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婚礼前夜3

 そこに、築山の茂みの奥から、「姫様、探しましたよ」と、小さく叱責を含んだ声音でシェリアルを呼ぶ声が聞こえた。ひたひたと小さな足音が近づき、侍女のシャオチェが姿を見せる。姫と同じパンテラ系ニアサピエンスだが、こちらは黒髪の黒色化個体である。新芽が芽吹き始めた枝葉が込み入った灌木の繁みのせいで、シャオチェにはシェリアルしか見えていないようだ。

「シャオチェ、ダキア殿下の御前ですよ」

 呼ばれてわれに返ったシェリアル。鈴を振るような柔らかい声で侍女を静かに諫めた。シャオチェは弾かれたように三歩下がり、「失礼いたしました」と添えて頭を下げる。



 実はシャオチェ、見るに見かねて飛び出したという格好だった。

 シェリアルとは長い付き合いだ。寝所を抜け出したことにはすぐに気づいたが、城の郊外とは異なり、神殿の中庭は危険がない。シャオチェはつかず離れず跡をつけ、適当なところで「探しに来た」という体裁を装って声をかけ、離れに戻るよう促すつもりだった。

 ところが、追い付いてみたらダキアもいて、シャオチェは面食らった。二人がこっそり逢い引きの約束をしていたはずもないから、これは時ならぬ偶然の逢瀬だろう。それはそれとして、部屋に戻った後は、逢瀬の件には目をつむり、抜け出したことだけを窘めればいいと考え、息を潜めて様子をうかがうことにした。


 しかし、シェリアルのらしくない様子には驚いた。普段は物怖じしない強気で気丈な娘なのにすっかりしおらしくなってしまっている。流石にシェリアルが婚約者との予期せぬ鉢合わせに浮足立ち舞い上がっているのは察したが、ダキアも英雄と謳われるには堂々とした男らしさが感じられないのには輪をかけて驚いた。ここは男がリードするものでしょうと憤慨するシャオチェ。

 ダキアがシェリアルの美しい可愛らしい見目にすっかり怯み、たじろいでいるだけだとは全く気づいていない。

 ああいう時は、女性からリードするのではなく、男性が遠回しにアプローチするのがマナーというものです。殿方が女性をリードする気概を見せなくてどうするのです。

 まだ恋を知らないシャオチェにとって、この二人の見つめ合うでもなく言葉を交わすでもなく、くよくよ尻込み躊躇するだけの様子はただただ歯痒い。

 そうしてシャオチェがやきもきしているところに、ダキアが「妻を摂って食う云々」と笑いどころのわからない発言を耳にし、「これはもう駄目だ」と観念した。

 ダキア殿下に関して、男女の機微に疎いという噂は小耳にはさんでおりましたが、正直あそこまで鈍く察しの悪い方だとは。

 あえてダキアに気づかぬ振りでシェリアルに姫様探しましたよ、と声をかけたのだ。



 シェリアルに殿下の御前である、控えよと命じられて三歩下がった位置から、今度はダキアに向かって口上を述べた。

「恐れながら申し上げます、ダキア殿下。姫様は殿下とのお輿入れを、それはもう首を長くして、一日千秋の思いでお待ちしておられました」

 これは、明日の婚礼後にシェリアル付きの侍女の任を解かれ、城仕えに戻るシャオチェなりの最後の忠義だった。

 姫のダキアを想う一途な気持ちが、そこから端を発した鍛練の日々が、全く無意味になってしまう。グラディアテュール第二王子にははっきり自覚していただかないと。

「姫様は、ダキア殿下に釣り合う存在になりたいとおっしゃり、先々の寒季明けから馬術や弓術を熱心に習われております。

 その様子を間近で見続けてきたシャオチェは熱い眼差しで拳を握りしめ、さらに続ける。

「ですから、どうかシェリアル様を生涯大事になさってくださいませ」


 臣下、家臣、侍従の立場でありながら無礼にもほどがあるシャオチェの奏聞だったが、ダキアは咎めるようなことはしなかった。むしろ、第三者の登場で救われた。そう感じたくらいだ。

 もとより、軍では配下であれ、部下であれ、意見奏上具申があれば遠慮なく申し立てろ、と公言している。目くじらをたてるほどではない。

 更に、そこからのシャオチェの口上、は、驚きに満ちたものであったし、特に馬術弓術を嗜んでいることは全く想像もしていなかった。有難いくらいだ。

「注進感謝する」

 そう前置きしたうえで、「姫に見蕩れ、上擦り気後れしていた」と心中を吐露した。

 今度はシェリアルに向き直る。

「その、グラディアテュールに着いたら」

 シェリアルが弾かれたように顔を上げた。

「そうしたら、姫に若駒を見繕って、一緒に狩りに行きましょう」

 白い頬がぱっと紅潮し、瞳が潤んでいるように見える。

「はいっ」

 その声は心の底からの歓喜に満ちていた。



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