大団円~ミアキスヒューマン、サピエンス、そして観察者
「マルス、旧アシル語は理解できるか?」
はい、とマルスが大きく頷く。
「ならば、俺の言葉を観察者に訳してくれ」
そう命じて剣を抜き、刃を観察者の首にあてがった。
「観察者よ。何が目的だ。いや質問を変えよう。マナを持たぬおまえたちは何者だ」」
マルスがダキアの質問を古アシル語にかえ、天人つまり観察者の通訳を始める。
『あなたは何者ですか』
観察者が、しばし俯いて、それからなにか意を決したように顔をあげ、口を開いた。
【私たちは遙か彼方から訪れた者です、ヴィマーナでやってきました】
ダキアにはやはりキィキィと汚い鳴き声にしか聞こえないが、マルスはそれを言語として認識できているようだ。
そのマルスが、観察者の返答を聞いて、なんとも言えない表情を浮かべてダキアに向き直る。
「《ヴィマーナ?と呼ぶ何かでやってきた》、そう言っています」
ダキアを始め、フルリシャルマの双子姉妹、ネルガル、ウルススのミザル、アルコー、そして、エンキのかけた眠りから目覚め、合流したラタキアとジウスドラも一様に首を傾げる。
「ヴィマーナ?」
「初めて聞く言葉だ」
「なんともいえぬ不思議な響きですな」
誰か意味分かる人は、おまえ知ってるか?と全員が全員、解読できる者はいないか質疑しあう状況と化した。
まず、古アシル語が分かるマルスが、エガルマハの面々が、相当する言葉が思い当たらず訳せずにいるのだ。ヴィマーナとはおそらく観察者独自の言語だ。
「聞いてみますね」
再度マルスが観察者に問いかける。
『ヴィマーナとはなんですか』
【あなたがたが蓮星、ガリカと呼ぶものです】
観察者が答えると、まず、言葉を理解できるエガルマハのサピエンスがざわつき始めた。
「蓮星が、ヴィマーナ??」
「えっ?」
「どういうこと?」
「おい、何だっていうんだ」
ミザルに急かされマルスが、翻訳を伝える。
「彼、天人は、《蓮星から来た》、そう言ってる」
天人、観察者はガリカからやってきた。
シチフサの記憶。あのシチフサのいた場所が、ガリカなのだとしたら。辻褄は合う。腑に落ちる。
あの昼とも夜ともつかないだだっ広い空間の窓から見える青い宝玉。あれが我々の暮らす場所。遠い世界からやってきた彼らは永劫とも言える時間を過ごし、この世界のマナの作用する理を大いなる興味と関心を持って見守ってきた。
夢の中ではどんな荒唐無稽な状況もそういうものだと感じるように、ダキアは自然に受け止め理解した。
それはともかく、古アシル語でやりとりできるエガルマハのサピエンスは、ややもするとダキアたちを置いてけぼりにして観察者との議論に熱中している。
これはいけない。マルスを軽く小突いて元の目的、聴取に戻ってもらう。
「観察者よ。答えよ。シチフサとはどういった関係だ」
『あの子供は仲間なの?』
【とても賢く、よい相棒でした】
「《最良の、素晴らしい相棒》」
「なぜ、別々に行動していた」
『どうして、離れ離れになっていたの?』
【初めてヴィマーナから降りてきた時に、プレシャスウイングの起こした風に煽られて落ちたのです】
「《私たちは、天空の、蓮星から、降りてきた…プレシャスウイングが私たちを離れ離れにした》プレシャスウイング?なんだろう」
「……白竜の事だ」
重く呻くようなダキアの声。
「白竜は、彼らの傍を掠めるように、飛び去ったんだ」
「殿下、それどこで」
これもマナの副作用なのかわからん、と前置きして、先刻エンキとシチフサ双方の生前の記憶を垣間見た事を打ち明けた。
「その様子を見たシェリアルが白竜が獲物を落とした、と。それでシチフサを神殿に運んだんだ」
先刻、シチフサが観察者の許に駆け寄りなにやら伝えたあと、観察者はシェリアルに向かって頭を垂れるジェスチャーを見せた。シチフサが消えると涙を零した。
観察者にはマナが無いから感情はみえないけれど、あれは観察者にも感情と言うものが存在する証左だ。
ダキアは口調を変えて、質問を続けた。
「お前たちは私たちとプレシャスウイングとの戦の場にも出没したな。あれは何が目的だった」
マルスが、一瞬怯んだ。何をどう伝えろと言うのかダキアの意図が読み切れない。意味が分からないのではない。フルリ、シャルマと同じく、マルスもあの凄惨な戦闘を知っているからだ。
マルスの動揺を察したネルガルが替わって通訳を始める。
『プレシャスウイングの討伐を妨害したのは何故だ』
観察者が、つと虚を突かれた感じにダキアの顔を見つめ返してきた。
「マナを使った治癒の瞬間を見たかったのか」
『マナを使って何が起きるのか知ってどうする』
ネルガルの刺々しい翻訳を聞いて、マルスが翻訳し直す。
『マナの治癒を見たかった?』
それで観察者がこくりと頷いた。頷いて、またキィキィとさえずる。
「《マナを使う。我々には持ちえない技術。知りたい》」
確信した。もはやダキアの中でこの小さな観察者に対して、敵意は無くなっていた。
ただ、知りたい。彼等の行動原理はそれだけ。
事実、蓮星、ガリカにいるミアキスヒューマンに似た姿の生き物たち、彼らは観察者を慕っていた。こと、シチフサの存在がなによりの証拠だ。危険な存在ではないことをシチフサの存在がなにより雄弁に物語っている。
ならば。
「私はお前をどうこうしようというつもりはない。知りたいのならば、アシル神殿の立ち入りを許可する。存分に調べ、観察するがいい。そのかわり、私たちも、お前たちを知る権利がある。お前たちの知識の全てを晒せ。我々に開示しろ。それが条件だ」




