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真相と和解~ダキア、二人の記憶を垣間見る

 シェリアルは大丈夫だと言ったがそれでも心配しかない。なので、念のため、ダキアは水晶のマナを懐に、最寄りの柱の陰に隠れて様子を窺っていた。何か異変を感じたら即飛び出してシチフサを浄化するつもりだったのだが、目の前でおきている想定外の展開に困惑を隠せない。



 それなりに距離があるため、シェリアルの声は聞こえない。が、シチフサの告解が、エンキの嘆きが頭の中に響いてくる。同時にシチフサの、エンキの生前の記憶らしい光景が見えるのだ。義眼のマナの作用なのか分からないが、今は有難い。同情をひくための虚偽か否かの判別が出来る。



 …シチフサは、四方を壁で覆われた、昼とも夜ともつかない場所で暮らしていた。暗い海に浮かぶ、外縁を青白く芒とした鈍い輝きに縁どられ、幾つもの白い筋が様々に形をかえて彩りを添える青い宝玉を丸い窓から眺めるのが好きだった。時折、淡い緑の輝く焔が、弧を描くように宝玉の上部下部から吹き上がり、脈動するかのように輝き躍る。


 シチフサの記憶だからなのか、青い宝玉は自分たちが暮らしている場所だと、不思議に感じることなくダキアは自然に受け入れていた。


 その昼も夜もない、天井の高いだだっ広い空間には、シチフサ同様、全く見覚えのない様々な姿のミアキスヒューマン、ネオ・ミアキスがいた。

 絹糸のような金色の長い毛が全身を覆った者、丸い形の耳、ひしゃげた鼻先、くるりと丸まった尾を持つ者、白と茶色、いぶし銀、雪のように白い毛、複雑な色が混じり合う被毛、シチフサ同様に中程で折れ曲がったり、魚の鰭のように薄く長く伸びた耳の形、骨と皮にしか見えない華奢な容姿。


 シチフサが顔をあげた先には、観察者が大勢いた。突然、その中の一人が急速に面前に迫ってくる。ダキアは危うく悲鳴をあげかけた。咄嗟に口元を手で覆い、辛うじて叫び声をのどの奥で押し殺した。

 シチフサが観察者に駆け寄り抱きついて、頬ずりをしたのだ。まるで好好爺と幼い孫のようなやり取りだ。


 安堵と同時に指で義眼を押さえ、大きくため息を吐くダキア。記憶を垣間見れるのは便利っちゃ便利だが…心臓に悪いな。


 ともかく見慣れぬ容姿のミアキスヒューマンたちは、観察者を大事な仲間、それ以上の関係のように接していた。同様に観察者も彼らを家族のように扱っていた。


 シチフサの記憶を見る限り、観察者たちは、このアシル、キンツェム、グラディアテュールを何度も何度も行き来していたらしい。シチフサもいつか一緒に行きたい、と観察者にねだっていた。その願いが叶った時、彼は大きな悲劇に見舞われた。

 巨大な白い影が急速に空を遠ざかって行く。一瞬視界に映ったその姿は忘れもしない存在。

 白竜!

 シチフサの身体がふわりと浮いた。白竜のまき起こす風にあおられバランスを崩したのだ。シチフサの視界に、急速に地表が迫り来る。森に叩きつけられた衝撃。誰かに背負われて、何度となく励まされた。


 ダキアにとっては、もう身近な聞き覚えのある優しい声だ。シチフサを背負ったシェリアルが何度もシチフサを叱咤する。


「がんばって、後少しで神殿に着くから」

「神殿に着けば神官様がシチフサを治してくれるわ、だからがんばって」

「寝ちゃだめ。意識を強く持って」


 シチフサは、何度も助けてくれてありがとう、そう呟こうとしていた。だが、舌が上手く回らない。荒い息遣いで喉がヒューヒュー鳴るだけだ。


(ちゃんとお礼を言わないと)



 その後、少しの間を置いて、奥の院に眠っていた琥珀の中のエンキと語らう光景にかわった。


 ダキアの義眼を通じてみる人の姿のエンキの容貌は峻厳というには威厳に乏しく、長たる覇気も華も無い、ただただ厭世観に満ちた幸薄い老人といった印象をうけた。

 初代から活気を取り除き、輪をかけて研究熱心にしたような男で、元々長を務めるような器ではなかった。

 ただ初代の系譜の中で一番年かさだから。マナと貴石に詳しいから。それだけで長に祭り上げられた男だった。

 そういった身分立場を逆手にとって次の長を指名し、離宮に引きこもることも出来たのだが、そうしなかった。

 長として自身が民に慕われる誘惑に負けたのだ。

 結果、大陸が滅亡寸前にまで陥った。非才なりに奔走した全てが徒労だった。無駄に終わった。

 アンシャルとキシャルの二人は禁忌のマナを生成した。災害を引き起こすに至った。

 エンキはもう心身ともに疲れ切っていた。逃げたかった。


「儂は、マナとなって災禍をとどめ浄化しようと思う」

 そう言葉には出したが、本心は、これで全てから逃げられる。長の責務と銘打って。アンシャルキシャルの不始末から。この先に待ち受けている責任を負って生きる重圧。全てのしがらみから。それが偽らざる本音だった。

 マナとなったことでエンキはマナを持つ生き物への意識の介入を行った。その間、一族と共のルプス達は持てるマナの知識の全てを駆使してアシルの湖底に大都市エガルマハを建造し、逃げ込んだ。


 エンキからマナの研究を取り上げ、高潔なる長としての振る舞いを強制してきた彼らが、初代に連なる一族としての立場を忘れ真っ先に保身を図る姿に絶望した。それでもエンキが厄災と化すことはなかった。本質は、気の弱い、温和な学者肌の性質だったからだ。


 だが、厄災とならなかったかわりに、マナの研究に人生を捧げられなかった深い悲しみが残った。


 …かなしい……


 その悲しみは、周囲の苦しみ、怒り、恐怖など負の感情に過剰に反応した。


 …かなしいきもちはよくないからね…けしてしまわなきゃ…


 そんなエンキにとってシチフサの存在は、天啓だった。マナ以上に信じがたい知識を与えてくれた。


「かなしことはないよ、もうこわいことはないからね」

「お主は一体。こんなことがあるのか」

「多分僕がヴィマーナで生まれたから」

「ヴィマーナとはなにか」

「あの金色の一番大きな星だよ、あれがヴィマーナ」

「あの天の金色のガリカ、蓮星にはいかな存在が住もうておるのか」

「蓮星はいかな世界なのだ。もっと話を聞かせてくれ」

「この世界は大きな玉の形をした惑星なんだよ」

「ヴィマーナはヒトが乗っていて、大昔に生き物が発生するずっと前からこのエデンを観察しているんだ」

「ヴィマーナには僕以外にもネオ・ミアキスと呼ばれるミアキスヒューマンがいて、ヒトと一緒に暮らしているの」

「なんと、ヒトとは何ぞや」

「灰色っぽい緑色の身体で、頭と目が大きくて細い身体をしているんだ」

「天人とはかような異形であったか」


 この頃にはエンキの人格は殆ど残っておらず、言葉遣いこそ老人のものだが、天真爛漫無邪気で無垢な子供のような状態に近かった。子供のシチフサを、生まれて初めてできた大好きな大事な友達、といった風に受け取っていたのだ。


 時折、ナランを始めとする神官たちがエガルマハに出入りするところも見えた。誰かが「このところ、エンキ様のお顔が穏やかになられたと思わないか?」と琥珀を覗き込んで目尻を緩ませ呟く。

「そうだね、ダキア殿下が白竜を屠ったのが伝わっているのかな」


 場面が代わって、奥の院から、神殿を見つめるシチフサがああ、と小さく声を張り上げた。

「あの子だ」

「あの子とは誰じゃの」

「僕を助けてくれた女の子。名前は分からないし、もう会えないとおもってた」

 なんとかしてお礼を言いたいとシチフサがいい、

「何か覚えてることは無いかの」

「僕にシュウメイギクを手向けてくれたの」

「ほほ、ならば近しい見目の花が咲いておるよ。それを持て参らば、あの子も思いだすやもしれぬて」


―シェリアルの寝所にあった白い花はそういうことだったのか。


「ああ、でも、僕の姿はみえない」

「それなら、儂が神殿の者に干渉すれば造作もないわい」


夜明け前、シチフサが神殿のシェリアルの寝所に向かう様子を嬉しそうに見つめ、神殿内にいる者の意識に介入するエンキ。



【僕の事、覚えていなくて、それで悲しくなった、それで僕が悲しくなったのに気付いたエンキおじさんが記憶を消しちゃったんだ】


だいじなともだちがかなしいきもちになってる…かなしいきもちはけしてしまわないと…


それが全ての発端だった。


あまりのことにダキアは毒気をぬかれた気持ちに陥った。純粋純朴な無垢なあまりにも天真爛漫な思いが引き起こしたものだなんて俄かには信じがたい。しかし、信じられなくてもそれが真相なのだと理解は出来た。


いささか下卑た思考だから、口にはしなかったが、シチフサがシェリアルをモノにするためにエンキをけしかけたと、そういう先入観があった。どこかで決めてかかっていた。言動の端端にそう読み取れる仕草が、言葉を発したら、その時は遠慮はしないし、シェリアルが何かのはずみでシチフサやエンキに絆されて制止しようが、問答無用、否応なく浄化消滅させることも厭わない。そのつもりだったのだ。


あの忌々しい朝の光景が己の記憶とは違った視点でよみがえる。

ダキアは矛盾点に思い当たった。

―あの時、シチフサが宮司のなりで一緒に居間にいた。強い感情が引き金になるなら、皆記憶を消されるはずだ。なのに、誰も記憶を消されなかった。何故だ?


理由はシチフサだった。

「どうして、こんな騒ぎになってるの…怖い、僕どうしたらいいのエンキおじさん」

シチフサが怯えている。記憶を消さねば。しかしシチフサの記憶を消せば、シチフサはエンキの事を忘れてしまう。そんなこと出来ない。エンキは逡巡した。ためらった。尻込みした。狼狽えた。

あの時居間にいた皆の感情のタガが外れたような恐慌状態は、そこにいる者たちに干渉していたエンキの意識が伝播したせいだった。

「あの子にお礼を言わなきゃいけないのに、なんとかして引き止めないと」


『姫をアシル城から出してはなりません』


今の状況が落ち着いたらエンキおじさんならあのこの記憶を戻せるかもしれない、それまでなんとかして時間をかせがなきゃ。

あの神託は幼い子供なりに必死に考えた言い訳だった。


―呪ったのはサピエンス。その言葉は何だったんだ。


思い悩むダキアの脳裏に、ふと、生前のエンキの人生が思い起こされた。

居間での険悪な空気に、グラディアテュール、キンツェムを興したと伝えられてきた伝説の偉人アンシャル、キシャルのとの諍いの日々の記憶が重なったのかも知れない。それがシチフサの口をついて言葉になっただけだとしたら。

なんともやりきれない託宣だ。


そうして真相、動機、行動原理が明らかになれば、アシルの森でダキアを連れ去ったのも至極単純明快な理由だった。


【エンキおじさんが、僕を庇ったの、エンキおじさんは悪くないの、わるいのは僕なんだ】


ないている…


エンキが力を振り絞り、記憶を消そうとする。伝わるかどうかわからないが、ダキアは待ったをかけた。義眼のマナを通じて声が聞こえるんだから、逆も出来るかもしれない。

そして、垣間見た記憶の中で、生前のエンキが、切に求め渇望していただろう労いと解放の言葉をかけた。


ー爺さん。もういいんだ。あんたはよくやった、後は俺たちがやる。爺さんはゆっくり休んでくれ。







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