第零話1
永福二年。大和皇国駿江国。
多くの屋敷が、建てられている通りにある一つの屋敷。
その、屋敷の一室にて、男女がいた。
「よく頑張ったな。佐那」
床で横になっている佐那という女性に、男性が優しく声を掛けた。
二人は、年齢は同じ十代半ばであった。
若く、身体から生命力に溢れんばかりの、活力を出していた。
「はい。旦那様。どうか子を」
佐那は側で、白い布に包まれた物に目を向けた。
布に包まれているのは、小さな赤子であった。
目が瞑っているので、どうやら眠っている様だ。
男性は赤子を起こさない様に、慎重に赤子を抱いた。
「・・・・・・温かいな」
「ええ、わたしと旦那様の子です」
男性が赤子の体温を感じながら呟くと、佐那は微笑みながら告げた。
「そうかそうか・・・」
男性は嬉しそうに、顔を緩ませていた。
(これが、幼い頃に両親と離され、織原家と吉良家の間を、人質として送られ、受け継ぐはずであった国は奪われ、屈辱に耐えて耐えて手に入れたものか・・・・・・・)
手の中に温かさを感じながら、男性は今迄の事を思い返していた。
(この子には、わたしが受けて来た苦労を受け継がないで、くれれば良いのだが)
男性は赤子を抱きながら、祈る様にそう願っていた。
「あの、旦那様。そろそろ、子に名を」
佐那にそう言われ、男性は気を取り戻した。
「ああ、そうだな。・・・・・・わたしと同じ幼名を着けよう。この子の名は竹千代とする」
「まぁ、それは良いかと」
佐那は赤子に男性と同じ幼名を着けられた事を、殊の外喜んでいた。
幼名が同じという事は、自分の後継者という事を暗示しているからだ。
男性は赤子を抱きながら、高らかに宣言した。
「お前は、このわたし徳平蔵人佐元康の嫡男。竹千代だ」
男性こと元康の宣言を聞いているのは、佐那だけであった。
だが、その名を言祝ぐ様に、雨が降り出した。
日は高く曇っていないと言うのに、大地を濡らした。
「おお、見よ。佐那、天がこの子の誕生を喜んでいるぞ」
「ええ、そうですね」
突然の大降りの雨に、元康も佐那も驚いていた。
二人は、どうかこの子に幸あれと願っていた。