
「そちらの方は、初めて見ますね」
「初めまして~。レムはレムリーア・フリシアンと申します~」
レムリーアは頭を下げて挨拶した。
「始めまして、私はシエラザードと言います。王都の大通りや歓楽街で占いをしています」
「占い師さんなんですか~。今度で良いので~良かったらレムも占って~くれませんか?~」
「ふっふふ、良いですよ。普段は気分で場所を変えてますから、また改めて私の部屋までお越し下さいな」
レムリーアの間延びした言葉を聞いても、普通の対応をするシエラザード。
それを見て、信康達は凄いなと思った。
「それで、何の話に来たのですか?」
「あ、ああ、此処で話すのも何だからな。部屋に入っても良いか?」
「ええ、構いませんよ」
シエラザードはあっさりと、信康達を自分の部屋に通してくれた。
部屋に入り、リビングに通された信康達。
通された部屋の広さは当然だが、信康達が使っていた部屋と同じ広さであった。
信康はリビングに置かれている、ソファーに腰を掛けた。
右隣にティファ、左隣にルノワ。少し離れた椅子にレムリーアが座った。
シエラザードは信康と対面の場所に座る。
「それで、御要件と言うのは?」
「あんたの妹・・・アニシュザードは王都の裏社会を代表する、顔役の一人だよな?」
「そうです。妹は主に、娼館関係の仕事を手広く行っています」
「だからこの前のポーカー勝負で、賭け事の内容が相手組織所有の娼館だった訳だ・・・なら、話が早い。出来れば今夜だが、たとえ無理でも早い内に話がしたいと言ってくれないか?」
「・・・・・・何故、妹に会いたいのですか?」
「まぁ簡単に言えば現在王都を騒がしている連続殺人事件の殺人犯に繋がる、重要な手掛かりが手に入ったからだ」
「ではノブヤスさんが仰っている、その重要な手掛かりが妹と関連している訳ですか?」
「ああ、そうだ」
「では、今夜にでも一緒に行きますか。アイシャの所に」
「・・・何だと?」
シエラザードが言った意味を少し考えた。
「それは、今夜にでも会えるという事ですか?」
ルノワが信康の気持ちを代弁した。
「ええ、今夜あたり妹の所に顔を出そうと思ってまして。それに連続殺人事件が関わっているとなれば、じっとしている訳には参りませんから」
「積極的な協力、感謝する。それに俺達も、付いて行って良いか?」
「構いませんよ」
「そうか。じゃあ」
このまま一緒に行こうと言おうとしたら、ティファに袖を引っ張られた。
そしてティファが信康の耳元に顔を寄せた。
「このまま着いて行けば、犯人のグランと遭遇する事になるかもしれない。そうなった場合、あたし達だけだと人手が足りないわよ。出来ないとは言わないけど、人手が多いに越した事は無いでしょ?」
「むっ」
ティファに言う事も、尤もであった。もしこの少人数でグランを遭遇した場合、信康達だけでは捕まえるには手が足りな過ぎて逃げられる可能性があった。実力的に出来ないとは思わないが、もし逃走を許したら後で叱られるだけでは済まない話である。
「それで、どうする? やっぱりあたし達だけで話を進める? 捕まえる自信は勿論、あるけどねぇ」
「・・・此処は一旦、兵舎に帰って総隊長に報告しに行くか。その際に人手を、ケル地区に集結させて貰う様に頼むとしよう」
「それが現状、最善手だと思います。今回の事件をよしんば解決したとしても、国や軍上層部から手柄として認められて報酬が貰えるとは思えませんから」
そもそも犯人であるグランは傭兵部隊の隊員だったのだから、同じ傭兵の手で捕まえるのは当然だと言われそうな気がする信康。もし傭兵部隊の手でグランを逮捕出来なければ、傭兵部隊の沽券に関わるだろう。
プヨ王立総合学園でもシャルロット達に疑われていたみたいに、傭兵部隊に疑惑の目が向けられつつある。もしこれでグランが同じ近衛師団傘下と言えど別部隊である警備部隊か銃士部隊の手で逮捕されれば、傭兵部隊としては立つ瀬が無かった。なので此処は確実に、グランを捕まえる為に人手が欲しかった。
「シエラ、すまん。後で合流させてくれないか? もしかして、犯人を捕まえるかもしれないからな」
「分かりました。では準備が整い次第、再びアパートの前まで来て下さい。この部屋でお待ちしてますから」
「了解した」
信康は立ち上がり、挨拶もそこそこにシエラザードの部屋を出て行った。
そして一気に、傭兵部隊の兵舎まで駆け出した。