口論
こんな終盤押し迫ったタイミングで喧嘩おっぱじめたよこの二人……
シチフサの姿かたちはなぜ、ルプスに近いのだ。
「……」
そこでダキアは考えることを放棄した。
サピエンスと違い、考えるのは得手ではない。そう自分に言い聞かせた。
隣に並んで歩を進めるシェリアルが、小声で耳打ちしてきた。
「殿下、顔が厳しくなってます」
微かに窘めるような口調だ。
「それは姫の身を案じているから」
「シチフサのことですが、私に一任してもらえますか」
「駄目です」
流石に即答した。
「あの偽宮司はマナをぶつけて相殺すればいい。それだけの話です」
「シチフサのことは私自身の問題です」
シェリアルの、若干突き放すような口調と、初めて意見が割れたことにダキアはいささか動揺した。シチフサを排除することに対して非難を受けた。そう感じた。
思わず声を荒げて言い返していた。
「俺は殺されかけた!」
「だからです!」
きっとした眼差しがダキアに向けられた。
シェリアルのマナの色が変わった。赤い怒りが火の粉のように噴き上がった。怒りだけではない。シェリアルを包む全体的に好ましい桃色に、ネガティブな印象の黄色や橙に不安と悲しみを掻き立てる紫や青、緑や黒が混じる。
姫が怒っている。何かを怖れている。
ダキアは、それを【意味の分からない託宣で城に引き留めようとする】偽宮司シチフサに対しする恐怖だと思った。
「姫だって、偽宮司に脅えている」
そう口にした瞬間、ダキアの胸の内に微かな優越感が広がった。
ダキアがシチフサに苛立ちを覚えるのにはわけがあった。先刻、水鏡のマナで城の様子を調べる直前、水面に映る己を見てしまった。ひそかな自慢だった黒褐色の鬣は勿論、全身の金茶色の皮毛も無い、ひきつれた剥き出しの皮膚が体中を覆う姿。
絶句した。姫が離れていくのでは、そんな恐れを抱いた。
同時に、醜い容姿となってしまった元凶は、姫にとって自分以上に遠ざけ脅える対象であると知って安堵し、シチフサに対して溜飲を下げている自身に嫌気が差した。
「そうじゃありません」
ダキアの指摘を否定するシェリアルのマナの色は苛立ちがちらちら見える。
不意に、嗚呼だめだわ、ごめんなさい、そう吐き出すようにシェリアルがため息をついた。そうして、
「殿下、正直な本音でお話しますね」
言うや否や、ぱしん、とダキアの頬が鳴った。続いてひりひりとした痛みと熱を感じた。シェリアルの平手打ちがダキアを打ったのだ。
「あの婚礼当日の時もそうでしたけど、私を置いてひとりで勝手に決断するのはやめてください。殿下の悪い癖です」
今その話を蒸し返すのか?シェリアルの考えていることがわからない。
「殿下が独りでなにを考えているのか分かりませんが」
不安が絶望を感じさせる悲しみの色に変わる。
「また殿下になにかあったら、私はまた殿下を守れなかったと一生後悔する」
シェリアルの瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「今度こそ自分を許せなくなる」
だから私が身体を張る。身体を張って殿下を守る盾になる。シェリアルはそう申し立てている。
「だからって」
ダキアは拒む。
「相手は何をするか分からない存在なんですよ」
現に俺はこんな、そこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。この変わり果てた外見を笠に着て、同情を憐れみを求めるのは恥知らずの行いだ。
そんなダキアの心の内を知ってか知らずか、シェリアルはゆっくり言葉を紡ぐ。
「私にとって殿下はこの世でただ一人の伴侶です。私は伴侶として臣下として友として恋人として殿下と一生を添い遂げる者です。でなきゃ行幸を中断してまで探しに出たりしません」
シェリアルの小柄な身体が、ダキアにしがみつく。
「もう、あんな心ぼそい時間をすごすのはゴメンです」
マナの色が雄弁に物語る、嘘でもまやかしでもないシェリアルの純粋な本音。
ダキアは恥入るしかなかった。そんなに一途に想う心の持ち主を、ちらとでも疑ってかかるなんて。
「……ごめん」
姫にはいつも笑っていてほしい。姫のいるところには常に幸せが満ち溢れていてほしい。その様子を隣にいて、間近で見つめるのが、今のダキアの叶えたい夢だ。
改めて、「シチフサの話に戻しますね」そうしてシェリアルが語り出した。
「クマルビ宮司のこと、最初は傲岸不遜でいい加減なことをいう老人だと怒りを覚えていたの。だから殿下が決裂するような宣告を下しても制止しなかった」
それは無理もない、エガルマハでのやり取りを思いだしダキアは内心相槌をうつ。
「殿下が湖のほとりで宮司が頭を下げたというのも、実は殿下があの場を丸く収めるために付いた嘘じゃないかと疑っていたわ。だけど、本当に父様母様が、シャオチェが、城下町の、駐屯地のみんなが、城で眠っていた」
玉座での横柄な態度は市井を謀るための嘘偽りだった。証拠に、あの時の発言に嘘はなかった。命を賭してエガルマハを葬った現実を見せられては信じざるを得ない。
「それならシチフサは真実お礼を述べたいだけで、それでシチフサが消えるのかもしれない。そう考えたの」
確かに一理ある。姫に対して同様に、偽宮司シチフサはアシル城に拘っていた。
「分かりました、でも約束してください。もし姫に危険が及ぶような様子が見えたら問答無用で浄化に踏み切ります」




