第96話
警備部隊本部を後にした信康達は、ケソン地区にあるプヨ王立総合学園に向かう。
(俺とした事が、迂闊だったな。ビュッコックの爺さんに紹介状の一枚でも、書いて貰えば良かった)
警備部隊本部まで引き返してビュッコックに頼みに行くのは、今更感が否めず気が引ける信康。信康は仕方が無いので、代案を考える事にした。
しかし、紹介状も無しにいきなりプヨ王立総合学園へ行ってもアメリア達に簡単に合わせて会えると思えないので、此処は誰かに仲介して貰ってから行く事にした。
プヨ王立総合学園に通っている信康とアメリアの知り合いと考えると、ナンナとレズリーとマリーザとダリアの四人しかいない。
その四人で住んでいる住所まで知っているのは、レズリーとマリーザとダリアの三人になるが、マリーザとダリアは同じルベリロイド子爵邸に居るので実質二ヶ所になる。
なので信康は先ず、アパートメントに住むレズリーに頼みに行く事にした。
「さて・・・此処まで来たが、この後どうする?」
信康がそう言うので、ルノワ達はずっこけそうになった。
「ちょっとちょっとっ。此処まで来て、何も考えてなかったなんて言わないよね!?」
「はっははは、冗談に決まっているだろう」
三人がそんな反応を取るので、可笑しそうに笑う信康。ルノワ達は信康の思惑を知らないので、そう反応せざるを得なかったのだ。それを逆手に取ってわざとそう言うと、想像以上の反応が帰って来たので満足していた。
そんな信康の心中など知る由も無いルノワ達は、信康がどうやら何も考えていない訳ではないという事が分かりほっとしていた。
「それで、これからどうするのですか?」
「取り敢えず今から俺がレズリーの部屋に行って、俺達が学園に入れる様に同行を依頼して来る。レズリー達学園生は夏休みと言う長期休暇に入っているから、外泊していなければ部屋に居る筈だ。早朝から行動していたのが、功を奏したな」
「それが妥当ですね」
「はい~レムもそう思います~」
「だな」
「と言う訳で、俺はレズリーの部屋に向かう。お前等は此処で待機だ」
ルノワ達が賛成してくれたので、信康はアパートメントの前で待機する様に命じた。それからレズリーの部屋へと向かう。
するとただ待っているだけなのは退屈だからか、ルノワ達は雑談を始めた。
「それでですね~レムはケル地区の喫茶店で~美味しい御菓子を食べたのですが~それがまた美味しかったです~」
「どんなお菓子でした?」
「あれはですね~白いフワフワしたものを~四角形に切ったケーキに乗せていました~」
「それはまた美味しそうですね」
「店の名前は何て言うんだ?」
「確か葡萄の家と言う店でした~」
三人は行った店について話をしていた。
ルノワとティファはレムリーアが行ったと言うケーキの専門店に、興味津々と言った様子で話を聞いていた。
一方でルノワ達の雑談が盛り上がっている事を知らない信康は、レズリーの部屋である二〇一号室の前まで行くと呼鈴を鳴らした。暫くすると慌しい騒音が鳴り続けた。少しすると眼前の扉が、人の頭がやっと通れるだけの隙間分だけ開いた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・な、何でお前がこんな朝っぱらから居るんだよ・・・吃驚しただろうがっ・・・はあぁっ」
其処には呼吸を荒く繰り返している、レズリーが居た。信康は何でそんなに慌てているんだと思いつつも口には出さなかった。
「おお、やはり部屋に居て良かった・・・その、何だ。驚かせたみたいですまんな」
チラッと扉の隙間から覗き見したが、レズリーは寝間着を着ているので起床したばかりか起こしてしまったかもしれなかった。信康は自分に非があると思い、素直に謝罪した。
自分に頭を下げて謝罪する信康を見て、レズリーは溜息を吐きながら訊ねた。
「はぁっ・・・それで? あたしに何か用かい?」
「ああ。こんな朝っぱらから申し訳無いんだが、お前に頼みたい事があってな」
「あたしに? なんの?」
「実はな」
信康は事件の事についての事情を簡単に説明した。
「へぇ。最近王都アンシを騒がしてる、連続殺人犯を追いかけているのか。そう言えば学園からも、夜間は外出を自粛しろとかって注意喚起が出てたな」
「そうだ。それで唯一の目撃者の証言をもう一度、今度は傭兵部隊おれたちの方で聞きたいと思ってな」
「あいつ等なら、今は寮で生活しているぜ。・・・・・・・・あっ」
話していて、レズリーは何故信康達がここに居るか分かったみたいだ。
「あたしに寮にってか、学園に入れる様に仲介しろって事かい?」
「察しが良いな。その通りだ」
「そんなの別にあたしじゃなくても、学園に行って軍の関係者だから話を聞きたいとか言えば良いじゃないか?」
「幾等アメリアと知り合いでも、傭兵だからな。学園もすんなり通してくれるとは思えない。あんな事件が起きている最中じゃあ尚更、学園関係者以外の部外者を敷地に入れたいとは思わないだろう?」
「ああ、確かにな」
「学園に入れる様にしてくれるだけで良い。御礼に出来る事なら何でもする。だから、頼む」
信康は改めてレズリーに、頭を下げて頼み込んだ。
流石に其処までされては、レズリーは困った様に頭を掻く。
「・・・・・・・・仕方がないな。ちゃんと御礼はしてくれるんだろうな?」
「それは勿論だ」
「分かった・・・だけど女の準備は時間が掛かるんだ。外で待ってろよ」
「お安い御用だ。此処で待たせて貰うぞ」
信康はそう言うと、レズリーは扉を締めた。もしレズリーが駄目ならマリーザとダリアに頼む事も考えたが、借りが大きくなりそうなので避けられて良かったと信康は思った。
ダリアならその様な心配は無用だと思うが、マリーザは強かなのでレズリー程安上がりにはならないだろうと簡単に想像出来た。それから二十分位経過した後、レズリーが制服姿で出て来た。
「待たせたな。ほら、ついて来いよ。ちゃんと寮まで案内するから」
「助かる」
「ちゃんと御礼してくれよ」
信康はレズリーの後を付いて行った。
それからアパートメントの外で待つルノワ達と合流して、全員でプヨ王立総合学園に向かう。
「・・・どう思う?」
「あのレズリーと言う娘ですが・・・ノブヤス様に対して間違い無く、明確な好意を持っています」
「はぁ~ノブヤスさんって~手が早いんですね~」
信康とレズリーの様子を観察しながらルノワ達はそう話しているが、幸い信康達の耳には届いていなかった。