第8話
信康はルノワと共に、ケソン地区を歩いていた。
「出たのは良いが、何処かに時間を潰せる場所は無いか?」
「ノブヤス様はどんな事をして、お時間をお潰しになりたいのですか? それを教えて頂ければ、私も思案出来るのですが・・・」
「どんな事か・・・・・・」
信康は今まで仕事がない時、何をして時間を潰していたか思い出す。
頭の中で浮かんだのは酒、賭博の二つが浮かんだ。
故郷では、大名家の出身で信康だが、大和皇国に居た時から、芸術面ではからっきしと酷評されている信康は絵を描けば子供の落書きにも劣り、歌を歌えば失神者が出る程の極度の音痴である。
だから、趣味と言える趣味が無かった。
外に出て居るから、外に出て出来る事がしたかった。
取り敢えず、信康はルノワのお勧めの出来る事を聞こうとしたら、それは突然起こった。
いきなり向こうの塀から、一人の美少女が飛び越えて来たのである。
「あっ」
美少女が思わず、声が漏れた。
飛んで来た美少女と、信康は目があった。そしてその美少女は重力に従い、信康目掛けて落ちて来た。
「きゃっ!」
美少女を落とさない様に、美少女をキャッチする信康。
突然落ちて来たので、信康は思わず美少女の腰に手を回してしまった。
そして一回転して衝撃を和らげ、お姫様抱っこで抱き上げていた美少女を地面に下ろした。
「ごめんねぇ、遅刻すると思って見ないで降りたから・・・・・・」
ショートカットにした茶髪。猫の様なツリ目。端正な顔立ち。
どちらかと言えば綺麗と言うよりも、一般的に可愛いと言える部類の美少女だ。
(この女・・・傭兵部隊の入隊日にプヨ王立総合学園ですれ違った時に見た顔だな)
「怪我は無いか?」
信康は美少女の顔を見て最初に見た時の事を思い出しながら一応、怪我の有無だけ聞いた。
もし怪我などさせていたら、後々面倒な事になるかもしれないからだ。
「うん、大丈夫。何処も怪我してないよ。君は?」
「俺は大丈夫だ」
何処も怪我してないし、服の何処も破けてはいない。
「そう、良かった・・・はい、ノッ・・・ノブヤスかな? これ、落としたよ」
美少女からから信康に、身分証を手渡された。
先程、信康が回転した所為で懐に入れておいた身分証が落ちた様だ。
「君の身分証を見ちゃったから、ボクも自己紹介するよ。ぶつかったお詫びも含めてね」
美少女はスカートの埃を、叩いて落とす。
そして信康の顔を見ながら、笑顔で自己紹介する。
「ボクはナンナ・チョークキー。其処のプヨ王立総合学園に通っているんだ」
ナンナが自己紹介をした後、始業を告げるチャイムが鳴り響く。
「やば・・・・・このままだと、遅刻だよっ! ごめんねっ! ノブヤスッ!! また会おうねぇ~~っ!!」
ナンナは、慌ただしくプヨ王立総合学園の中に駆け込んだ。
「せわしない女だったな」
「ええ、そうですね」
信康とルノワは、ナンナを見送りながら零す。
貰った身分証を懐に入れて、信康は頭を掻く。
「学園生か・・・・・・この国は戦争中だというのに、ナンナあいつは随分のほほんとしているな」
「それを言うならこのガリスパニア地方全体が数百年前、下手すると千年近く前から戦国乱世の時代ですよ? 王都アンシが戦場になっていない以上は自覚出来ないのも無理ありませんし、あの娘の性格もあるのでは?」
「それもそうか。話を戻すがルノワ、何処かお前のお勧めの場所はあるか? 今日は其処で時間を潰そうか」
「はい、では。僭越ながら案内をさせて頂きます」
信康はルノワのお勧めの場所に向かう。
ルノワの案内で連れて来られたのは、カンナ地区にある森であった。
「此処が、お前のお勧めの場所か?」
「はい。そうです」
ルノワは黒森人族だ。森人族という種族は、共通して自然を大切にする性質がある。
なので、森人族は木々が有る所を好む。それは黒森人族であっても変わりない。
だから、森がお勧めの場所なのだろうと予想した。
「まぁ、偶には森林浴も良いか・・・・・・」
信康は森を歩きながら、身体に心地良い風を感じる。
ルノワも楽しそうな様子を伺わせる。
そのまま二人は何も言わず、森を歩く。
歩いていたら、茂みからガサガサと音がする。
二人は身構える。得物と言える物はないが、素手でも戦い様では熊でも相手に出来る自信がある。
緊張する二人。そんな中で、茂みから何かが飛び出してきた。
出て来たのは、白い兎だった。
兎は二人を見て、耳をピコピコ動かして何処かに行く。
「「・・・・・・・・・・・・」」
兎に身構えていた二人は、何とも言えず固まる。
「・・・・・・行くか?」
「そうですね」
二人はまた歩き出した。
森林浴の途中でお腹が減ったので、二人は森林浴を止めて近くの喫茶店に入った。