地上への道中~訣別
フルリとシャルマ・サピエンスの双子の姉妹。基本楽天家のお調子者。シャルマのほうがちょっとボーイッシュ味強い。
ネルガル。アラサー。10年前の件が無かったらクマルビの跡を継いで宮司になってたはずの男。わりと無感情。別に宮司の座を狙ってたわけではないから、立場上湖落としをキメたクマルビの心情を一番理解している。
マルス・宮司の孫。肉親だからクマルビの気持ち孫知らずで喧嘩別れの末に地上を目指すことにした。
ナランとソリル・手足にサピエンス要素が発現したハーフミアキス。
ナル・ルプスの紅一点。二足歩行ニアミアキス。
腕が飛んだりトラウマ描写があったり泣き叫んだりてんやわんや
地上への入り口、アシル神殿奥の院に向かう道中は賑やかだった。
「ねぇ、触っていいかしら」
アルコーの返事を待たずにシャルマが腕を掴んでしげしげと観察し始めた。
「ルプスと掌の形が全然違う。指が一列に並んでいるわ。掌球も横に広いのね」
「そんなこと何の関係があるんだよ」
フルリもカインの槍を拝借し、柄の材質はなんだの穂先がどうだのと興味津々だ。特に石突の雷のマナには驚きを隠すことなく
「なるほど武具にマナを仕込むことで戦闘でも有利に戦うことが出来るわけね」
流石サピエンスだ。分析と理解力が高い。
「でも穂先の痛みが激しいし、マナも弱くなってる」
悔しいがその通りだ。キンツェムを出てからまともに手入れができていない。そのせいで穂も刃の部分が欠けて殆ど切れなくなっている。今はほとんど石突の打撃で攻撃を済ませている状態だ。
「ソリル、お願い」
ソリルと呼ばれたハーフルプスが、手のひらサイズの雪と火のマナを石突にかざすと、それまで暗く弱弱しく瞬くのがせいぜいだった雷が、勢いよく火花を散らし始めた。
カインも素直に感嘆の声を零す。
「そんな小さなマナで」
「地上にはない術です。このマナは密度を高めてあるのですよ」
一方のシャルマは今度はミザルにちょっかいをかけていた。
「毛の質と手触りも全然違うわ。ゴワゴワして、まるで鉄みたい。あら、この背中の瘤はなにかしら」
「さわんじゃねぇ!」
只でさえ好感とは程遠い感情の蟠るミザルだ。無意識に爪で薙ぎ払った。
「あっ」
咄嗟に庇おうとしたシャルマの腕があらぬ方向に傾いだ。手の甲が見えるはずなのに、掌が遠くに見えた。それから骨と肉の断面がシャルマの視界に入り、前腕の中ほどから熱い激しい痛みが沸き上がった。
「あ、あ…?」
あわてることなくルプス神官のナルがシャルマの腕を拾い上げ治癒のマナを宛がったが、今度はミザルが顔色を変える番だった。シャルマの腕の傷が消えない。正確に言うと、腕は接合できたが、切断された皮膚が完治していない。跡が赤く盛り上がっている。
ネルガルがシャルマとミザルの間にそっと身体を滑り込ませるように割って入った。
「そうなんだよ。サピエンスはミアキスヒューマンと違って、マナの効きが悪いんだ。初代の頃からこればかりはどうしようもない。そう言われている」
「ウルススの方が嫌がってるのにしつこく絡むからですよ、怪我は自業自得です」
「そうだね…ごめん」
ナルに叱られ消沈するシャルマが滂沱と涙を流し始める。
「ごめんね、でも白竜に襲われた時なんてこんなもんじゃなかったよね、ごめんね、ごめんね…」
「そうですね、でももう終わった事です。白竜はもういません。ダキア殿下が倒してくれたから大丈夫」
ナルが、マナの入ったセピア色の柔らかい光を放つ煙水晶と優しい色味の紫水晶をシャルマの胸に宛がうと、少し落ち着いた様子を見せ始めた。
ミザルは困惑した。分からない。なんでコイツは自分を責めるんだ?サピエンスは白竜の討伐を黙って見てただけじゃないか。そう見ていたけじゃない。賭博の対象にまでしていた。
気色ばむのを察したネルガルがミザルにだけ聞こえるよう小さな声で耳打ちする。
「フルリとシャルマの親御さんはね、まだ10歳に満たない二人を白竜との勝敗賭博に連れて行ったんだ。『お前たちの大好きなミアキスヒューマン、いろんなミアキスヒューマンをいっぱい見せてやるぞ』そう言ってね。それが心の傷になってるのさ」
ミザルも流石に顔色を無くした。
「年端も行かないガキにあの現場を見せたってのか」
「それでクマルビ様の宮司権限を無断拝借して僕が二人をひきとった」
ネルガルはそう話した後、他人事のように独り言ちた。
「好きなモノが無残に食い殺される現場が見たい子供なんているわけないだろうに」
誰でもそうだ。だから地上での雪の時期の討伐遠征には成獣の雄以外は同伴させない。鉄則だ。
「やっぱりサピエンスってのは虫が好かないぜ」
ネルガルにそう吐き捨て、ミザルはシャルマの傍にしゃがみこんだ。
「すなまかったな、嬢ちゃん。この背中の瘤は、砂漠でシェリアル様と一緒にダキア殿下を救出する時に付いたモンなんだ」
そう言ってミザルはシャルマの頭を撫でた。今度は幼獣と戯れるときのように力を加減している。
「大事な傷跡なんだね」
「そうさ、名誉の戦傷よ。さ、この階段をあがったらもう地上だぞ」
奥の院の外は晴れ渡って澄み切った青空が広がっていた。
地下で生まれ育ったサピエンスたちは、初めての地上の光景を、初めて踏みしめる湿った土のの感触を、直接浴びる陽光の暑さと眩しさを、木々のざわめきを、、野鳥や竜禽の啼き交わしを、湖を渡る風の匂いを、蜻蛉が空を切って飛ぶ姿を、蛙の合唱を、城の船着き場に向かう短い船旅を、全てを喜び楽しんでいた。
彼らのマナも興奮と好奇心の色で昂揚しているのが微笑ましく好ましかった。
だから、どうしてこんな事になっているのか。ダキアは理解が追い付かない。
なぜ宮司がエガルマハの一族郎党を皆殺しにするのだ。
ダキアの義眼には恐怖と怒りの色を纏った薄汚い灰褐色のマナが、湖面を散り散りに飛び回っている様が見えた。動き回るか否かの違いだけで、海のマナと同じモノに見える。
フルリとシャルマが波打つ湖面に駆け寄ろうとしてミザル、アルコーに取り押さえられる。
「何やってんだよ爺ちゃん!」
「嘘でしょう?!」
「クマルビおじさんどうして!」
泣きじゃくるマルスの前に、クマルビがいた。正確にはクマルビのマナだ。
海のマナ同様に灰褐色だが、内側に濃紺の静かな悲しみを湛えていた。
「クマルビ宮司」
ダキアが小さく呟くとシェリアルが視線を追って、宮司がいるであろう虚空をぎりり、と睨み付けた。
『砂漠の王子よ、そなたの伴侶を詰り侮辱した事、心よりお詫び申しあげる。その上でこんな事言えた義理ではないのは承知の上じゃが、孫たちを頼み申す』
「何故こんな事をしたか、答えよクマルビ宮司」
ダキアが問うたが宮司は答えずに、ゆらりと純白のマナに呑まれるように空に散っていった。
「殿下、クマルビはなんと」
シェリアルの声はほんのり怒気を含んでいる。マナも澄んだ色の赤い火花を散らしている。
「マルスたちを頼むと。そして姫を侮り蔑ろにしたことを詫びていた」
思っていた返答と違っていたのか、シェリアルが戸惑い柳眉を潜めた。
「…謝るくらいなら」
ダキアもかぶりを振る。
「分からないことだらけだ…」
謝るならなぜあんな態度で謁見に臨んだ。姫を侮辱した。
理由は分からないが憎まれ役を演じていた?何故そんなことをする必要がある?
「殿下、よろしいですか」
ネルガルがダキアを手招きする。
少し離れたところでネルガルが判断は殿下に委ねます、そう前置きして話し出した。
「宮司は10年前に地上の白竜討伐を助けたいとエガルマハの会議で提案しました。だけどエガルマハの住人は猛反発して。当てつけに白竜の勝敗賭博を始めた。あれから宮司は僕たちを遠ざけ住人とともに享楽に耽るようになったんです」
ネルガルのマナに嘘の色はない。ダキアは地下宮殿エガルマハ全体が何とも言えない居心地の悪い空気に満ちていた事を思いだしていた。
「あの日からもう、こうすると決めていたのでしょう。エガルマハの住人は100年前の厄災の再来でしかありませんから」
「……宮司はマルスたちが地下世界に見切りをつけて二度と戻ってこないようにしたかったのか」
灰褐色のマナを地上から湧き上がった純白のマナが包み呑み込んでいく。




